民事訴訟と税務訴訟の判断基準

 民事訴訟と税務訴訟では、裁判所の判断基準は異なるのか。また、判断基準が異なることに問題はないのか。このことについて興味を引く判決(静岡地地裁平成17年3月30日)がありましたので、ご紹介します。

 事案は、平成8年3月30日に開始した相続で、被相続人が生前(平成2年3月)に行った子供達3名に対する金銭の交付が、《1》金銭の交付時点での贈与か、あるいは、《2》立替金として残っている被相続人の相続財産かが争われた事案です。



 被相続人─┬─── 
      │
  ┌───┴──┬──────┐
  │      │      │
  子1     子2     子3

 子供達3名は、父親が経営する会社から、各々2億円、10億円、20億円の融資を受け、それを株式投資に注ぎ込んでいました。ところが、金融機関からの指導によってこれを返済する必要が生じたことから、父親は、平成2年3月に、子供達3名に対し、各々2億円、10億円、20億円を交付して債務を返済させました。これが問題になった金銭の交付です。

 金銭の交付に際して、父親から事務方への指示は、単に必要な金員を「出してやれ」というもので、3名に対する金員交付の趣旨は明確ではありません。そして、その後、父親から3名に対する返還請求はありませんでした。父親はワンマン経営者で、家庭内でも、全てが父親の考えや指示で動いており、子供達3名が株取引をして借金を抱えるようになったことも、父親の指示が影響していたようです。それに、子供達3名には多額の債務を返済するだけの資力はなかったとの事実も認定されています。

 このような事実関係を前提に、裁判所は次のように判断し、課税処分を取り消しました。

 「以上の事実関係に照らせば、被相続人は、自らが築き上げてきたグループ企業の信用維持を図り、実子である原告らの急場を救うため、同人らに対し、それぞれの借入金の返済資金として、各金員を贈与し、同人らもこれを承諾していたと認めるのが自然かつ相当であり、被告(課税庁)主張のように、原告に対する各金員の返還請求につき、自らの死亡を始期として始期付免除をしたと評価するのは技巧的に過ぎるといわなければならない」

 確かに、これが民事訴訟の事案なら、判決のように、立替時の贈与と判断することにもそれなりの合理性があります。贈与契約書は作成されていませんが、しかし、金銭消費貸借契約書も作成されず、返済の合意も、その後の返済の請求もありません。おそらく、当事者間には返済が必要だとの認識は存在しなかったはずです。そうであれば、当事者間の債権債務の存在を認識することは不合理であり、金銭の交付の時点での贈与と判定しても不思議ではありません。

 しかし、ここで課税関係を考えると、裁判所が示した事実認定が、はたして、妥当なのか疑問が生じてしまいます。

 なぜなら、その金銭の交付時に、仮に贈与税の申告を求めたら、子供達3名が素直に贈与税を申告したとは思えないからです。おそらく、「父親からの金銭の交付の趣旨は立替金であり、贈与ではない」と反論したはずです。当時の贈与税の最高税率は70%でしたが、子供達3名は贈与税の申告を行わないばかりか、贈与税の納税資金の心配もしていません。

 課税庁は、本件訴訟においても、《1》金銭の交付時点の贈与ではなく、《2》相続時点において立替金として残っている被相続人の遺産だと、末尾に引用する主張を提出しました。

 課税庁が主張する論理を認めなければ、本件のような密室の処理については、常に、《1》金銭交付時には贈与とは認定できず、《2》相続時には金銭交付時の贈与と認定されてしまう。このような課税漏れの発生が避けられないからです。

 民事訴訟では妥当とされた判断も、税務訴訟では疑問が生じてしまいます。そして、この疑問を解消するためには、民事訴訟とは異なる税務訴訟の判断基準を採用しなければなりません。これが今までの税務訴訟の実態でした。税務訴訟の判断基準では、租税回避の防止、課税漏れの防止、そして、税法的な整合性の維持が最優先されます。

 しかし、最近、税務訴訟の判断基準ではなく、民事訴訟の判断基準を採用し、納税者を勝訴させる判決が増えてきました。それが航空機リース事件であり、本件事案です。

 さて、今後、税務訴訟にも、民事訴訟の判断基準が採用されることになるのか。これに答えてくれるのが、本件訴訟の控訴審判決であり、航空機リース事件の控訴審判決です。控訴審、そして上告審が、税務訴訟について、どの程度の理解を示すことができるのか。楽しみに待ちたいと思います。

 課税庁の主張 ___________________________

 父親が原告に交付した20億円は、グループ企業と金融機関の信頼関係を維持するという経済的要請のために必要な範囲内で、父親が、その判断によって、原告の20億円の債務の弁済資金として交付したもので、贈与契約書の作成がなく、原告が金員交付の事実を知らないまま行われたもので、父親と原告との間の贈与の合意によってなされたものではない。

 20億円の交付について、関係者は、贈与税の納付のための資金を考慮せず、贈与税の申告もしていないこと、父親の過去の他の親族に対する贈与額に比して金額が余りに大きいことに照らせば、父親の原告に対する20億円の交付を贈与であったと評価することはできない。

 したがって、本件20億円の交付は、父親が原告に対し、債務の弁済に充てる立替金の交付であったと評価するのが相当である。そして、父親の遺志に照らすと、原告等3名に対する立替金返還請求権については、父親から原告に対し、父親の死を始期とする立替金返還義務の免除が当初よりなされていたと解され、免除に係る各立替金額を死因贈与されたとみなされる。したがって、原告ら3名は立替金額に対する相続税を納付する義務がある。