納税者の主張を認めた裁決事例

 国税不服審判所の「裁決事例集65巻」が発行されました。紹介された裁決は、納税者の請求を棄却するものが大部分ですが、それでも数件は、課税処分を取り消し、納税者の主張を認めたものがあります。今回は、納税者の主張を認めた裁決を紹介してみます。

 ◆ 弁護士が受け取る印税収入と著作の広告宣伝費は事業所得

 審査請求人(弁護士)は、サラ金などの多重債務に苦しむ人たちのために、借金地獄から抜け出す方法として、任意整理や自己破産の実例を紹介した書籍を発行した。そして、自ら費用を負担し、いくつかの日刊紙に広告を掲載した。

 著書の印税収入は、平成9年は84万円、平成10年は76万円と少額だが、広告費用は、平成9年は321万円、平成10年は323万円と、大幅に印税収入を上回っていた。審査請求人は、印税は事業所得であり、広告費は事業経費になるとして所得申告を行った。

 ところが課税庁は、審査請求人の著書は本件著書のみであり、執筆行為は事業に該当せず、雑所得になると認定し、広告費の経費算入を否定した。

 これに対し国税不服審判所は、印税収入と広告費は事業所得に帰属すると、次のように判断した。

 《1》 著書の内容は、多重債務者や倒産の危機が迫った会社経営者の救済方法を数多くの実例として紹介したもので、弁護士業を営む審査請求人の弁護士としての知識と経験に基づくもので、本来の弁護士の職務との直接の結び付きがある。

 《2》 審査請求人の本件広告の目的は弁護士としての知名度を高めることにあり、顧客獲得の効果があった。

 ◆ 祖母からの土地等の買取りについて負担付贈与通達の適用を否定

 審査請求人は、祖母から土地建物を譲り受けたが、これに「負担付贈与又は対価を伴う取引により取得した土地等及び家屋等に係る評価並びに相続税法第7条及び第9条の規定の適用について」の通達が適用され、贈与税の課税処分が行われた。

 審査請求人の購入価額は、土地については5200万円、家屋は1995万円だったが、公示価格を基に算出すると土地の価額は6554万円であり、差額の1354万円について贈与税を課税するというのが課税庁の認定だった。

 これに対し、国税不服審判所は次のように判断し、贈与税の負担回避行為があったとは認めらず、通達適用の前提を欠くとして、審査請求人の主張を認め、贈与税の課税処分を取り消した。

 《1》 通達の趣旨は、土地等の通常の取引価額と相続税評価額との開きを利用した贈与税の負担回避行為に対して、税負担の公平を図るため、負担付贈与などにより取得した土地等の価額は、評価基本通達にかかわらず、通常の取引価額によって評価することとしたものであり、通達の適用に当たっては、通達制定時の地価の動向や路線価の時価に対する水準を考慮しなければならない。

 《2》 通達が制定された当時は、路線価の時価に対する水準が公示価格の70%相当を目途としていたにもかかわらず、地価の急騰に伴い、路線価がその適用年分の終わりに時価の20%から30%程度になっていた。

 《3》 当時、路線価相当額を対価とした負担付贈与や低額譲受けとの契約形式を採ることによる実質的な財産の移転が行われるようになり、これを放置することは、課税の公平の見地からみて弊害があることから、評価基本通達にかかわらず、通常の取引価額に相当する金額によって評価することを定めた。

 《4》 本件取引が行われた平成12年には、路線価は公示価格の80%を目途に評定されており、本件不動産の相続税評価額は、課税庁が課税実務の公平と効率のために時価の範囲内と認める水準に留まるものと推認され、本件不動産の譲受価額も、不動産の相続税評価額を超えるものであった。

 ◆ 合併による存続会社の代表取締役に留任した者に対する退職金の支給

 審査請求人の勤務先であったA株式会社は、B株式会社、C株式会社と合併し、商号をD株式会社に変更した。合併契約書によれば、A社を存続会社とし、B社及びC社は解散するとされていた。

 そして、合併3社の取締役と監査役は、合併期日の前日をもって退任し、合併期日の前日までの期間を計算期間とする退職慰労金が支払われることになった。

 このような事例について、課税庁は、審査請求人の場合は、A社の専務取締役から合併後の存続法人であるD社の代表取締役に就任しているので、本件一時金は、退職に基因して一時に受ける給与等には該当せず、A社の役員としての地位に基づき一時に受ける給与に該当すると認定した。

 これに対し、裁決は次のように判断し、審査請求人の主張を認め、所得税基本通達30−2の(3)に定めるその職務の内容又はその地位が激変した者に該当すると認定し、本件一時金は退職所得に該当すると判断した。

 《1》 原処分庁が主張するように、形式的には継続していると見られる勤務関係ではあるが、A社は、同年2月29日よりJ株式会社の傘下に入ることとなり、割当先をJ社とする第三者割当増資を実施し、A社の株主は、その所有株式の全株をJ社に譲渡している。

 《2》 D社の取締役会議事録には、代表取締役に審査請求人が選任されているが、同社の経営方針などの決裁権者は社長又は取締役会であり、審議は執行役員会が行い、代表取締役は報告を受けるのみであることが記載されている。そして、審査請求人は、数ヶ月後には役員を退任し、その退任に当たっては退職一時金等の支給を受けていない。

 《3》 A社は、法律の形式上は合併後において存続する法人であるが、本件合併は、J社の傘下に入った合併3社が整理統合されたものであって、A社も実質的には被合併法人と同一視されるものであった。

 《4》 審査請求人の場合、A社の専務取締役から合併の存続法人であるD社の代表取締役に就任しているので、原処分庁が主張するように、形式的には継続していると見られる勤務関係ではあるが、実質的には、J社の傘下に入った合併3社の整理統合としての合併に伴う一時的かつ形式的な代表取締役への就任であって、審査請求人の勤務の性質、内容に重大な変動があり、単なる従前の勤務関係の延長とはみられない特別の事実関係があるものと認められる。


 これらの裁決を読む限り、国税不服審判所は、税法、あるいは通達を形式的に解釈するのではなく、租税理論を実質的に解釈し、妥当な結論を導いているように思えます。

 勝てないと言われている税務訴訟ですが、異議申立、あるいは裁決の段階までならば期待できると考えても良さそうです。しかし、勝負すべきは課税処分の段階であるとの原則は指摘するまでもありません。国の判断を覆すのは、どのような段階であっても骨の折れる作業です。