DCFの原稿 (菅野真美)

 DCF M&Aの現場で

◆はじめに

 DCFは、M&Aの際に価格交渉の材料としてよく用いられる株価算定方法です。DCFとはどのようなものか、なぜDCFが使われるのか、どういう形で使われるかを検討してみます。

◆DCFとは

 DCFとは、毎年会社が稼ぎ出す支払利息控除前の現金流入額を現在価値で割引き合計して会社の価値(企業価値)を算定する方法です。会社の事業資金は、一般的には金融機関等からの借入金と投資家からの出資で賄っているので、投資家からの出資の評価すなわち株価は、企業価値から借入金相当額を差し引いた金額を発行済株式総数で除して算定します。

 この現金流入額とは、フリーキャッシュフロー(FCF)すなわち経営者が自由に使えるお金のことであり、利益計画の数値から算定します。利益計画は5年程度が多いので、5年間のFCFについては、毎年のFCFを現在価値で割引き、6年目以降については、通常5年目のFCFが永遠に続くと仮定して算定します。

 利益計画のFCFを現在時点での数値で評価するためには割引率を乗ずることになります。割引率は、借入金の支払利息と、投資家がその会社に期待している利回りを加重平均して計算します。低金利の時代ですが、非上場会社は上場会社よりも株式の換金価値が乏しいので、割引率は優良な会社でも5%程度が下限であり、リスクの高い会社の場合10%を超えることもあります。

◆M&Aの現場でのDCF

 投資家が事業を買収しようとする時、買収資金がいくらなら採算が合うかを考えます。買収資金の回収方法は、継続企業の場合、その会社に現在ある財産ではなく、将来生み出す利益です。ですから純資産価額や類似業種比準価額は、買収価格算定においては不向きです。その点DCFは将来生み出すキャッシュを現在価値に割り引いて算定しますから投資家のニーズに合います。

 ただM&Aの現場でDCFを使うのは、結論の価格としてではなく有利に交渉を進めるための材料としてです。たとえば同じ利益計画を利用してDCFを算定しても売り手側と買い手側で結果はまず異なります。これはDCFは評価者の判断が入るからです。売り手は、利益計画の妥当性を主張してFCFを高く見積もったり割引率を低めに設定して、より高い売却価額を提示します。買い手は、利益計画の甘さを主張してFCFを低く見積もったり割引率を高く設定して、より低い購入価額を提示します。

 そして両社がそれぞれの価額の合理性を主張しながら価格交渉をしますが、一般的には最終のトップ会談で価額は決まります。この価額はそれまでの交渉の延長線上の合理的な価額で決まる場合がほとんどですが、時には予想外の価額で妥結して株価算定書が紙くずになる場合もあります。

 このようにDCFは純資産価額や類似業種比準価額のように誰が算定してもほぼ同じ結果になるような方法と比べると、遥かに動的であり、専門家としての説得力が要求される株価算定方法です。

        (tax MLグループ 税理士 菅野真美)