===== 手形を発行する場合と受け取る場合に考えること ====


 ●手形は現金と同じ


 注文を受けた段階で仕事の7割が完成し、納品し、検収を受けた段階で仕事の8割が完成するとしたら、その後に手形を受け取った段階では仕事の9割5分は完成したと考えて良いと思います。検収の段階で売掛金が確定しますが、しかし、売掛金は、債務者が任意に履行してくれなければ訴訟手続が必要との意味では絵に描いた餅にすぎません。でも、手形を受け取ってしまえば、それは、ほぼ現金を受け取ったに等しい状態です。

 逆に、商品を購入し、手形を発行してしまえば、それは現金を支払ったに等しい状態です。商品に瑕疵がある場合であっても、手形期日が到来したら手形金を準備しなければなりません。手形金を準備しなければ、手形を支払わない正当な理由がある場合であっても、不渡り処分を受けてしまうことになります。

 ただ、手形の発行が、ほぼ現金の支払いに近いといっても、やはり、現金での支払いとは意味が異なります。日銀券の不渡りは考えられませんが、手形の不渡りは巷に溢れています。しかし、自社が不渡りを出せば、社会から葬られてしまうのが手形の怖さです。

 そこで、漫然とやり取りしている手形について、手形を受け取り、あるいは手形を発行する場合の効果と得失を、ここで再検討してみようと思います。

 ●手形の効力(手形交換所規則)


 手形の効力の大部分は、手形法が作り出しているのではなく、手形交換所規則が作り出しているものです。呈示された手形が決済されなかった場合は不渡り処分を受け、不渡り処分が2回になれば銀行取引停止処分を受けます。このような規定をおいているのは、銀行協会が独自に定めた手形交換所規則であって、法律に根拠があることではありません。しかし、法律に根拠のないことであっても、銀行取引停止処分を受ければ、当然、会社は倒産です。

 しかし、買掛金や銀行融資なら、これが返済できない場合であっても、自ら破産を申し立て、あるいは民事再生法の適用を申し立てない限りは、倒産との事態は生じません。手形を利用しない業界での会社整理の事件を扱ったことがあります。その会社は相当の規模があり、また、事件に巻き込まれていた会社でしたので、新聞社も、倒産が何時かを気にしていた状態でした。しかし、債務の弁済は行えなくなりましたが、手形の不渡りは出しません。何しろ、手形を扱っていない業界です。結局、最後まで「倒産」との記事は出ませんでした。不動産業界では倒産の話しは聞きませんが、その理由は、手形を利用しない業界だからだと想像しています。

 手形交換所の不渡り処分を回避しようと思えば、手形金相当を取引銀行に預託しなければなりません。なぜ、このような預託金の準備が必要かといいますと、手形の支払い拒絶が、資金不足のための支払い拒絶ではなく、その他の理由による支払い拒絶であることを証明するためです。

 でも、仮に、手形が偽造されたものである場合は、手形金を預託させるわけにはいきません。何しろ、偽造では、100億円の手形が偽造されるか、1000億円の手形が偽造されるかがわからないからです。そのような手形が突然に呈示された場合でも、手形金を預託しなければ不渡り処分を受けるというのは不合理です。そこで偽造変造の場合は預託金を積まなくても不渡り処分にはならないとの取り扱いが手形交換所規則には準備されています。しかし、偽造変造を理由とする支払い停止の場合は、警察への被害届を提出し、その受理証明を銀行に提出する必要があります。経営者の中には、預託金が準備できず、虚偽の被害届を提出し、その後、誣告罪(刑法172条 人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、3月以上10年以下の懲役に処する)との適用を受けている人達もいるようです。

 さて、いま相談を受けている事件ですが、ある取引について手形を発行してしまいました。その取引はトラブルになり完了していないのですが、しかし、手形期日が到来し、手形が呈示されてしまいました。当方としては手形金を準備し、銀行に預託して不渡り処分を防がなければなりません。その取引が完了することによって入金する予定だった転売代金も入金していませんので、そのような状態での預託金の準備は大変なことです。手形金を支払う理由は全く存在しないのに、しかし、預託金を準備しなければならないとの対応は、手形振出人にとっては非常に不合理な結果です、しかし、そのような取り扱いになっているのが手形交換所規則の取り扱いです。

 受取人側の立場で考えれば、支払期日において、このような「待った無し」の効力が発揮できるところに手形の有効性があります。ただし、手形の「待った無し」の効力は無限に続くものではありません。「待った無し」の効力は、手形の支払期日を含め3日間しか有効ではありません。手形法38条は、「手形の所持人は支払を為すべき日又は之に次ぐ2取引日内に支払の為手形を呈示することを要す」と定めていますので、この期日を経過してしまえば、手形交換所規則の取り扱いでは、それは手形ではなく、単なる絵葉書と同様の扱いしか受けなくなってしまいます。期間を経過してから呈示された手形なら、預託金を積まなくても手形不渡り処分にはなりません。この場合の手形の返還理由は「呈示期間経過後」になってしまいます。これが小切手の場合であれば10日内の呈示が必要です。小切手法29条は「国内に於て振出し且支払うべき小切手は10日内に支払の為之を呈示することを要す」と定めているからです。

 ●手形の効力(手形訴訟)


 手形が不渡りになった場合は、預託金が積まれた場合も、積まれなかった場合も、次の手段は手形訴訟ということになります。売掛金請求訴訟の場合は通常の民事訴訟ですが、手形金請求の場合には、特別の訴訟手続が準備されています。民事訴訟法350条に定める手形訴訟及び小切手訴訟に関する特則で、「手形による金銭の支払の請求及びこれに附帯する法定利率による損害賠償の請求を目的とする訴えについては、手形訴訟による審理及び裁判を求めることができる」との条項があります。

 通常の売掛金訴訟では、争いがない場合でも、判決を手に入れるのには5ヶ月程を要します。納品された商品に瑕疵があるなどの争いが有れば、訴訟期間は2年にも、3年にもなります。しかし、手形訴訟の場合は、原則として第一回目の期日をもって裁判を終結し、次回の期日には判決を言い渡すとの取り扱いになっています。そして、判決には仮執行宣言が付されますので、仮に、被告が控訴し、判決が確定しない場合であっても、被告の財産(振出人が準備した預託金など)に対し強制執行をすることが可能です。

 仮に、被告(手形振出人)に抗弁、つまり、商品の納入がないとか、納入された商品に瑕疵があるとの抗弁がある場合は、手形訴訟の後に、通常の訴訟に移行し、そこで裁判手続を継続して行うことになります。しかし、手形訴訟の段階で仮執行付きの判決が出ていますので、強制執行を止めようと思えば、また、裁判所に保証金を供託し、執行手続きを停止するとの手続を取らなければなりません。執行停止の手続を取らなければ、その訴訟に勝訴した場合でも、逆に、支払金の取り戻しの手続を行うことが必要になってしまいます。私の経験した事件では、最終的に振出人が勝訴したものの、その頃には手形所持人が倒産し、手形金は取り戻せなかったとの事例もあります。保証金を準備することが出来ず、仮執行が止められなかった事例です。

 さらに、手形が第三者に裏書きされている場合は、商品の納入が無く、あるいは商品に瑕疵があるなどの理由で、本来であれば手形金を支払わなくても済む事情がある場合であっても、手形金の支払いを拒絶することは出来なくなります。手形法17条は、「所持人の前者に対する人的関係に基づく抗弁を以て所持人に対抗することを得ず」としています。

 一読しただけでは理解できないのが法律の条文ですが、これを簡単に説明すれば次の通りです。仮に、Aは、Bに対して発行した手形であり、Bから約束されていた納品が行われない場合でも、その手形がCに対して裏書譲渡されてしまった場合は、振出人Aは、Bに対する抗弁(納品がない)をもって、Cに対する支払い拒絶の理由にはできないとの理屈です。

 手形は現金と同じですので、Bに対して預けた現金でも、それがBからCに支払われてしまった場合は、Cに対し、それは「Bに預けた俺のカネだ」とは言えないのと同じ理屈です。これはもちろん、小切手についても同じです。小切手法22条も、同様の条文を置き、「所持人の前者に対する人的関係に基づく抗弁を以て所持人に対抗することを得ず」と定めています。

 ●手形を受け取る場合の注意


 このような現金と同様の効力を持つ手形ですが、しかし、残念ながら日本銀行が発行した紙幣ほどの価値は有りません。振出人が倒産してしまえば絵葉書になってしまうのが手形です。それに、手形は当事者間の契約をもって解釈されるのではなく、手形面上の記載だけで解釈されるとの形式性を持つところも注意を要するところです。

 形式性とは次のようなことです。手形法は、手形であるための要件を定めています。そして、問題になることが多いのが振出日と受取人の記載です。これを省略するとの実務があるのですが、振出日と受取人の記載は手形要件ですので、この記載がないと手形は手形としての効力を持ちません。

 ただ、手形交換所規則は、振出日と受取人欄の記載がない場合ついても、特別に、それを有効な手形として取り扱うとの運用をしています。それほどに振出日などの記載がない手形が多く流通しているということです。

 しかし、手形法では、要件が欠けた手形は、銀行から交付された統一手形用紙を使用していても、手形法上の手形ではありません。逆に、白紙に手書きした手形でも、手形法の要件を満たしていれば手形としての効力を持ちます。貸金業者が、借用書に代えて、自分で印刷した手形用紙を利用しているのは、手形法の効果、つまり、勝訴判決を得るのが簡単だとの効果を確保するために行っていることです。

 では、振出日、あるいは受取人の記載のない手形を呈示してしまった場合には、どのような結果になるでしょうか。まず、手形交換所規則の上では呈示の効果があり、したがって、支払いがない場合は不渡り処分を受けることになりますが、しかし、手形法上の呈示の効果はありませんので、呈示を要件としている手形法上の効果は生じないことになります。

 呈示が要件になっているのは、1)支払日からの利息の起算と、2)裏書き人に対する遡及権の確保です。1)については小さな問題ですが、2)は大きな問題です。仮に、手形がAによって振り出され、B、Cなどの何人かの裏書人を経て、いまDが所持しているという場合に、この手形が、振出日、あるいは受取人欄の記載のないまま呈示された場合は、その後、Dは、Aに対する請求権は確保しますが、裏書人であるBとCに対する遡及権は失います。なぜなら、裏書人に遡及できるのは、手形の支払期日(3日以内)に適式に呈示された手形が不渡りになった場合に限るからです。

 小切手の場合は、上記の例ですと、振出人であるAに対する遡及権も失います。小切手の場合は、振出人自体も、支払者ではなく、不渡りの場合の遡及義務者と位置づけられているからです。小切手法39条は、「適法の時期に呈示したる小切手の支払なき場合に於て……所持人は裏書人、振出人其の他の債務者に対し其の遡求権を行うことを得」と定めています。

 ●手形の価値を更に高めるには


 手形は現金と同じですが、しかし、振出人の資力に頼るところがあり、これが手形の弱さなのですが、商売である以上は、この弱さを補強し、手形の価値を高めておく必要があります。その方法として可能なのが手形に保証をもらう方法です。

 通常の取引の過程では、取引先の社長に対し、手形への保証人として署名を要求することは不可能かもしれませんが、支払期日の延期(ジャンプ)の申し入れなどがあった場合には、その見返りに、手形面上に、社長個人の保証を付けてもらうチャンスでもあります。手形の保証は簡単で、振出人と並んで個人の署名をもらい、そこに印を押してもらえばokです。

 ただ、実際には、ジャンプを依頼された手形の大部分は、その後、不渡りになってしまうのが、最近の取引の実際です。したがって、ジャンプを依頼された場合には、個人保証をもらうとの法的な対策の他に、額面の全額の支払いが不可能でも、その半分、あるいは一部の支払いを要求すべきです。ジャンプを依頼された場合に、それを了承するか、あるいは手形を振り込むかの二者択一の判断をしてしまうことが多いのですが、その中間に位置する一部支払いが可能なことは金銭による支払いである以上は当然のことです。

 しかし、手形不渡りを防ぐ最善の手段は、危ない取引先を見分けるノウハウを持つことであることは説明するまでもありません。いつか、そのノウハウについても語る機会があると思いますが、今回は、手形というものをご理解頂きたく、その概略を説明してみました。ご理解頂けたでしょうか。