税務処理にはストーリーが必要

 ◆ 土地の譲渡損を実現すると


 「含み損を抱えた土地を社長個人に売却し、譲渡損を計上して法人税を節税する」。これがA社の処理です。
 「息子に会社の経営を引き継ぐことにした。バブル時に購入し、多額の含み損を抱えている土地は、社長である私が買い取り、資産状態を健全化してから息子に会社の経営を引き渡すことにした」。これがB社の処理です。

 土地の含み損を計上し、法人税を節税するという意味では同一の処理なのですが、前者には否認のリスクがつきまとうのに対して、後者は安心して実行できる手法です。どこに違いがあるかといえばストーリーの存否です。

 ◆ 必要なのはストーリー


 司法研修所が編集した「民事訴訟における事実認定」という書籍で、6人の裁判官が、法廷における事実認定の手法を語っています。そこで6人中の4人が語っているのがストーリーの重要性です。

 「当事者が主張するストーリー(仮説)をきちんと出させ、いわば対立の軸を明らかにした上で、それぞれの主張にどの程度の合理性があるか、証拠の裏付けがあるかなどの一応の見通しを立てるわけです(A裁判官)」。「動かない事実がなぜ重要かと言えば、それは裁判所が仮説として得たストーリーを検証する試金石となるからです(B裁判官)」。「ストーリーに合理性があるかどうかを検討するとき、自分の乏しい経験だけをもとにして考えるのはよくありません(C裁判官)」。「ストーリーを自ら多重的、複眼的に用意して、集まった証拠を総合して、どのイメージが合うかを探り当ててゆくのが事実認定(D裁判官)」。

 ストーリーという言葉には、仮構のイメージがありますが、ストーリーが意味するのは、そのように否定的な側面だけではありません。裁判官に限らず、税務職員を説得するためにも、積極的に利用されるべきがストーリーの存在です。

 ◆ 動機不純は最悪


 同一の事実であっても、それが節税の為に実行される場合は動機が不純だと批判されることになります。批判的な視点で事実が検証されてしまえば、どのような事実認定が登場するか分かりません。代金の支払いの有無や、抵当権登記の抹消の有無、売買後の物件の使用関係や、稟議書や契約書類の存否などの検証で、動機不純がマイナスに働くかも知れません。

 健全なストーリーは、そのような軋轢に対する予防薬です。

 課税処理は、客観的な事実の問題であると同時に、その事実を、どのように評価するかという価値判断の局面を持ちます。一つの処理について、どのような説得力のあるストーリーを描き出すか。これも実務を扱う税理士の知恵と理解しておく必要があります。

ドイツ租税通則法42条

 2 濫用が認められるのは、納税義務者または第三者に適切な形成との比較において法的に適切でない課税上の利益につながる、不適切な法的形成が選択される場合である。ただし、このことは、納税義務者が選択した形成に関して事実関係の全体像に基づき考慮される租税以外の理由を証明した場合には、妥当しない。