売買契約を締結したが、その履行が終わる前に相続が開始してしまった。そのような場合の売主、そして買主の相続財産は何になり、また、どのような評価になるのでしょうか。
なぜ、このような事案が問題になるかといえば、土地の評価額(路線価)と取引価格との間には差異があり、通常は、路線価が取引価額を大幅に下回ることが多いからです。
そこで、路線価70万円の土地について、100万円での売買契約が締結され、手付金10万円が支払われていた事例を想定すれば、相続財産と、その評価は次のようになります。
これが相続税の課税の原則であり、次の最高裁判決で確認されているところです。
売主の場合 最高裁第二小法廷(昭56(行ツ)89号)昭和61年12月5日判決 「農地を売却して代金の相当部分を受領し、農地法5条1項3号所定の届出を受理される等の事実があつた後、右代金が完済される前に売主が死亡して相続が開始した場合の相続税につき、当該土地の所有権は独立して相続税の課税財産を構成せず、相続税の課税財産は売買残代金債権である」
買主の場合 最高裁第二小法廷(昭57(行ツ)18号)昭和61年12月5日判決「農地法3条所定の許可前に買主が死亡した場合の相続税につき、相続税の課税財産は、右農地の売買契約に基づき買主が売主に対して取得した当該農地の所有権移転請求権等の債権的権利であり、その課税評価額は当該農地の取得価額に相当する」
しかし、この判決には疑問があります。特に、買主について相続が開始した場合ですが、売買契約が完了し、土地の引き渡しを受けた後に相続が開始した場合は、相続財産は土地として、その価額は路線価額70万円として評価されることに争いないからです。
その為に、国税庁資産税課は、課税情報第1号(平成3年1月11日)を発令し、買主に相続が開始した場合は、土地を相続財産として、その価額を財産評価基本通達に従った価額、つまり、路線価としても良いとの取り扱いを公表しています。しかし、それが税務訴訟で争われた場合は、「相続財産が土地だとしても、その評価額は売買価額で評価すべきである旨を主張する」との変則的な取り扱いとして公表されています。
さて、上記の取り扱いを前提に、また、準確定申告、さらには相続税額の取得費加算(租税特別措置法39条)などを考慮し、実務では、どのような申告が選択されるべきでしょうか。
売主の場合 …… 相続財産が残代金請求権(上記の例では90万円)であることに選択の余地はありません。ただし、譲渡所得の申告については次の選択が可能です。
買主の場合 …… 次の二つの方法が可能です。しかし、第2の方法は、逆残(債務が資産価額を上回る)になってしまう場合にも実務が受け付けるのかについて疑問があります。
契約を締結したが、履行が完了する前に相続が開始してしまう。このような事例は売買契約に限りません。
たとえば、《1》建物を建築し、それを賃貸する契約を締結した後、建物の建築中に相続が開始した場合は、敷地について貸家建付地評価減が可能なのか(実務は否定)、《2》債務の保証契約を締結し、保証債務の負担が現実化する前に相続が開始した場合に債務控除が可能なのか(実務は、相続開始時点で負担が現実化していない限りは否定)、《3》売買契約が、相続開始後、相続人によって解除された場合は、その解除の事実を相続財産の評価に取り込むことが可能なのか(限定的な事例について取り込むことを是とした裁決 平成15年1月24日 裁決事例集65集)などがあり、イレギュラーな相続財産として注意すべき点です。