遺言信託は晴れた日の傘

 

遺言信託は晴れた日の傘

◆ 遺言信託が利用されていた事案で

 雨の日には傘を貸さず、晴れた日に傘を貸すのが銀行と言われていますが、これは遺言信託についても同様のようです。このことを説明するため、信託銀行が遺言執行者に指定された相続事案を紹介してみます。

 遺言信託をしていたのは父親で、遺産の大部分を長男に相続させるのが公正証書遺言の内容でした。次男と三男もいくらかの遺産の配分を受けますが、とても遺留分には足りません。そこで遺留分減殺請求を行ったわけです。

◆ 雨が降ったら傘を貸してくれない信託銀行

 ところが1年近く引き延ばされた挙げ句に返ってきたのは「遺留分減殺請求などのトラブルが発生した場合は遺言執行事務は行えない」との回答。遅滞なく作成することになっている財産目録も作成されませんでした。

 確かに、弁護士会との間には、「現に法的紛争があり、または法的紛争を生じる蓋然性が極めて高いと認められる」場合には、信託銀行は遺言書作成に関する相談を引き受けないとの申し合わせがあります。

 しかし、遺言執行者に就任してしまった以上は、仮にトラブルが発生した場合でも、遺言書と法に従った適正な処理をするのが遺言執行者としての義務だと思うのですが、残念ながら、信託銀行の対応は上記のようなものでした。

◆ 晴れになったら傘をさしのべてきた信託銀行


 やむを得ず、次男らは弁護士に依頼して相続問題を解決することになるのですが、それが解決したところで連絡してきたのが信託銀行。なんと、400万円の遺言執行費用の請求です。

 信託銀行は、相続税の申告が必要な事案では税理士を紹介し、登記事務については司法書士を、さらに事案によっては弁護士を紹介してくれますが、これらの手続が必要になった事案では、遺言執行費用とは別に、各々の専門家が相続人に対して手数料を請求してきます。

 したがって、信託銀行が行うのは、1)トラブルのある相続の場合も、2)トラブルのない相続の場合も、預貯金と有価証券、それにゴルフ会員権の名義変更手続ぐらいなのですが、その手数料が400万円だというのです。

 それに、信託銀行が定める遺言執行費用の計算方法も気になります。債務を無視し、遺産(資産)総額に対して0.5%から2%の料率を乗じて遺言執行費用を計算しますので、多額の債務が存在する相続の場合は、相続人が取得した実際の利益(純財産)に比較し、高額な遺言執行費用が計算されてしまうからです。

 まさに、晴れの日の傘としてしか役に立たないのが遺言信託です。トラブルの有る相続には役立たず、トラブルの無い相続には不要なのが遺言信託と考えても間違いではなさそうです。


         taxmlグループ(弁護士・公認会計士 関根 稔)


 その後の情報(平成18年3月25日)

 信託銀行に遺言信託をしていても、相続させる遺言の場合は、不動産の価額を料金算定の基礎から抜いてもらえるという経験をした税理士の話しを聞きました。

 平成17年の実例で、信託銀行に最高裁判決を示し、どのような理由で報酬算定の基礎に加えるのか、また信託銀行は不動産について何をするのかと問いただしたところ、400万円弱の報酬がいきなり減額されたそうです。信託銀行の説明では、相手からクレームがつかなければ、不動産も料金の算定の基礎に含めるという説明でした。この件について、別の信託銀行にも確認したところ、同様の反応だったそうです。

 ただ、不動産を含めた目録の作成など、遺言執行者も手間をかけているので、その分の手間として30万円を支払うことにしたそうです。

 これは某M信託の例だそうですが、その後、知人の税理士も同じように交渉し、800万円の報酬をゼロにしたそうです。