質疑応答集の法律的な効力

 質疑応答集の記載を信用して申告したところ、それが否認され、加算税が課税されてしまった。このような課税関係が問題になった二つの訴訟事件があります。一つが関係会社への3455億円の多額な無利息融資が問題になった平和パチンコ事件で、もう一つがストック・オプション訴訟です。

 共に、本税についての信義則の主張は排斥されましたが、加算税についての判断は分かれました。平和パチンコ事件では、最終的には、加算税の賦課決定処分は是認されてしまいましたが、ストック・オプション訴訟について、横浜地裁は、正当な理由を認め、加算税の賦課決定処分を取り消しました。

 正当な理由がある場合は、加算税の課税は免除されることになっています(国税通則法65条4項)が、しかし、正当な理由を根拠として加算税が免除されたことは、実際には経験したことがありません。さて、ではどのような事実をもって、正当な理由が認められることになるのか、二つの事件について判決の判断部分を紹介してみることにします。

 ◆ 平和パチンコ事件(東京高裁平成11年5月31日判決)

 「昭和58年版・税務相談事例集」「昭和59年版・回答事例による法人税質疑応答集」……巻頭の「推薦のことば」「監修のことば」等の記載は……その記載内容が税務当局の見解を反映したものと認識し、税務当局が個人から法人への無利息貸付けに所得税を課さない見解を採るものと解することは無理からぬところである。そして、被上告人の顧問税理士等の税務担当者において、税務当局が上記見解を採るものと解したことをもって、単なる法解釈についての不知又は誤解であるということはできないから……国税通則法65条4項にいう正当な理由がある。

 ◆ 平和パチンコ事件(最高裁第三小法廷平成16年7月20日判決)

 本件貸付けは3455億円を超える多額の金員を無利息、無期限、無担保で貸し付けるものであり……本件各解説書……の内容は……業績悪化のため資金繰りに窮した会社のために代表者個人が運転資金500万円を無利息で貸し付けたという設例について……解説するもので……本件貸付けとは事案を異にする……。……国税通則法65条4項にいう正当な理由があったとは認めることができない。

 ◆ ストックオプション訴訟(横浜地裁平成16年1月21日判決)

 「回答事例による所得税質疑応答集」の昭和60年版には、米国会社の日本の子会社の役員が当該米国会社からストック・オプションを付与された場合の課税について……権利行使時に、その経済的利益に対して一時所得として課税される旨が記載され……昭和60年5月6日発行の「週刊税務通信1881号」には……国税庁審理室補佐の地位にある者の見解として……原則として一時所得として課税されるものと考えられる旨が記載されていた。さらに、原告は、平成8年分の所得税の確定申告に際して、緑税務署の税務職員から、原告の行使したストック・オプションの権利行使利益について一時所得として確定申告をするように指導を受けていた……これらの事情からすれば、少なくとも平成10年分までの所得税については……一時所得として確定申告をすることに合理的な理由があった……。

 平成11年分及び平成12年分の所得税の確定申告に先立ち……税務職員から、ストック・オプションの権利行使利益は給与所得に該当する旨の連絡を受けたが……親会社から子会社の従業員等に付与されたストック・オプションに関する課税上の取扱いについては、直接、明文をもって定めた法令の規定や通達の定めは存在しなかったのであり……権利行使利益を一時所得とする見解にも一応の根拠があるということができる……。……平成11年分及び平成12年分の所得税についても……一時所得に該当するものとの見解の下に確定申告を継続したことには相応の理由があるというべきである。……一時所得としての申告ではあっても、その基礎となる事実としての権利行使利益の取得及びその金額について、正しく事実に基づいた確定申告がされている限り、客観的にみて、その確定申告により申告納税制度の下における適正な課税の実現が阻害されるものとして制裁を課すべき必要性に乏しいものといわざるを得ない。……平成11年分及び平成12年分の所得税の確定申告について……制裁としての過少申告加算税を課することが相当ではないと認められる具体的な事情が存在するというべきである。


 質疑応答集に解説されていたとの事実を前提に論じた上で、さらに、その記載内容に踏み込み、平和パチンコ事件では正当理由を否定し、ストック・オプション訴訟では正当理由を認めているのが現時点での判決内容です。

 そして、特に、横浜地裁判決が平成11年、12年の所得税の確定申告については、「税務職員から、ストック・オプションの権利行使利益は給与所得に該当する旨の連絡を受けた」後の申告であるにもかかわらず、一時所得として申告したことについて、それでも正当な理由があり、過少申告加算税は課税できないと判断したことは、納税者に有利な判断として注目に値します。なお、控訴審である東京高裁平成17年5月31日判決も地裁判決を支持しています。

 課税要件となる事実は、仮に、土地の評価を取り上げても一義的に明確というわけではありません。また、条文についても幾つかの解釈が成り立つのが税法です。それらリスクを引き受けて的確な判断をしなければならないのが実務家ですが、質疑応答集の記載について、限定的ながら、これが正当理由の根拠になると認めた判決には、実務家として、大いに期待したいところです。