税法と通達の解釈原理

 税法も法律の一つですから条文についての正しい解釈が必要になります。しかし、一般の私法に比較し、税法には特異な解釈原理が存在するように思えます。租税法律主義の基本に遡れば、税法の解釈は、条文に忠実に行われるべきだと思うのですが、課税の公平を確保するとの理由から、条文の字句を離れ、目的論的に解釈されてしまう傾向が強いからです。

 このことを理解するために、今回は法律の解釈手法を検討してみようと思います。

 文理解釈 …… 法文に書かれているところを、その文字と文法に従って理解する解釈手法

 論理解釈 …… 文理解釈と対立する解釈手法で、立法趣旨に遡り、整合性に則って条文を理解する目的論的な解釈手法

 たとえば、所得税法59条は、贈与又は著しく低い価額での「資産の移転があった場合」には、その時における価額(時価)による資産の譲渡が行われたとみなすとしています。では、借地権が、権利金の授受なく、無償で設定された場合には、「資産の移転があった場合」とみなされるのでしょうか。

 文理解釈からすれば、借地権の設定は、資産の移転には該当しません。しかし、論理的に解釈すれば、借地権の無償設定も、借地権の譲渡と同様に経済的な価値が相手方に移転することに変わりはありません。

 この場合の課税関係について、実務は、借地権の無償設定についてはみなし譲渡課税を行わないとしていますが、では、それが同族会社との間で行われた場合も是認されるのでしょうか。同族会社の行為計算否認の条文を借用するとの手法で論理解釈が行われてしまう可能性が危惧されるところです。

 さて、論理解釈は、さらに幾つかの解釈手法に分類されます。

 拡張解釈 …… 法令の字句を、通常に使われている文字的な意味よりも広げ、文理解釈から生じる不合理を解消しようとする解釈手法

 これについては、いま話題になっているストックオプション訴訟を紹介することができます。

 所得税法28条は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう」としているのですから、文理解釈を行えば、給与の支給者と受給者との間には雇用、あるいは委任などの契約関係が存在しなければなりません。

 しかし、ストックオプション訴訟では、子会社との雇用関係を理由として、親会社から支給されるストックオプションも給与所得に含まれると判断しました(東京高裁平成16年8月4日判決)。「給与所得の解釈に当たっては、当該法規及びその関連法規の文言、趣旨、目的等に照らして租税法独自の見地からその意味内容を決定していくべきである」と説明しています。これは条文の字句を超えた拡張解釈です。

 縮少解釈 …… 拡張解釈とは逆に、法令の字句を、一般に意味するところよりも狭く理解する解釈手法

 これについてはりんご生産組合についての最高裁平成13年7月13日判決を紹介することができます。

 民法上の組合から、その組合員である上告人が、専従者として組合の生産作業に従事したことについて、労務費名目で支払を受けた金員につき、これが給与所得か否かが問われた事件ですが、原審は、「民法上の組合の所得は、組合員の出資等に応じて各組合員の所得に分解されて帰属」すると判断し、給与所得ではなく、事業所得だと認定しました。

 しかし、最高裁は、原審を取り消して給与所得と認定しました。「支払の原因となった法律関係についての組合及び組合員の意思ないし認識、労務の提供や支払の具体的態様等を考察して客観的、実質的に判断すべきもの」だとの判断です。これは民法上の組合に対する出資者の概念を狭く解した縮少解釈の事例です。

 反対解釈 …… 全体の一部を限定する法文が存在する場合は、その他の部分については当該法文は適用されないと理解する解釈手法

 これについては、やや古い判例ですが、浦和地裁昭和56年2月25日判決を紹介することができます。

 相続の直前に、父親(被相続人)が会社に対する債権を放棄し、これがため相続財産が減少したとの事案ですが、裁判所は、債権放棄は、民法上は単独行為と理解されていることを前提に、「相続税法64条1項にいう同族会社の行為とは、同族会社が行う行為を意味し、同族会社と特殊関係にある者が単独でした行為はこれに含まれない」と判断して課税処分を取り消しました。

 類推解釈 …… 類似した事象について、一方についてのみ法文が存在する場合には、他の類似した事象についても、その条文を適用するとの解釈手法

 これは反対解釈とは対立する解釈手法で、法文が定める要件に漏れた事象についても、その経済的な効果が同一である場合は、法文に取り込むとの解釈手法です。

 もちろん解釈 …… 類推解釈の一つで、類推解釈を取ることが当然と理解する解釈手法

 所得税法72条は、雑損控除の対象を、「災害又は盗難若しくは横領」によって生じた損害としています。ここに詐欺が含まれないことは確定した実務の解釈ですが、では、恐喝はどうでしょうか。

 子供を殺すと脅かされて身代金が奪われた場合は、自由意思による処分行為がないのですから、窃盗や強盗と同じに、「もちろん」雑損控除が適用されると考えるのですが、残念ながら、実務は、文理解釈によって恐喝を雑損控除から除外しているようです。


 税法の条文は、文章としても難解であって、文理解釈すら難しいところがありますが、さらに、文理を離れての論理解釈があり、それには拡張し、あるいは縮少し、類推し、あるいは反対に解釈するとの手法が存在するわけです。

 一つの事象であっても、視点を変えると、それが真反対に見えてしまうのが税法処理の怖さです。そのような思い込みによるミスを防ぐためには、税務処理は複眼的な見方をもって検証する必要があるのですが、その一つの手法として条文解釈についての複眼的な解釈手法を理解しておくことも必要と思い、これを紹介してみました。