医療法人の出資金の払戻しとその評価額 ========

 医療法人と、医療法人へのアドバイスを専門とする税理士の間で、次のような判決が話題になっていました。東京地裁八王子支部平成12年10月5日判決です。

 Aは医療法人を経営していたが、A(出資者)が死亡した場合に、定款に従って「出資額に応じた持分の払戻し」を行うと、払戻し額が莫大になり、病院の存続が困難になると危惧していた。

 そこで、Aに代わって理事長に就任していたAの次男Bは、平成8年6月20日の社員総会で、出資者への払戻額を「出資額限度方式」にすると定款変更を決議した。

 その約1週間後にAが死亡し、相続が発生したため、定款変更決議の効力が、医療法人を引き継いだBと、Aの配偶者との間で争われることになった。

 この訴訟で、配偶者は、出資の払戻し額は、純資産額にAの出資持分割合を乗じて算出した37億4900万円を下らないと主張しました。「出資額限度方式」による払戻額は1087万円にしかなりませんから、そのような定款変更は無効だと主張したのです。

 しかし、判決は、次のように判断して配偶者の請求を棄却しました。

 医療法56条は、解散した医療法人の残余財産の帰属については定款又は寄附行為に定めるところによるものとし、当然に出資者に帰属するものとしていない。定款変更は、病院の永続を図るという正当な目的のためであって有効であり、出資金を引き継いだ相続人への払戻し額は定款に従い1087万円である。

 この判決は、配偶者が控訴、上告しましたが、いずれも棄却され、一審判決が確定しています。

 さて、医療法人の関係者の中で、この判決が話題になっていたのは、払戻額がいくらかになるかという本件訴訟の本筋とは異なる理由からでした。つまり、「出資額限度方式」に定款を変更した場合は、相続税の評価においても、出資額を限度とした評価が認められるのではないかという相続税の節税手法に対する期待です。

 このような疑問について、今回、国税庁から事前照会に対する回答文書が公表されました。回答は、おおよそ次のような内容であり、医療法人についても、一般の法人の場合と同様に、「同族会社」の概念を持ち込むことになりました。つまり、医療法人についても、同族経営の場合と、非同族経営の場合を区別して扱うことにしたわけです。

 ただし、株式会社と異なり、出資持分に比例した議決権ではなく、社員1人が1議決権を持つなどの医療法人の特異性を考慮したためか、同族会社に分類される範囲は、一般の株式会社よりも広いものになっています。それが次に説明する《4》のの要件です。

 《1》 定款を変更して出資額限度法人へ移行する段階では、法人税、所得税及び贈与税等の課税は生じない。なぜなら、出資額限度法人は、退社の際の払戻額については制限するが、その他の社員の権利は制限せず、依然として各々の社員は出資持分を有するからである。

 《2》 出資額限度法人の出資の評価を行う場合は、相続税・贈与税の計算における出資の価額は、通常の出資持分の定めのある医療法人と同様、財産評価基本通達194−2の定めに基づき評価する。

 《3》 社員が退社し、出資払込額を限度として持分の払戻しを受けた場合は、それが当該持分に対応する資本等の金額を超えない場合には課税関係は生じない。

 《4》 社員が退社した場合には、残存する他の出資者の有する出資持分の価額の増加について、みなし贈与課税(相続税法第9条)を行う。ただし、次のいずれにも該当しない出資額限度法人においては、原則として、他の出資者に対するみなし贈与の課税は生じないものとする。

  出資、社員及び役員が、その親族、使用人など相互に特殊な関係をもつ特定の同族グループによって占められていること
  社員(退社社員を含む)、役員(理事・監事)又はこれらの親族等に対し特別な利益を与えると認められるものであること


 上記のの判定要素として、(1)出資者の3人及びその者と法人税法施行令第4条第1項又は第2項に定める特殊の関係を有する出資者の出資金額の合計額が、出資総額の50%を超えていること、(2)社員の3人及びその者と法人税法施行令第4条第1項に定める特殊の関係を有する社員の数が総社員数の50%を超えていること、(3)役員のそれぞれに占める親族関係を有する者及びこれらと租税特別措置法施行令第39条の25第1項第2号イからハまでに掲げる特殊な関係がある者の数の割合が3分の1以下であることが定款で定められていないことの3つの要件が定められました。

 相続税の節税手法として期待された「出資額限度方式」ですが、医師会や、地域の公共機関などが主導して設立した医療法人について採用する場合は別として、出資持分の大部分を理事長一族が所有する一般の医療法人では利用できないことになってしまいました。

 大きな内部留保を蓄えてしまった医療法人について、相続税の納税という経営の危機は、今後も続きそうな状況です。