DCFを認めた判決(合資会社の社員の退社事例)


 1 合資会社の社員退社に伴う払戻持分額を評価するにあたり、ディスカウント・キャッシュ・フロー方式と清算的時価純資産方式を併用し、6対4の比で加重平均して算出された事例

 2 合資会社の資産を清算的時価純資産方式により評価する場合、清算所得に対する法人税等を控除すべきであるとされた事例

 3 合資会社の資産を清算的時価純資産方式により評価する場合、いわゆるバブルにより高騰した不動産の価格から、バブル部分を一律に減価すべきではないとされた事例

 東京地裁平3(ワ)2867号出資持分払戻請求事件 平成7年4月27日民事8部判決 一部認容、一部棄却(控訴) 判例時報1541号130頁


 1 事案の概要

 本件は、都内で大規模な土地を有し、著名な結婚式場を営み、上場会社に比肩する経済規模を誇る合資会社の有限責任社員であった原告らが、退社による持分の払戻を請求した事案であり、【1】合資会社の持分の評価は、どのような方式によるべきか、【2】いわゆる時価純資産方式において、清算所得に対する法人税等の控除を行うべきか否か、【3】持分評価にあたり、いわゆるバブルにより高騰した不動産の価格から、バブル部分を控除すべきか否かが主要な争点となった。

 非公開会社の株式や持分の評価方法としては、(1)企業のストックとしての純資産に着目する純資産方式、(2)フローとしての収益(あるいは配当)を資本還元する収益(配当)還元方式(資本還元方式ともいう)(3)業種、規模等が類似する公開会社または同じ業種の公開会社との比較を行う類似会社(あるいは類似業種)比準方式及び(4)これらの方式の併用方式が広く用いられているが、具体的な事例により用いられる方式が異なることも多く、結論にも大きく影響するため、本件において、どのような評価方法を採用すべきかを巡り、激しく争われた。

 原告は、

 【1】について、物的会社である株式会社の株式の評価と異なり、人的会社である合資会社の持分の評価については、民法の組合に関する規定が適用され(商法147条、68条、民法681条1項)、純資産方式が採用されるべきであり、最一判昭44・12・11(民集23・12・2447、本誌583・53、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合の脱退組合員の払戻持分計算の基礎となる組合財産の評価につき、時価純資産方式を採用したもの)は、人的会社を含む組合一般の財産評価に妥当する、

 【2】について、原告らの持分の評価にあたって採用すべき再調達時価(会社の事業の継続を前提として、原状の姿で資産を再調達すると仮定した場合の時価)による純資産方式は、継続企業価値を算定するものであり、清算を前提とするものではないから、清算所得に対する法人税等を控除すべきではなく、最二判昭54・2・23(民集33・1・125、本誌922・42、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合の脱退組合員の払戻持分計算の基礎となる組合財産の評価につき、課税相当額を負債として計上すべきでないとしたもの)も同様の解釈を示していると主張し、また、被告は、

 【3】について、原告らの退社時における不動産価格は、バブルにより異常に高騰し、不合理・不当なものとなっていたから、バブル部分を排除すべきであり、バブルにより一時的・投機的に高騰した価格を司法が追認すべきではないと主張した。

 2 持分評価の方式について

 本件は、民法上の組合の財産が組合員の合有(共有)であるのに対し、合資会社の財産は会社の所有であって、会社財産に対する抽象的な割合的権利を有しているに過ぎない点において、株式と同様であるから、両者の差異を持分評価の上で考慮する余地はあるものの合資会社の法的構造から、直ちに純資産方式のみにより持分評価を行うべきとすることはできないとして、原告の主張を斥けた。

 そして、非公開会社の株式や出資持分の評価について、どの方式を用いるかは、評価の目的、会社の種類・規模・業種・配当性向、評価の対象となる株式が発行済株式総数に占める割合等により異なるほか、各方式を適用するのに必要にして十分な資料があるか否か、当事者の主張・立証があるか否か等の制約があるとした上で、本件において主張・立証のある、純資産方式、収益方式または両者の併用方式のいずれが妥当かという観点から検討し、併用方式を採用し、いわゆるディスカウント・キャッシュ・フロー方式(DCF法・企業が生み出す将来の利益を一定の資本還元率で資本還元して企業の現在価値を算出する方法)による評価額と純資産方式(清算的時価純資産方式)による評価額を6対4の比で加重平均して払戻持分額を定めた。

 合資会社の持分評価方は、会社が近い将来解散する可能性がある等の事情のない限り、原則として継続企業価値によって評価すべきであり、DCF法が、最も優れているから、基本的にこれによるべきであるが、DCF法には、採用された資本還元率の僅かの差で評価額に大きな違いが出てしまう欠点もあること、合資会社の社員退社による持分払戻には、組合的な色彩を残すものとして、会社資産の一部清算という側面もあることなどから、純資産方式を併用すべきであるというのがその理由の骨子である。

 原告らの援用する昭和44年の最高裁判決は、直接には、簿価純資産方式を斥け時価純資産方式を是認したものに過ぎず、純資産方式以外による持分評価を一切否定したものとまではみられないばかりか、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合についての判断であり、合資会社に関する本件とは事案を異にするとした。合資会社の持分の評価にDCF法が基本的に採用された事例として参考になるものと思われる。

 3 清算所得に対する法人税等の控除の可否について

 原告が引用する昭和54年の最高裁判決は、中小企業等協同組合法に基づく協同組合の脱退組合員の払戻持分の計算のための組合財産の評価について、協同組合の事業の継続を前提として、なるべく有利に組合財産を一括譲渡する場合の価額を算定するに際し、清算所得に対する公租公課相当額を負債として計上すべきではないとするものであり、下級審において、右理論を会社に適用する判断も示された(合名会社につき、神戸地判昭61・8・29本誌1222・135及び名古屋地判昭62・9・29本誌1264・128。合資会社につき、名古屋高判昭55・5・20本誌975・110)

 しかし、東京地裁民事8部(商事部)では、右最高裁判決以降も、株式会社の株価の判定において、法人税等の控除を行ってきており(東京地裁商事研究会・商事非訟・保全事件の実務92)、本判決も、右最高裁判決は事案を異にするとした。右最高裁判決は、会社財産をなるべく有利に一括譲渡する方法(ゴーイングコンサーンバリューそのものとして評価する場合)によって持分を評価する場合であるのに対し、本件は、持分評価に当たって清算的時価純資産方式を加味することを相当とする場合であり、この場合は、観念的に解散を仮定した上で企業価値の評価を行うものである以上、会社が現実に解散しなくとも清算所得に対する法人税等の控除を行うべきであるとしたもののようである。

 日本公認会計士協会経営研究所調査会が作成した株式等鑑定評価マニュアルにおいても、鑑定評価書の記載例において清算所得に対する法人税等を控除する取扱としている(江頭憲次郎「判例批評」法協99・9・1427は、法人税等を控除することを認めるのが理論的には正しいように思われるとする。)

 4 バブルの排除について

 本判決は、バブル時価を積極的に是認しないが、当時の市場の実勢を反映した一般的な通有性をもつものであったから、、バブル崩壊後の今日からみて、一律に減価することは取引社会における公正さを害するおそれがあり、バブル部分を控除することはできないとした。他方、不動産等の価格に含まれるバブル部分により、継続企業価値が収益力を超えて過大評価されることはできるだけ避けなければならないとして、本件のように資産中にバブル部分を多く含んでいる場合には純資産方式だけではバブルの影響が大きすぎるから、収益方式を併用すべきであり、さらに、不動産の評価方法そのものについてもバブルの影響が大きい取引事例比較法に偏ることなく、土地の収益力に着目する収益還元法や開発法による評価額に適正な比重を置くことが相当であるとした。この点に触れた文献は、少なく、前掲商事非訟・保全事件の実務99以降があるだけであり、実務上参考となろう。