貸倒損失と貸倒引当金

 貸倒損失と貸倒引当金の計上には次のような誤解があるように思います。

  《1》 債務者が民事再生を申立てた場合でも、貸倒引当金に計上できるのは債権額の2分の1に限る。
  《2》 貸倒損失を計上するためには、債務者に対して債権放棄の内容証明郵便を発送する必要がある。

 《1》の誤解が生じる理由

 貸倒引当金の計上の根拠になるのは次の事実の発生です(法人税法施行令96条1項)。そして、優先順位はこの順番に従うことになっています。

 1号 …… 会社更生、民事再生、私的整理の債権者集会などに基づき事業年度終了の日の翌日から5年を経過した日以降に弁済されることになった部分。

 2号 …… 債務超過状態の継続などにより一部債権の取立ての見込みがないと認められる場合の回収不能見込額。

 3号 …… 会社更生や民事再生の申立て、あるいは手形不渡処分を受けた場合は債権額の100分の50。

 債務者が民事再生を申立てた場合にも、貸倒引当金に計上できるのは債権額の2分の1に限るとの理解は、上記の3号の貸倒引当金の計上要件に根拠があります。

 しかし、3号に優先する基準として2号があり、民事再生を申し立てる会社は、通常は2号の要件も満たしますので、2号による貸倒引当金の計上が可能です。そして、民事再生に基づく弁済率は10%を下回るのは経験則として常識ですので、債権額の90%を貸倒引当金に計上することが可能なのです。

 債権額の2分の1しか計上できないとの思い込みは、債権償却特別勘定の時代に刷り込まれた誤解にすぎません。

 《2》の誤解が生じる理由

 貸倒損失の計上の根拠になるのは法人税法基本通達9−6−1から3までです。

 第1根拠 …… 会社更生、民事再生、私的整理の債権者集会などに基づき切り捨てられることになった債権(9−6−1の1号から3号)。

 第2根拠 …… 債務者の債務超過の状態が継続し、弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し書面により明らかにされた債務免除額(9−6−2の4号)。

 第3根拠 …… 債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合の債権額(9−6−2)。

 第4根拠 …… 債務者との取引を停止した時から1年以上経過した場合。ただし、継続的な取引を行っていた債務者に対する売掛金などの債権に限る(9−6−3)。

 貸倒損失を計上するためには、債務者に対して債権放棄の内容証明郵便を発送する必要があるとの理解は、上記の第2根拠から始まったことと推察します。しかし、債務状態の悪化を理由とするのなら第3根拠も使えますし、第3根拠の方が安全な手法です。

 第2根拠を理由として債権放棄をしてしまい、後の税務調査で債務者には資力があったと指摘され、貸倒損失の計上が否認された場合には、その後の救済はありません。しかし、第3根拠を理由とする処理なら、債権は放棄されていませんので、その後に、実際に回収不能の事実が明らかになった時点で、再度の貸倒損失の計上を行うことが可能だからです。

 第2根拠と第3根拠の差異は、債権額の一部の貸倒処理が可能か否かの違いにすぎません。債権の全額が回収不能と見込まれる場合なら、第2根拠を理由とする債権放棄の手続は不要です。

 債権放棄の内容証明郵便の発送が必要だとの思い込みは、それを求める課税庁の指導によって刷り込まれた誤解にすぎません。


 債権の回収不能が生じた場合には、貸倒損失を計上するとの思い込みもありますが、これも誤解といえるかもしれません。まずは貸倒引当金で様子を見て、その後、回収不能が確実になった段階での貸倒処理が、課税庁とのトラブルを防ぐノウハウです。

 貸倒損失の計上には厳しく対応する課税庁も、期間損益の問題にすぎない貸倒引当金の計上には寛容です。不良債権が発生した場合は、まずは債権額の90%の貸倒引当金を計上し、貸倒損失の計上は、完全に回収不能が確定した年度まで先送りするというのが、不良債権についての実務の知恵です。