======= 嘆願書の提出も税理士の責任 ======

 納税額を間違えた税務申告書を提出してしまった場合ですが、それが過少申告なら修正申告書を提出し、過大申告の場合は更正の請求をすることになります。

 そして、修正申告書は納税者が自由に提出することが可能ですが、税額を減額することになる更正の請求には、法定申告期限から1年以内に限って行うことができるとの期間制限がおかれています。

 ただし、後発的な事象を更正の請求理由とする場合は別です。1)譲渡所得を申告した後に売買契約が解除され、2)未分割として相続税を申告していた事例について遺産分割協議が成立し、3)相続税の申告後に遺留分減殺請求があった場合。さらには、4)死後認知により相続人が増えた場合、5)申告の基礎とした事実と異なる判決が確定した場合等々については、それらの事実が生じた時から2ヶ月以内(国税通則法23条2項)、あるいは4ヶ月以内(相続税法32条)の更正の請求が可能とされています。

 納税者側から行う救済方法は以上の通りなのですが、課税庁側には、もう少しゆとりがあります。税務署長が行う増額、あるいは減額の更正処分は、法定申告期限から5年間は可能とされています。これが税務調査に基づく更正処分として行われているものです。

 さて、以上の通り、納税者が過大な申告をしてしまった場合は、法定申告期限から1年間を経過してしまえば救済は不可能なのですが、税務署長は、その場合でも、5年間については減額更正処分が行えることになります。そこで、実務は「嘆願書」との制度を発明しました。

 納税者からの更正の請求が不可能となってしまった場合には、税務署長に対して職権による減額更正処分を促す「嘆願書」を提出するわけです。要するに、「職権にって減額更正をして欲しい」との「お願い書」の提出です。しかし、お願い書ですから、これに応じるか否かは税務署長の腹次第です。常に、嘆願が認められるわけではありません。仮に、嘆願が取り上げてもらえなかったとしても、その不当性を訴訟手続をもって批判することはできません。

 前置きが長くなってしまいましたが、このような事実上の制度である「嘆願書」について判断した判決(平成14年6月12日前橋地裁判決)が言い渡されましたので、それを紹介します。

http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsf/c1eea0afce437e4949256b510052d736/b004f0fe6d7da18049256c690030556b?OpenDocument

 1)税理士は、原告(納税者)の平成8年4月30日事業年度の法人税等の確定申告を作成しましたが、その申告書には、平成2年7月17日には既に損失が確定しているワラント債の損失が含まれていました。

 2)損失の認識が遅れたのは、原告の役員の更迭をめぐる紛争が原因になっていたようで、平成8年6月15日(申告書の提出期限の15日前)になって、既に5年も前にワラント債が売却され、損失が確定しているとの事実が税理士に告げられたとの経過があります。

 3)このような過年度の損失について、被告(税理士)は、他の有価証券売却損と区別することなく、平成8年4月30日事業年度の損失として所得の金額を算出し、法人税確定申告書を作成してしまいました。

 このような事案について、その後、税務調査を受け、更正処分を受けることになったのですが、問題は、その後の経過です。

 原告(納税者)は、嘆願書の提出をアドバイスしなかった税理士には任務懈怠が有ると主張し、税理士に対する損害賠償を請求しました。このような事案について、裁判所は次のように判断し、税理士の委任契約上の損害賠償責任を認めました。

 「過年度の申告の誤りによって過大な所得申告があったことを発見した場合には、適切な事後措置を講ずること(嘆願書の提出)を助言すべき義務があったということができる。被告(税理士)がこのような処理を採り、平成2年度の申告につき減額更正の請求をすべきことについて原告に助言・指導をしなかったことは、顧問契約上の義務に違反した債務不履行に当たるというべきである」。

 被告(税理士)は、嘆願書を提出し、税務当局に職権による減額更正を求めたとしても、更正決定をするか否かは税務署長の裁量に属するから因果関係が認められないと主張したのですが、裁判所は、次のように判断して被告(税理士)の主張を排斥しました。

 「職権による減額更正につき税務当局に裁量が認められるとしても、このことは税務当局が更正決定を常に義務付けられるものではないことを意味するに止まるから、減額更正の請求をし得た時点で入手していた資料その他の事情から税務当局により更正決定がされたであろう蓋然性を認定しうる場合における因果関係の存否の判断を左右するものではない。したがって、被告の上記主張を採用することはできない」。


 裁判所は、最終的には4割の過失相殺を認めましたが、それでも税理士は1000万円を超える損害賠償を命じられました。しかし、この判決には何点かの疑問があります。

 1)税務署長が行える更正処分の期限は平成8年6月末日です。平成8年6月15日に発見された損失について、税理士が、即、嘆願書を提出したとして、その後15日内の減額更正処分を行うことが、はたして、行政手続き上、可能だったのでしょうか。

 2)仮に、更正の請求期間を経過してしまった事例について、その救済を裁判所に求めた場合は、法律上の制度ではない「嘆願書」などには一瞥も与えません。それなのに、その裁判所が、税務署に嘆願書の提出をアドバイスしなかったことを税理士のミスと判断する。これは不合理ではないのでしょうか。

 裁判所が考える税理士の責任には理屈を超えた重さがあるように思えます。