税務訴訟は失敗事例

 税務訴訟になった案件は、要するに、民事処理の失敗事例であり、税務処理の失敗事例だというのが私の持論なのですが、そのことを最近3ヶ月の判決を参考に検討してみることにします。ただ、全ては、判決摘示の内容から推察した私の想像ですので、あるいは間違った指摘になっているかもしれません。

 平成16年12月24日最高裁判決(日本興行銀行事件)

 日本興行銀行が計上した3760億円の貸倒損失が否認された事案です。興銀は、決算(3月31日)に先だって、日住専との間で債権放棄約定書を取り交し、同社の解散登記が同年12月末日までに行われないことを解除条件として、債権を放棄する旨を合意しました。そして、債権の全額を貸倒処理しましたが、これが否認されてしまった事案です。興銀は、東京地裁で勝訴し、高裁で逆転敗訴、そして最高裁で再逆転勝訴しました。

 ミスの所在 …… 当時は、債権償却特別勘定という制度があり、認定による回収不能額の損金計上が認められていました。仮に、興銀が、貸倒損失を計上するのではなく、債権償却特別勘定を計上していれば、損金計上について、否認されることも、訴訟が必要になることもなかったはずです。そして、仮に問題が生じたとしても、債権償却特別勘定の一部否認としての処理で解決されていたはずです。

 しかし、債権償却特別勘定を計上するためには、決算日までに税務署長に認定の申し出をしておかなければなりません。なぜ、興銀が認定による債権償却特別勘定の計上を選択せず、貸倒処理を選択したのか。もしかすると、決算日までに行っておくべき認定申請について、税務署長への申請を失念するというミスが隠されているのかもしれません。

 平成16年12月16日最高裁判決(帳簿の不提示についての消費税判決)

 税務調査の段階で、税務職員に対し帳簿を提示しなかったため、記帳と請求書等の保存を要件とする仕入税額控除が否定されてしまった事案です。最高裁は、調査段階での帳簿の不提示は、「帳簿への記帳と請求書等の保存」がない場合に該当すると判断し、納税者の上告を棄却しました。

 ミスの所在 …… 納税者が記帳を怠っていたのなら、それ自体がミスですし、記帳していたのに税務職員に帳簿を示さなかったのなら、それもミスです。課税庁からの度々の調査の要請に対し、それを拒否し続けるとの対応は、消費税については暴挙としか言いようがありません。なぜ、このような訴訟に至る結果を生じさせてしまったのか。まさに理解に苦しむ納税者のミスです。

 平成16年11月24日東京地裁判決(米国大使館に勤務する職員の過少申告事案)

 米国大使館に勤務する納税者が、大使館から支給された給与所得を過少に申告したことについて、国税通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」に該当するとして、7年分の所得税について、更正処分を受けてしまった事案です。納税者は、米国大使館からの収入については、給与収入の60パーセントを申告すれば良いとの慣行があったと主張し、通常の過少申告に適用される3年の更正処分を超える部分は違法だと主張しましたが、東京地裁は納税者敗訴の判決を言い渡しました。

 ミスの所在 …… 米国大使館に勤務する日本人職員を原告として、10件近い同種の訴訟が提起されました。多数の訴訟が提起されたとの事実は、通常であれば、不合理な課税と、それに対する納税者の不満を推定させます。しかし、この事案では別のところに原因があるように思います。つまり、納税者の職場が共通だったということです。訴訟を提起しなかった場合は、訴訟を提起した同僚は救済され、自分だけが救済されないことになってしまう。このような日本人特有の集団意識から起こされたのが本件訴訟ではないか。つまり、冷静に考えれば、勝訴の確率の薄い訴訟が集団心理によって提起されてしまったとのミスです。これはストックオプション訴訟についても同様に存在する事象です。

 平成16年11月3日最高裁判決(妻に対する弁護士報酬の支払い)

 弁護士が、他所で事務所を開いている妻(弁護士)に対して弁護士報酬を支払ったところ、生計一の親族に対する支払いとして、事業所得の必要経費とは認められないと判断されてしまった事案です。所得税法56条の適用事例ですが、同様の事案としては、弁護士が税理士である妻に報酬を支払ったという案件があります。

 ミスの所在 …… 夫婦が弁護士であれば、共同して事件を受任し、各々が依頼者から報酬を受け取れば何の問題もなかったはずです。税理士の事案も、税法が関係する依頼について、共同受任するなどの対策が考えられたはずです。弁護士が原告になった事案ですが、もしかすると、原告は所得税法56条の存在を知らなかったのかもしれません。

 平成16年10月28日名古屋地裁判決(航空機リースによる節税スキームの事案)

 野村証券の子会社が売り出した節税スキームが問題になった事案です。1人当たり1億円を出資して民法上の組合契約を締結し、銀行からの融資を合わせて航空機を購入する。これを航空会社にリースし、減価償却費の計上と、譲渡段階での長期譲渡所得の優遇税率(20%)の適用を受けるとの節税スキームです。この事件では納税者が勝訴しています。

 ミスの所在 …… バブル時には、変額保険や、レバレッジリースなどの節税商品が売り出されました。本件では、地裁では納税者の勝訴ですが、映画フイルムを利用した同様の節税スキームについては納税者が敗訴していますので、本件についても高裁での逆転敗訴の可能性は否定できません。納税者が、税務署で否認され、訴訟になることを覚悟の上で投資したのなら良いのですが、訴訟を予想していなかったとしたら、証券会社のセールストークに乗ってしまったミス事案と位置づけられるかもしれません。


 判決の理由部分ではなく、事実部分を読むと、税務訴訟に限らず、それぞれの人生と失敗が語られています。特に、税務訴訟は、否認される処理を承知の上で実行する納税者はいないとの意味で、全て、失敗事例と考えても良さそうです。

 税務訴訟判決は、大いに学ぶべき他人の失敗として、教訓に溢れた生きた実務の教材です。