借地権課税の整合性と破綻

 税法が独自に作り上げた課税理論の中で、借地権課税ほど緻密な整合性で作られているものはないように思います。

 借地権の課税理論は、法人税法、所得税法、相続税法の3法について整合性が保たれているだけではなく、通常借地権、相当地代借地権、無償返還借地権の3つの種類の借地権について課税の理論を整えています。

 通常借地権 …… 借地権部分と底地部分を分離し、借地権の設定は借地権部分の譲渡であり、借地権の消滅は借地権部分の返還だと理解する。したがって、無償での借地権の設定と、無償での借地権の返還には受贈益課税が行われる。

 相当地代借地権 …… 相当地代(路線価額に対して年6%の地代)が支払われる借地権については、借地権部分の移転を認識せず、更地全体が賃貸されたとみなされる。したがって、借地権の設定と返還について受贈益課税は行なわれない。

 無償返還借地権 …… 地主と借地人の両者の連名による無償返還届が提出された借地権であり、借地権部分の移転を認識しないところは相当地代借地権と同様だが、地代が自由に設定できるところに差異がある。

 さて、このように税法と通達では整合性が図られている借地権課税なのですが、実務において、この整合性が機能しているかというと、はなはだ疑問に感じるのが借地権課税の実際です。

 たとえば、他人間において借地権が設定され、それが権利金の授受のない借地権の設定だという場合に、本当に、借地人に対して権利金相当についての受贈益課税が行われているでしょうか。同様に、他人間の借地契約について、借地人が無償で借地を返還するという場合に、本当に、地主に対して受贈益課税が行われているでしょうか。実際には課税は行われていないと思えます。

 なぜなら、借地権の無償の返還は、まさに、借地借家法が定める契約終了の場合の正しい義務の履行であり、正当な義務の履行について受贈益課税が行われているとは思えないからです。これは借地権の設定の場合も同様であり、借地権を設定するについて、常に権利金を授受する必要があるとの法律的な根拠は存在しないからです。

 つまり、税法と通達が作り上げた借地権課税の緻密な理論は、あくまでも、身内間で締結される借地契約について、それが租税回避(相続税の節税など)に使われないようにするための理論であり、他人間の借地契約には適用されない課税理論のように思えるところがあるわけです。

 しかし、税法も通達も、他人間の契約と、身内間の契約を区分して課税の理論を組み立てることはできません。

 なぜなら、他人間に行われた場合には課税所得が発生する取引形態について、それが身内間で脱法的(無償での借地権の設定)に行われた場合にも同様の課税を行うというのが税法の理屈であり、その逆の理論(身内なら課税し、他人の場合は課税しない)を表だって適用することには躊躇するからです。

 さて、借地借家法は次のような三つの借地類型を導入しました。《1》存続期間を50年以上とする定期借地権と、《2》存続期間を30年以上として建物の買い取りを条件とする建物譲渡特約付の借地権、それに《3》契約期間を20年以下とする事業用定期借地権です。

 これら三つの借地権は、前述した税法理論に適合することができるでしょうか。たとえば、事業用借地権が身内間で締結され、権利金の授受がない場合、あるいは通常の借地に比較し低額と思える地代が支払われた場合に適用される課税の理論が存在するかというと、それは存在しないように思います。

 なぜなら、新たな三つの借地契約が締結される場合に、権利金を授受するか否か、又、授受するとした場合には、どの程度の権利金を授受するのが正当か、さらには、適正な地代額は幾らと判定するかの基準が、未だに成立していないからです。

 つまり、身内間に事業用借地権が設定された場合には、その地代がいかほどであっても、また、どの程度の権利金が支払われた場合でも、それを一般に締結される事業用借地権と比較して不合理であると判断すべき基準が存在しないのです。

 すると、次のような不合理な結果が生じます。既存の通常借地権を設定する場合なら、権利金の授受のない借地契約には権利金相当についての受贈益課税が行われますが、これが事業用借地権として締結された場合は認定課税は行えないとの結果になってしまいます。

 では、身内間において実際に締結された借地権が、通常の借地権なのか、事業用借地権なのかの区別か付くかというと、それは不可能です。区別がつかないのは、借地権の返還時においても同様です。借地権が無償返還された場合に、それが通常の借地権が終了した場合か、事業用借地権が終了した場合かの区別が、実際には困難だということです。


 借地権課税の理論は全ての借地契約に適用されるとの思い込みが実務家の中に存在するように思います。しかし、借地権課税の理屈は、身内間で締結された借地契約について、それが相続税の節税に使われてしまうのではないかとの租税回避理論から作られていると考えれば、借地権課税についての理解が明確になるように思います。そして、その明確な理論が過渡期を迎えているのが定期借地権の導入だと理解することが出来るわけです。