岸本佐知子 三浦しをん 吉田篤弘 吉田浩美 文藝春秋 2015/12/18 誰でも読んでいる ドストエフスキーの名作「罪と罰」。 それを読んだことが無い4人の作家が、 読むことなく「罪と罰」のストーリーを論じます。 しかし、読ませます、笑わせます、感心させられます。 電車の中でクスッと笑ってしまいました。 いや、こんな企画が書籍になるのだ。 それこそが4人の人達の才能。 P18 篤弘: ああ、ちょっと願望入ってるかもしれない(笑)。あと、たしか、主人公がおばあさんを殺すんじゃないかな。 三浦: 私もそれはなんとなく。 岸本: 私もぼんやり。 浩美: それはですね(と意味ありげな笑みを浮かべて)、金貸しの老婆なんですよ。 三浦: えっ?さっき、家賃を溜めてるって聞いたから、大家のおぽあさんを殺すのかなって勝手に思ってたんですが。 篤弘: ちょっと整理しますけどね、いまのところ、しをんさんが『罪と罰』について知っていることってなんですか。 三浦: なんにも知らないです。主人公がラスコなんとかで、おばあさんを殺すっていうのは知ってましたけど、それだけかな。金貸しって言われるとそんな気もするけれど、なんとなく下宿の大家さんを殺すんだと思ってました。ただ、殺害方法とかはわからないです。 浩美: 皆さん、他には何も知らないの?(と、いきなり上から目線) 篤弘: あとは、見るからに(と上下巻2冊の文庫本を指差し)分厚くて長い小説だってこと。 三浦: こんなにページ数があるのに、私たちにはこれしか情報がないのか……。 岸本: あ、あと、なんか7年食らうみたいなんですよ。 三浦: 捕まっちゃうんだ! 岸本: 牢屋で「あと7年」って言ってるから。 |
稲垣史生(時代考証家) 新人物文庫 2015/12/13 凄く豊かな江戸の時代 戦争が起きなかっただけではなく、 対外戦力を必要としなかった265年。 軍隊を持たずに 265年の平和を維持した歴史は、 恐らく、世界を探しても存在しないと思う。 圧政の時代ではなく 庶民の文化が花開いた時代。 P217 侍は戦がないから収人はふえない。にもかかわらず、物価が上がるから例外なく貧乏をした。 上は大名から徒士・足軽に至るまで同じこと、麹町には大名専門の質屋があった。また大名・旗本が富裕町人から、産米を担保に常時借金を繰返したため首が廻らない。蔵米取りの小旗本や御家人が、これまた給米を担保に札差から金を借りた。算勘を卑しむ侍ゆえに、法外な利子や「おどり」と称するからくりにも気づかず、思いのまま取られてますます貧乏になった。 P218 一方、町人はインフレ景気と、武士から絞りあげて太りに太った。資産4、50万両の町人は珍しくないが、これは利子だけ勘定しても、年収で中クラスの大名に匹敵した。蔵前の札差伊勢屋には200両取る手代が4人もいた。その年収は1千石の旗本と同じだから嫌んなっちまう。 町人はこの財力で、遊里に芝居町に贅沢三昧をつくした。贅沢・放蕩を通り越したのは通人というが、横綱格が18人もいて「十八大通」といった。その大部分が札差だったことで、どんなに阿漕に絞ったかがわかる。どうせ悪銭身につかずで、どんなに湯水のように使ったかもわかる。 |
森田真生(独立研究者) 新潮社 2015/12/13 どこかで書評を読み、 思わせぶりなタイトルに惹かれて読んでみましたが、 私には、専門外、 関心外の内容でした。 しかし、私の知らない世界もあるのだと。 P132 実際、コンピュータの中で数字は、二進法で表現される。何と言っても、二つの記号だけですべての数を表せるのが魅力である。その点、二進法は十進法よりもはるかにエレガントだが、世界中の大部分の人は十進法を使う。それは、身体を使って数を扱う人間にとって、十進法がたまたま運用上、もっとも合理的であったというだけのことである。 P133 こんな大胆さにもかかわらず、ちゃんと教えれば小学生でも数直線を理解できる。それはなぜかと言えば、数と直線を結びつけてしまう衝動が、初めから人間の中にあるからである。先ほど述べたように、人間の脳の中では、数と位置とが極めて近しい関係にある。だからこそ、数字の世界を直線として想像することが自然に感じられるのだ。 |
山本博文(東京大学史料編纂所教授) 祥伝社新書 2015/12/03 多々、思い込んでいた江戸の歴史を修正させられます。 説明されれば当たり前のことですが、 江戸時代の法制度の完成度は高く、 無茶な制度ではなかった。 町奉行所には「捕物帖」という冊子があり、 それが国会図書館に「旧幕府引継書」として所蔵されている。 なぜ、それほど確かな史料があり、 著者のような優れた研究者が存在するのに、 思い込みだけの江戸時代が語られているのか不思議です。 もっとも、私達が目にするのはチャンバラ映画であって、 それは現代の法廷モノ映画や、警察ドラマが作り事であるのと同じ。 江戸時代って、凄く、豊かで住みやすい時代だった。 江戸時代を悪政の時代と定義したのは薩長史観なのだろう。 P29 寺社奉行、町奉行、勘定奉行の心得として、3代将軍家光の言葉が大事にされていた。その一つは「奉行の捌き」で、理非を明らかにして、証拠のあるほうを勝たせて、証拠のないほうが負けになって差し障りがないとするものである。 もう一つは「天下の捌き」という考えである。理非を曲げるものではないが、負けた側がその後の生活や商業活動に難儀せぬように、配慮も考えてやるというものである。 たとえば、板倉宗重が裁断したものとして、公家の主従が諍いになり訴訟になった。調べてみると主人のほうに無理があった。だが、家来が主人に勝つということは許されない。そこで理を非とすることはできないが、主人と家来で四分と六分で落着させたということもあった。 P40 数珠屋六左衛門の弟子伝兵衛は、放火の罪で火罪にされる前日に晒されたが、見物の者が「放火は伝兵衛がしたもんじゃねぇ」というのを町奉行所同心が聞き、大岡に報告した。 大岡が調べると伝兵衛にはアリバイがあり、大岡は老中に刑の執行延期と再吟味を申請して調査すると、伝兵衛を捕縛した火付盗賊改方の岡っ引きが、威して認めさせたことがわかり、大岡は岡っ引きを死罪とした。 P115 公事宿の収入は、宿賃の他に代書料があり、勝訴になった場合には成功報酬を受けた。中には宿泊料を稼ぐために故意に公事を引き延ばしたり、法廷戦術を教えない悪質な者もいて、公事宿や公事師に騙されて財産を失う者もいた。 P116 8代将軍吉宗は寛保2(1742)年に、基本法典の『公事方御定書』上下2巻を完成させた。特に下巻は旧来の判例に基づいた刑事法令を収録し、これを『御定書百箇条』と言う。 だが、犯罪と裁判に関する法律の『御定書百箇条』は、南北両町奉行と勘定奉行、京都所司代、大坂城代のみが閲覧を許される秘密法とされた。これは罪に対する罰則を知らせずに恐怖感を持たせ、犯罪防止を狙ったものだった。 P120 百姓一揆などで、将軍や幕閣などに直接に訴状を渡す直訴は堅く禁じられ、直訴はすべて原告の死罪と確定していると誤解されているが、徒党を組んで騒動を起こし狼籍を働いたなどでなければ、問題にされていない。天保11年の三方領知替えで、庄内藩の転封に反対する領民が直訴したが、これに対する処罰はなかった。 登城する老中の駕籠に訴状を出す「駕籠訴」は容認されており、「お願いします」と言って駕籠に駆け寄る者を、警護の者は二度までは突き飛ばすが、三度目には訴状を受理した。刑罰も「急度叱り」程度だったとされている。 |
荒川和久(博報堂) ディスカバー携書 2015/12/02 男性の未婚者について、 消費経済の顧客としての分析をします。 ソロ男は、ニートではない ソロ男は、すべてオタクではない ソロ男は、結婚できないのではない ソロ男は、ゲイではない ソロ男は、お金を使わないわけではない ソロ男は、かわいそうな人ではない ソロ男は、あなたの周りにたくさんいる P21 単身世帯率を高める要因のひとつとしては、晩婚・未婚があげられる。国立社会保障・人口問題研究所が発表している日本の生涯未婚率によれば、男性の生涯未婚率は1990年の5.6%から2010年には20.1%まで急増している。5人に1人の男性は、生涯未婚で終わるということになる。 P24 さらに、離婚率を見てみると、1970年にはわずか9%程度だったが、2005年ごろからほぼ35%前後で安定して推移していることがわかる。結婚しても3組に1組は離婚する計算である。 P263 共通して言えることは、ソロ男は趣味を通じて達成感を得ることに価値を感じている点である。失礼ながら、一文の得にもならないような趣味も多いが、元来、趣味とはそういうものだ。損得勘定ではなく、純粋に没頭できる楽しさがそこにはある。そういう気持ちは、年を重ね、大人になるにつれて忘れてしまいがちなのだが。 子どものころを思い出してほしい。好きなことに没頭していると時間の経過も忘れて、あたりが真っ暗になるまでグラウンドで遊びまくったという経験があるのではないだろうか。 集中し、専念しているからこそ発見できるものもある。自発的な創意工夫が生まれ、それがまた新たな歓びにつながる。心の中からほとばしるエネルギーが次々と湧きあがる。そこには損得勘定もなければ、義務感もない。ある意味、ソロ男はそんな少年のような心を持ち続けている人たちなのかもしれない。 |
榎本博明(心理学博士) 日経プレミアムシリーズ 2015/11/28 自分と異なる発想方法の人達を、 認知的複雑性が低い人と定義してしまう。 本書の主張を丸ごと信じてしまえば、 そのような人間が出現してしまいそう。 それこそが、本書が否定する認知的複雑性が低い人達。 本書が主張する論理と逆の人間を想定しながら読み進める必要がある。 薄っぺらいと思える人達でも、社会に対応している人達は幾らでも存在する。 いや、薄っぺらい人達の方が、社会的な適応性は高いともいえる。 本書が分析するのは、 ゴチャゴチャと思い悩む人達の自己満足の論理なのかもしれない。 P40 それに加えて、これら一連の実験によって証明されたのは、能力の低い人は、ただ何かをする能力が低いというだけではなく、自分の能力が低いことに気がつく能力も低いということであった。 P44 認知的複雑性というのは、物事を複雑に、つまり多面的にみることができるかどうかということだ。認知的複雑性が低いと人というのは、非常に単純なものの見方をする。認知的に単純な人ということになる。 P57 ノレムによれば、防衛的悲観主義者は、これから起こることを考えるときには徹底してネガティブ・シンキングをする。不安を持ちやすく、「最悪の事態」をあらゆる角度から悲観的に想像しては失敗するのではないかと怖れる。しかし、結果的には最もうまくいくタイプなのである。 P58 こうして、防衛的悲観主義者の場合、ネガティブなままでいた方がよい成績を上げることができ、ポジティブになるとかえって成績が悪くなることが、心理学の実験によって証明された。 P59 ポジティブ思考がモチベーションを上げるのは確かだが、だからといって何が何でもポジティブがいいというようなポジティブ信仰に陥らずに、ネガティブ思考のポジティブ・パワーのことも頭に留めておく必要があるだろう。 P60 不安というものを悪いものとみなし、ない方がよいものとみなす傾向があるが、じつは不安が成長を導くのであって、むしろ不安がないという人物の方が軽率な行動が多かったり、いくら言っても人の言葉が染み込まずに行動が改善されなかったりして、伸びないことが多い。 P77 「経験への開放性」というのは、あまり聞き慣れない言葉かもしれない。これは、自分が今経験していること、つまり自分の心の動きに開かれているかどうかを意味する心理学用語である。 もう少し具体的に言い換えると、自分の中のモヤモヤした思いに敏感で、それを汲み取ることができているかということ。自分は何をイライラしているのか、自分は何が不安なのか、自分は何を物足りなく思っているのか、などといった、「自分が心の中で経験していること」がわかるかどうか、ということである。 P83 「意識高い系」と呼ばれるような「仕事ができる風」な人が、なぜか自信満々で、ほんとうに仕事ができる人の方が不安が強かったりするが、その理由のひとつに、前者は下方比較をするクセがあり、後者は上方比較をするクセがある、ということがある。 P88 「意識高い系」と言われる人たちが、自分の力不足を認めようとせず、むしろ周囲の人たちを見下すような態度を取るのも、無意識的な自己防衛のために下方比較をするクセを身につけているからに他ならない。 P108 その後、市場経済の発展はとどまるところを知らず、人々は、まさにフロムの言うパーソナリティ市場に売りに出された商品さながらに、周囲からの評価を気にして過ごしつつ、そんな生き方の虚しさをどこかで感じている。 P110 個性の時代などと言われ、個性を大切にしようなどと言われるにもかかわらず、個性の乏しい人々が世の中に溢れているように感じるのも、個性的な人物は市場原理によって排除されやすいからであろう。もともと同調圧力の強い日本社会では、個性は強く抑圧されがちだ。 だれもが市場原理に取り込まれてしまう。そんな時代に蔓延しているのが「嫌われたくない心理」だということができないだろうか。 P113 今は年配者も若手にあまり厳しいことを言わないようになったが、それを「やさしさ」のあらわれと勘違いすべきではない。「自分かわいさ」のあらわれと言うべきだろう。 |
堤 未果 集英社新書 2015/11/24 米国での老後については、 勝ち組であることが必要。 そんな感じの著書です。 米国の健康保険制度の多様な問題点を指摘ますが、 どうも実感が掴めず、客観的な分析なのか、著者の主張を根拠付ける為の論理なのか、私には、判断ができません。これが客観的な分析なら、米国の貧乏人は大変な状況です。 米国では、医師になるべきではなく、弁護士になるべきだと。 P14 夫が寝たきりになった時、訪問看護師のベッツィーには、通常1日7時間、週5日で月4000ドル(40万円)のところを、無理を言って6500ドル(65万円)払い、週7日毎日来てもらっていた。本当に払っただけの価値はあったと思う。 公的介護保険のないアメリカでは、65歳を過ぎた高齢者が、医療費や介護サービスも含めて必要な資金は、インフレを考慮すると150万ドル(1億5000万円)だと言われている。最後まで自尊心を保ち、夫婦や家族の関係を保ちながら死ぬための費用ともいえるだろう。 夫のいない自宅は広すぎてさびしい。友人の紹介で入居したオックスナードのこの介護ケア付き施設は、入居金38万ドル(3800万円)で月額6000ドル(60万円)、評判どおり本当に快適だ。 80人の入居者は、それぞれゆったりとした個室を持ち、行き届いたサービスには定評がある。糖尿病や認知症など、重篤な段階に進んだ場合は退去しなければならず、入居者の平均滞在期間は3年から5年だという。 その後は認知症ケアがついている毎月9000ドル(90万円)の老人ホームに入ることを勧められるが、レイチェルはベッツィーをもう一度雇い、最後まで自宅で世話をしてもらうつもりでいた。 先日雑誌で読んだ記事によると、世間では親の介護はほとんど女性が行うという。 弁護士や医者のような堅い仕事について熱心に働き、100万ドル(1億円)稼いだとしても、親が数年間寝たきりになったらあっという間に無一文になってしまう。介護疲れから鬱になる女性も急増しているらしい。ましてや子育てと介護の期間が重なったりしたら、最悪だろう。 娘たちは二人とも、努力して弁護士になった。 せっかく自由の国アメリカに生まれたのだから、自立した女性の生き方をさせてやりたい。レイチェルは娘たちが生まれた時から、そう心に決めていた。 そして自分は誰にも迷惑をかけず、自分の好きな場所で、クリスチャンらしく尊厳を持って、穏やかな最期を迎えるのだ。 |
江澤隆志 洋泉社 2015/11/17 地鎮祭に呼ばれ、 仏様より古い 神様の歴史に触れたような気がした。 とりあえずの入門書として読んでみたのが本書。 先祖の霊(祖霊)と精霊が合してしまったのでは、 靖国神社に祭られた霊を分離することはできないのだ。 P8 日本古来の神は先祖の霊(祖霊)と精霊が合したもので、後世、これを氏神などと呼ぶようになった。 P13 日本の神社の信仰の特徴は分霊といって神霊をいくらでも分けてまつることができるということだ。 P86 6世紀の仏教伝来以降、日本では神仏習合が進展したが、その影響を受けて、奈良時代になると神社の境内やその周辺にあえて寺院が建立された。こうした寺院を神宮寺という。神宮寺の本来の役割は、仏法への帰依を願う神々を救済し成仏させることにあり、そこでは僧侶が神に向けて読経したり、写経を神社に奉納したりして、法楽(仏法の楽しみを神々に信受させること)を行った。 P92 慶応3年(1867)12月9日、明治天皇は「王政復古の大号令」を発した。明治維新のマニフェストであるこの号令には、神武天皇時代の政体に復古することが謳われていたが、翌年3月には、これにもとづき、祭政一致制度の再興が太政官によって布告され、古代の朝廷に置かれていた神社行政を司る役所、神祇官が復興されることになった。 だが当時、神道は古代以来の神仏習合によって仏教と深く混淆し、神社と神職の多くは隣接する寺院と僧侶(社僧)の支配下に置かれていた。したがって新政府の幹部たちは、神道を仏教の影響を受ける前の姿にリセットし、さらにそれを天皇崇拝を核とする国教的なものへ再編成する必要性を感じていた。 P93 「神仏習合前の状態に神社を戻す」というのが神仏分離政策の建前だったが、現実に行われたのは、記紀神話などで権威づけられた神々への信仰対象の転換と、全国の神社の国家的なイデオロギーのもとへの包摂であり、この動きが国家神道を育むことになったのである。 |
竜田一人 講談社 2015/11/11 福島第一原子力発電所 そこで働いた労働者の経験。 その漫画化です。 自分の主張を根拠付ける為に、 自分に都合の良い事実を拾い上げる。 そのようなジャーナリストの文章よりも、 100倍も現場の雰囲気が伝わってきます。 いや、漫画でも脚色は可能なのでしょうが、 素直な現場観察が語られているように思えます。 皆さん、日々、 現場復興の為に頑張っている。 決して、無謀な頑張りではなく、 キチンと管理された安全の上の頑張り。 真面目に働く日本人が語られてます。 |
堤 未果(ジャーナリスト) 集英社新書 2015/11/11 アメリカで 貧乏人として生活するのは大変です。 日本の健康保険や年金も自己増殖を続けてますが、 しかし、自己増殖システムの試行錯誤の歴史がある。 米国には、その歴史がなく、 多数の人達(いや、巨大資本)が 利益を奪い合う市場になっている。 オバマケアで導入された皆保険も、 日本の個人番号制度と同じように、 試行錯誤と役所が担当する為の過大なコスト、 医者に大量の事務処理を要求するシステムと、 製薬業界や保険制度との摺り合わせが不完全。 日本の医療は平等ですが、 これは世界の常識ではない。 いや、恐ろしい世界(米国)です。 P61 政府が薬価交渉権を持たないアメリカで、薬は製薬会社の言い値で売られ、おそろしく値段が高い。 そのうえ新薬を開発し特許を取れば、長期間マーケットを独占して自由価格で販売できるため、アメリカでは需要が拡大しても薬の値段は下がらないのだ。 P87 米国内科学会のデータによると、メディケイド患者は民間保険の加入者より50パーセント、無保険者より13パーセント死亡率が高いという。最大の理由は、国からの治療費支払い率がメディケイドは民間保険の6割と非常に低く、メディケイド患者を診れば診るほど、医師や病院は赤字になってしまうからだ。 P89 「1993年に成立した資産回収(Estate Recovery)法です。55歳以上でメディケアを受給している場合、死亡した時点で州に自宅などの資産を没収され、それまで払った医療費を回収される。これについて、政府もマスコミも推進派もなぜか国民にきちんと知らせていません」 P113 「例えば、医療のイの字も知らないような若い女性に、患者に必要な薬を処方する許可をとらなきゃならない時。その薬が本当にいま必要か否かを、電話の向こうの素人とやりあうむなしさといったらありません。まあ彼女たちは承認の電話4件ごとに1件却下するといったようなノルマを会社から与えられていますから、絶対に折り合いはつかない。薬は必要ないだろうと繰り返す彼女に向かって、無駄だとわかっていてもつい言ってしまう。 『ねえ、50キロ先にある保険会社のコールセンターにいる君と、今目の前で患者を診察しているわたしと、いったいどっちがその答えを知ってるだろうね?』 でも彼女は却下します。それが会社の指示ならね。で、どうなるか?患者は私を責めるわけです。なぜちゃんと保険会社に説明してくれないんだって。目の前で泣き出す患者もいます。却下したのは保険会社なのに、まるで私が患者を苦しめているような図になるのはとても辛いですよ」 P115 「この国のすべての専門職の中で自殺率がトップの職業をご存知ですか?医師ですよ。このうえオバマケアで1600万人のメディケイド患者とさらなる書類業務が加わったら、…… P118 「なあお前、どんな夢を追ってもいいが、医師だけにはなるんじゃないそ」 ついこのあいだも来年高校を卒業する4番目の娘ミシェルにそう言ったところ、 「大丈夫よお父さん、心配しないで」と、ミシェルは電話口で優しく答えた。 「お父さんをみていればよくわかるもの。だから自分でも、本当によく考えてみたのよ」 「それで答えは出たのかい?」 娘の声は、明るく自信に満ちていた。 「ええもちろんよ。私ね、大学を出たら司法試験を受けて、訴訟専門弁護士になるわ!」 |
坂本節郎(博報堂 63歳) 原田曜平(博報堂 38歳) 東洋経済 2015/11/02 団塊世代 = 60代 ポパイ・JJ世代 = 50代半ば〜60代前半 新人類世代 = 50歳前後〜半ば バブル世代 = 40代半ば〜後半 団塊ジュニア世代 = 30代前半〜40代半ば さとり世代 = 20代前半〜30代前半 上記のように年齢を区分し、 各々の年齢の人達を語ります。 私(団塊の世代)では、 常に、地価は上昇した。 だから究極の価値は土地だった。 地価が下がる時代になっても、 土地に対する思いは消えません。 しかし、社会に参加してから以降、常に、 地価が下がり続ける「さとり世代」の人達。 これからの時代は、 彼らが主人公ですが、 彼らは何に究極の価値を感じているのか。 私の疑問に対する視点はゼロでした。 しかし、読んでいて面白く、 また、納得する内容でした。 団塊の世代が、その後の世代を過ごし、いま「さとり世代」で果たしている立場。 「さとり世代」の人達が、社会に参加し、どのような価値観で生きているのか。 漠然と感じる時代の空気を、 6つの時代に区切り、 各々の時代のキーワードを示しながら さとり世代に至る時代の流れを説明する。 団塊の世代(私達)は「封建制と革新性」を共に持っている。 団塊の世代が、その後の世代に嫌われるのは「封建制」の故。 ある世代に存在したモノが、 その後の世代には存在しない。 存在するもモノ(新製品)が時代を造ると共に、 存在しないモノ(東西冷戦、高度経済成長)が時代を造るのだ。 しかし、 新しく登場したモノは見えるが、 静かに消え去ったモノは見えない。 団塊の世代の私には読めるが、 消えたモノについての認識がない、 その後の世代の人達に読める書なのか。 親の世代の意識が、幾つかの時代を跳び越えて、子の世代に伝えられる。 団塊世代が団塊ジュニア世代に、新人類時代がさとり世代に。 それらの繋がり(クロスジェネレーション)が時代を読む鍵だ。 いや、面白かった。 本書は、 最初に「さとり世代」を読み、 今を知った上で、団塊の世代から読むと、 団塊の世代や、新人類の時代を過去としてではなく、今として読める。 |
増田明利 彩図社 2015/10/29 40名ほどのワーキングプアの人達の生活を紹介します。 いや、実話なのか、脚色されたフィクションなのか。 読書をするレベルの生活(ある程度は安定)の人達に、 俺より下の人達がいると自己満足させるための書。 P186 「仕事が楽しいと言える人はどんな暮らしをしているんでしょう?わたしは社会人6年目になるけど仕事が楽しいとかやり甲斐を感じたことはほとんどありませんよ。ただただ疲れる……。それだけですけど」 |
中田一郎(中央大学文学部教授) リトン 2015/10/18 全ての法律の源流に位置するハンムラビ法典。 これが旧約聖書に取り込まれ、 新約聖書の世界を経てナポレオン法典として成立し、 さらに、ナポレオン法典の翻訳によって成立したのが日本民法。 贈与に関する規定 それを期待したのですが存在しませんでした。 「目には目を」 これを引用すれば次の通りです。 前提の知識として、 ハンムラビの時代のバビロニアには3つの身分が存在した。 アウィールムと呼ばれる上層自由人、 ムシュケーヌと呼ばれる一般自由人、 それと奴隷の三層構造です。 それらが傷つけられた場合に応じて罰が異なる。 ちなみに、 同一のヶ所に通じる 旧約聖書と新約聖書の定めは次の通り。 過剰応報を禁止する定め それがハムラビ法典であり、 主との契約 それが出エジプト記。 新約聖書は何なのだろう。 旧約聖書 出エジプト記 ――――――――――― しかし、殺傷事故があれば、いのちにはいのちを与えなければならない。 目には目。歯には歯。手には手。足には足。 やけどにはやけど。傷には傷。打ち傷には打ち傷。 自分の男奴隷の片目、あるいは女奴隷の片目を打ち、これをそこなった場合、その目の代償として、その奴隷を自由の身にしなければならない。 また、自分の男奴隷の歯一本、あるいは女奴隷の歯一本を打ち落としたなら、その歯の代償として、その奴隷を自由の身にしなければならない。 牛が男または女を突いて殺した場合、その牛は必ず石で打ち殺さなければならない。その肉を食べてはならない。しかし、その牛の持ち主は無罪である。 しかし、もし、牛が以前から突くくせがあり、その持ち主が注意されていても、それを監視せず、その牛が男または女を殺したのなら、その牛は石で打ち殺し、その持ち主も殺されなければならない。 新約聖書 マタイによる福音書 ――――――――――― 『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな、もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬おも向けてやりなさい。 あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、上着も与えなさい 56P(ハンムラビ法典) ――――――――――― §196 もしアウィールムがアウィールム仲間の目を損ったなら、彼らは彼の目を損わなければならない。 §197 もし彼がアウィールム仲間の骨を折ったなら、彼らは彼の骨を折らなければならない。 §198 もし彼がムシュケーヌムの目を損ったか、ムシュケーヌムの骨を折ったなら、彼は銀1マナ(約500グラム)を支払わなければならない。 §199 もし彼がアウィールムの奴隷の目を損ったかアウィールムの奴隷の骨を折ったなら、彼は彼(奴隷)の値段の半額を支払わなければならない。 §200 もしアウィールムが彼と対等のアウィールムの歯を折ったなら、彼らは彼の歯を折らなければならない。 §201 もし彼がムシュケーヌムの歯を折ったなら、彼は銀3分の1マナ(約167グラム)を支払わなければならない。 |
渡部昇一(上智大学名誉教授 文明批評家) WAC 2015/10/14 第二次大戦前後の歴史を語ります。 いま、私達が信じているのは、 東京裁判で作られた歴史感であるとして、 それを否定し、その時代の歴史の必然性を説きます。 著者が指摘する事実が正しいのか否か、 それは私には判断できませんが、 しかし、集団自衛権に賛成するとしても、 反対だとしても、 ここまで理解した上で平和を論じるべきなのだろう。 私の学生時代の「安保反対」などは、 誰も、安保の内容を理解しない反対運動だった。 いや、いまの集団自衛権も同様だろう。 賛成派も、反対派も、 内容を理解しているわけではない。 しかし、理解せず、 単純に反対している方が安全なのかも知れない。 理解してしまえば、 全ては必然性になってしまい、 悪意は存在しないことになってしまう。 P43 しかもアメリカは、日英同盟を解消させ(これについては後述する)、さらには日米開戦前、ABCD包囲陣を作って日本を経済封鎖し、鉄鉱石一つ、石油一滴入れないようにした(Aはアメリカ、Bはイギリス=ブリテン、Cはシナ=チャイナ、Dはインドネシアを植民地にしていたオランダ=ロダッチ)。言うまでもないが、石油や鉄がなければ20世紀の国家は存続しない。それをまったく封じてしまおうというのだから、これは日本に「死ね」と言っているに等しい。 P47 日本の指導者が愚劣で闇雲に大戦を始めたというのは、東京裁判史観である。『東京裁判却下・未提出辯護側資料』全8巻(国書刊行会、平成7年)を見れば、日本の首脳が日米開戦を避けようと懸命の努力をしていたことに疑う余地はない。 P59 1929年から30年にかけての世界の大恐慌のスタートについては、高校の教科書にも出てくるし、よく知られているが、その引き金はもっぱら1929年の株式相場の崩壊だとされている。しかし、単にアメリカの証券市場の暴落だけで世界中を巻き込む長い大不況が起こるわけはない。むしろ、ホーリー・スムート法によってアメリカがブロック経済に入ったことのほうが真因で、この視点を抜きにしてあの大不況を論ずることはできない。実際、1929年のホーリーらの保護貿易法案が、神経過敏になっていた株式相場崩壊のきっかけを作ったと言うべきであろう。 P72 たとえばアメリカでは自動車産業が生まれ、日本ではエレクトロニクス産業が起こったけれども、これに対してソ連には自動車産業も電子産業も結局、生まれなかった。厖大な国富を注入し続けた結果、宇宙開発と武器開発は進んだが、国富自体は痩せ衰えた。ソ連は覚醒剤的政策を70年間やり続け、病み衰えて解体したのである。 自由経済にはロスが多いかもしれないが、そこでは新しい産業が常に生まれ、富が常に生み出されていく。これは、統制経済では決して起こらないことなのである。 P87 共産革命が起きたら日本がどうなるかは、昭和47年(1972)2月の連合赤軍事件を見ればよく分かる。わずか30人ばかりのグループが、何と12人の同志男女を「総括」と称して虐殺していたのだ。これは革命のミニ版である。スターリンや毛沢東は、これと同じことを全国規模でやったと思えばよい。 P91 あえて言えば、戦前の世界において、日本の警察は比較的ましなほうであった。ソ連や毛沢東の中国は言うに及ばず、ナチス・ドイツの警察はもっともっと酷いことをやっている。アメリカにおいても、アメリカ国籍を持つ日系人がすべての資産を失い、強制収容所に入れられた時代である。そのなかにおいて、日本の警察が特に悪質だったとは誰にも言えないと思う。 P110 国家総動員体制によって、日本は完全な右翼社会主義の国家となったわけだが、最後に一つだけ述べておきたいことがある。それは、敗戦によって全体主義の軍人たちはいなくなったが、官僚とその組織はなくならなかったという事実である。 P122 首相を中心とする内閣制度は、「幕府の如きものになる」という怖れもあったという。幕府を潰した人たちは、再び幕府のようになることを怖れ、政治の権力の座についた人たちは子供を政治家にしなかった。「政治家の世襲は幕府の如し」と考えたからである。 P123 今日の我々の目から見れば、きわめて重大な欠陥を含む憲法であった明治憲法が、制定当時は欠陥が露呈することはなく、それはそれでうまくいっていたのは元老制度のおかげであった。 元老制度とは憲法の規定にもない制度であるが、明治維新に直接参加し、功績のあった人たちの話し合いの場であった。そのメンバーは、伊藤博文、山縣有朋、井上馨、黒田清隆、松方正義、西郷従道、大山巌の7名であった(大正期に桂太郎と西園寺公望が加わった)。 この元老たちが明治維新政府を明治天皇の下で興したのであるから、当時の人々は、元老の意見は天皇の意見であり、天皇の見解は元老の見解である、と誰しもが考えていた。そして、この元老たちが国務大臣の首班、すなわち首相を推薦した。当然のことながら、首相は元老たちの眼鏡に適った人間であるから、元老と首相の意見が極端に食い違うことはなかった。 |
土屋信行(東京都河川事業担当) 文春新書 2015/10/14 荒川が決壊したら、 恐らく、地下鉄に流れ込んだ水は、 千代田区、中央区まで押し寄せるのだろう。 津波が来たら、 港区、中央区、千代田区の一部は水没する。 江戸川、葛飾、足立のゼロメートル地帯は、 地震で堤防が決壊するだけで水没してしまう。 東北大震災の際には、ワイワイと騒ぎながら自宅まで歩きましたが、 もし、首都を津波が襲ったら、皇居脇辺りで、私は流されてしまった。 P3 なんと、スイスの再保険会社「スイス・リー」が2013年にまとめた「自然災害リスクの高い都市ランキング」で、東京・横浜地区が世界第1位となってしまいました。 東京・横浜地区では、約2900万人が、大地震の影響を受ける可能性があるとしています。とうとう東京・横浜は、世界で一番危険な都市になってしまったのです。 P49 荒川の堤防が決壊することにより、南北線は赤羽岩淵駅〜西ヶ原駅、本駒込駅〜四ッ谷駅、四ッ谷駅〜目黒駅という3区間に分断され、氾濫水に飲み込まれてしまったことになります。これが現実に起こりうることなのです。 堤防決壊後6時間で西日暮里など6駅、9時間で上野駅など23駅、12時間で東京・大手町など66駅、15時間で銀座・霞ヶ関・赤坂・六本木など89駅が浸水、地上より早く地下が浸水してしまう駅が35、後楽園駅や神保町駅、霞ヶ関駅、六本木駅など44の駅では、地上の浸水がなくても地下が水没することが判明しました。 P86 それにしても、こんなに危ないところに住まなくてもいいのではないかと思いませんか。私たちのご先祖様がわざわざ危ないところを選んで暮らしたのは、ここが一番「恵み」の多い土地だったからです。一年中水が豊かに流れ、農業をするには最適な軟らかい土があり、そこへ毎年決まって洪水が豊かな肥料をもたらしてくれたのです。 P102 地表面の雨水などが下水道で排水されることで、かろうじてゼロメートル地帯は地面が乾いた状態になっています。ゼロメートル地帯は1年中365日24時間1秒の休みもなく、ポンプが回り続ける体制を整えることで、乾いた地面を得ているのです。人為的にドライランドを作り出しているわけです。 P114 江戸川区の住民は約68万人ですが、避難所に指定されている小学校・中学校106校のうち、想定される浸水の高さ以上の床が確保されているのは、21校しかないのです。 1階が水没する学校が80校、2階も水没する学校が5校もあり、非常事態になって1人あたり1uの広さに逃げ込んだとして、約22万人分の収容面積しかありません。民間の建築物を頼りに、マンションや事務所ビルにお願いをして、やはり1人1uの広さで避難したとしても、15万人分にしかならないのです。 なんと68万人の区民に対して、浸水が起こった際に逃げられる物理的な絶対面積が、37万人分しかないのです。 P127 千曲川・信濃川は河口から約367kmの長さで、平常時は源流から河口まで約5日間かかって流れるところを、洪水の時にはなんと18時間で流れ下ってしまうのです。 日本の河川はどこも急峻で、降った雨は、洪水の時には1〜2日程度で海に到達してしまいます。アメリカのミシシッピー川、ブラジルのアマゾン川、ヨーロッパのセーヌ川、ライン川、中国の黄河や長江などの洪水の流下スピードは月単位で表わしますが、日本の洪水は時間単位で示されます。それほど、外国とは大きな違いがあるのです。 P232 その後・東北電力は、この地域に伝わる言い伝えを検証、文献調査、現地調査、ボーリング調査などを行った結果、お年寄りの言っていた通り、「言い伝えは正しい」とし、女川原子力発電所の計画案を変更し、硬い岩盤が確認できたその高台に建設することにしたそうです。結果として、女川原子力発電所の基幹的部分は、今回の津波の被災を免れ、安全に冷温停止することができたのです。 |
井上陽一(税理士) 大蔵財務協会 2015/10/13 私も、 ある意味での1人事務所。 共通する価値観が見付けられるだろうか。 1人事務所に存在するのは、 1人で仕事をする気楽さではなく、 1人で仕事をすることの厳しさだろう。 全てを、自分で調べ、決断しなければならない。 いや、自分1人で、 100人の人達の発想と、 100人の知識を超えることなのか。 100人に負けていては1人事務所の意味がない。 1人事務所が自分を育ててくれるのか、 100人事務所の方が自分を育てることになるのか。 各人各様、誰でも一番に居心地が良い事務所を造り出す。 居心地の良い事務所こそが、各人が求める事務所の形。 それが1人でも良いし、100人でも良いと思う。 そんなことに唯一の答は存在しない。 P237 独立して、資金繰りに悩み、お金を借り、仕事を受け、税金を払い、孤独を味わい、ようやく同じ立場で、お客様と会話できるようになりました。 もちろん、独立前でも、すばらしいアドバイスができる方もいると思いますが、独立した後の経験を積むことにより、本当の意味で、税理士として価値提供できるのではないでしょうか。 独立してからが本当の勝負であれば、生半可な経験を積むよりも、できるだけ早く独立した方がいいのです。 |
川島良彰(コーヒーのプロ) ポプラ新書 2015/10/07 コーヒー農場の経営から 店で出だすコーヒーまで、 コーヒーの全てを知っている著者が、 美味しい(不味い)コーヒーを語ります。 P20 品質の悪い生豆は、どんな焙煎、抽出技術を以てしても、それ以上にはなりません。「どんなクズ豆でも俺が焙煎すればおいしくなる」「抽出技術で低級品も味がよくなる」なんてことはあり得ません。焙煎や抽出技術は、あくまでもコーヒーのおいしさを支えてくれるもの。素材である生豆が持っている品質以上のものは作り出せません。 P21 渋みやえぐみは、未成熟の豆が原因です。欠け豆や虫食いは雑味を出します。こうした欠点豆を取り除くだけで、コーヒーの味が格段に良くなることを知らないばかりに、コーヒーが嫌われているとしたらとても残念です。 P42 料理の味を引き立てるのがワインなら、スイーツの味を引き立て、食事の最後をしめるのがコーヒーです。それなのに、まずいコーヒーが食事を台無しにしていることさえあるのですから、コーヒー屋として悲しくなります。 P44 アラビカ種の中でも等級の低い原料を使うか、アラビカ種より3割程度価格が安く品質が落ちるカネフォラ種(ロブスタ)を使えば、簡単に原価を下げることができます。 P90 UCC上島珈琲を退職した私はすぐ起業準備を始め、2008年6月株式会社ミカフェートを設立。11月にはコーヒーセラーのあるカフェ「ミカフェート」を元麻布にオープンし、これまでにない品質を迫求した「グラン クリュ カフェ」の販売を開始しました。 P94 「グラン クリュ カフェ」のあと、「プルミエ クリュ」「コーヒーハンターズ」と、3段階のグレードを市場に送り出してきました。そして、5年目からは業務用の「カフェ ヌエボ」シリーズの販売も開始し、ピラミッドは4段階になりました。 P145 そして、反省しました。ミカフェートの強みは品質であって低価格ではないと。その日から、一切の営業活動をしないと決めました。真剣にコーヒーをおいしくしたいという志の高いお店や経営者から相談を受けたとき、お手伝いしようと決心しました。 |
瀧 靖之(機能画像医学研究分野教授) ソレイユ出版 2015/10/07 15年間について、16万人の脳の画像を見てきた MRIの画像データ分析を専門にする医者が脳の画像と生活習慣を語ります。 いま、医療分野では、 疫学的な研究でないと評価されない。 一般素人が思い込むように 医療は、理屈で解明されるのではなく、 大量のデータを長期的に集計し、 そこから相関関係を求めることで原因が究明される。 そのような大量のデータから発見された健康な生き方。 本書は、それを語りますが、 それは私の日々の生活と一致します。 P88 睡眠時間が1時間短いと、1年ごとに脳の中にできる隙間が0.59%ずつ拡大し、脳が萎縮していくことがわかったのです。認知機能もまた、1年ごとに0.67%ずつ低下することがわかっています。このことから充分な睡眠時間が、萎縮のない健康な脳を保つために必要であるということが明らかになりました。 P92 また、毎日ビール大瓶を3本以上飲むような人は、半月に1回350mlの缶ビールを飲む程度の人に比べて、一割近く脳が萎縮することもわかっています。 アメリカの大学でも、平均60歳の男女1839名を飲酒量ごとに5つのグループに分け、MRIによって脳の体積を測定する調査が行われています。ここでも同様に、大量に飲酒しているグループの脳の萎縮度が最も高く、全く飲まないグループの萎縮度がもっとも小さかったと報告されています。 P96 これまで肥満と脳の萎縮に関する研究は中年層が中心だったのに対し、この研究は60歳から64歳を対象に8年間行われました。その結果、肥満の被験者では海馬がアルツハイマー型認知症と同じような割合で萎縮していたのです。 また60代の被験者のうち、肥満の人は実験当初から海馬が小さかっただけでなく、その萎縮のスピードも速いことがわかりました。 P97 糖尿病だからといって必ず認知症になるわけではありませんが、認知症を引き起こすリスクは高まります。40代、50代で糖尿病を放置すると、将来認知症になる確率が2倍になるといわれています。 P99 人間は長期間にわたってストレスを受け続けたり、強いストレスを受けたりすると、脳のさまざまな部分、とくに「海馬」が萎縮することがわかっています。これは、ストレスによって分泌されるコルチコイドという物質によるものです。 P100 それは、仕事のストレスは、仕事量や責任の重さより、仕事に対する「コントロール・アビリティ」が高いか低いかによって決まるとされているからです。「コントロール・アビリティ」とは、自分をコントロールできる力のこと。高い地位で仕事をしている人は、この「コントロール・アビリティ」が高いのです。「コントロール・アビリティ一の高い人は、認知症になりにくいこともデータ的に証明されています。 P102 ストレスによって起こる「海馬」の萎縮は、認知症のリスクにつながることから、PTSDの方は5年から10年後の認知症のリスクが2倍に上がるという報告もあります。 P106 その結果、「知的好奇心」のレベルの高い人ほど、本来は加齢とともに進む「側頭頭頂部」の萎縮が、他の人々に比べて少なく保たれていることがわかったのです。「側頭頭頂部」もまた、情報の記憶と操作をする「ワーキングメモリー」をはじめ、さまざまな高次の認知機能を担当する領域です。このことからも、まさに「知的好奇心」が、「認知症予防」の重要な役割を果たすことがわかります。 |
宮本顕二・宮本礼子(内科医師) 中央公論新社 2015/10/02 高齢化社会と、 健保財政の赤字で、 終末医療は、これから進歩すると思う。 しかし、その過渡期に死ぬことがあれば、 胃瘻、気管切開の拷問による最後を迎えることになる。 気力がなく、ボケてしまっているのだから苦痛を感じないのか。 いや、死ぬ直前まで、拷問の苦しみを受けながら死んでいくのか。 P50 医療は不確実なものです。治療の結果はやってみないとわかりません。日本は一人の患者を回復させるために99人の植物状態の患者をつくっています。反対に欧米は99人の植物状態の患者をつくらないために、一人の患者を回復させていない(死なせている)のかもしれません。 P108 石飛幸三先生の著書『「平穏死」という選択』の中で紹介されているように、『ハリソン内科学』には「死期が追っているから食べないのであり、食べないことが死の原因になるわけではない」と書かれています。『ハリソン内科学』とは、欧米の医学生ならだれもが学ぶ有名な内科の教科書です。学生だけでなく、研修医や一般内科医師も常に手元に置く本です。日本でも英文原書だけでなく、邦訳版も出版されています。さっそく、手元にある「ハリソン内科学』(邦訳版第3版、英文原著第17版)を開いてみました。 P124 ヨーロッパの福祉大国であるデンマークやスウェーデンには、いわゆる寝たきり老人はいないと、どの福祉関係の本にも書かれています。他の国ではどうなのかと思い、学会の招請講演で来日したイギリス、アメリカ、オーストラリアの医師をつかまえて聞くと、「自分の国でも寝たきり老人はいない」とのことでした。一方、日本のいわゆる老人病院には、一言も話せない、中心静脈栄養や経管栄養の寝たきり老人がたくさんいます。 P125 その理由は、高齢者が終末期を迎えると食べられなくなるのは当たり前で、経管栄養や点滴などの人工栄養で延命を図ることは非倫理的であると、国民みんなが認識しているからでした。逆に、そんなことをするのは老人虐待という考え方さえあるそうです。 |
オリヴァー・サックス(脳神経科医) 早川書房 2015/10/01 面白いタイトルですし、 上手な文章ですし、 良いテーマです。 しかし、分量が多すぎて、今の生活スピードでは読み切れません。 ただ、良い本ですので、タイトルの箇所だけ、引用しておきます。 P35 私は呆然とした顔つきになっていたにちがいない。だが彼は、立派な答をした気になっていた。彼の顔には、微笑がうかんでいた。テストは終了したと思ったのだろう、帽子をさがしはじめていた。彼は手をのばし、彼の妻の頭をつかまえ、持ちあげてかぶろうとした。妻を帽子とまちがえていたのだ!妻のほうでも、こんなことには慣れっこになっている、というふうだった。 |
魚住りえ 東洋経済 2015/09/28 講演などで語る事が多いのですが、 その参考になればと手に取った一冊。 全くダメでした。 自分では語るモノを持たない人が、 多様なテクニックで語るための参考書 要するにアナウンサーの参考書です。 引用する箇所も見付けられない程に中味のない本。 仮に、「語り方」を語るとしても、 この著者には中味が存在しないように思います。 |
村上春樹 スイッチ・パブリシング 2015/09/11 著者の小説は読んだことが無いのですが、 しかし、小説家が、 なぜ、小説書けるのかには興味がある。 なぜ、 存在もしない嘘が書けるのだろう。 それも一冊の本の分量になる長編です。 私も、文章を書くのが仕事ですが、 私達が書く文章は、事実があり、それを上手に表現するだけ。 常に、論理を考え、端的に説明する事を考え、結論を示す。 なぜ、小説家は、 事実が存在しないところで文章が造り出せるのか。 そのことを著者は説明しています。 小説は誰でも書けるが、小説を書き続けられる作家は少ない。 小説を書くのはかなりの低速、ローギアで、歩くよりは早く、自転車で行くより遅い。 そのような説明を読み、その後、著者の文章を読むと、書いてあることは別として、文章の運びは著者の説明する通りなのだと分かる。 ほとんど意味のないことを書き連ねているが、 その文章を、思わず、読み続けてしまう。 次に何が登場するのかを追いかけてしまう。 そして、次には何も無いのだが、それでも読ませてしまう。 読んだ後に、何も残らないのだが、読ませてしまう。 もし、意味だけなら、恐らく、10行で説明できることを、一章を使って書き続けている。 これが小説家に必要なスローな書き方なのだろうか。 私には、 なぜ、小説が書けないのか。 その理由も説明してました。 すぐに結論を出してしまう人達は小説家には向かない。 しかし、結論を出さない思考など存在するのだろうか。 P15 しかしリングに上がるのは簡単でも、そこに長く留まり続けるのは簡単ではありません。小説家はもちろんそのことをよく承知しています。小説をひとつふたつ書くのは、それほどむずかしくはない。しかし小説を長く書き続けること、小説を書いて生活していくこと、小説家として生き残っていくこと、これは至難の業です。普通の人間にはまずできないことだ、と言ってしまっていいかもしれません。そこには、なんと言えばいいのだろう、「何か特別なもの」が必要になってくるからです。それなりの才能はもちろん必要ですし、そこそこの気慨も必要です。また、人生のほかのいろんな事象と同じように、運や巡り合わせも大事な要素になります。しかしそれにも増して、そこにはある種の「資格」のようなものが求められます。これは備わっている人には備わっているし、備わっていない人には備わっていません。もともとそういうものが備わっている人もいれば、後天的に苦労して身につける人もいます。 P19 しかしあまりに頭の回転の素速い人は、あるいは人並み外れて豊富な知識を有している人は、小説を書くことには向かないのではないかと、僕は常々考えています。小説を書く――あるいは物語を語る――という行為はかなりの低速、ロー・ギアでおこなわれる作業だからです。実感的に言えば、歩くよりはいくらか速いかもしれないけど、自転車で行くよりは遅い、というくらいのスピードです。意識の基本的な動きがそのような速度に適している人もいるし、適していない人もいます。 P23 あくまで僕の個人的な意見ではありますが、小説を書くというのは、基本的にはずいぶん「鈍臭い」作業です。そこにはスマートな要素はほとんど見当たりません。一人きりで部屋にこもって「ああでもない、こうでもない」とひたすら文章をいじっています。机の前で懸命に頭をひねり、丸一日かけて、ある一行の文章的精度を少しばかり上げたからといって、それに対して誰が拍手をしてくれるわけでもありません。誰が「よくやった」と肩を叩いてくれるわけでもありません。自分一人で納得し、「うんうん」と黙って肯くだけです。本になったとき、その一行の文章的精度に注目してくれる人なんて、世間にはただの一人もいないかもしれません。小説を書くというのはまさにそういう作業なのです。やたら手間がかかって、どこまでも辛気くさい仕事なのです。 P111 よくまわりの人々やものごとをささっとコンパクトに分析し、「あれはこうだよ」「これはああだよ」「あいつはこういうやつなんだよ」みたいに明確な結論を短時間のうちに出す人がいますが、こういう人は(僕の意見では、ということですが)あまり小説家には向いていません。どちらかといえば評論家やジャーナリストに向いています。あるいは(ある種の)学者に向いています。 小説家に向いているのは、たとえ「あれはこうだよ」みたいな結論が頭の中で出たとしても、あるいはつい出そうになっても、「いやいや、ちょっと待て。ひょっとしてそれはこっちの勝手な思い込みかもしれない」と、立ち止まって考え直すような人です。「そんなに簡単にはものごとは決められないんじゃないか。先になって新しい要素がひょこっと出てきたら、話が180度ひっくり返ってしまうかもしれないぞ」とか。 P113 そんなわけで僕の場合、何かが持ち上がっても、それについてすぐに何かしら結論を出すという方には頭が働きません。それよりはむしろ自分が目撃した光景を、出会った人々を、あるいは経験した事象を、あくまでひとつの「事例」として、言うなればサンプルとして、できるだけありのままの形で記憶に留めておこうと努めます。そうすればそれについて後日、もっと気持ちが落ち着いたときに、時間の余裕があるときに、いろんな方向から眺めて注意深く検証し、必要に応じて結論を引き出すこともできるからです。 しかし僕の経験から申し上げますと、結論を出す必要に迫られるものごとというのは、僕らが考えているよりずっと少ないみたいです。僕らは――短期的なものであるにせよ、長期的なものであるにせよ――結論というものを本当はそれほど必要としていないんじゃないかという気がするくらいです。だから新聞記事を読んだり、テレビのニュースを見たりするたびに僕としては、「おいおい、そんなにとんとんと結論ばかり出して、いったいどうするんだ〜」と首をひねってしまいます。 |
中室牧子(慶應大学総合政策学部准教授) ディスカバー・トゥエンティワン 2015/09/11 小学校入学前、 入学後、 中学生を子育て中の親の必読の書です。 子育ての教育テクニック学、 テクニックを論証する経済学的な手法、 それを納得させる脳科学的な説明方法 この本を読んだら、 子供の褒め方、 叱り方、 教育投資の心構えなどが変わってしまう。 一般に論じられている教育論の間違いを指摘する書です。 P29 今ちゃんと勉強しておけば、将来の収入が高くなることは数字で示されているにもかかわらず、なぜ子どもたちは、目の前にご褒美がなければちゃんと勉強しないのでしょう。 P31 このように、近い将来の満足を優先する状態は、子どもが勉強するときにも生じています。遠い将来のことを考えればちゃんと勉強したほうがよいことがわかっているのに、つい勉強せずに楽をするという近い将来の満足を大切にし、その結果「勉強するのは明日からでいいや」と先送りしてしまうのです。 こういった先送り行動は、子どもだけにみられるものではありません。長い目で見ればダイエットし、禁煙しなければならないことはわかっているのに、つい目先の誘惑に負けてたくさん食べてしまったり、タバコを吸ってしまう――こういう経験は、大人にだって少なくないはずです。 P48 つまり、悪い成績を取った学生に対して自尊心を高めるような介入を行うと、悪い成績を取ったという事実を反省する機会を奪うだけでなく、自分に対して根拠のない自信を持った人にしてしまうのです。 「あなたはやればできるのよ」などといって、むやみやたらに子どもをほめると、実力の伴わないナルシストを育てることになりかねません。とくに、子どもの成績がよくないときはなおさらです。 P51 また、彼らは、よい成績が取れたときはその理由を「自分は才能があるからだ」と考えたように、悪い成績を取ったときも「自分は才能がないからだ」と考える傾向があったことがわかっています。 一方、「よく頑張ったわね」と努力した内容をほめられた子どもたちは、2回目、3回目のテストでも粘り強く、問題を解こうと挑戦を続けました。努力をほめられた子どもたちは、悪い成績を取っても、それは「(能力の問題ではなく)努力が足りないせいだ」と考えたようです。 |
牧野知弘 SB Creative 2015/09/03 ボストンコンサルタントの業務内容を紹介します。 資格者から考えれば、 ほとんどのコンサルはインチキ。 経営者に向かって、 カネ儲けの方法が教えられるはずはない。 リストラをする場合に、 指名解雇の根拠にコンサルの意見を利用する。 いや、それだけではなく、 コンサルを必要とする場面が存在するのだ。 そのような場面を語るのが本書です。 P17 ボスコンが受ける仕事の多くが企業の事業戦略そのものです。たとえば、全く新しい分野に進出するにあたっての戦略構築。伸び悩む既存の事業の伸長・拡大。昔は儲かったのだけれど今は時代遅れになってしまっている事業の撤退などなど、ビジネスの問題は様々な側面から生まれてきます。これらの問題について徹底的に考え抜いていくのがボスコンのコンサルティングです。 P34 ボスコンで学んだことは飯を食っているときでも、トイレに入っているときでも「考え続ける」というトレーニングを行えということでした。ただ、こんなことをやっていれば当然友達を失うことにもなります。理屈っぽい。誰だって飯を食うときに「なんで?」などと訊かれるようなやつと仲よくしたいとは思わないでしょう。 P41 また、ボスコンの社員は部や課に所属するということはなく、それぞれが「芸者」のような存在です。プロジェクトが立ち上がって社内でチームを組成するときに「お呼び」がかからないことには、やがておまんまの食い上げということになります。「隙間」などが生じては自分自身が社内で評価されずに「店晒し」になっていることと同義なので、結局休暇なんてとりようがないのです。 P47 経営コンサルタントという商売には特段に資格試験のようなものが存在しないために、世の中には「インチキ?」と思わざるを得ない輩が大勢跋扈しています。インチキコンサルタントは断片的な知識と他人から聞きかじったような情報、怪しげな人脈だけを武器に商売をしますので、クライアントからみれば多額の報酬を払っても、ちっとも役に立たなかったというケー スが多いのが事実です。 一方でボスコンやマッキンゼーといったコンサルテイングファームは過去から現在に至る幾多の実績と優秀と言われるコンサルタントを多数綺羅星のように取り揃えて、その経歴とともに売り出して商売をしています。クライアントの多くはこの「箔」のついた立派な看板に頼って相談をしてくることがほとんどです。 P49 つまり、有名なファームだから何か面白そうなことを教えてくれる。何だか素晴らしい手法を見せてくれる。という想いばかりで、実際に自分たちがボスコンを使って何をやりたいのか、目的は何なのか、「狙い」や「意図」が明確でないクライアントはカネをどぶに捨てることになります。 |
藤田孝典(聖学院大学人間福祉学部客員准教授) 朝日新書 2015/09/01 高齢者の貧困を語ります。 私など、 勝ち組しか身近にいませんが、 しかし、 勝ち組が登場する社会は、 必然的に負け組を登場させる。 社会制度として、負け組を切り捨ててしまって良いはずはない。 しかし、これほど大量に負け組が発生する社会で対応が可能なのか。 社会的な考察と、 個人的な考察があり得るが、 個人的な考察で考えれば、 彼らには予備プランがない。 いや、 予備プランを構築するゆとりがない。 預金があるから良い、年金があるから良い、働いているから良い。 それが何らかの事故で失われた場合は、貧困という結果しかない。 常に、予備プランを準備する。 それが本書から得た恐怖と教訓です。 いま、若さがある人達、 働いている人達、 潤沢な資産を持っている人達、 どんな事故が待ち構えているか、それは想像不能です。 2段、3段、4段、5段の予備プランの構築こそがリスク回避です。 P26 注目したいのは、高齢者世帯の相対的貧困率は、一般世帯よりも高いことだ。内閣府の「平成22年版男女共同参画白書」によれば、65歳以上の相対的貧困率は22.0%である。さらに、高齢男性のみの世帯では38.3%、高齢女性のみの世帯では52.3%にもおよぶ。つまり、単身高齢者の相対的貧困率は極めて高く、高齢者の単身女性に至っては半分以上が貧困下で暮らしている伏況なのだ。 P27 では現実的に、老後の生活にはどれくらいのお金が必要になるのだろうか。平成26年総務省「家計調査報告」によれば、高齢期の2人暮らしの場合の1か月の生活費平均は、社会保険料などをすべて込みで約27万円。つまり65歳になった時点で、仮に年金やその他の収入が月約21万円あったとしても、貯蓄額が300万円では約4年で底をつくことになる(不足分6万円切り崩しx50か月)。仮に1,000万円あっても、14年弱しかもたず、最終的に貧困に陥る可能性があるのだ。 P38 今はまだ、「長生きすることが素晴らしい」という共通認識があるが、長生きする人間が社会の重荷になるのであれば、それは生命の価値自体が軽んじられることにもなりかねない。 P59 ブラック企業、引きこもり、うつ病など、若者をめぐる問題が増え続ける昨今。永田さん夫妻のように、家族の病気や事故などが生活困窮の原因になっている相談も多い。自分たちはこれまで順風満帆にきたつもりでも、あるとき想定外のトラブルにつまずいてしまう。 P112 このような上位数%が極めて高所得を得ているために発生する「富の一極集中化」は、日本のみならず、どの先進国でも起こっている。 2014年5月、OECDは「過去約30年間における上位1%の所得割合の推移」を発表した。これによると上位1%の人たちの所得割合は、1981年と2012年で比較したとき、アメリカは8.2%から20%に、日本でも7.5%から10%に上昇している。要するにアメリカでは、全労働者が得る所得のうち、上位1%の人々がその20%を、日本では10%を独占しているということだ。 P128 じつはイギリスでは、17世紀から19世紀にかけて改正救貧法やワークハウステスト法などが施行され、多くの貧困状態にある市民が収容所(ワークハウスなど)へ送られた歴史がある。収容所に送られた人々は劣悪な環境のなかで強制労働に従事させられた。十分な医療ケアが受けられず、病気が蔓延して亡くなる方もいたそうだ。 P132 誤解をおそれずに言えぱ、自由経済社会において貧困は”宿命”と、言える。富める者がいれば、相対的に必ず貧する者が生まれる。どんな社会であろうと常に働ける人々ばかりではないし、失業率が0になることはない。働けない人々は、個人の能力や努力に関係なく、いつの時代の、どの社会にも必ず存在するのだ。 P196 わたしが知る限りでも、たとえば72歳の貧困男性が、中小企業の社長と居酒屋で知り合って仲よくなり、それ以降飲み友達になったという楽しそうな例がある。また、68歳で女性とお付き合いを始めた男性もいる。彼はファミリーレストランで、一人で食事をしている50代後半の女性に話しかけたそうだ。彼らはお互いに寂しさを抱えており、話し相手がほしかったという。いつもファミリーレストランで、お茶を飲んだり、おしゃべりをしたりと日々の生活を楽しんでいるという。 これらの事例をいくつも見ると、「幸福」をどう捉えるかは個人次第であると感じる。 |
牧野知弘(元三井不動産社員) 文春新書 2015/08/30 マンションの多様なリスクを語ります。 居住者の高齢化によって修繕計画が頓挫してしまうマンション 独居老人が死亡しても相続人が存在しないマンション 相続しても利用価値の無い朽廃したマンション そもそも建築費が割高になってしまうタワーマンション 湾岸部など立地としての魅力に欠けるタワーマンション 入居者の個性と思いに大きな差異がある新築マンション。 中国人が大量に購入している新築タワーマンション 中国には、管理費、固定資産税を支払う文化がなく 共用部分の使用方法など生活習慣が異なる中国の人。 40年で朽廃し、底辺層が住まうことになるマンションを、 永久の資産として、30年ローンで購入する時代は終わった。 そもそもマンションを固定資産として購入することが間違い。 30年前には近代的な住まいだった団地の姿が、 いま、売りに出されるタワーマンションの未来の姿。 本書を読んだら、 30年ローンでマイホームを購入し、 そもそも新築と中古とを問わず、 マンションを購入するという人生の危険性に気付くはず。 P64 このように、製品でいえば原価に相当する土地・建物の価格に問接費用が上乗せされた新築マンションは、不動産価値という意味で必ずしもお得な買い物とはいえないのです。これを喜んで買うという行為は、車を新車で買うという行為とほとんど同じ動機と言ってもよいのかもしれません。つまり、見栄やプライドに近いものなのです。 P65 実際の生活においてはモデルルームのような暮らしをすることはありえないのですが、不思議なことにこのモデルルームの魔力は多くの顧客に新しいマンションでの新しい生活を夢見させるのにおおいに役に立っているようです。いわば、マンション購入のためのテーマパークと呼んでもいいのかも知れません。 P85 単身高齢者世帯の激増とあわせ、空き住戸が一気に噴出してくることが予想されます。 マンションの空き住戸率が30%を超えたとき、マンションという共同体はいったいどのような事態となるのでしょうか。実はこの問題の萌芽が、あちらこちらのマンション管理の現場で生じつつあります。 P105 さらに問題がやっかいになってくるのが、相続人がいないマンション住戸の増加です。「おひとり様」があたりまえになってきた日本社会。少子高齢化の現象は核家族どころか結婚をしない、兄弟、身寄りのない単身者の増加を招いています。こうした区分所有者に相続が発生すると、相続人がいないということになります。 P113 コミュニケーションの崩壊は、共同体から離脱する人々が増加することを意味します。続々とマンションから抜け出す人。抜け出せない人、自我だけを主張して建物に居座り続ける人。マンションは勝手な人たちだけが勝手に暮らす館となってしまいます。 P116 こうした事態になればなるほど、現在の区分所有者である高齢者は「死ぬまで住めればよい」という考えを持つようになります。つまり、マンションという住宅は子供の代に引き継ぐものではなく、自分が「住みつぶせればよい」という存在になっていくのです。 P117 具体的には、とにかくカネのかかることはやりたくない。自分が生ぎる間だけどうしても必要な事はやらざるを得ないが、特別なことはしなくてもよい、だからなるべくこのままがよい、こういった発想になりがちです。 P127 共同体は区分所有者に共通の利益があるときは共同体としての機能を発揮しますが、共通の利益どころか、不動産あるいは財産としての損失が確信されるようになると、早めにその事態に気付いた区分所有者は、この権利を他に譲ることによって「逃げる」ことを考え、逃げることが遅れた区分所有者はあきらめてそのまま朽ち果てるまで放置する道を選ぶようになります。 P134 いっぽうでこの期間に新たに供給されたマンションは62万1000戸です。なんと首都圏でここ10年余りの期間で供給されたマンションの25%、4戸に1戸がタワーマンションということになります。 P145 土地の価値は長い歴史の中で形成されてきたものです。元来、湾岸部のような「水際」の土地は幾多の台風、暴風雨、高潮、津波などの災害で壊滅的な被害を繰り返し受けてきました。この経験の積み重ねにより、人々は高台に住み、たとえば麻布や広尾といった、地盤の安定した地域に居を構えてきたのです。いくら現代の建築技術や防災設備が進歩しても、こうした歴史的な事実は容易にくつがえせるものではありません。 P153 最高層部を数億円で購入した区分所有者である中国人が、彼の説明を遮って発言しました。 「なぜ、この管理組合総会の議事進行は日本語で行われるのだ。私は中国人。このマンションの所有者の多くは中国人と聞いている。ならば総会における使用言語は中国語で行うべきだ」 会場中がこの発言に凍りついたそうです。たしかにこのタワーマンションは東京都心で立地は抜群。特に高層部の高額の住戸はほとんどが中国人の購入。中には数戸まとめて購入した人までいたと言います。 世界第二の経済大国に発展した中国は、日本の不動産に大量の投資を始めています。東京都心部などで売りに出される高額のマンションを中国人がほいほい買っていくことは不動産業界でも話題となっています。特に中国人は、タワーマンションの高層部から東京の街並みを眼下に眺めることがお好み。話題の物件ともなると、高層部の一番高い住戸から中国人投資家に順次売れていくのだそうです。 これに味をしめたデベロッパーの中には、都内でタワーマンションの発売を計画すると真っ先にシンガポールに出向いて中国人相手に「先行販売」をし、まず売上を確保してしまうといった行為にでる会社も珍しくないと言います。 P154 共用施設で仲間を呼び込んで大騒ぎをする中国人。共用部でところかまわず疾を吐くおやじ、エレベーター内で食事をする親子。彼らが降りたエレベーターの中は南京豆の殻だらけといったこともあったそうです。 今後さらに深刻になるのが先述した管理費、修繕積立金です。マンション管理会社によれば、タワーマンションの中でも中国人の富裕層ほど修繕積立金の徴収を煩わしく感じるそうです。修繕なんて実際に発生した時に払えばよいではないか、というのが基本的な発想。ところが低層部に住む普通人にとっては、ローンで苦しいところにいきなり巨額の請求が来ても困るので、月々の積立でしのぎたいのが本音。中国人はそもそもマンションを共同で管理するという意識がまだ希薄な人が多く、加えて中国には固定資産税の概念がないので、税金や管理費、修繕積立金の請求が来ると、マンションを販売した販売会社に押しかけて「話が違う」と怒る住民がいるそうです。 P155 その時タワーマンション内を闊歩していた中国人オーナーはどうなるのでしょうか。彼らが本国に戻って、管理費を支払うことなどすっかり忘れてしまう。あるいは狼狽してとんでもない安値で他者に売り渡してしまうようなことが起きると、タワーマンションという社会の縮図のような街に与える影響は甚大なものとなるでしょう。 |
大場 大(外科医) 新潮新書 2015/08/18 近藤理論で死ぬなかれ。 真面目な外科医の主張で、 わかりやすく、説得力のある書です。 P17 ご自身の体験の基準の多くは研修医時代や、慶應病院で医師として機能されていた30年以上も前の診療体験になっています。ひょっとするとその頃の時点で医師としての時間が止まってしまった浦島太郎なのではないか、という印象すら受けます。 P23 医師が一人の患者さんを看取る場とは、自らが行った診療行為が本当に患者さんにとって幸せであったのかを自問自答する場でもあります。ひとりひとりの命の尊厳を体感するからこそ、患者さんが元気だった時にもっとよいことが何か出来たのではと反芻して考える。これが良識ある医師の精神性です。もし近藤氏が多くのがん患者を本当に看取ってきたのであれば、「放置」に従った患者さんが本当に幸せであったのかということを毎回考えてきた結果として、右記のような結論を提唱しているのでしょうか。 P63 われわれ現場に立つ医師は、早期がん患者を診たときに先ずは治してあげたいと考えます。患者も適切な治療を受けることで高い確率で実際に完治します。この患者さんは、わずか6年間治療を回避できたというだけで本当に幸せだったのでしょうか?近藤氏の論法でいえば、「がんが発見されてから放置したおかげで、6年間も生きていられた」ということになるのかもしれません。しかし、私は早期に手術すれば患者さんは今でも元気だった可能性が高いと思っています。 P65 「すぐに再発する」に当てはまるでしょうか。近藤氏が放置させている第Aの層レベルまでの早期胃がんに対する日本の手術成績をご存知でしょうか?国立がんセンター病院から報告されている別の論文ベースだと他病死例を除いた10年生存率は91.9%とされています(「胃と腸」1993;28(3):p139−146)。確実に9割以上の患者が完治可能なのです。 |
梅屋 真一郎(野村総合研究所) 日本経済新聞出版社 2015/08/18 仲間内の議論で学習しているので、 この本は1時間を要せずに読めました。 議論では、テーブルの大きさが分からない。 一冊の本を読めば、テーブルの広さが分かる。 で、マイナンバーは、 個人的にも、社会的にも意味の無い制度。 国にも、民間にも多大の手間を要求する制度。 諸外国には、マイナンバーが、既に、存在しますが、 これは戸籍の無い国の制度です。 日本には、多額のカネをかけた戸籍制度があるのに、 その上に、マイナンバーを付すのは屋上屋に等しい。 普通に暮らしていれば恐ろしいことではない。 そのように説明されてますが、 それは、 「正直に生活しいれば、税務署だって、警察だって、裁判所だって怖くはない」というのと同じ。 P14 つまり、普通に暮らしている方にとって、なにもおそろしいものではないのです。 たとえば任意ではありますが、2018年にも銀行の預貯金口座にマイナンバーを登録する制度がスタートします。「自分の資産がガラス張りになる」とあわてる人がいるかもしれませんが、普通に暮らしている方にとっては、特に問題ありません。とはいっても、…… P20 たとえば、自由の国アメリカには、1930年代から番号制度があります。また、欧州諸国、アジアの国々にも古くから番号制度があります。「番号制度が不安だ、移住しよう」といっても、残念ながらどこにも行き場がなさそうです。 |
清水 潔(報道記者) 新潮新書 2015/08/14 桶川ストーカー殺人事件や、 足利事件を掘り起こした記者が、 調査報道の現場と心構えを語ります。 都合の悪い事実を隠蔽してしまう警察の構造や、 逃げ場のないところまで追い詰めないと動かない役所。 桶川ストーカー殺人事件は警察制度を変えたと思う。 それ以前は、警察は、自分が犯罪と認識する事件のみ扱っていた。 要するに、殴った、蹴った、盗んだ、殺したの部類の犯罪です。 家族事案、民事事案、取引事案に警察に登場して貰うのは不可能だった。 桶川事件以降、被害が訴えられた事件は無視できなくなった。 国家警察から、 庶民の生活を守る警察への変換です。 P66 国会でもそう答えるのか。私はこの答弁も記事化することにした。 「『告訴取り下げ騒動』で警察がついた嘘の山−疑惑はついに国会へ」 そして散々逃げ続けた埼玉県警も、ついには内部調査を余儀なくされるのである。 4月6日、県警調査チームはその結果を公表した。調査によって発覚したのは、予想外、いや予想以上の事実だった。 告訴状は改竄されていたのである。 「告訴を取り下げて欲しい」と、刑事が猪野家に来た時には、すでに当の刑事の手によって「告訴状」が「被害届」に勝手に書き換えられていたのだ。調書にある「告訴」の文字は二本線で消され、「届出」と書き直されていたというのだ。 あれほど「そんな事実はない」と言い続け、国会ですら否定したというのに、実際は「要請」どころではなく、自分たちで勝手に告訴を取り下げてしまっていたのである。 警察は嘘を重ねたあげく、最悪の形で全てを翻したのだ。 なぜ刑事は改竄などしたのだろうか。 P134 他の雑誌記者たちは、大人しく廊下に出て行ったが、私はそのまま居座った。すると、「出て行け!」の大合唱が始まった。見回すと、総勢百人近くのクラブ員に囲まれていた。その昔、二百人以上のヤクザの団体様に囲まれても撮影を続けたこともある私だ。サラリーマンの鳥合の衆などに動じるはずもない。知らぬ顔でなおも居座っていると、TBSのカメラマンが大声を張り上げた。 「がたがた言わずに、出て行け!」 なにゆえ「東京放送」が「埼玉県民」に「出て行け!」と言うのだろうか。それに私も視聴者の一人なのだぞ……。 異物であるカメラマンの混入に会場が混乱している中、知事が入室してきた。すでにテレビは生中継を始めている。慌てたのは時事通信である。突然「それではアタマ5分だけ写真撮影を許可します!」と声を張り上げた。ついに私のような野良記者にも撮影を「許可」してくださったのだ。すると私の背後から、追い出されたはずの他誌のカメラマンが入室してきた。私は思わずぼやいた。 「お前らさあ、戦わずして取材するなよ」 なんと次元の低いトラブルだろうか。このような記者クラブとの軋礫は、数えきれないほど経験した。 |
マルチェッロ・マッスィミーニ(神経生理学者) 亜紀書房 2015/08/13 意識と無意識という存在と、 境界を証明してくれるようです。 驚くのは、その読みやすさです。 原書が良いのか、訳者が良いのか。 P9 これから意識とそうでないものの境界を見定めるための、長い旅が始まる。大脳と小脳、覚醒と睡眠、麻酔、昏睡、フォトダイオード、デジタルカメラ、スーパーコンピュータ、タコ、イルカ、その他多くのものをめぐったあとで、本書は冒頭と同じ場面で幕を閉じる。つまり、他人の脳を手のひらに載せてその重さを感じとろうとする医学生にふたたび登場願う。その医学生になったつもりで想像したときに、もしそれまでとは違う脳の重みを感じられ、当初に覚えた凍りつくような戸惑いが遠のき、直感的にすぎないとしてもなにかしらの意味がじんわりと感じられたならば、本書は役に立ったといえるだろう。意識の謎をきちんと説明しつつ、論理上の理解にとどまることなく、附に落ちるようにできるかどうかが、勝負の分かれ目だ。 P165 基底核は、小脳とともに、意識にのぼらないところで絶えず、われわれの意識経験をサポートしてくれる縁の下の力持ちなのだ。われわれがなにか話したり頭のなかで考えたりするとき、またはキーボードやペンで文章を嘗いたりするとき、チェックするための処理と、さらにその下処理が、絶えず行われている。そのような処理により、ふさわしい言葉を選んだり統語が正しいかを判断したりしているのだ。チェックの結果を意識に伝えるときも同様の処理が行われる。そのおかげで、チェック済みの文や選ばれた言葉を書いたり声に出したりできる。 この意識の水面下でのサポートは、われわれが話したり書いたり演奏したり運動のトレーニングをしたりするときのみならず、計算などのまさに認知にかかわるタスクを行っているときや考えごとをしているとき、計画を立てているときにも絶えず続いている。考えのまとまりや連想の多くは、無意識に、自動的に行われる。善くも悪くも、われわれのコントロールをすり抜けるのだ。輪状の何百万もの回路が平行に置かれ、まとまった量のインパルスを、意識をつかさどる視床−皮質系から受け取ったり、ふたたび送り出したりしている。インパルスは変更を加えられ、修正され、経験や習慣によっては歪められることもある。 結局のところ、意識のレーダーにつねにひっかからない脳活動の総量は、どれほどなのだろうか。まず、小脳の活動がある。さらに、大脳皮質モジュールと基底核を結ぶ、輪状の複雑な回路の活動がある。このふたつだけをとってみても、ニューロンが ”ばたばた”と忙しく働いている大部分は、意識の水面下で行われていると考えられる。こうして、統合情報理論を通じ、無意識の活動量が甚だしいこと、そしてその無意識の脳活動が、われわれの日常生活の動きを驚くほど左右していることが明らかになった。 |
大鐘稔彦(外科医) ディスカバー携書 2015/08/09 近藤教に惑わされて、君、死に急ぐなかれ そのような副題で、 近藤医師の「がんもどき理論」を批判する書です。 日本人の寿命が延びた最大の理由は癌が治る病気になったことだろう。 昔は、癌告知をすることができず、癌は治らない死の病とされていた。 しかし、なぜ、 近藤医師の「がんもどき」説が消えず、 近藤医師が執筆する書籍が売れて、 それなりの評価が残るのか。 恐らく、次のような理屈ですね。 癌の手術を受け、制がん剤など苦しい治療を受ける方法と、 そのまま放置し、様子を見る方法。 その何れを選ぶかと選択を求められれば、 多くの人達は後者を選ぶだろう。 つまり、自分自身について楽観したいという根源的な願望だ。 その願望を、医師という名で保証しているのが近藤医師。 億劫だとしても、自覚症状が出たときは医師に相談する。 放置するなど、とんでもない話し。 近藤医師の 「がんもどき理論」を信じるなど、 新興宗教の教徒になるような間違い。 ヤブ医者にかかるのは寿命のうちですが、 医者にかからないのはバカ。 近藤理論など、 真面目に取り組んでも不毛なのか、 断言する近藤理論を否定することが難しいのか、 近藤否定本を読んでも、 靴の上から足をかくような不満が残ったのですが、 本書を読み、簡単、明解、疑問もなく、 近藤理論の根拠の無さが理解できました。 しかし、何人の人達が、 近藤理論で死ぬことになったのだろう。 P111 論文の著者達は61例の早期胃癌を追跡観察したところ、44ヵ月までにその半数が進行癌に進展したことをつきとめています。 4年近く無治療で半分は早期のままに留まっているじゃないか、やはり放っておいても問題ないケースがあるじゃないか、と近藤教の信者は仰るかも知れません。しかし、近藤さんは、早期癌と診断されてもすでに転移のある癌もあり、それは“本物のがん”だから、何をやっても無駄、大多数は転移のない“がんもどき”だから放っておいても変わりはない、ほぼ100%早期癌のまま留まる、と言っていますから、僅か4年で50%もの患者が早期から進行癌になった、という報告は、まさに近藤説の反証たり得るものです。この論文の著者は、こう喝破しています。 「早期胃癌の大多数は“癌もどき”ではなく、放置すれば進行癌に進展し、やがては胃癌死することを示した」 P141 この“陥凹型大腸癌”が発見されたからと言って、「ポリープががんに変わるわけではない」と言い切るところに、近藤さん独特の飛躍、我田引水なこじつけが見られるのです。冒頭の小見出しに書いたように、“ポリープは癌になる”こともあるのです。その自験例をご紹介しましょう。 P145 こうして4年振りに施行した胃カメラの所見が(図11)です。ポリープは残念ながら消えておらず、むしろ幾らか大きくなって、1つのポリープの先端は赤くただれたようになっています。ここを生検した結果が回答の2でグループVになっています。組織診断は「未分化型腺癌」。「未分化型」は「分化型」に比べて悪性度が強く、進展発育していくタイプです。 「ポリープは癌にならない」という近藤説は、この一例を以てしても覆されたと言えます。 P151 肝転移があるから胃癌はたとえ切除できそうでもそのままにしてせいぜいバイパスに留める――これは私や近藤さんが医者になった頃の話で、もう半世紀も前の医療です。 医学の進歩は目ざましいものがあり、TAE(42ページ)のみならず、小さい転移性肝癌には体外からエコー下に長針を刺入し、癌細胞を殺すことのできるエタノールを注入したり電気を通して焼き殺すなどの手だても工夫されてきました。 ですから、たとえ肝臓に転移があっても、胃癌が原発巣で取れるものなら取ってしまい、後は肝臓の転移巣に対する治療に専念する方法が取られるようになってきました。 しかし、転移巣が切除できるものなら、それだけの技量を持った外科医は胃癌と共に肝臓の転移巣も、一期的に、あるいは数ヵ月の間を置いて二期的に切除して来ました。 P222 「第二に、CTによる被曝量ですが、一回に10〜20ミリグレイということはありません。せいぜい4ミリグレイです。白血病も、200ミリグレイを超えたら、自然発生率より少し高い確率で発症する程度です」 「でも近藤さんの本には……」 「近藤さんは嘘つきですから」 私の反論を封じてT医師は即座にこう返しました。 「確かに、日本は世界のCT台数の3分の1を誇り、金儲け主義でCTを購入してやたら撮る医者がいる、という近藤さんの指摘はあながち間違ってはいませんが、こと線量に関しては勉強不足で、誤った知見を弄しているとしか思えません。僕らは年に何回かCTを撮りますが、それによる被曝のデメリットよりも、得られる情報の方によりメリットがあると考えます。先生はそれからも何度か講演されたり本を書かれるでしょうから、その度に近藤さんが書いていることを受け売りされては困りますので、あえて苦言を呈させていただきました」 |
アロイズィ・トヴァルデッキ 平凡社 2015/08/04 人類浄化作戦として行われた 1 アウシュビッツの抹消策戦と、 2 ポーランドから少年達の奪取 それも凄いのですが、 その時代に少年の目で語るドイツが面白い。 素直な目で見たドイツとドイツ人への賛美です。 P13 これは第二次世界大戦中ナチスにさらわれた小さなポーランド人の少年の物語です。 戦争中ドイツに占領されたポーランド西部の町々ではナチにより2歳から14歳までの少年少女が大勢さらわれました。その数は20万人以上と言われます。大変に特徴的だったのは、その子どもたちがみな青い目で金髪であったことでした。本書の著者もまた晴れた空のような真っ青な目と金髪の巻き毛がくるくると波打った少年でした。母親から引き離され、ドイツに連れ去られたとぎは4歳でした。孤児院に入れられ、ドイツ人の名前を付けられ、やがて子どものないドイツの家庭にもらわれた頃にはもうポーランド語も本当のママのことも忘れてしまいました。 P111 大人たちは概して戦争の話をしませんでした。するとすれば、こっそり気心の知れたものとだけでした。子どもがいると黙りました。子どもたちが自分の両親をゲシュタポに告発した例があったからです。 P119 父は逮捕を恐れていました。ヒトラー時代、かなりの要職にいたからです。うちの庭の門に子どもたちがナチと白墨で書きました。だったらどこもかしこも近所じゅうが「ナチス」です。 第三帝国で公務員が国家社会主義ドイツ労働者党に入っていないなどということはめったにありませんでした。これは生存の条件――唯一絶対のものではないにしても、条件だったのです。それが今、突然、みなが「ナチ党」には入党を強制されたということになった……。隣人の何人かなど、いわゆる「古き戦士」で、入党したのが1933年以前、そのうちの一人ならずが党の金メダルを持っているというのに、突然、自分は迫害されていたと言うのです。 P131 ニュルンベルク裁判の判決の発表は今でもよく記憶しています。1946年の10月1日でした。町には号外が飛び、人々は狂乱してそこここを走り回りました。この号外には被告と呼ばれ絞首刑を宣告された主な戦犯全員の写真が載っていました。町は悲しみに覆われ、人々はまたなんともいまいましく、 「いったいいつから将校や将軍の首を吊るすようになったんだ?だいいち自分の義務を遂行しただけじゃないか!」 と言いました。 1946年10月16日に刑執行のニュースがあると、多くの人が目に涙を浮かべました。 一方、喜ばれたのは、ゲーリングが刑を免れ、自殺に成功したと報道されたときで、私も彼を誇りに思い、少なくとも一人名誉を重んずるものがいた、と考えました。 |
又吉直樹 文藝春秋社 2015/07/24 全くダメ ただ、文章になっているだけ。 いや、良い本なのかもしれない。 極めて私的な付き合いを綴ってますが、 これがお笑い芸人の人生なのなら、 それを掘り下げた文学ともいえる。 全てが善意で満ちているのも嬉しい。 P120 そして、薄々気づいてはいたが、僕達の仕事も徐々に減っていた。かつて僕を恐れさせ、成長させてくれた後輩達も新たな人生を歩み出していた。僕達の永遠とも思えるほどの救い様のない日々は決して、ただの馬鹿騒ぎなんかではなかったと断言できる。僕達はきちんと恐怖を感じていた。親が年を重ねることを、恋人が年を重ねることを、全てが間に合わなくなることを、心底恐れていた。自らの意思で夢を終わらせることを、本気で恐れていた。全員が他人のように感じる夜が何度もあった。月末に僅かなお金を持ち寄って酒を呑み、不安を和らげ、純粋な気持ちで一切の苦難を忘却の彼方に押しやるネタをそれぞれが考え練り実行した。これで世界が変わるんじゃないかと、自分を鼓舞し無理やり興奮していた。いつか自分の本当の出番が来ると誰もが信じてきた。 P130 必要がないことを長い時問をかけてやり続けることは怖いだろう?一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。無駄なことを排除するということは、危険を回避するということだ。臆病でも、勘違いでも、救いようのない馬鹿でもいい、リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけが漫才師になれるのだ。それがわかっただけでもよかった。この長い月日をかけた無謀な挑戦によって、僕は自分の人生を得たのだと思う。 P145 花火が打ち上がる度に拍手と歓声が響き渡る。場内アナウンスで、大手のスポンサー名が読み上げられ、素晴らしく壮大な花火が冬の夜空に開く。海岸に降りて観ていた僕達は大いに楽しんだ。熱海では夏場に限らず、一年を通して何度か花火大会があるらしい。次々と企業の名前が告げられ大きな花火が上がる。一際壮大な花火が打ち上がり歓声が巻き起こったあと、しばらく間があり、観客達は夜空から白い煙が垂れてくるのを、ぼんやりと眺めていた。すると、スポンサー名を読み上げる時よりも、少しだけ明るい声の場内アナウンスが、「ちえちゃん、いつもありがとう。結婚しよう」とメッセージを告げた。 次の瞬間、夜空に打ち上げられた花火は御世辞にも派手とは言えず、とても地味な印象だった。その余りにも露骨な企業と個人の資金力の差を目の当たりにして、思わず僕は笑ってしまった。馬鹿にした訳ではない。支払った代価に「想い」が反映されないという、世界の圧倒的な無情さに対して笑ったのだ。しかし、次の瞬間、僕達の耳に聞こえてきたのは、今までとは比較にならないほどの万雷の拍手と歓声だった。それは、花火の音を凌篤する程のものだった。群衆が二人を祝福するため、恥をかかせないために力を結集させたのだ。神谷さんも僕も冷えた手の平が真っ赤になるまで、激しく拍手をした。 「これが、人間やで」と神谷さんはつぶやいた。 |
佐藤 弘幸(税理士) 扶桑社 2015/07/03 資料調査課の実態と、 多様な税務署の常識を語ります。 P35 しかし、それだけでは十分ではなく、実は運による部分も大きい。 勤務評定は上司がするが、その上司に「力」がなければ、出世コースへ推薦することもできない。組織が大きいだけに、派閥争いが存在するのだ。 おもしろいところでは、結婚式の仲人をお願いした幹部に「力」があること、幹部の子と結婚すること、あるいは自分の親が幹部だと“大人の事情”で出世コースに乗ることがある。 P41 マルサは内偵の結果、「タマリ」と呼ばれる不正計算の裏付け(過少申告した利益に対応する預金、有価証券、不動産など)があった案件しか調査できない。つまり、答えがわかっている案件しか調査できないのである。タマリがない状態で裁判をして、実は損金になるものが漏れていました、となると公判が維持できない。起訴する案件は不正計算が一定規模以上であることが要件なので、後出しで損金となる証拠を差し引いたら一定規模未満になりましたという事案ではダメなのだ。検察官が受けない案件は、告発できないのである。タマリがあれば、不正利益の裏付けがとれる。売上除外をしました、預金が同額あります、だから脱税したのは間違いありません、と。 P63 会社をクビにされた元社員からの告発、契約を切られた会計事務所、親戚筋からの怨恨情報などがAランクに該当する。なかでも社長の元愛人、元経理担当者からの情報はグレードが高い。新しい愛人ができて捨てられたとか、突然クビにされたなど、怨恨からくる動機がそうした行動に駆り立てるからだ。具体性が高い情報ほど、信憑性は高い。これに、帳簿・書類のコピーなどがあればトリプルAとなり、必然的に手が伸びる。 P106 コメの調査は1〜2週間、不眠不休で続く。できれば1週間で調査をまとめたいという心理が働くし、納税者としても「納付する総額が低ければ何でもいい」という、経済合理的判断が働く。しかしコメの評価は、重加算税対象の追徴。過少申告加算税対象の追徴をいくら積み上げても、コメの本来の目的を果たしたことにはならない。過少対象の10億円よりも重加算税対象の1億円のほうがはるかに価値が高いのだ。 P160 女性の社会進出を後押しするという世の中の流れからか、既述のとおり、コメにも女性が増えてきた。いくら軍隊のような組織とはいえ、女性職員にそこまで高圧的に接することはできない。かといって、男子職員だけ厳しくできるかというと、それもなかなか難しい。女性が増えたことによって、組織自体が弱体化しているのかもしれない。これは決して女性進出を妨げる意図で言っているのではない。適材適所というのもあると思う。 もちろん、原因は女性だけではない。優秀な人間はいるが、平均点が落ちてきている気がする。 |
南 和行(弁護士) 祥伝社新書 2015/07/03 外形は男だが、自分の意識は女性 外形は女だが、自分の意識は男性 これが性同一障害で、 テレビなどで活躍する人達。 これが全てと思っていたのですが。 外形も意識も男だが、恋愛の対象が男性になる 外形も意識も女だが、恋愛の対象が女性になる これがゲイであり、レスビアンですが、 性同一性障害の人達が注目され、この違いを意識しなかった。 マイノリティが隠れていた時代から、 マイノリティの存在を認めるが、暗黙の了解の時代を経て、 マイノリティが発言し、マイノリティとして社会参加を要求する時代。 それにしても性的な現象について、 マイノリティであることを主張するのは厳しい。 本書にも、母親との葛藤などが紹介される。 これを受け入れる社会が実現するのか否か。 普通の生活、浴室や、更衣室など、どちらを利用するのか。 マイノリティの部屋を造るとしたら、幾つ造れば良いのか。 弁護士だからこそ、マイノリティとして主張できる。 そしてマイノリティの心が分かる弁護士として活躍する。 社会は、常に、進歩し、複雑化を進める。 P51 ここであらためて、言葉や考え方を整理しておきたい。私はこれからせっかく当事者という立場で同性婚について語るのだから、この本を手に取る読者の方にきちんと伝えたい。同性愛者やトランスジェンダーは、テレビで見る「オネエ」「オカマ」だけで言い尽くされるものではないということ。そして、「特殊な人」と「普通の人」の区別ではないことを。 まず私は同性愛者である。男性同性愛者、つまり男性に対して恋愛や性の対象が向く男性である。ゲイとも言う。同性愛者でも女性同性愛者、つまり女性に対して恋愛や性の対象が向く女性は、レズビアンと呼ばれる。また恋愛や性の対象が男性にも女性にも向く人たちのことを両性愛者、バイセクシュアルという。これに対して、恋愛や性の対象が異性に向く人たちのことを異性愛者、ヘテロセクシュアルという。 P52 ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、ヘテロセクシュアルという呼び方はいずれも自分の性ではなく、恋愛や性の対象となる相手の性別が何か、という問題だ。恋愛や性の対象については、異性愛者、同性愛者、両性愛者のいずれかに必ず区別されるものでもない。性的衝動や欲求が相手の性別にかかわらず乏しいという人もいる。 いっぽうトランスジェンダーという言葉は、自分の性別について自覚を表わす言葉である。 外性器の形状など身体的な特徴により、またそのほかの要素に基づいて、人には男性あるいは女性という性別が社会生活において割り振られている。 トランスジェンダーとは、社会において割り振られた性別とは異なる性別へ、自分を越境させる人のことである。トランスジェンダーのうち、割り振られた男性という性別を越境し女性として生きる人のことをMtF(male to female)と呼び、割り振られた女性という性別を越境し男性として生きる人をFtM(female to male)と呼ぶ。また、割り振られた性別から越境するにあたり、自分自身の性別の自覚を男性にも女性にも置かない人をFtX(female to Xgender)あるいはMtX(male to Xgender)と呼ぶ。 性同一性障害とか性別違和という言葉を聞いた人は多いであろう。それらはトランスジェンダーのうち、身体の特徴を変えるなどの医療行為を希望する人たちに対して医師が用いる診断名である。 性同一性障害特例法は、トランスジェンダーのうち身体の特徴を変える手術などをした人について、戸籍の性別記載など法律上の取扱いとしての性別変更を可能とした。 そうすると、私は男性の身体で生まれ、割り振られた社会的性も男性であり、自身の自覚も男性として生活している。つまり私は、トランスジェンダーではない。私のようにトランスジェンダーではない人はシスジェンダーと呼ばれる。 自分自身の性別をどのように自覚するかという問題と、恋愛や性の対象となる相手の性別が何かという問題は違う次元の問題である。 男性として性別が割り振られたが女性として生きるMtFの人が、自分自身の性別は女性であるという自覚のもとで、恋愛や性の対象を女性に求める、つまりトランスジェンダーでかつレズビアンという人だって当然いる。 |
中本千晶(執筆活動) バジリコ 2015/07/02 事務所を経営し、 職員を雇用してますが、 ある意味では、私など1人仕事です。 どのように自分を管理するか、 時間を管理するか、 自分を成長させるのか。 全てが自己管理の生活です。 それに答を与える書ではないのですが、 多様な人達が、そのような人生を自己管理して生活している。 そして、これは著者の個性かもしれないが、 その前提にあるのが熱中、善意などの自分の成長。 サラリーマンの対極にある生き方を紹介するのが本書です。 しかし、生き甲斐、熱意、才能のみで生き抜く1人仕事に比較し、 資格で守られた1人仕事の有利さを後ろめたく思う書でもあります。 P228 A4で10枚近くにもわたるアンケートをお願いしたにもかかわらず、どの人も快く引き受けてくれて、詳細に答えてくれた。 P229 そんな、「無駄なおせっかい」がゆるくつながって、ときにとんでもなく面白い化学変化を起こすということを。そしてそれが、巡りめぐって自分にも返ってくるのだということを(……この「ひとり仕事人」同士ならではの連鎖反応についても追究してみたいと思っている)。 |
ジェイムズ・オーウェイン・ウェザーオール(物理学者・哲学者・数学者) 早川書房 2015/06/11 物理法則に基づく株式投資。 難解、かつ、長編の書籍なのですが、不思議なことに、これがスラスラと読めます。 著者の才能なのか、訳者の才能なのか。 P47 でもすこし考えてみると、どうもあやしい部分が見えてくる。もしもこの仮説が正しいなら、たとえばバブルという現象は起こりえない。バブルが起こるということは、市場価格が実際の価値から大きくかけ離れてしまうということだからだ。90年代末から2000年代初頭のインターネットバブルや、2006年頃にはじまった不動産バブルを思いだしてみれば、市場がつねに合理的に動くというシカゴ学派の主張はちょっと疑わしい。トレーダーたちと話をしてみても、やはり否定的な意見が多かった。 |
ディビッド・フィンケル 亜紀書房 2015/06/11 夢遊病か、 統合失調症の方の頭の中のような記述が永遠に進みます。 とても、読み続けることは困難。 しかし、これが帰還兵の現実なら、 それを身近に見ている米国が、 世界の警察官の役割から降りるのは正し選択だと思います。 まず、政府が守るべきは自国民。 そして米国という島国は、 世界の動乱から隔離して存在し得る国です。 P18 ひとつの戦争から別の戦争へと。200万人のアメリカ人がイラクとアフガニスタンの戦争に派遣された。そして帰還したいま、その大半の者は、自分たちは精神的にも肉体的にも健康だと述べる。彼らは前へと進む。彼らの戦争は遠ざかっていく。戦争体験などものともしない者もいる。しかしその一方で、戦争から逃れられない者もいる。調査によれば、200万人の帰還兵のうち20パーセントから30パーセントにあたる人々が、心的外傷後ストレス障害(PTSD)――ある種の恐怖を味わうことで誘発される精神的な障害――や、外傷性脳損傷(TBI)――外部から強烈な衝撃を与えられた脳が頭蓋の内側とぶつかり、心理的な障害を引き起こす――を負っている。気欝、不安、悪夢、記憶障害、人格変化、自殺願望。どの戦争にも必ず「戦争の後」があり、イラクとアフガニスタンの戦争にも戦争の後がある。それが生み出したのは、精神的な傷害を負った50万人の元兵士だった。 |
ポール・J・シルビア 講談社 2015/06/08 研究者は、 論文を発表しない限り、評価されない。 いや、厳しい商売ですね。 私達は、 実務をやっていれば、 それで義務は尽くされている。 それにプラスしての執筆活動です。 その執筆活動の動機付けを語ります。 言い訳でも、精神活動でも、努力でもなく、 仕事をして、 食事をして、 入浴するように 執筆のスケジュールを入れてしまう。 調べ事でも、執筆でも、 そのスケジュールの中で実行する。 私の場合なら、 常に、書き続けることでしょうか。 ブログでも、MLでも、原稿でも 書くことにで理解が明確になり、知識が定着する。」 理解が明確に成り、知識が定着すれば、 さらに、それに知識が積み上げられていく。 理解がシンプルになれば、 それを表現するのは容易になる。 P13 書く時間は、その都度「見つける」のではなく、あらかじめ「割りふって」おこう。 P14 執筆に適した時間帯は、それぞれの活動内容に応じて違ってよい。大事なのは、執筆日数や時間数ではなく、規則性の方だ。 P15 スケジュール通りに執筆していれば、書けていないことに思い悩む必要はない。書く時間を見つけられないと愚痴る必要もない |
大平一枝(作家) 平凡社 2015/05/30 50軒の台所を 写真とエッセイで紹介します。 なぜ、本書を手に取ったのか。 私は自宅が好きなので、 他の方の台所を見てみたかった。 キッチンは各々の家庭を代表します。 いや、汚いですね。 住人の思いによって作られている台所。 特徴のある台所を拾って紹介している為か、 しかし、それにしても信じられないほどに乱雑。 エッセイにある各々の住民構成も面白かった。 45歳の喫茶店店主(女性)と恋人の2人暮らし 40歳の美術講師(女性)と彫刻家の夫、3人の子。 会社員(46歳)と会社員(47歳)の妻 DIYアドバイザー(45歳)の女性 団体職員(42歳)の女性等など。 これが家族構成の平均値なのか。 取材に応じてくれた特徴のある家庭なのか。 普通って何なの。 普通って、平均値ではなく、 多種多様な各々の家庭なのだと思う。 http://www.asahi.com/and_w/tokyo-daidokoro_list.html |
ジェイコブ・ソール(南カリフォルニア大学教授) 文藝春秋 2015/05/25 世界の歴史と複式簿記の関係を語ります。 借方と貸方でシンプルに現状を語る。 これは素晴らしい技術で、 これなくしては経済は存続し得ない。 簿記を学習した者にとっては、 記述された内容は、 歴史との関係は新しい知識だとしても、 簿記が果たす役割については当たり前の知識であって、 長文の本書を読み通すのは辛い。、 簿記を知らない人達にも読み通すのは難しいだろう。 偉大で、有益な知識を語るのには、長文の文章が必要なのかもしれないが、 読者に読みこなせる分量を超えた文章では、著者の希望は実現されないように思う。 P14 君主にとって会計の透明性は危険だったし、たしかにそれにも一理はある。ルイ16世の外務大臣を務めたヴェルジェンヌ伯は、フランス革命の8年前の1781年の時点で、アメリカ独立戦争の戦費が財政を圧迫していることに気づいていた。 P15 度重なる金融危機に脅かされる現代は、会計の責任の歴史を振り返るのにふさわしい時期ではないだろうか。だが、そう考えた歴史家はほとんどいないようだ。国家財政の歴史を論じた研究者はいても、会計と責任が大国の興亡に果たした役割は見落としている。しかし、複式簿記はまさに西洋文明の産物であり、欧米経済済史の主役になってもおかしくない。会計の歴史を調べれば、組織や社会の浮き沈みを解明できると考えられる。メディチ銀行・オランダ東インド会社、大英帝国は栄華を誇ったが、いまはもう存在しない。 P16 複式簿記なしには近代的な資本主義は成り立たないし、近代国家も存続できない。複式簿記は、損益を計算し、財政を管理する基本的なツールである。その発祥の地はトスカーナと北イタリア各地で、1300年頃だったとされる。言い換えれば古代と中世の社会には存在しなかったのであり、複式簿記の誕生は、資本主義と近代政治の幕開けを意味した。では、「複式」とはいったい何を意味するのだろうか。家計簿や銀行通帳のような単式簿記では、単一の勘定における現金の出入りを記録するだけである。これに対して複式簿記では、現金の増減だけでなく、それに伴う資産の価値も表すことができる。帳簿の中央に線を引いて、左を借方、右を貸方とし、一つの取引では必ず借方・貸方が対になり、また貸借は必ず同額になる。たとえばヤギを売るたびに、入ってきた現金を借方に、出て行った商品を貸方に記入する。取引が完了したら、あるいは期末に、集計して利益または損失を計算する。収支尻を確定したら、惜方と貸方に線を引いて勘定を締め切る。こんな具合に帳簿をつけていれば、いま現在は赤字なのか 黒字なのか、つねに把握できる。 |
村串栄一(東京新聞元記者) 講談社 2015/05/18 定年退職した新聞記者が、 現職時代の思い出を語ります。 読みやすい文章なので、 バブル時代や、 ぞれ以前の事件が登場し、昔話として読めます。 しかし、なぜ、このような昔のことを覚えていられるのだろう。 日経新聞の「私の履歴書」を読んでも感じるのですが、 私など、人生を語ったら原稿用紙2枚で終わってしまう。 P77 国税職員は2014(平成26)年現在、およそ6万5千人。検察庁の正検事、副検事は約2千7百人で、検察事務官等を合わせても1万2千人弱だから所帯は大きい。国税庁の下部機関で実働部隊になる国税局は東京、大阪、関東信越、名古屋、仙台、金沢など枢要都市に配置され、独自の調査を展開すると同時にその下の税務署をまとめている。 国税調査官は調査にあたって質問検査権を有し、査察官は家宅捜索ができる強制調査権を付与されている。国税は検察庁と不即不離の関係にあり、検察が国税の脱税告発で成し遂げた大型事件は数多い。しかし、力関係で言うと検察が上位にある。 国税庁は財務省の付置機関。職員は国庫収入確保のため奮闘しているが、実権は財務省キャリアが握っている。わずか50人前後である。国税庁長官、次長、庁のいくつかの部長、課長、東京国税局の局長、総務部長、査察部長らがキャリアポストだ。かつて、キャリアは若いころ、地方の税務署長に配属されていた。エリートを初年兵教育するためだった。しかし、若くして署長となり、驕って問題を起こしたこともあって今は廃止されている。 わずかなエリートの下に「庁キャリ」が層を成している。大卒ながら国税庁のみの採用試験にパスした準エリートだ。およそ3百人とされる。キャリアの腰掛けと違って実務に精通し、査察の別働隊とも言われる資料調査課など前線の指揮官ともなる。しかし、長官、次長になることはない。地方の国税局長クラスが最高ポストだ。 |
舞の海秀平 WAC 2015/05/13 舞の海が、 自分の半生と、 相撲業界を語ります。 相撲の道に入った舞の海が、 もし、体格などで相撲を断念していたら。 そのような相撲に対する思いを語ります。 P105 日本人横綱は、1998年5月場所後に三代目・若乃花が推挙されて以来、生まれていません。 そして2003年1月場所中に貴乃花が引退して以来、すでにまる12年、日本人横綱不在状態が続いています。日本人力士の優勝も、2006年1月場所の大関・栃東(栃東大裕、1976年〜。東京都足立区出身。優勝3回。現玉ノ井部屋師匠)以来、途絶えています。 |
岩井克人 日本経済新聞出版社 2015/05/12 日本の会社の実態(P273)や、法人格(P283)、さらに株式の持ち合いなど、その内容も、歴史も、幾つかの裁判例も、現状も、日本では当然の常識として認識されてますが、これが経済学者には「単なる神話」と勘違いし、本を「落としそうにな」るほどの驚きなのだろうか。 経済学は、 株価の予測と同じで、 昨日の株価は説明できても、 明日の株価は説明できない。 そのように考え、 経済学は実利実益の学問ではなく、 あくまでも社会事象の分析手法を論じる学問だと思ってますが、 しかし、極めて著名な経済学者の認識が素人以下と言うことがあり得るのだろうか。 あるいは、私が認識したことより、 遙かに上位の議論をしているのであって、 私が、理解できないだけなのだろうか。 P273 日本企業のステレオタイプとして、次のような特徴が挙げられていることは、私でも知っていました。第一に、株主の発言力は弱く、会社の経営にはほとんど口をはさまない。第二に、企業経営者の多くは、組織の内部から昇進しており、その経営は利益率より企業組織それ自体の拡大を目標としている。第三に、従業員は、終身雇用制、年功賃金制、企業別組合に守られ、自社に対して強い帰属意識を持っている。第四に、生産や流通や開発の現場では、情報を共有した従業員の間のインフォーマルな関係が重視される。第五に、多くの企業はいくつかのグループを形成し、お互いの株式を持ち合っている。第六に、大企業は、下請け、孫請けと広がる垂直的な系列関係を長期的に維持している。第七に、多くの会社は、主として長期的な貸借関係を保っているメーンバンクから資金を調達している。 この研究会に参加する前は、このような日本の企業のステレオタイプに対して、単なる神話ではないかという疑いを持っていました。利潤の追求という資本主義的な観点から見ると、どうしても合理性を欠いているように見える。ところが、伊丹さんの研究会に招かれた日本の企業人たちが話すホンネは、この特徴づけが決して神話ではなく、当時の日本企業の実態をよく表現していることを教えてくれたのです。伊丹さん自身は、このような日本企業のあり方を、おカネではなくヒトという資本の提供者である従業員が企業の主権者となっているという意味で、「人本主義」と名づけていました。 私は、「日本経済論」の講義を準備しているとき、この研究会のことを思い起こしました。そして、いったいこのような特徴を持つ日本の企業のあり方がどうして資本主義という枠組みの中で可能なのか――それを中心テーマの一つにすれば、自分の講義に特色を出すことができるかもしれないと考えるようになったのです。 P283 1989年秋学期だと思います。プリンストン大学の東洋学の図書館に立ち寄りました。小さな図書館で、ちょっと歩き回れば、日本関係の文献は一通り見ることができます。江戸時代の絵地図とか戦前の古い雑誌などがあって、眺めてみるのが結構面白い。経済学の棚も一応訪問し、その隣にある法律学の棚の前を通り過ぎようとしたとき、自分でも不思議なのですが、古色蒼然とした本がふと目にとまりました。戦前の『法律学辞典』です。その本を取り出し、前から気になっていた「法人」という言葉に関する項目を探してみました。そうすると、末廣巌太郎(1888−1951)という民法の大先生が書いた次のような定義が見つかりました。 「法人とは自然人にあらずして法律上〈人〉たる取扱いを受くるものを言ふ」 私は、この言葉を目にしたとき、驚きのあまり、思わず『法律学辞典』を落としそうになりました。 なぜならば、近代社会の大前提は、ヒトとモノとをきちんと分けるということであるからです。ヒトは主体として、モノを所有し支配します。モノは客体として、ヒトに所有され支配されます。小学校以来の社会科の授業で、近代社会とは何かということを教わってきましたが、そこで学んだことは、近代社会とはヒトをモノとして扱ってはいけないという主張から始まったということです。 P284 もし私が、学生時代に民法や商法を学んでいたならば、こんなには驚かなかったと思います。講義で法人という概念についての解説を聴いており、すでにある程度の予備知識を持っていたはずだからです。だが私は、法律が――というよりも法学部が――好きではありませんでした。その当時は僭越にも、法律などという権力の道具にすぎないものを勉強するなんてとんでもないと思っていましたから、経済学部にいながら法律に関する講義は一度も取ったことはありませんし、その後も、このときまでは法律に関する本は一度も開いたこともありません。 もちろん、日常生活ではしばしば法人という言葉には触れてはいましたが、その意味について意識的に考えたことは一度もありません。それだからこそ、「法人」という概念に関しては、全くの白紙状態のまま接することになったのです。そして、法人とは本来はヒトではないのに法律上ヒトとして扱われるモノという定義に、本当に驚いたのです。 私はすでに42歳になっていました。だが、この驚きをきっかけとして、「法人論」というこれまでとは全く違った分野の研究を始めることになりました。しかも、皮肉なことに、学生時代に一番敬遠していた法学という分野です。文字通り、一から始めなければなりません。ペン大やプリンストン大の図書館で、法人論や会社法関係の文献を借り出して、読み始めました。 帰国後、日本経済新聞から「やさしい経済学」への寄稿を頼まれたのを幸いに、法人に関するそれまでの思考をまとめてみました。そして、「ヒト、モノ、法人」と題したエッセイを、1990年3月1日から5回にわたって連載しました。 |
阿刀田高 新潮社 2015/05/07 昔は、読書の中心は小説でした。 日本の小説、外国の小説等など。 阿刀田氏などは、上手な小説家。 しかし、私にはダメでした。 既に、私は、 小説を読む年代を過ぎてしまった。 ストーリーは追えますが、 読んだ後に何も残らない。 10分前に読んだ短編のストーリーも思い出せない。 しょせん作り事で、どうでも良い話しは記憶できない。 |
門倉貴史 宝島新社 2015/05/05 派遣切りになった人達 内定を取り消された学生 リストラされた正社員 そのような人達の現状、 原因、生活、家族などを紹介します。 私が大学で講義を担当していたら、 学生に本書を読んでもらい、 事例を選択し、解決策を提案して貰います。 解決策は存在しないのです。 それを最初の講義として、 学生が4年間で何を学ぶべきかを考えてもらう。 終身雇用が壊れつつある現状で、 白紙委任で自分の人生を会社に預けるシステムは、 既に、貴方の人生を保証するシステムにはなっていない。 では、どのような対策を取るべきか。 それが許されるのが大学4年間です。 学生は、4年間の大学生活で、 何か武器を手に入れて大学を卒業しなければならない。 それを先回りして 学生に語るべきが教育者ではないかと。 その指針を示すのが大学の教職員であるべきと思う。 なぜ、4年間、遊ぶ期間を置く必要があるのか。 なぜ、大学で学んだことを誇れる学生が造り出せないのか。 なぜ、入学する為に12年もかけた結果が現状の大学なのか。 なぜ、学生に、勉強の方向も、4年間の貴重さも教えられないのか。 私の廻りには、 大学4年間の努力で、 その後の40年の人生を作り上げた人達が多数。 なぜ、大学は、そのような指針を示せないのか。 なぜ、会社に人生を白紙委任する方法しか教えないのか。 P30 高校を卒業してからずっと、地元の郵便局で働いていました。振り返ってみれば、あの時が分かれ道でした。郵政民営化ですよ。のんびりしていた職場の空気が急変しました。自分でもよくわかっているんですが、自分は器用な人間じゃありません。突然、職場が成果主義になり、僕のようなのんびりとしたタイプの人間には、居場所がなくなりました。露骨なイジメも起こるようになった。失敗をすると、朝のミーティングで名指しで怒鳴られたり、お客からクレームが入ると、始末書を何枚も書かされたり……。 今思えば、鬱病になっていたと思います。起きても、仕事に行きたくないので布団から出られない。結局、会社と話をして、退職金をもらうかたちで辞めることになりました。 P39 全員とはいいませんが、派遣に来る人をずっと見ていて思うのは、やはりいい加減な人が多いということ。すぐに辞めていく人も多いですしね。独身が多いのは確かです。いい加減な人が多い証拠ですね。いい歳して結婚してないということは、それなりに欠陥があるんです。自分だって、彼女がいたことはありますが、長続きはしませんでしたね。すぐに仕事を辞めたり、計算してお金を使えなかったり、向こうから去っていきました。 P59 IT系を中心に就職活動を行ない、5社から内定をもらいました。そのなかのひとつ、某上場企業の子会社であるU社から内定通知を受けたのは、08年6月のことです。 内定をもらった企業のなかではもっとも将来性が高く、就職説明会で会社役員が話していた「社長から末端の社員まで透明性のある企業を目指す」という言葉に惹かれ、ほかの企業を断わって就職することに決めました。ところが、08年11月に入り、内定式を3日後に控えた日のことです。人事担当者から電話があり「誠に残念なお知らせなのですが、内定を取り消させていただきます」と、一方的に告げられたのです。 P60 その2日後、内定取り消し通知書が自宅に届きました。電話で人事担当者が話していた内容とほぼ同じことが書かれた書類が、1枚送られてきただけでした。内定式用にスーツを一式新調したのに、それも無駄になってしまった。 P92 大学を卒業してからずっと、家具メーカーに勤めていました。26年間働いたのですから、人生の半分以上、この会社にいたというわけです。若い頃は地方に飛ばされ、店頭で販売員をしていました。30歳の時に、店を任されるまでになり、その後本社に戻って、管理職の立場になりました。20代で結婚をして子どもが2人生まれ、マンションも購入し、いわゆる中流の暮らしを送っていました。仕事も会社のことも好きだったので、当然、定年まで働くものだと思っていました。 当然、社長に直訴しましたよ。でも「考えておくよ」という生返事ばかりなんです。そんなに忙しくもないはずなのに、忙しいふりをして「今度、じっくり話をしよう」とかね。部署内では浮いているし、上層部も腫れ物に触るように接してくる。ある日、社長と話した帰りに僕を見る社員の目を見て、自分はまずい立場なんじゃないかと感じました。まるで、かわいそうな人を見るような目で見られている気がしたので……。 |
輔老心(フリーライター) 文春文庫 2015/05/03 辻口氏の著作と思って購入したのだが、 ライターが辻口氏を紹介する本だった。 私は、この種の本は読まない。 自分の経験を語るのではなく、 ヨイショする本は綺麗事で面白くもない。 それでも本書は面白かった。 常に挑戦するケーキ造りの夢。 それと、私が疑問に思うのは、 そもそも、有名パティシエのケーキは、 なぜ、他のケーキ屋と比較して美味しいのか。 常に、10人、20人の職人が働き、 同じケーキが作れるように訓練される。 彼らが独立して自分の店を出せば、 同じ味のケーキが造れるはずではないか。 恐らく、 売れる量と原価率の関係なのですね。 大量の人達に、 訓練期間の給料で働いて貰い、 新鮮な内に販売し、売れ残りを出さない。 ケーキ屋だって他の仕事と同じ商売なのだ。 P48 「きょうの天気、気温は?」 「晴れときどき曇り、日中は18度、昼過ぎからちょっと下がってきます」と、部下がすぐ応える。 天気や気温はパティスリーにとっては重大事なことだ。まずは客足に関係する。雨降りや寒さがあると、ケーキの売れ方がゆっくりになる。そうすると、次々に新品を作っていってもうまくいかない。一方で気温が高い暑い日だと、ショーケースに置かれたケーキは少しずつ味が落ちていってしまう。何時頃、どのケーキを、どれだけの数、ショーケースに並んでいるように作るか、追加するのか。毎日、慎重に変えて行かなければならない。 ケーキはできたてが一番美味しいのだ。たとえば、朝礼では注文ケーキの確認伝達も行われる。「○○様より、バースデイケーキの注文を○時にいただいております」。お客さんがケーキを取りに来るほんの数秒前にケーキを完成させるのが腕なのだ。 朝礼が終わり、先輩たちが持ち場に散って行く。新人博啓の目にも、彼らは無口で無駄なくキビキビと映っていた。 最初の頃、博啓は掃除に3時間を要していた。これが、毎日続けるうちに要領と手際がよくなってきた。1週間後には2時間で、2週間後には1時間でできるようになってきた。 |
吉田重雄(元三菱銀行勤務) きんざい 2015/05/01 サラリーマンという不思議な存在の典型が銀行員だろう。 銀行員の思考過程を理解すればサラリーマンが理解できる。 融資活動の多様な行動原理を批判的に建設的に語ります。 ただ、それが実行可能な行動原理なのか。 著者(と私)が生きた時代と、 今の銀行業界は全く異なる。 仮に経済成長率なら 1956年から73年は平均して9.1% 1974年から90年は平均して4.2% 1991年から10年は平均して0.9% 仮に資金需要なら 企業の資金余剰は1994年にプラスに転じ 家計の資金需要は最初から最後までプラスを維持し、 政府の資金需要は1992年にマイナスに転じている。 つまらない本ですね。 いや、つまらない商売です。 著者は、 何かを語っている気分なのでしょうが、 何も語らず、 銀行員は、結局は、 ノルマと成績でしか勤まらない商売。 それ以外に生きる基準も、成功も存在しない。 著者は、それを否定しながらも、何も語らない。 この本を読んで、 銀行員は、結局は、 ノルマでしか存在し得ない職業ではないかと。 ノルマを与えられ、 ノルマで成果をあげ、 ノルマで同僚と競争し、 ノルマで出世するのですから、 ノルマ達成が生き甲斐になる。 恐らく、次が著者の主張だろうが、 まさに空虚としか定義しようがない。 P242 筆者は、貸出業務に関して経営の立場にいる人は、次の五点について、現場に対して明確なメッセージを出すべきであると考えます。 (1) 真のコンプライアンス経営 (2) 健全な貸出業務運営 (3) 顧客第一、顧客満足の徹底 (4) 人材主義 (5) 公平公正な評価 P246 (3) 顧客第一、顧客満足の徹底 貸出業務は真に貸出先の事業経営に資することを、銀行の立場でともに考え、必要な支援をすることに使命があります。「貸すも親切、貸さぬも親切」という言葉がありますが、それが真に実践できるような信頼関係と絆の構築が大事です。そのためには、貸出先が、「この担当者、支店長に相談したい」といわしめるだけの知識や情報生産能力を備えていなければなりません。 顧客第一・顧客満足の徹底は、実践が求められています。また、貸出業務は、貸出先にいかに多くの情報を提供し、経営に役立てるかという付加価値の競争という側面が重視されるべきです。金利の引下げ競争で、貸出先の歓心を得るだけの銀行は、いずれ淘汰される運命にあると思います。 |
伊藤亜紗(東京工業大学准教授) 光文社新書 2015/05/01 目が見えない人達の社会。 それは私達の社会から視覚をマイナスした社会ではない。 他者の実感を理解する。 その趣旨の目が見えない方々の実感を理解する書です。 P64 たとえば「富士山」。これは難波さんが指摘した例です。見えない人にとって富士山は、「上がちょっと欠けた円すい形」をしています。いや、実際に富士山は上がちょっと欠けた円すい形をしているわけですが、見える人はたいていそのようにとらえていないはずです。 見える人にとって、富士山とはまずもって「八の字の末広がり」です。つまり「上が欠けた円すい形」ではなく「上が欠けた三角形」としてイメージしている。平面的なのです。 月のような天体についても同様です。見えない人にとって月とはボールのような球体です。では、見える人はどうでしょう。「まんまる」で「盆のような」月、つまり厚みのない円形をイメージするのではないでしょうか。 |
大西 洋(三越伊勢丹社長) PHP新書 2015/04/21 百貨店の販売力は「スタイリスト」という名の販売員。 彼ら、彼女らのやる気を引き出すのが社長の仕事なのだ。 「君達が主人公だ」と スタイリストに向けて語るのが本書。 P16 現在、スタイリスト1人当たりの平均販売額は、年間2千〜3千万円程度となっています。その一方で、優秀なスタイリストのなかには、年間2〜3億円の売り上げを計上する人も少なくありません。しかし双方の報酬の差は、同じ年齢だと月の給与でせいぜい1万円程度、ボーナスでも多くて数万円しかありません。 P61 三越銀座店は、売り上げの10%をインバウンド(訪日外国人旅行客)が占めている店舗です。金額にすれば、約70億円にもなります。それだけの売り上げがあり、将来的にもインバウンドが増えることが予想されるので、会社として空港型の市中免税店を導入するという方針も打ち出しました。 |
棚園正一(漫画アクション新人賞佳作受賞) 双葉社 2015/04/17 私が小学生だった頃、 登校拒否なんて概念は存在せず、 登校拒否なんて許されませんでした。 しかし、いまなら、 私は登校拒否児になっていたように思う。 嫌な先生がいました。 時代が異なりますが、 その嫌な先生に登校拒否にされてしまった作者。 いや、それ以外の要因かもしれませんが、 でも、自問自答する作者の心理状態は理解できます。 子供達、 あるいは一部の子供達にとって 「普通」ということが如何に難しいことか。 意識して普通を演じるなんて、大人でも出来ないと思う。 小・中学校時代、不登校だった 著者の実体験を基にした物語。 学校へ行けない日々、 少年の支えとなったものは、 家族、友達、『ドラゴンボール』。 8人の先生との出会いと別れを通じて、 喜び、傷つきながら成長していく。 そして9人目の先生、 鳥山明先生と出会い、 少年は生きる希望を見つける――。 |
大栗博司(理論物理学) 幻冬舎 2015/04/14 本書の紹介があり、手に取ってみた。 いや、高校時代、数学は得意科目でしたが、 その後、既に、数十年、根を詰めて論理を負う習慣が欠けてしまった。 「僕は数学の勉強は言葉を学ぶようなものだと思っている」という著者の言葉があり、私も同感ですが、しかし、数学の言葉は行間を熟考しながら読む必要がある。 本書に書かれた論理の全てが、 自分の考えとして、 自分の中に存在したら素晴らしいと思う。 数学は、 数字を扱う学問ではなく、 論理を扱い、論理は、 宇宙の隅々から自分の心の中にまで存在する共通言語です。 本書の最初のテーマ、 確率の小さな誤差が、 日々の判断の積み重ねで、 成功した人生と、そうではない人生を作り出す。 1%の能力差でも、 日々、判断を繰り返していけば、 破産者と成功者の人生の違いを作り出す。 50対50の確率に対して、 たった3%の誤差が、 99.75パーセントの確率で破産者を作り出してしまう。 だから、 誰でも秀才に見えるけれども、 そこには3%の差があるのだろう。 そして3%の差は、誰にも見えない。 しかし、その3%の差が、 結果として勝者と敗者を作り出すのだ。 P16 たとえば、P(10,20)=1/2。このときには、10円持ってギャンブルに行くと、持ち金を倍にして帰る確率と、破産してしまう確率は5分5分というわけだ。 そこで、ギャンブルの胴元がコインにちょいと細工をして、p=0.47、q=0.53としたとしよう。 カジノの経営が儲かる理由はこれだ。たとえば、アメリカ式のルーレットには1から36までの数字がついたポケットがあって、1から18までは赤、19から36までは黒。これだけなら赤が出る確率も黒が出る確率も18/36=1/2だけれど、ルーレットには0と00のポケットもあって、この2つのどちらかに玉が入ると胴元にお金が行くようになっている。この場合に赤か黒かで賭けると、お客さんにとってはp=18/38≒0.47。つまり3パーセントの癖のついたコイン投げをしているのと同じことで、さっきの計算がそのままあてはまる。50円持っていって、1円ずつ賭けて倍にしようとすると、99.75パーセントの確率で破産してしまうんだ。 P17 逆に、賭けがギャンブラーに少しだけ有利だったらどうだろう。p=0.53、q=0.47だったとして、P(m,N)の公式を使うとP(50,100)≒0.9975となる。さっきの場合と、pとqの値が反転しているので、持ち金を倍にできる確率と破産する確率も逆転しているんだ。3パーセント有利なだけで、50円を倍の100円にできる確率が99.75パーセントになる。これならよほど運が悪くなければ負けない。 P18 同じようなことは、君がこれから生きていくうえでいろいろなときに径験するはずだ。たとえば、君は健康で長生きがしたいと思うだろう。でも、思いがけない病気にかかるかもしれないし、学校に行く途中で交通事故にあう可能性もある。健康で長生きをするというのは、コイン投げで持ち金を倍にしようとする話と似ていると思う。偶然の積み重ねで結果が決まる場合には、一つひとつのステップがほんの少し有利になるか不利になるかが大きな違いにつながる。 何かで大きな成功をした人は、普通の人にはない特別な才能があるように見えるかもしれない。もちろんそういう場合もあるけれど普通の人とあまり変わらなくても、積み重ねる確率をほんの少しずつ有利にするだけで、長い目で見て大きな差ができてしまうこともある。ここで話した確率の公式は、そういうことを教えているように思う。 |
清武英利 講談社 2015/04/13 SONYの製品には夢があり、 SONYの製品を持つことはステータスだった。 他の家電に比較し、 値段が高くても、SONYが欲しかった。 SONYをダメにした人達は、 1つの企業をダメにしたのではなく、 日本のSONYをダメにしてしまったのだと思う。 SONYがダメにならなければ、 いま、スマホや、家庭用ロボットは、 SONYの製品として世界に存在したのだと思う。 ダメになったSONYを紹介しますが、 ダメになったSONYなど読んでも面白くもない。 P64 エンジニアはこっそりと研究したり、試作したりしている「ブツ」を隠し持っていた。現場に来る井深か盛田にいきなり見せようと狙っている。上司たちも鷹揚で、そのブツが面白いものだったりすると、どこからか開発費を調達してきたり、あらかじめ隠し持っていた予算を与えたりした。それが有能な管理職の証しだった。 彼らの脳裏には、井深たちも自分らのように汗にまみれたエンジニアだったという記憶が刻まれている。 井深は無駄をとがめない技術者で、「一見、無駄に思えることも重なれば個性のようなものになるんだ」とか、「人ができないようなことをやりなさい」と、部長たちにはっぱをかけていた。指示が明確で、ダジャレも好きだった。 P69 99年の経営機構改革は、後に「第1次構造改革」と呼ばれた。リストラはその前のセカンドキャリア支援から数えて、本書の冒頭で示した図表のように第2次、第3次と17年以上、いまも続き、2015年までに、ソニーでは6度も大規模な人員削減が行われている。そして数千人の社員たちがリストラ部屋に追い込まれていく。 それと知らずに泥沼に踏み出した一歩目に過ぎなかったのだ。 P150 物音ひとつ聞こえない不思議なフロアだった。大賀の使っていた部屋が8階の真ん中にあって、フロアは大きく2つに区切られ、通路はちょっとした迷路のようになっている。部屋に入ると5人掛けの長い机がズラリと並んでいる。その机の上を低いパーティションを置いて仕切っていた。その後、人数が一時約150人にまで増えると、とうとうパーティションの数を増やして6人掛けにしたという。満員だったのである。 …… これが、社員たちが絶対に行きたくない、と言っていた部屋なのか。 なにやら勉強している女性がいる。語学をやっている30歳代の社員、ヘッドフォンを着けた中年、高校生のようにテキストブックを開いている人。ひたすらネットサーフィンをやっている社員もいた。仕事はないのだ。 「いや、どうぞよろしく」 パーティションの両隣に小声でささやいた。それが沈黙の部屋の挨拶だった。 着席するとすぐに、54歳の自分より若い社員がたくさんいることを発見して、軽い驚きを感じた。入社10年ほど、35歳前後という者もいる。配属された職場自体がリストラでなくなってしまった、という社員も少なくない。 何年もこの部屋で頑張っているという人もいた。50歳代とおぼしき女性は、定年までこのリストラ部屋に住み続けた。彼女は寡黙で口を開かなかったから、その気持ちはわからなかったが、長島がソニーを退職した後、品川のハローワークでその女性を見かけた。相変わらず、きりりと口元を一文字に結んでいる。 …… おお、同志よ。 声を掛けそうになってしまった。それぞれが孤立しながらも、懸命に生きている。 「ソニーリストラ村」の住人はもちろんベテラン社員が多い。50歳代がざっと半分で、続いて40歳代。30歳代も1割近くいたようだった。 実態が正確につかめないのは、情報交換の仕組みがない部署だからだ。「あんたたちは、就職するところを早く決めて、とっとと出ていきなさい」という部屋なので、仕事もミーティングもなければ、連帯感もない。第1章で紹介した居酒屋「目黒川」のような例外も人と時期によってまれにはあるが、「帰りに一杯」ということは普通はないのである。人事の庶務担当者から来るのも、最低限度の伝達事項とか、「戸締まりできていなかったから気を付けてください」といった程度の連絡で、それもほとんど電子メールでの伝達だった。 …… 30代から40代の社員はなかなか決断できないだろうな。彼らの場合、早期退職金といっても、2、3年分の年収が上乗せされるくらいのものだから。結婚でもしていようものなら、とてもじゃないけど辞められない。 部屋には、不安とわずかな希望、焦燥が濃密に満ち、それを見守る人事部側には同情と倦怠の色がある。暇を持て余し、ひねもす新聞を読んでいる人事部幹部もいた。 ソニーの社員には独特の色がついている。ソニーを辞めた長島が仕事でタイに出張した際、機内で設計者と乗り合わせた。声をかけたら、やっぱりソニーの社員だった。 「僕は医療機器の設計者で、1年ほど前に(大手企業から)ソニーに転職してきたんですが、こんな会社だとは思いませんでした。失敗しました」 |
秋山のぞね Parade books 2015/04/09 小学校2年生で挫折してしまった少女の詩集です。 本を出版するという目標を得て前向きの人生が築けた。 そのような紹介記事を見て、 応援のつもりで購入してみました。 このような心で生きているとしたら辛い。 勝ち組、成功者、安全な道、高みを目指す、 常に、そのような生き方をしている私には、全く別の社会。 1000を持つ者が10を失うことを嘆く社会にいると、 10も持たない人達の生活は見えなくなってくる。 10を持たなくても生きていける。 しかし、一度、1000を持ってしまえば、とても、10では生きていけない。 |
朝倉雄武(8名の議員を補佐した国会議員政策秘書) イースト新書 2015/04/09 バブルの頃の経済事件に登場した紳士を紹介します。 リクルート事件、イトマン事件、東京協和信用組合、安全信用組合、住友銀行、長銀、竹下登、金丸信、石橋産業事件、山口敏夫、田中森一、小沢一郎などなど、政治家、ヤクザ、ブローカーなどの渾然一体としたカネの世界。 あの時代を知っている者ならストーリーを追えますが、 あの時代を知らない人達がストーリーを読み取るのは難しいと思います。 最低の金銭単位が100億円だった時代。 今よりも、経済温度が10度近く高かった時代にお立ち台で踊った 「カネ」「土地」「政治家」「ヤクザ」「詐欺師」「嘘」の世界です。 多くの人達は失敗し、刑務所に入って命を無くし、経済界から消えていった。 バブルの時代に登場した泡のような人達の泡のような人生の紹介です。 P142 平成8年3月中旬、許は石橋浩社長をJR大阪駅北口にある約7万坪の「国鉄精算事業団」の土地に案内し、「国技館だけではこれだけの土地はこなしきれないので、大型ホテルが2つ3つ必要になるし、ワシが所有している吉田司家の貯蔵品を納める相撲博物館を作ろうと思てます。それから韓国領事館をベースにした大阪の各国領事館を集めたビルを作ろうと思うとるんですワ。ホテルのほうは全日空が井手野下さんの話でもずいぶんと欲しがっているように聞いておますから、亀井静香先生に頼んでさっそく全日空の普勝清治社長に会うてもらわんとあきまへんな」などと亀井との密接な関係をひけらかしただけでなく、後日、東京築地の高級料亭「吉兆」で亀井、全日空の普勝社長、石橋浩社長、林雅三社長の4名が会食することになるが、段取りは許が先ず石橋社長を亀井代議士の平河町の事務所に案内し、石橋、亀井の2人を引き合わせてから、その後、会食するという方法が採られた。それだけ許と亀井の仲が深かったことになる。 2人の関係が明らかになるのは、石橋産業事件よりもかなり前、平成2年5月頃のことである。「イトマン事件」で許のパートナーであった伊藤寿永光が社長であった「ワールド・インペリアルウィング」が亀井の地元である広島県庄原市でゴルフ場開発を手がけた際、亀井は伊藤に同行して住民たちを前にこのリゾート開発事業をぶち上げている。許が出資していた「ワールド社」の会長は元警視総監の川合寿人。亀井も警察官僚出身である。 許がイトマン株を大量に買い占めていた平成2年頃、亀井も秘書名義で20万ものイトマン株を購入している。「イトマン事件」で大阪地検特捜部は東京平河町の許のグループ企業「富国産業」名義の7、8億円はすると言われた高級マンションを家宅捜索しているが、この部屋は一時期、亀井が許から提供されて事務所として使っていたものであった。 ノンキャリアとしては最高ポストの熊本国税局長の剣持昭司は、イトマン事件の公判で「平成元年10月から同3年5月まで亀井先生の紹介で許の顧問税理士になった」と証言しているから、大物政治家たちの中で亀井が許と一番親しくしていたことは間違いない。 |
武田知弘(ライター) 祥伝社 2015/04/07 良い本です。 明治維新後、 素早く近代化に成功した。 第二次世界大戦の敗戦の後、 素早くGNP3位の地位に辿り着いた。 偶然なのか、 必然なのか、 日本という独自の存在なのか。 中国や韓国にしてみたら癪の種だろう。 本書は、 明治維新後の近代化の原因を解明します。 「富国強兵」「殖産興業」といっても、 その元になるカネが無ければ何も出来ない。 空の財布から始まった明治政府は、 どこからカネを手に入れて、近代化を成し遂げたのか。 昔から気になっていたところですが、 それを解説した書籍に出会いませんでした。 本書は、まさに、その点について具体的に解説します。 P15 明治維新直後の「版籍奉還」により、諸藩が所有していた領地は、全部、朝廷に返還された。そして、返還された土地は、「地租改正」により農民に無償で分け与えられ、「近代的な土地所有権」を与えられたのである。 このとき、分け与えられた土地の所有権は、現在でも通用する土地の所有権である。明治維新時から、土地を所有している農家の方も多いと思われるが、それは、明治維新時に朝廷から無償で分け与えられたものなのである。 これは世界史的に見ても、ひじょうに稀有な「巨大利権の解体」であり、「農地解放」である。 P39 また「版籍奉還」「廃藩置県」の成功には、幕末の諸藩が財政的に行き詰まっていたという点も大きかった。「版籍奉還」「廃藩置県」により藩主たちは財政的な圧迫から解放されたということであり、ある意味、彼らは「助かった」ということでもある。 P55 神田孝平はこの「田租改革建議」の中で、「現在の物納による徴税は、非合理で効率が悪く、農民には負担が多いし、国家にも得るところが少ない」と述べている。そして「田畑の売買を自由にし、その売買価格をもとにした地価に課税し、税金納する方法」を提案した。 新政府は、この提案を受け入れたのだ。そして明治4(1871)年から東京で、翌年からは全国で、地券制度の普及を開始した。 明治5(1872)年には、地券渡方規則が公布された。この規則により、農民は自分の農地を国に申請し、国は地券を交付する。そうすることによって、土地の所有権が確立したのである。 P79 そして明治8(1875)年には、日本全国で2万4303校の小学校を建設している。現在の小学校数が、2万6000なので、明治維新からわずか8年で現在の小学校制度に匹敵するものを作ったといえる。 P80 もちろん就学率は急激に向上し、明治38(1905)年には95.6%に達している。この就学率は、当時のアジア諸国の中では群を抜いており、西欧諸国の中でも高い部類だった。 これらの教育の普及が、急速な経済発展を促したのである。 日本は、明治以来、急速に工業化が進んだが、工業化を進めるには質の高い人材が不可欠である。つまりは教育の成果が迅速な工業化という結果につながったのだ。 また教育の普及は、強い軍隊を作り出す要因の一つともなった。 P118 また、国民が過度な税負担を強いられていたわけでもないのである。 実は戦前の日本というのは、税金はそれほど高くはなかった。というより、庶民には直接税はほとんど課せられていなかった。 サラリーマンや使用人の給料には、長い間、税金は課せられていなかったのだ。 サラリーマンの給料に税金が課せられるようになったのは、第二次大戦直前の臨時特別税からなのである。 また明治初期の税収の柱となっていた「地租」も、明治以降、急激に下げられており、農民の税負担もそれほど大きいものではなかったのだ。 高額所得者に課せられていた所得税も、太平洋戦争前までは一律8%であり、累進課税ではなかった。また法人税という概念はなく、企業も個人と同じように8%の所得税が課せられていただけである。 明治政府というのは、国民に極力負担をかけずに、日清、日露の大戦争を戦ったのである。もちろん、それは財政的にひじょうに難しいことだったが、政府の高官たちは、知恵と工夫でその困難を克服したのである。 この二つの大戦争における財政的な成功こそが、大日本帝国の急成長の大きな要素といえる。 P119 では、どうやって税を徴収していたかというと、当時の税収の柱を占めていたのは酒税だったのである。 もちろん酒税だけで財源を賄ったわけではないが、酒税が明治政府の税収の大きな柱だったことは間違いないのだ。 現在の酒税は、租税収入の3%前後に過ぎず、財源としてはそれほど大きなものではない。しかし、明治時代の酒税は、多いときでは租税収入の30%以上を占め、明治後期から昭和初期まで、税収1位の座を占めていたのだ。 P120 というのも地租を税制の中心のすると、インフレになれば財源不足に陥る。地租は、あらかじめ額が決まっているので、インフレでお金の価値が下がっても、増収になることはない。物価が上がった分の損(コスト)は政府が負担することになるのだ。 酒税は、酒に課せられる税金なので、それほど国民は文句は言わなかった。酒は、国民生活にはなくてはならないものだったが、生活必需品とまでは言えない。また、酒を飲む機会が多い人(つまりは金持ち)ほど、多額の税金を負担することにもなった。 P121 明治15年当時の酒の値段は、一石20円前後だったので、酒代の20%が税金だったのだ。 しかし、これは現在、ビールに課せられている酒税よりも税率は低い。 現在のビールには、50%以上の酒税が課せられているのだ。それに比べれば、当時の酒税はそれほど高いとは言えない。 しかしこの明治15年の増税で、年600万円以上の増収となった。 明治15年から日清戦争までの陸軍の増強費が年400万円程度、海軍の増強費が年300万円程度だったので、軍事費の増加分は、ほぼこの酒税増税で収まったのである。 P122 酒税は、日清戦争時に租税に占める割合が20%を超えている。そして、日露戦争直前の明治32〜36年の5年間は、30%を超え、地租を抜いて税収割合で1位となっている。日露戦争直前の軍備にもっとも金がかかった時期、酒税がそれを賄ったといえるのだ。 P124 当時の酒税は1億円あり、これだけで、陸軍、海軍の年間費用がほぼ賄えたというわけである。戦前の日本の軍備は、世界的に見ても相当なものだったが、それを賄えるほどの税収を酒税は稼いでいたのだ。 P152 日清戦争の賠償金の使い道では、官営八幡製鉄所などが有名だが、実はそのほとんどは軍事費に使われていたのである。 日清戦争の賠償金は、当初は2億両だったが、遼東半島を還付したので3000両が加算され、合計2億3000両である。日本の国家予算の4.2年分である。 P153 日清戦争時には1隻も持っていなかった主力艦を、日露戦争時には14隻も保有できるようになったのは、この賠償金あってこそなのである。 もしこの賠償金がなければ、とうていたった10年でロシアに対抗する軍備をすることは無理だったといえる。日本軍の急速な近代化、強力化を支えたのは、清からの賠償金だったのだ。 |
五十嵐徹夫(元前橋税務署長) エクスナレッジ 2015/04/06 凄いノウハウがあるのか。 そのように思わせるタイトルですが、 各々の頁のタイトルから内容が読み取れてしまう、 基本的な知識の解説で、私は15分程度で読み終えました。 在野の人達が、 「税務調査の対象にならない為の注意点」など議論する中で、 税務職員もプロであり、 そのようなテクニックは存在しないと語っても、 私個人の単なる意見に過ぎませんが、 しかし、 税務署OB氏が語れば、 それなりの実感が示せます。 当たり前の結論ですが、 それが本書の唯一の収穫でした。 税務署40年の勤務経験からは、 生々しい相続争いや脱税の事案か、 納税者との激しいやり取り、あるいは、 相続税の理論が語れると期待したのですが、 守秘義務なのか、語るべきモノが無いためか。 「国税庁、国税局の総務部・課税部・調査部、国税不服審判所、税務大学校、税務署長などの経験者をそろえ」と日経新聞に一面広告をする人達の事務所に属するのが著者です。 ギラギラした自己主張を期待したのですが、 残念ながら、特別のノウハウも主張も存在せず、 税理士初級講座のような極めてフラットな内容でした。 P4 私は、自身の国税庁や国税局、税務署での約40年間にもおよぶ長い勤務経験から、「相続争いを未然に防ぐ決定的な方法はない」ということを経験的に理解しました。 しかし、被相続人が、生前に自分の相続についての考え方を相続人に示して、相続人の理解を得ておけぼ、決定的な相続争いは起こらないということも経験で知りました。 すなわち、被相続人が生前に相続についての考え方や遺産の分割方法等について、相続人に方向性を説明し、早期に対策を立てていれぼ、円滑な相続ができるということです。 P202 元税務署長が教える税務調査の注意点 税務調査を受けないで済む方法などはありません P203 毎年の税務調査の対象事案の選定方針や調査重点項目などは、若干の方針の違いはありますが、全国の国税局ごとに決められています。 現実問題として調査対象の事案を選ぶのは機械ではなく、調査経験が豊富な現場の特別国税調査官、統括国税調査官および上席国税調査官たちです。そして、これらの調査官たちは、調査能力もこれまでの経験もそれぞれ異なり、また、それぞれ調査についての個性も異なります。したがって、申告された相続税申告書の見方もおのずからそれぞれが異なるのです。 そのようなベテラン調査官たちが調査対象の事案を選ぶのですから、画一的になることはあり得ません。ある調査官の相続税事案に対する見方が、他の職員とまったく同様とは限らないのです。職員一人ひとりが少しずつ異なる見方をしているのです。 ですから、税務調査を100%回避する方法など、どこにも存在しないのです。 |
勝俣範之(日本医科大腫瘍内科) 毎日新聞社 2015/04/03 近藤誠医師に告ぐ ミリオンセラー 近藤本への科学的反論 そのように題する近藤本への批判の書です。 近藤医師の主張が間違いなのは明白ですが、 しかし、本書を読んでもシャープな理解が得られない。 遠慮しながら、例外事象に配慮しながらの批判なので、 前提知識に欠ける一般素人としては充分な理解が出来ない。 小泉総理のワンフレーズに、 他の政治家が引っかき回されている構図に似てます。 しかし、放置療法が現実に実践されているとしたら怖い。 批判本としてはともかく、 抗がん剤治療の最新状況については良い本です。 私は、人間ドックでガン宣告されたら、 この著者に治療方針を相談してみようと思う。 P27 抗がん剤が嫌われる大きな原因は、副作用にあります。自分にとって大切な人が、抗がん剤治療で苦しみ、揚げ句に亡くなってしまった。このような経験を持つ方は、実際に多いでしょう。近藤誠医師の著書を支持する読者が多いのも、そのあたりに理由がありそうです。 P38 21世紀になり、がん治療で最も進歩したのは、分子標的薬です。分子標的薬とは、がん細胞特有の分子に作用する新しいタイプの抗がん剤のことです。 P42 それまで、HER2発現のある乳がんは、抗がん剤にはそこそこ効果はあるものの、ほとんどの場合、すぐに再増大していくたちの悪いがんであることを、現場の医師たちは経験して知っていました。しかし実際にハーセプチンを使ってみると、そのようなたちの悪いがんがみるみる消え、それが長く持続する効果を身をもって経験できるようになったのです。転移再発がんでも、長期間、がん細胞が消えてしまった患者さんも出てきました。実際に、私が経験した転移のある乳がん患者さんでも、ハーセプチンによって転移がんが消失し、その後5年以上もがんが消えたままの患者さんが何人もいます。これらの患者さんは、おそらくハーセプチンによって治癒が得られたものと思われます。このようなことは、それまでHER2陽性の乳がん患者さんにはあり得なかったことで、従来の抗がん剤とは効き方がまるで違います。まさに画期的な治療薬なのです。 P47 カドサイラはハーセプチンの改良型なので、いずれハーセプチンはなくなるかもしれません。さらにHER2陽性乳がんには従来の抗がん剤を使うこともなくなるかもしれません。そして“手術が不要になる”時代も来るかもしれないのです。 このように、新薬の開発は、目に見えて進んでいます。 P73 “がんもどき理論”の一番の欠点は、どのようながんが“もどき”であって、どのようながんが“本物”であるかを見分けることができない点です。見分ける方法自体も、近藤医師は著書の中では何ら触れていません。がん患者さんを“治った人”“治らなかった人”に分類して、治った人を“がんもどき”と呼び、治らなかった人を“本物のがん”と呼んでいるにすぎません。 たとえば、同じ1期のがんのなかには、いろいろながんが混じっています。 P107 これまで指摘した通り、近藤誠医師の臨床試験の解釈は独特であり、医学的な誤りが非常に多い。臨床試験は年々複雑になっていますが、きちんとした教科書を読んだり、勉強会やセミナーに出席したりして、少し勉強すれば、正しい解釈の仕方を習得することができるものです。 P109 医師や研究者による医学論文は、現在、インターネットで簡単に検索することができます。近藤医師の論文は、放射線治療に関するものなどは見つけることができるのですが、「がんもどき理論」「抗がん剤は効かない」「放置療法」に関しては、学術論文としては、ひとつも見つかりません。 P114 “がん放置療法”とは、がん患者さんに積極的な治療をしないで放置すること。 これは、近藤誠医師が、ご自身の著書やいろいろなメディアの取材で主張していることのひとつです。これまで見た通り、近藤医師の主張は「がんにはもどきと本物がある」「抗がん剤は効かない」「がんは放置療法がよい」など。このような表現は、断定的でわかりやすいので、一般読者にとっては受け入れやすいのかもしれません。 正確には、近藤氏の主張は“すべての”ではなく“一部の”とすると、科学的・医学的にも正しい表現となります。「一部のがんはがんもどき」「一部の患者には、抗がん剤は効かない」「一部の患者には、がん放置療法がよい」とするとわかりやすいでしょう。 しかし彼は、ご自身の主張について、著書の中で“すべてに当てはまる”と主張しているので、困ったものなのです。 P129 3期の乳がん患者さんで近藤医師の診察を受け、手術も放射線も抗がん剤も施行せず、放置することを推奨された患者さんがいました。6カ月ほど経ってから、がんが骨や全身のリンパ節に転移、つまり4期がんになってしまったのです。その段階になって放射線治療が施行されました。その患者さんは、自分の治療がこのような方法でいいのか不安になり、私のところに来ました。すでに全身に転移していたので治すことは困難でしたが、抗がん剤を使いながら、ご自身の生活の質を保ちながら、うまく共存できたと思います。 P132 “患者の自己決定権が大事”としながら、「同意」という作業を患者の自己責任にして、医師の責任逃れのように使われる傾向があるのです。 |
瀬口晴義(中日新聞記者) 廣済堂新書 2015/04/03 東京新聞の「筆洗」を執筆しているのは誰か。 1人なのか、複数なのか。 2人なんですね。 東京新聞と、 中日新聞の論説委員です。 偏らず、鋭く、知識が広く、 「筆洗」は、私の朝の楽しみです。 P5 1000本弱のコラムを書き、2013年10月にコラムニストを卒業した。それ以降のコラムで本書に掲載されているのは、私の後任である東京新聞の小栗康之論説委員と中日新聞論説室の星浩論説委員の手になる。二人とも優秀な書き手である。 P36 自衛隊が“日陰者”であり続ける国家の幸福 2013年2月28日 「総理大臣は興奮しない方がよろしい」「無礼なことをいうな」「何が無礼だ。答弁できないのか君は」。ちょうど60年前の2月28日の衆院予算委員会。社会党の西村栄一議員の挑発的な質問に、吉田茂首相が漏らしたひと言が歴史に残る「バカヤロー解散」の引き金になった▼吉田が大声で怒鳴ったような印象が強いが、答弁席から戻る間に、つぶやいた言葉をマイクが拾い、西村がとがめたのが真相らしい。すぐに発言を取り消したものの、懲罰動議が成立した▼内閣不信任案には同じ自由党の鳩山派などが賛成に回り可決された。吉田は解散に踏み切ったが、大敗して少数与党に転落。影響力は急速に衰え、退陣に追い込まれてゆく▼戦前は外交官として日米開戦の阻止に向けて動き、戦中は和平工作にかかわり、憲兵隊に逮捕された経験もある吉田は首相退任後、自らが創設した防衛大の最初の卒業式でこう語っている。「君たちが日陰者であるときのほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい」▼自衛隊が国民から歓迎される局面は、外国から攻撃を受けた時や大規模な災害派遣など、国家が危機に陥っている時だから、という理由だ▼数多くの犠牲者を出した東日本大震災では、懸命の救助活動で自衛隊の存在感は際立った。防衛では、吉田の言う通り「日陰者」であり続けてほしい。 |
村田幸生(糖尿病学会専門医) 祥伝社新書 2015/04/01 「がんより怖いがん治療」 「がんもどき」で早死にする人「本物のがん」で長生きする人 ベストセラーを飛ばし続ける近藤誠氏に対する反論の書。 いや、断言する専門家に対し、 それが間違いだと専門家が反論するのは難しいのだ。 しかし、 ガンが死なない病気になったのは、医療の進歩だろう。 平均寿命が延び続けているのも、医療の進歩だろう。 客観的な事実が存在するのに、それを否定する近藤医師。 しかし、その否定を否定することが、これほどに難しいのか。 医療という存在が、 1 疫学的にしか検証できない学問なるが故の論証の困難なのか。 2 単純化し、比喩して説明することが難しい学問分野なのか。 3 専門領域が細分化しすぎているが故の会話の不成立なのか。 4 医療の進歩と、医療を学習した年代の違いが会話を困難にしているのか。 5 承知の上で、社会に宣伝する為に自分のスタイルを造っているのか。 6 節税本や税務調査の対応本を書く税理士と同様に素人受けするトンデモ本なのか。 7 トンデモ本を書く税理士が誰にも責任を負わないように、タダの無責任本なのか。 P110 なぜこんなに反論が難しかったか、最後にもう一度まとめておこう。 @近藤氏の文章は嘘は書いていないが、統計の解釈を間違っており、なおかつ絶対に必要と思われる説明が不足している。反論はその説明をすべて補足しながら書くので、とても難解かつ長くなってしまう。 A「一部の患者にのみあてはまること」=極論を一般論のように書いている。それは食事療法で血糖のよく下がる軽症の2型糖尿病なら、薬を飲まず頑張るのが理想だろう。われわれが悩んでいるのは、食事療法では下がらない人たちだ。 B数えきれないほど多くの糖尿病の大規模試験の中で、近藤氏は二つしかとりあげていない(『医者に殺されない〜』ではUKPDS、『成人病の真実』ではUKPDSとDCCT)。その統計の中における反論になるので、論点がとても限定されてしまう。 P112 また、やはり意見を主張する時に、短い「言い切り型」は無敵、ということだ。 「XXという病気に、XXという統計で死亡に有意差なし!ハイッ!薬は無意味!」 医療否定側はたった一行でスッキリだ。思わずうなずいてしまうだろう。 しかし現実には、多くの薬の種類があり、病態によって使い分け&組み合わせ&量の調節があり、効果の解釈もそれぞれ異なり、反論はそれをまた長々説明してしまうことになる。 「近藤氏の文章にスパッと反論できないから、だらだら言い訳してる。近藤氏の勝ちだ!」 「本当に正しいのならば、近藤氏のように一行で反論してみせろ!」 などという声が出てきてしまうのも無理はない。 近藤氏へのがん専門家の反論を「感情的な反論ばかり」と書いている方には、そう見えているのではないだろうか。だとすると、そういう方々には、わたしの書いたこの章も、 「だらだら感情的に言い訳してるだけ」 に見えるのだろうか。おそろしいことだ。書いた本人(=わたし)にはわからない。読者の判断にゆだねたい。 |
青木 功(プロゴルファー) 新潮新書 2015/03/26 日経新聞の私の履歴書で 一番に印象に残っているが著者だ。 毎日、誰かへの感謝が語られていた。 自慢話や、出世話を語るサラリーマン社長とは異なる。 で、手にとって読んでみました。 勝負師として極めた「考え方」を語っていて、 書生論、空論、学者論では無く、スイスイと読めます。 書籍から、何か、教訓を得ようと思ったのですが、 やはり、生きる道が異なり、 具体的な教訓は見付けられませんでした。 いや、何時までも未完成。 何歳になっても、過去は3割、未来が7割。 そのような生き方は、実感として納得できます。 P129 これまでおれが、プロゴルファーという職業一筋にやって来られたのも、まだまだ苦手なところや足りない部分があるからだ。よく「青木プロのゴルフは完成した」とか言われるけど、完成っていうのは「完全に成し遂げる」ってことだ。でも、そんなのあり得ない。 成し遂げたことで進歩が止まるのであれば、「完成」とは即ち、存在自体がなくなるのと同じである。 「好きこそものの上手なれ」という諺があるけれど、おれはゴルフが好きで好きでしょうがない。だからこそ、苦手な部分も好きになれるよう、常日頃から努力し続けているのだ。 |
濱口桂一郎(独立行政法人労働政策研究 研究員) 日本経済出版社 2015/03/25 経営学、経済学、社会学的な労働環境と、 労働法に基づく法制度の矛盾を説き起こし、 その矛盾の上に成り立つ日本の労働問題を、 他国の労働制度と比較し、綺麗に説明します。 優れた著作です。 このような著書を、 20年前に読んでいたら、 私の社会認識は異なっていたと思う。 いや、経験を積み重ね、 今の年齢になったから、 この書の良さが読み取れるのか。 いや、いや、そのように自分を慰める以外にない。 法律実務的には、 理屈も、正義も、合理性も存在せず、 イデオロギーと主張だけが存在する不毛の泥沼ですが、 社会学的に観察すると、労働問題ほど面白いモノはない。 働く人達の80%はサラリーマンなのだから、 まさに、彼らの置かれた立場の昆虫観察のような面白さがある。 このような制度の下にしか生きることができないのが社会なのか。 蟻か、蜜蜂のコロニーの階層構造と造りを観察するようで面白い。 著者は、 メンバーシップに加入できた正社員と、 雇用契約に基づく非正規社員を二重構造と定義している。 しかし、正規社員でも、 本店採用総合職、支店採用総合職、一般職の3層構造になる。 人間は、このような制度の下にしか生きることができないのか。 第22回 サラリーマンの社会(3) P17 欧米社会のように具体的な職務を特定して雇用契約を締結するのであれば、企業の中でその職務に必要な人員のみを採用することになりますし、その職務に必要な人員が減少すればその雇用契約を解除する必要が出てきます。職務が特定されている以上、その職務以外の労働をさせることはできないからです。 ところが日本型雇用システムでは、雇用契約で職務が決まっていないのですから、ある職務に必要な人員が減少しても、別の職務で人員が足りなければ、その職務に異動させて雇用契約を維持することができます。別の職務への異動の可能性がある限り、解雇することが正当とされる可能性は低くなります。このように、長期雇用慣行はメンバーシップの維持を目的とする仕組みです。 P27 以上のようなシステムが適用されるのは正社員のみであって、日本には膨大な数の非正規労働者が存在しています。そして、非正規労働者の労務管理は正社員と全く逆になります。彼らは企業へのメンバーシップを有しておらず、具体的な(多くの場合単純労働的な)職務に基づいて(多くの場合期間を定めた)雇用契約が結ばれます。従って、彼らには長期雇用慣行も、年功賃金制度も適用されず、企業別組合への加入もほとんど認められていません。 P40 今日においても、日本国の労働法制の基本枠組みは労働基準法と労働組合法であり、それらが想定している労働者とは企業のメンバーシップに基づいて働いているのではなく、指揮命令を受けながら個々の労務を供給するという取引関係に基づいて働いている人々です。つまり、現行労働法制は基本的にはジョブ型であり、日本以外の社会と何ら変わりはありません。 P41 このように正反対の枠組みに立脚する日本型雇用システムと日本の労働法制の間の隙聞を埋めているのが、戦後裁判所の判決で確立してきた判例法理です。解雇権濫用法理とりわけ整理解雇法理、就業規則法理とりわけその不利益変更法理、包括的な人事権の法理など、それはジョブ型雇用契約の原則に基づく法体系の中で、現実社会を支配しているメンバーシップ型雇用契約の原則を生かすために、信義則や権利濫用法理といった法の一般原則を駆使することによって作られてきた「司法による事実上の立法」です。そして、これら判例法理が積み重なり、確立するにつれ、日本の労働社会を規律する原則は、六法全書に書かれたジョブ型雇用契約の原則ではなく、個々の判決文に書かれたメンバーシップ型雇用契約の原則となっていきました。 |
橋部敦子(脚本) 蒔田陽平(ノベライズ) 扶桑社 2015/03/20 テレビドラマのゴーストライター どうして小説が書けるのだろう。 書き続ける苦労なのか。 いや楽しみなのか。 私達が書く税法本は、 有るモノを分かりやすく文書化するだけ。 小説家が書くのは、 無いモノを作り出して文書化する仕事。 文字を書き、本を作り上げるのは同じだとしても、 画家と、町の風呂場に富士山を描くペンキ屋の違い。 仮に、ゴーストラーターという小説。 作家には、 どうして無いモノから 有るモノが創り出せるのか。 さらに、中谷美紀と水川あさみ。 2人とも美人ですが、しかし、格が違う。 何が違うのだろう。 世の中には「違い」が存在するのですね。 ノベライズを読んで分かった。 脚本の凄さを際立たせたのは「中谷美紀」という女優なのだ。 |
今野晴貴(NPO法人代表) 文春新書 2015/03/20 この頃、サラリーマン制度に興味があります。 いや、昔から、 「サラリーマンという不可思議な存在」と思っていた。 第19回 サラリーマンの社会 第20回 サラリーマンの社会(2) 全ては日本型(ガラパゴス型)の雇用関係にあるのですね。 a 新卒採用という不公平制度 b 終身雇用というお任せ制度 そのような日本型の制度に 新しい風が吹き込んできた。 x リストラという名の解雇の自由化 y 派遣、期間雇用という労働者の商品化 z 総合職という男女差別の形式的な撤廃 そもそも(a+b)は (x+y+z)と矛盾するのです。 a+bは、サラリーマンに忠誠を求めるが、その見返りに一生の保証を与える。 x+y+zは、a+bという名目の下で、サラリーマンに見返りの無い労働を要求する。 その矛盾を埋めているのが精神論。 俺は頑張ってきたのだから、 お前達も頑張るのは当然だ。 会社が潰れたらどうする。 新卒採用を廃止し、 採用時の差別を、 性別、年齢に限らず、完全に廃止する。 何時でも再挑戦が可能な就職制度の確立。 それ以外に「サラリーマンという不可思議な存在」を解消する手段は存在しない。 ブラック企業などは「サラリーマンという不可思議な存在」の派生商品にすぎない。 P57 ユニクロの新卒3年以内離職率は、多いときで5割を超えていたほどで、それは大きく報道されていた。だが、それを知っているはずの学生も、学生向けの企業説明会を聞くと「世界で素晴らしい事業を展開していて、感動して涙が出た」というばかり。また、見学する銀座店の様子は華々しく、「勝ち上がる」という野心を若者に植え付けるのには十分だ。「ブラックだ」という噂が多少あっても、「自分は大丈夫」「自分を信じているから」「自分の目で確かめたから」といった「殺し文句」で自分自身を煽りたてていくのである。 P59 さらに言うのなら、これには「騙されている」という表現は当てはまらない。今の学生たちにとって、「死ぬほど働いている人」「仕事に命を懸けている人」は「かっこいい」というモードが、間違いなく存在する。 P62 問題の根には、日本社会全体に潜む「過剰労働への憧れ」があるように思うのだ。 両親の話、テレビで見た成功者の物語、ある種の「伝説」のようなかつての成功談を「自分の像」と重ね合わせる。苦労して歴史に残るようなプロジェクトを達成したビジネスマン、リーダーたちを見聞きして育った世代。たとえ、10人に1人の成功者で、うつ病になる人が絶えないといわれようとも、勝ち残った「成功者」こそが目指すべき「自己像」だと思う。そんな若者の心理こそが、ブラック企業が付け入るものの正体ではないだろうか。 P75 就職活動をする学生は「今年中に決めなければならない」という強いプレッシャーの中におかれている。それは、高校生も大学生も変わるところがない。一方、日本社会では昔から契約書が作成されないなどある種の「信頼関係」で会社選びはなりたってきた。そうした中で、「信頼」を逆手に取る企業が現れてしまったのだ。「信頼」をベースにして労働市場が成り立ってしまっているために、若者には会社を比べて選んだり、よい条件を求めて交渉することなど全くできない。 要するに、はじめから日本の労働条件は「ブラックボックス」なのであり、就職は目をつぶって清水の舞台から飛び降りるようなものなのだ。 P89 では、なぜBさんは辞めなかったのか。「新卒採用だったので、『それが当たり前』だと思った」のだという。また、長時間労働で、「考える時間なんてなかった」と振り返る。 だが、あまりの長時間労働に、ついには泡を吹いて倒れて救急車で運ばれてしまった。 |
水本邦彦(京都府立大学教授) 岩波新書 2015/03/18 江戸時代の百姓 中学校で教えられてきた内容とは違い、 自由で、豊かで、平等な社会だったのだと思う。 その趣旨で、江戸時代の文化に興味があるのですが、 たった200年前の事柄を具体的に解説する本が少ない。 本書ならと手に取ったのですが、難解。 学者が書いた岩波新書ですから当然です。 一昔前の本は、全て、この難解さで造られていた。 逆に、専門家が3人集まれば造れてしまう安直本がおかしい。 しかし、学者の先生方が、 一般庶民に読める本を作ってくれたら、さらに嬉しい。 知識はあるのですから、必要なのは読み手についての洞察。 P201 糞尿の悪臭に閉口していたツュンベリーは、近世日本の農民の環境について、自国スウェーデンの農民や農村社会と比較しながら、次のように述べている。 日本の農民は、他の国々で農業の発達を今も昔も妨げているさまざまな強制に苦しめられるようなことはない。農民が作物で納める年貢は、たしかに非常に大きい。しかしとにかく彼らはスウェーデンの荘園主に比べれば、自由に自分の土地を使える。スウェーデンの農民は、わずかな金のために馬を走らせて物を運ばねばならない。そのために丸二日間も仕事を妨げられるし、(中略)脱走兵や囚人を、すぐ近くの城へ移送するために耕作を休まねばならない。(中略)だが、日本の農民は、こうしたこと一切から解放されている。彼らは、騎兵や兵隊の生活と装備のために生じる障害や困難については、まったく知らない。そんなことを心配する必要は一切ないのだ。日本の農業に十分な余裕があるのは、たった一人の主人、すなわち藩主に仕えるだけでよいからである。国の役人、徴税官、地方執政官、警察等々という何名もの人間によって支配されることはない。(中略)農民は、自分の土地の耕作に全力を投入し、全時間をかけることができ、妻や子供はそれを手伝う。(中略)その結果、この国の人口密度は非常に高く、人口は豊かで、そして夥しい数の国民に難なく食料を供給しているのである。(『江戸参府随行記』) P203 近年の研究によれば、彼の日本像は、主としてイギリス人ラザフォード・オールコック(1809〜97)が著した見聞記『大君の都』に拠ったと推定されている。安政6年(1859)初代駐日イギリス総領事(後に公使)として赴任したオールコックは、たとえば伊豆国韮山付近(現静岡県)の農村社会を評して、「ヨーロッパにはこんなに幸福で暮らし向きのよい農民はいない」「これほど温和で贈り物の豊富な風土はどこにもない」などと記していた。 |
鮎川 零 彩図社 2015/03/13 経験したことが無い者にとっては、 サラリーマンという不思議な存在。 経験した者にとっては、 サラリーマンという当たり前の存在。 それを繋ぐ実態が読み取れるだろうか。 全国総合職、地域総合職、一般職の違い。 いや、恐らく、いま一般職はパート社員と派遣社員。 この職種の違いによって、 サラリーマンの仕事と、思いは、全く違うのだと思う。 P90 銀行員の給与というものは皆様が思っているほどたいしたものではない。 初任給(基本給)の額面は16から17万円程度。メガバンク三行はほぼ足並み嘘揃えて出している。これに残業代やらもろもろつくとはいえ、社会保険料やらなんやらとやはりもろもろ差っ引かれるので、手取りもだいたい16万円前後である。 半期ごとに店内全体の成績、個人の成績、また、取得した資格、テストの合格・不合格などを加味して給与の改定が行われるが、上がってもせいぜい月数千円程度だ。 手元に残っていた入行後1年半経った頃の通帳を見返してみると、 某年10月給与:16万5527円 某年11月給与:16万2212円 某年12月賞与:27万6574円 某年12月給与:17万2790円 と、まあせいぜいこんなもんである。 2年目になると、額面で年収400万円いくかいかないかといったところだ。 この時代、出るだけマシと言われてしまうかもしれないが賞与だって通常の給与のせいぜい1.5倍ほど。3ヶ月分以上出ていた商社勤務の子に金額を聞かされたときは、思わずのけぞってしまったくらいである。 ちなみに、全国転勤のある総合職(支店長、課長、同期の上総君はこれに当たる)や、転居を伴う転勤はないものの個人向け営業として働いている総合職(豊前さんはこれに当たる)の人たちは家賃補助や借上住宅制度・寮制度を利用できるが、私たち一般職は適応外だ。よって親元を離れて一人暮らしをするということはほぼ不可能であり、面接時に実家から遠隔地を希望しておきながら一般職で受けるとまず受からない。 先日、すでに退職している私と元同期の総合職、上総君が飲み会で同席する機会があり、ジョッキを合わせながら、 「よ、エリート銀行員さん!今日はごちそうさまです!」 と言ったところ、 「馬鹿言うなよ。給与レベル知ってるくせに」 とつれない返事だった。 「いやいや、総合職は違うでしょ。ぶっちゃけ今どんな感じ?」 飲ませつつ現在の給与を探ってみたところ、 「まぁ、ようやく手取りが年齢に追いついてきたというか」 とのこと。つまり手取りで30万円程度といったところらしい。額面にして大体40万円代。少なく見積もっても年収は額面で500〜600万円といったところか。まあ、30代前男性であれば結構いい線いっている。 よって結論としては、総合職はある程度まともに昇給していくが、一般職はしょっぱいものだということになろう。銀行員を結婚相手に狙うならば一般職か総合職かは尋ねておいたほうがいい。ただし、総合職は転勤を伴うので、それについていく覚悟は持たなければならないが。 P156 「この国で、お金も健康も家族も……幸せに満ち足りて年を取っている人がどれだけいるんでしょうかね」 あの母親の立場になる可能性は、誰もがゼロではないのである。 |
大石 学(東京学芸大教授) 日経プレミアムシリーズ 2015/03/12 江戸時代の時代考証を語ります。 265年について、 戦争もせず、対外戦力も持たず、 武士は、司法、行政、財政など、 官僚としての才能、手腕、努力によって地位を得た時代。 平和で豊かな時代、 武士が貧困化した時代。 P22 江戸時代は市場経済が一般社会に浸透していました。「神の見えざる手」により米の価格が決まるため、過剰供給になると米価は暴落します。実は、江戸時代は幕府の旗本・御家人や各藩の藩士の給料は米で支払われており、武士たちはそれを換金して生活費にしていました。市場の米価に合わせて武士の給料も下がるというわけです。 P25 そのため、飢饉対策の米蔵を作ったり、農民に余剰米での酒造りを推奨したりと、市場に出回る米の量を減らし米価の安定化に努めます。在任中、吉宗はずっと米の価格を気にしていたので「米将軍」というあだ名がつけられるほどでした。 P29 江戸時代末期になると、武士は生活に耐えきれず、その唯一の心の支えである御家人株を売って離散してしまう家も多く出るほど困窮しました。この株を買って新たな武士たちも登場します。 P33 彼らが内職をしてまで日銭を稼いでいたのは、前項までに書いたように、幕府や藩の財政悪化によって給料が減らされたり、米の価格が暴落して換金額が減ったりという事情があり、何も賭博で負けたからという理由ではないのです。 |
天外伺朗(元ソニー上席常務) 飛鳥新社 2015/03/10 私には、妄想か、オカルトとしか思えない。 P200 おそらく、私の人生における最大の転機は、「運命の法則」を発見したと感じた、25年前の夜だったと思う。それ以来、「好運の女神といかに付き合うか」が、私のライフワークになり、その後、さらに深い法則を次々と発見していった。その顛末は本文に書いた通りであり、本書は私の人生の集大成ともいえる。 |
上 昌広(医学博士) 光文社新書 2015/03/04 医者が、業界を語ります。 P5 実は、わが国の医師の分布は「西高東低」です。 人口当たりの医師数は、四国・中国・九州地区に多く、関東圏が最低レベルです。関東の中で、たしかに東京の医師数は多いのですが、埼玉・千葉・茨城・神奈川は全国最低ランクです。医師が一番足りないのは関東地方だなんて、多くの読者のイメージとは正反対ではないでしょうか? では、なぜ、このようなことが起きてしまったのでしょうか。 それは医師養成機関である医学部が、圧倒的に西日本に偏在しているからです。 例えば、人口約398万人の四国には4つの医学部がありますが、人口約4260万人の関東地方には22の医学部しかありません(自治医科大学、防衛大学校を除く。理由は103ページで後述)。人口当たりの医学部数では、実に2倍近い差があります。これでは、医師の分布が西高東低になるのも仕方ありません。 P217 国立がんセンターのような癌の専門病院は、合併症を持つ患者さんのケアは苦手です。スタッフの大部分が癌の専門医で、心臓や腎臓などの専門家はほとんどいないからです。「全ての専門を揃えるべきだ」とお考えの方も多いでしょうが、国立がんセンターのような専門病院に心臓や腎臓の医師がいても、活躍の機会は多くはありません。また、医師としての腕が鈍ってしまうため、いい医者は来たがりません。結局、東京や大阪のような専門病院が多い地域では、病院間で連携するしかないのです。 P219 ただ、このような経験を通じ、わが国の高度医療は個人のネットワークに依存している部分が大きいことを実感しました。わが国では、何か問題が起こると、「誰がやっても同じようにできるシステムを整備すべきだ」という話を聞きます。私の経験を鑑みるに、この考え方は、少なくとも医療の分野では「机上の空論」に過ぎないように感じます。先進医療のように、どのやり方が一番いいのかわからず、試行錯誤を繰り返す領域は特にそうです。 P230 関東における官僚志向は、江戸時代以来変わっていないと思います。私は、毎週金曜日に非常勤の内科医として埼玉県行田市の行田総合病院で外来診療を続けています。この地域の医師数は全国で最低レベル。人口10万人当たりの医師数は159人で、中東や南米と同レベルです。日常的に救急車のたらい回しが起こっていますし、専門医が不足しているため、標準的な治療を受けることができない患者さんも大勢います。東京と行田市で診療していると、同じ国とは思えないことも多々あります。 P243 驚いたこともありました。患者さんを診療して私が抱いた疑問点については、ほとんど論文に書かれていたことです。生意気盛りの私は、論文を読まずに経験と勘だけで診療する医師を不誠実だと感じました。恥ずかしながら、現在の私はそうなっています。 P247 吉本興業にとっての財産は芸人です。そのビジネスモデルは、芸の才能のある新人を発掘し、彼らに芸を教え、そしてプロモーションすることです。人気のある芸人を抱えれば、自然と儲かります。 実は、この状況は医局とそっくりです。医局の財産は若者たちです。私たちは、彼らを教育し、一人前の医師へと育てます。彼らこそ、医局の「成果物」と言っても過言ではありません。 |
矢野久美子(思想史専攻) 中公新書 2015/02/27 アイヒマンを 「怪物的な悪の権化ではなく、思考の欠如した凡庸な男と叙述」し、 ユダヤ人社会から猛烈な批判を受けた政治哲学者の伝記です。 アイヒマンが、 どこにでも存在する、 上司の命令に従う公務員か、 サラリーマンと同様の存在と定義されてしまったら、 ユダヤ人を強制収容所に移送した責任者の「悪」が無くなってしまう。 しかし、実際には、そのような存在だったのだと思う。 日本の戦時中も、 愛国心を叫び、 非国民などと隣人を批判し、監視したのは、 隣の主婦であり、 常識を主張する人達だった。 誰でもが、公務員に成れて、 サラリーマンになれるように、 アイヒマンにも、 愛国心を叫ぶ隣の密告者にも成れる。 だからこそ、 公務員にも、サラリーマンにも、忠実な兵士にも成れない「はぐれ者」が、社会のバランスを取るためには不可欠なのだと思う。 気になってDVDで「ハンナ・アーレント」を見てみました。 彼はどこにでもいる人よ 怖いほど平凡な人 国家の忠僕な下僕と見ていたの 総統の命令は法律よ これがアンナ・アーレントのセリフ。 そして、ハンナ・アーレントは、 ユダヤ人社会から強烈なバッシングを受ける。 P88 それは、ナチが労働力にならないと見なした囚人たちを大量に殺戮するための施設であった。なかでもポーランド南部のアウシュヴィッツ強制収容所は、隣接の軍需工場と最新の絶滅施設をもつ40平方キロメートルの巨大な複合体であった。貨車に詰め込まれて到着した囚人たちは、到着後すぐに選別され、労働力側に入らなかった人びとはガス室で毒ガスによって窒息死させられた。脱衣場と密閉されたガス室と死体焼却炉が併設されていた。殺害のプロセスは徹底的に合理化され、殺害効率をあげることがめざされた。近代技術の粋を集めたいわば工業的な大量殺戮であった。 1943年にアメリカでこのアウシュヴィッツの噂を聞いたとき、他の多くの亡命者たちと同様にアーレントは最初それを信じなかったという。ブリュッヒャーもアーレントも日ごろから「連中は何でもやりかねない」と言っていたにもかかわらず、二人とも信じることができなかったのである。なぜなら、膨大な建設・運営費用をともない、殺すことだけを自己目的とする絶滅収容所という制度は、あらゆる軍事的必要性に反していたからだ。ブリュッヒャーは「そんなことできるものか」とさえ明言したという。 P187 さらには、アイヒマンを怪物的な悪の権化ではなく思考の欠如した凡庸な男と叙述した点である。紋切り型の文句の官僚用語をくりかえすアイヒマンの「話す能力の不足が考える能力――つまり誰か他の人の立場に立って考える能力――の不足と密接に結びついていることは明らかだった」と彼女は述べた。無思考の紋切り型の文句は、現実から身を守ることに役立った。 P201 「独裁体制のもとでの個人の責任」のなかで、アーレントは「公的な生活に参加し、命令に服従した」アイヒマンのような人びとに提起すべき問いは、「なぜ服従したのか」ではなく「なぜ支持したのか」という問いであると述べた。彼女によれば、一人前の大人が公的生活のなかで命令に「服従」するということは、組織や権威や法律を「支持」することである。「人間という地位に固有の尊厳と名誉」を取り戻すためには、この言葉の違いを考えなければならない。 |
幸運社編 中経文庫 2015/02/27 多様な著名人が語った座右の銘を紹介します。 教訓が拾い出せると期待したが、全く、ダメ。 仮に、「愛は地球を救う」という言葉と同様に、 言葉を語るだけで、その言葉を論証していない。 これなら、 旧約聖書の一節を読む方が遙かに収穫がある。 |
村山祥栄(京都市議) 講談社α新書 2015/02/24 やんちゃな京都市議が、 京都市の多様な問題点を語ります。 全国版ではなく、 京都市民が読む本ですね。 P48 そして、義務的経費の中で最も大きな支出が「人件費」である。主に職員給、地方公務員共済組合等負担金、退職金から構成されているが、全体に占める割合はたいへんな額になる。地方財政白書によると、平成20年(2008年)度推計で、地方自治体の歳出(支出)の27%が人件費にあたる。都道府県にいたっては30%を超える。つまり、我々の税金の4分の1以上が彼ら公務員の給与に消えているのである。 P52 たとえば、税金を徴収する部署・税務部門には「市税の賦課、徴収、収納等の業務 日額400円」という特殊勤務手当がある。この手当は驚くべきことに、実際に徴収の現場に出ている職員だけでなく、オフィスで書類を作る職員から電卓を叩いている職員まで、「納税に関わるすべての職員」が対象になっているのである。 たしかに、滞納しているお宅の中には、時折たちのよろしくない相手もいるかもしれない。そういったお宅に出向き、支払いを拒否する相手に、正当な税金の支払いを迫る場面を想像すると、不快で特殊な勤務だと言えなくもないと理解はできる。日額400円は決して高いとは思わないし、支給は適正だとも思う。だが、庁内で電卓を叩く者にまで特殊勤務手当を払うことに対し、「ちゃんちゃらおかしい」と思うのは私だけではあるまい。 P159 運動は、同和対策事業特別措置法へと実を結び、この法律を引き継ぐ最後の特別措置法が時限を迎える平成14年(2002年)まで同和行政は続いてきた。その過程で、旧同和地区の地位は向上し、劣悪な住環境は改善され、教育の機会均等が確立され、環境は一変した。 続けてきた同和行政は一定の役割を終え、いつしか特別待遇と受け取られるようになり、地区住民の自立を阻害するばかりか、“逆差別”を生む温床へと変わっていった。すでに廃止された事業まで、さも現在も継続して優遇され続けているかのような噂が後を絶たず(それがさらに逆差別を助長する)、税金を投入し続けることに対する市民の不満は高まっていった。 P162 その後も市民のみなさんから、「その後の同和行政の実態はどうなんだ」と聞かれるが、独自の調査の結果、現在でも明確に同和行政だと言える事業(京都市は同和事業だと認めていないが)は、改良住宅、崇仁地区環境改善、市立浴場の3点にまで絞られたと私は思っている。逆に言えば、ここに列記されていない同和行政はほぼ一掃されたと思っていい。これらはすべて、「市民の声という世論」のおかげであった。 |
中川恵一(東京大学医学部放射線科准教授) 新潮新書 2015/02/20 癌と、原因と、 治療と、放射線の関係を語ります。 恐らく、癌になる原因の 60%から70%は生活習慣なのだろう。 P50 「でも、“がん細胞の自殺”なんて、本当に起こるのかしら」 私たち「多細胞生物」では、1つの“個体”を作るため、個々の細胞が犠牲になることが珍しくありません。たった1つの受精卵から、60兆個の細胞から成る1つの個体を完成させるには、決まった時期に、決まった場所で、決まった数の細胞が死ぬことが必要なのです。大理石の一部を削っていって彫刻を作り上げるようなものです。 P53 私たちの脳の成り立ちには、アポトーシスが大いに関係があります。生まれたときには140億個ほどあった脳細胞は、70歳になると約半分の70億個に減ってしまいます。生まれた時が、一番神経細胞が多いのです。 しかし、新生児がいちばん“頭がいい”わけではありません。脳のなかに精緻な神経回路を作るためには、あらかじめたくさんの神経細胞を用意しておき、シナプスによって正しい神経回路を作らない細胞には、その後アポトーシスで死んでもらっているのです。神経細胞を間引かないと神経回路ができないというわけです。発育段階の神経組織でも、一時的に数多くの神経細胞がつくられ、この中から、多数の神経細胞がアポトーシスで抜け落ちることにより、ネットワークが作り上げられます。 P98 「それは他のリスク要因も同じです。生活習慣上の発がんリスクは、放射線とは比べものにならないほど高いんですよ。たとえば、タバコを吸うことや、毎日3合以上のお酒を飲むことによって、がん死亡のリスクは1.6倍くらいに上昇しますが、これは、2000ミリシーベルトの被曝に相当します。国が定めた生涯に浴びていいとした累積線量『100ミリシーベルト』の20倍です」 P101 「もちろん原爆によって多くの犠牲者が出たのは事実です。ただし、その死亡のほとんどが、爆発直後の爆風と熱線によるものです。爆心地の温度は、3000度以上にも達しましたから、多数の方が、全身の火傷で命を落としました。 4シーベルト(4000ミリシーベルト)の放射線を全身に浴びた場合、およそ半数の方が死亡しますが、こうした大量被曝でも、皮膚の温度は1000分の1度しか上がりません。つまり、原爆による火傷やケロイドは、放射線とは全く関係がないのですが、多くの日本人は放射線のせいだと誤解しています」 「へえそうだったんですか。でも放射能でがんは増えたんでしょ?」 確かに、広島・長崎で放射線被曝が原因となって、がんで死亡された方は2000人以下と言われています。原爆で数ヵ月の内に亡くなった方は20万人に上ると推計されていますから、放射線による影響は、私たちが思うほどには大きくないことが分かります(だからいいと言いたいのではありません、念のため)。 P103 放射性降下物と誘導放射能による『残留放射線』の存在が、原爆投下時には市内にいなかった『入市者』にも被爆者手帳が交付された理由です。しかし、『入市被爆者』が浴びた線量はわずかです。それどころか、入市被爆者の平均寿命はかえって長くなるというデータもあるくらいです。 |
中川恵一(東京大学医学部放射線科准教授) ベスト新書 2015/02/20 日経新聞に「がん社会を診る」を連載する医師です。 放射線による癌発生率の増加は考えられないが、 恐怖を煽るマスコミや学者の意見に過剰反応し、 不便な避難所生活が続くことが、 肥満、食事、ストレスなどを原因として、 将来の癌発生率を高めてしまうと語ります。 私も、同じ意見です。 専門知識の無い人達が、 悪意ではなく、善意で、 その時代の流れに乗ってひとつの方向を作り出し、 それに反する意見を「悪意」として否定してしまう。 みんなが同じ方向を向いているときに、 正しい意見を発言することは、仮に、専門家でも難しいのだと思う。 しかし、専門家の良心として語らざるを得ない。 そのような本です。 P42 実際には、読者の皆さんの体のなかにも毎日がん細胞は生まれています。高齢になると1日に数千という単位です。一説には1日5000個とも言われます。つまり、1時間当たり200個以上のがん細胞が生まれているということです。 P47 がんはたった1個見過ごされたものが増殖していくわけですが、そうすると一般の方はすぐにがんが大きくなると思うようです。実際はたった1個のがん細胞が1センチになるのに、だいたい20年かかります。 P48 これは、がん細胞が1センチ大になるには30回細胞分裂を繰り返さなければならないということですが、それには約20年という長い時間がかかります。ところが、1センチになってからは速い。たとえば、乳がんの場合、1センチのがんは1年半で2センチになり、5年で10センチになってしまいます P79 福島第一原発での放射性物質の放出量は、チェルノブイリに比べて、ヨウ素131では9%、セシウム137では18%にとどまります。ストロンチウムは2%以下、プルトニウムは0.01%にすぎません。 さらに風向きも味方した結果、地上に落下したのは放出量のおよそ10分の1で、陸地を汚染した放射性物質の量は100分の1程度と報告されています。汚染された面積についても、チェルノブイリの6%にとどまります。住民の被ばく量も福島ではチェルノブイリよりずっと少ないというのは、この章のはじめに述べました。 P82 私は29年間、放射線でがんを治す「放射線治療」の現場で仕事をしてきました。たとえば、喉の奥にできる「上咽頭がん」は手術が困難で、放射線治療が主役になるがんです。リンパ節にも転移しやすく、鼻から首の広い範囲に放射線をかけるため、鼻の粘膜も累積で7万ミリシーベルト近く被ばくします。しかし、放射線治療後に鼻血が出た患者さんは皆無です。 私のような放射線医療の従事者も職業的な被ばくを受けますが、宇宙空間での6ヶ月のミッションを無事終えて帰還した若田光一さんのような宇宙飛行士の場合、宇宙線を遮蔽する大気がない宇宙空間で活動するため、1日の被ばく量は1ミリシーベルト近くになります。半年の宇宙滞在では、少なく見積もっても100ミリシーベルトを超える被ばくになりますが、宇宙飛行士に鼻血が多いなどという話はありません。低線量被ばくによる鼻血など、全くナンセンスです。 P92 ただ、私は、放射線医学の専門医として、放射線でがんを治療する臨床医として、「福島では、放射線によるがんは増えない」と断言します。「勇気があるね」とよく言われますが、“月島の先輩”を見習っているだけです。 P93 ある週刊誌が、原発事故の直後に「20年後の日本では、がん、奇形、奇病、知能低下が起こり、子供や孫が『壊れる』」という記事を出しました。 広島・長崎のような、数千シーベルトになる被ばくでも、子供や孫への遺伝性の影響というのは認められていませんから、記事のようなことは起こるはずはありません。 P94 もう一つ例を挙げましょう。広島・長崎で放射線被ばくによって命を落としてきた人々の皮膚の温度は、放射線によっては1000分の1度しか上がりません。火傷やケロイドは熱風によるもので、放射線被ばくとはなんの関係もないわけです。ただ、どうしても、唯一の被ばく国である日本人の感情として、原爆にすべてを結び付けてしまいがちです。そういったバイアスがかからざるを得ないということを、理解していく必要があると思います。 |
若桜木虔(時代考証家) 文藝春秋 2015/02/14 士農工商などの身分差別と、 五公五民や百姓一揆、 飢饉など虐げられていた農民。 これが明治政府が作り出した嘘だと語ります。 P21 江戸時代に士農工商という身分制度は存在しなかった。「士農工商」という言葉自体は存在したが、それは、あくまでも「武士業、農漁業、工業、商業」という業種の差異を区別するもので、階級を意味するものではなかった。 P24 「士農工商」を階級的な概念である、として、あたかも武士が、その他の業種の者を支配していたかのように“洗脳”したのは、明治政府である。 明治政府は、戊辰戦争によって徳川幕府を倒したものの、この内戦で多額の出費をし、いきなり大赤字スタートで一般庶民に負担を強いざるを得ず、国中に不平不満が充満した。 それで「いかに徳川幕府時代は封建的な締め付けが厳しく、庶民には自由がなかったか」と思い込ませるために、真実の糊塗を行ったのである。 この洗脳作業は長い年月を費やして行われ、ようやく大正時代になって、日本全土に定着した。 そのために、かつては堂々と日本史の教科書にまで書かれて「江戸時代には、士農工商という雁字搦めの身分制度が存在し、農民という階級は、ひたすら搾取される一方の農奴的存在であって、明治維新によって初めて解放された」などという、まるで真実からかけ離れた知識の刷り込みが行われた。 この、根本的に誤った知識が間違って正されないまま、世に出ている事例が多く見受けられるのは、何とも情けない。 P40 信長→秀吉→家康という流れで、天下は統一されていき、260年余も続く、安定した徳川幕府政権が築かれるわけだが、その過程でどんどん封建体制として厳しい締め付けが行われるようになっていった、という誤解をしている人が多い。これまた「徳川幕府と比べ、いかに自分たちの施政のほうが優れているか」とアピールするために、明治政府が積極的に行った洗脳教育の産物なのだ。 P44 実は、そのための“バーター取引”として秀吉が行ったのが太閤検地なのだ。 それ以前は、農地に関する権利関係が複雑で、誰が実際の権利者なのかが曖昧な状況が続いていた。 それが原因の抗争なども各地で頻発しており、秀吉は太閤検地によって「真の土地所有者」が誰なのかを確定させたのである。 これによって百姓は、「土地所有者たる身分」を保証されたことになり、抗争の原因の大半が取り除かれたので、武器を供出する刀狩りに応じた(全部が払拭されたわけではないので、最低限の武器は手元に残した)。 検地で、連動して年貢高も確定することになったが、抗争によるエネルギーのロスも取り除かれ、トータル的に見れば百姓にとって有利な選択肢だったので、検地は全国に波及し、江戸時代に入ってからも、幕府や大名家によって定期的に検地が行われた(新田開発などで農地がどんどん増えたし、転売で田畑の所有者が交替する事例も多々あったから)。 これらの政策は全て百姓にとって有利だったからで、決して上からの締め付けが厳格化したわけではない。 P48 本間家は上杉謙信に仕える有力家臣だったが、謙信が死んで景勝の代になると叛旗を翻し、上杉家が関ヶ原合戦の敗北などで衰退し、徳川家の支配体制になると、武士の身分を捨てて、本陣という百姓身分になった。 しかし、武士であった時代と全く変わらず実質的に広大な土地を支配し、日本最大の地主として知られた。 武士の石高で言うと、おそらく本間家は優に20万石を超える(武士の場合には四公六民で、四割が年貢になるので、10万石の領地でも、実質収入は4万石である)から「とうてい本間家のようにはなれないが、せめて、お大名ぐらいにはなりたいものだ」と言われたのも無理はない。 本間家は農業の他に新田開発の開拓業、金融業、海運業などを営む「多角経営百姓」であった。 どれくらい本間家が裕福であったのかというと、建前的には本間家を支配下に治めていた庄内酒井家(11万石)のほうが遙かに貧乏で、酒井家は頻繁に本間家から借金をしている。 P58 江戸四大飢饉の筆頭に挙げられる天明の大飢饉(1781〜89)では、一説には100万人もの死者が出たとされるが、この時に本間家は、手元にあった備蓄米を2万4000俵も飢餓民救難のために放出して、庄内地方では唯の一人の餓死者も出さなかったと伝えられる。 P60 そもそも非常時に備えての食糧備蓄は為政者(幕府や諸大名)の役割で、その責務を負う代わりに、百姓から年貢を取り立てていたのである。 例えば徳川幕府では非常時には、炊き出し、救難小屋の設置、救難米の配給を行った。 「炊き出し」では、被災者1人につき、1日3合の飯を支給した。平時には大人1人につき1日5合が基準とされていたから、必ずしも十分な量とは言えないが、餓死は完全に阻止できる。安政大地震の際は、こういう手厚い救難対策が3ヵ月にもわたって続けられた。 P61 津軽家の食糧備蓄は、総収入が少ないこともあって、優先順位が下で、人口に見合うだけの十分な備蓄をしていなかったことに加え、酒井家における本間家のような頼れる大百姓が領内におらず、大打撃を免れられなかった。 奥羽地方で日頃から飢謹を意識していたのは11万石の白河松平家と15万石の米沢上杉家で、食糧備蓄を最優先にしていたから、どちらも隣国から多少の米を回してもらう程度で切り抜けられ、餓死者を出さなかった。 |
須田桃子(毎日新聞科学部) 文藝春秋 2015/02/14 分厚い本でした。 ネットの一画面に慣れたこの頃、分厚い本を読むのは苦痛です。 詳細に経過を解説しているのですが、結局、小保方氏の故意だったのか、過失だったのか、無知だったのか。そもそもSTAP細胞は存在するのか否か。結局は、消化不良の気分が残っただけの読後感でした。 ただ、ネイチャーの査読者のコメントの中に、 小保方氏が紹介した「細胞生物学の歴史を愚弄している」という言葉は見られなかったとのこと。 これが本件事件の全てを物語っているように思う。 弁護士業をしていると、自分で事実を作ってしまう人達に出会うことがある。 悪意の無い詐欺師というか、無知なるが故の詐欺師なのか、いや、思い込み豊かな詐欺師という人達です。 自分が思い込んでいるが故に、そこでの小さな作為は、嘘ではなく、説明のための手段になってしまう。 思い込み豊かな詐欺師を信じてしまうと、そのまま引きずり込まれてしまう。 弁護士として、絶対に依頼を引き受けられない人達です。 しかし、弁護士でさえ騙されてしまう人達がいるのですから、 理系の学者さん達が騙されても、ある意味、仕方がないと思います。 P252 「予想していた中で最悪の結果。ショックだった」と心情を明かす若山氏の表情には、戸惑いと疲れがにじんだ。2時間半に及ぶ会見の中で、若山氏は「あったらいいな、という夢があった」と、何度かSTAP細胞への思いを口にした。3月の論文撤回呼びかけについては「撤回はつらい判断。絶対やりたくないことだが、そうしない限り研究者として生きていけないかもしれないと思った」と、苦渋の決断だったことをにじませた。 P264 「だって、『トカゲのしっぽ切り』をするには最も好都合なデータでしょう。世間の多くの人はまだ、『小保方さんは未熟な研究者だけど、それほど悪質なことはできない』と見ている。『はしゃいでことを大きくしてしまったのは理研なのに、彼女にすべての責任を押しつけようとしている』と同情的に見ているわけだ。でもこの結果から素直に考えると、彼女が実は悪質だったということになる。『ES細胞と非常によく似ているけど、ちょっと違うものを作る』という明確な意図が感じられるからね。もっとも、彼女が一人でこんなことを思いつくかな、という疑問もわくけれど」 P267 岸委員長は冒頭で「この不正事件だが、ヨーロッパの友達から、すでに世界の三大不正の一つに認知されてきたというメールをもらった」と切り出し、STAP問題が2000年代に起きた科学史に残る二つの論文不正事件に匹敵する大問題だという認識を示した。 P283 それにしても、笹井氏をはじめ、そうそうたる顔ぶれの共著者達が論文発表前に気付けなかったのはなぜか。私は消えない疑問をぶつけてみた。研究者は共著者一人ひとりについて次のように分析した。 「若山さんは専門分野が違うので分子生物学的なデータが分からず、小保方さんの実験結果を分子生物学的な観点から検証するという意識がそもそもなかった。笹井さんも、かつて議論して感じたことだが、多能性幹細胞から神経を作るのはプロでも、多能性幹細胞そのものには興味がない。そういうこともあって、おそらく小保方さんのデータの不自然さに気付かなかったのではないか。さらにiPS細胞への対抗意識などもあったために予断があり、検証しようという意識にも欠けたのでは。丹羽さんはきっと、笹井さんとの力関係から、笹井さんがよしとするものに何も言うことができなかった。笹井さんは押しが強いのでね」 これまでのさまざまな関係者への取材から想像していたこととほぼ重なる内容だった。 それでは、小保方氏を採用したCDB幹部や、論文発表当初のほとんどの研究者までも、なぜ素晴らしい成果だと信じたのだろう。研究者はこれにも明快な意見を述べた。 「そもそも(2007年に登場した)山中(伸弥)さんのiPS細胞が、当時の常識からすると信じられない、すごい成果だった。こんなことがあるのかと、科学者みなが打ちのめされた。だから今回も、あり得ないことだが、あり得ないことが起きても不思議はない、という空気はあった。そんなばかな、ということにはならなかった」 確かにそうかもしれない。それに、iPS細胞研究がなければ、STAP細胞があれほど脚光を浴びることもなかっただろう。日本発の新たな万能細胞、しかもiPS細胞を上回る可能性を持つというキャッチフレーズがあったからこそ、報道でも大々的に取り上げられた。さまざまな負の連鎖に思いを馳せつつ、私は研究者の部屋を後にした。 P305 ……不思議なことに、2人の査読者のコメントのどこにも、小保方氏が紹介した「細胞生物学の歴史を愚弄している」という言葉は見当たらなかった。「より信頼性が高く正確に検証された追加の実験結果がないままセルで紹介できる自信がない」と結論付けたセルの2人目の査読者は、「研究の妥当性を評価するために明確にすべき観点」を9項目、細かい指摘を11項目挙げ、後者の中では、「文献は最新のものを参照すべきだ」というアドバイスとともに文献を幾つも紹介していた。 次に気付いたのは、そうした丁寧な指摘の数々が、次の投稿時に生かされた形跡がほとんど見られないということだ。つまり、投稿の回を重ねても、同じような指摘が再びなされているのである。気になって、ある若手研究者に、不採択になった論文の査読コメントを通常、どう受けとめるのかを尋ねると、「名だたる研究者から指摘してもらった内容なので真摯に受けとめるし、不採択であろうが全部読んで加筆、修正する。なぜなら、どの科学誌に出し直しても、査読者が同じである可能性が高いからだ」という答えが返ってきた。 |
丸田 勲(江戸史評論家) 光文社知恵の森文庫 2015/02/13 エジプトのファラオの時代、ローマ帝国の時代、三国志の時代に比較すれば、つい最近なのが江戸時代です。しかし、江戸時代の文化、経済、政治を語る書籍は少ない。 265年間について、対外戦力を必要としなかった豊かな時代ですが、五公五民や、飢饉、悪代官など、否定的に紹介される時代。明治政府によって歴史が書き換えられてしまった時代です。 本当は、凄く豊かで、美しく、礼儀正しく、文化が完成し、子供達への教育も充実していた時代なのだと思う。この時代の文化が、現在の日本の文化の基礎になっているのであって、戦後持ち込まれた民主主義が、日本の文化の基礎になっているわけではない。 P30 では、大奥の費用20万両から奥女中たちの俸給や維持費を除き、肝心の将軍の小遣いはいくらだったのか。記録に残るものでは、第12代将軍家慶が1年に使えた額が1万5000両(19億2000万円)、大御所(将軍の父)家斉も同額、右大臣(将軍の嫡子、次期将軍)家定が7000両(8億9600万円)などだ。 一方、元禄期の商人で、嵐を乗り越え紀州のみかんを江戸に運んで大儲けしたのが紀伊國屋文左衛門。後に材木商に転身した彼が、明暦の大火で灰儘と帰した江戸の町に材木を運び、築いた資産が100万両(1280億円)!吉原で2300両(2億9440万円)を一夜にして使い果たしたという伝説もある。 自由に裁量できる1年間の小遣いが19億2000万円の将軍、一夜にして2億9440万円を使い果たした紀文……。既に、時代を動かす者は武家から商人へと移り変わっていた。 P31 ただし3920石がそのまま年収となるわけではなく、当時は四公六民が普通で、収穫量の4割、1568石が大岡越前守の実収入となった。1石を1両とすれば、1568両(2億70万4000円)だ。 P32 武家は給与の米から自家消費分を除き、余った米を金に換えて生計を立てていた。この給与体系が、武家の窮乏を招く大きな一因となった。 武家の給与は最初に決められた額から増額することはなく、しかも江戸の消費経済の発達とともに諸物価は高騰、武家の生活も奢侈に流れ、家計は困窮するばかりだった。さらに、生産技術とともに米の収穫量が増え米価が下落したことが、武家の収入の目減りに追い打ちをかけた。 P38 南北それぞれに与力25人、同心120人がいたが、巡回して犯罪の捜査や逮捕にあたる定町廻同心や臨時廻同心は、両奉行所を合わせても30名足らずしかいなかった。これでは人口100万人を数える江戸の治安は心もとないものだったろう。それでも江戸の治安が安定していたのは、自治組織が機能していたからだ。 P82 当時子供たちの9割が寺子屋に通っていた。識字率は70%以上。これを同時期の他国の識字率と比べてみると、イギリスの主な工業都市で20〜25%、フランス14%なので、江戸は図抜けて高い。 この就学率、識字率の高さを支えていたのは、一に教育に対する親の理解、二に寺子屋教育の優れた点にあった。子供が成長して一人前になるには教育が欠かせないことを親が理解し、寺子屋教育がそれに応えていたのだ。 |
和久田哲也(シドニーのレストランのオーナーシェフ) PHP新書 2015/02/04 「世界に最も影響のある100人」に選ばれたシェフが、 料理とレストラン経営の哲学を語りますが、これは、どの道のプロにも通じる哲学と思えます。 オーストラリアには行けませんが、 大阪の北新地の「カハラ」には行ってみたい。 P121 ジャーナリストやマスコミがたびたび紹介してくれたものの、客足はなかなか増えない。もう1週間、赤字が続いたら店をたたもうというところまで追い詰められたときに、ある日突然、予約の電話が鳴りっぱなしになった。 日曜日に地元新聞のグルメ評で最高点が付いたのだ。それが自分の人生が変わる瞬間だったかもしれない。アッという間に1年先まで予約が埋まった。それ以来、今に至るまで私の店にお客さまが来ない日は1日もない。私の運命を変えてくれたそのときの記事は今も大事にとってある。 P163 何年か後に『ニューヨーク・タイムズ』のインタビューで「最後の晩餐には何を食べたいか?」と聞かれた。 私は「カハラの森義文さんの料理」と答えた。 それからまたカハラを訪れて、お勘定をお願いしたときに、森さんが『ニューヨーク・タイムズ』の切り抜き記事を手に、私を大きな目でじっと見た。 「この記事は、もしかして、あなたですか?」 と尋ねられた。初めて話しかけられ、失礼があったかと思って心臓が飛び出そうになった。英語の新聞記事を和訳してもらったという。私はひたすら恐縮した。 「すみません、事前にお断りするべきでした」 「いえ……ありがとうございます」 丁寧に礼を述べられた。名刺を交換して、それ以来、行くたびに少しずつお話をするようになった。そして食後にバーにご一緒するまでになった。 森さんは自身で器を作って個展も開かれる漆工芸家でもある。料理に限らず器にも盛り付けにも、その感性と美意識が貫かれている。 P204 味のセンスを磨かない限り料理の応用は利かず、自分のオリジナル料理はいつまでたっても作れないだろう。味のセンスは自分で磨くしかない。食べてはこの味、食べてはこの味と繰り返し覚えるしかない。そのためにも若い料理人には「身銭を切ってでも絶対においしいものを食べろ」と教えている。 おいしいものを食べれば、食べること自体で味覚が進化する。好きなものを追求していけば、味覚はどんどん研ぎ澄まされる。好きこそものの上手なれ。私が料理本をむさぼり読んで知識や情報を取り入れるのも、そこから何かを学び取ろうという以前に、好きであり興味があるからだ。 P206 自分の感性や美意識を磨くには「いいものを見る」ことに尽きるのではないだろうか。オーストラリアの友人にダイアモンドのディーラーがいる。売買をする際に「どうやって、いいものかどうかを見分けるのか」と聞いたことがある。 すると彼は「いつも本物を見ていたら、偽物かどうかはすぐわかる」と言った。そして「人間も同じだ」と付け加えた。 P217 私はひたすら料理人の道を歩んできたが、その死にものぐるいの思いを支えたのは「好きだった」という一点に尽きる。食べること、料理をすることが好きだったのだ。 自分で面白いと思ってやるのなら、それが勉強であろうと仕事であろうと、たとえ1日20時間かけても苦痛ではない。苦しいことや悩むことはあっても、私は料理人を辞めようと思ったことはこれまで一度もなかった。 |
堀江貴文 幻冬舎 2015/02/03 期待せずに手に取ったのですが、 それなりに読み応えのある著作でした。 周りの人達のことを考えることなく、 目標に向かって走り続けたのが著者だとすれば、 スピード感の違いによって生じた多様な人達との軋轢と、 理屈と行動によって全てが解決できると考える上昇志向。 しかし、そのような軋轢について、 妥協することなく、妥協する必要性も感じず、 離れていく仲間を引き留める必要性も感じることなく、 目の前にある可能性は全て実現可能であり、 それを実現させることが目標だという行動原理で行動する。 猛烈社員型か、 演技性パーソナリティ障害か、 自己愛性パーソナリティ障害に近い個性なのだろう。 「首相になって小泉首相の跡を継ぐしかないな」 この一言にも、それは表れていると思う。 自分自身では理屈が整った正義なのだろうが、 それは自分自身を特別の存在と定義した場合の正義でしかない。 周りの人達が付いてこられなかったのは当然だと思う。 本書は、失敗を反省した上で、 辻褄合わせの理屈を論じているのか。 いや、いまだに原因が見えてないのだろう。 恐らく、一生、原因は見えないのだと思う。 一時代を騒がせた1つの個性を見る著作として面白い本でした。 あの時代、IT革命など、この種の人達を騒がせる背景が存在しました。 P287 僕が国会議員になる。いや首相になって小泉首相の跡を継ぐしかないな。 本気でそう思っていた。 これが05年8月のことである。 選挙に出るために、会社の実務は宮内氏をはじめとした経営陣に任せることにした。そして僕はどこからどのような形で立候補するのか検討を始めた。 P301 僕らが持っているキャッシュ2000億くらいと、さらに社債で3000億から4000億の自己資金を用意する。そこに村上ファンドから何千億かを集めて加えると1兆円弱になる。さらにLBOファンドで借り入れすれば、ソニー株の60%は狙える計算だった。 P342 「有価証券報告書虚偽記載」容疑は、 @2004年9月期の連結決算で、ライブドアは実質赤字(3億1300万円の経常赤字)だったにもかかわらず、業務の発注を装った架空売り上げを計上するとともに、ライブドアが出資する投資事業組合(ファンド)がライブドア株を売却することで得た利益を投資利益として売り上げに計上(複数のファンドを関与させて携帯電話事業会社クラサワコミュニケーションズなどを株式交換で買収。その後、ファンドはライブドア株を市場で売却した)、合計53億4700万円の利益を計上することによって、50億3400万円の経常黒字であったとする虚偽の有価証券報告書を関東財務局長に提出したこと。 というものであった。 P347 しかし常に前だけを向いてきた僕は、知らぬ間に様々な場所で摩擦や軋礫を生んでいることに気がついていなかった。前へ前へと急ぐ僕に追い越された人、競争の中で転んでしまった人たちがいても、見て見ぬ振りをしていた。図らずもなぎ倒したり、踏みつけたりしてしまった人たちも含めると、相当な数の人から怒りを買ってもいたのだろう。 それは僕が自分の人生や、自分がやるべきことに集中してきたせいなので致し方ないことなのだが、1つだけ反省しているのは、誰かに誤解されても、それを放置し、「結果だけがすべてだ」と言い放ってきたことだ。 本当は誤解なんかされたくない。自分のことを理解してもらいたいという気持ちは人一倍強いのに。 P354 たぶん僕はずっと、この「何型ですか?」が象徴するようなものに抵抗し続けてきたのだと思う。 多くの女性は、血液型診断や血液型占いが好きだ。あなたはA型だから几帳面。B型だからマイペースです。AとOだから相性がいいんですよ。 P355 他人の興味を否定するつもりはないが、そんな非科学的、非合理的なものを僕に押し付けるのはどうか止めてもらいたい。 僕のこれまでの人生の「闘い」は、そうした血液型診断に似た、さしたる根拠のない思い込み、慣習、常識、ルールへの抵抗だった。 P356 僕に血液型を聞いてきた彼女は、きっと盛り上がりそうな話題を探していただけだし、もしかしたら僕と仲良くなりたかったのかもしれない。だったらもう少し彼女の話を聞いた上で、自分の考えを伝えればよかったのだ。その方が呑み会という限られた時間の中で、なにかの縁で同じ席についた僕と彼女は有意義な会話ができたはず。 東大駒場寮にいた頃、居酒屋で先輩や友人たちに向かって吐き捨てた言葉。 「人の気持ちなんて、分かるわけないじゃないですか!」 今なら、こんなふうに言うはずだ。 「人の気持ちは分からないです。でもできるかぎり分かろうとします」 もしかしたらこれが、僕が刑務所を経て、そして最初で最後の自分の過去を振り返るという作業を通して、一番変化したことかもしれない。 |
小石川真実(内科医) 朝日新聞 2015/01/29 私は、何時も、アタマの中でゴチャゴチャと 多様な事柄を考えている方だと思うが、この著者には適わない。 母親のこと、父親のこと、自分のこと、 批判と非難と、自分のことが常にアタマの中の自問自答され、 ゴチャゴチャと繰り返し、繰り返し、繰り返し、記述されてる。 これが精神を病んだ人達のアタマの中だと思うと気の毒になる。 他の思考に気が向き、一時でも、忘れる時間があるのだろうか。 しかし、東大理2から、東大理3に進学し医者になった天才です。 天才に生まれることが、これほどに悩み多きものなら遠慮したい。 結局、54歳になった現在も、 恐らく、自分が作り出した親との葛藤関係を、 アタマの中でゴチャゴチャと夢遊病者の如く自問自答している。 両親にとって、子育てとは非常にリスクのある事柄なのだと思う。 作者の意図、 それに編集者の意図は、 1 子を精神的に追い詰めることになった両親を弾劾することにあるのか、 2 そのような妄想に駆られている著者の内面を紹介することにあるのか。 もし、著者の意図が2なら、1つの精神疾患の内面の紹介として価値があるが、 そうでないのなら、著者は、自分の内面を、出版物として晒されたことになる。 P379 11年末に私が両親に絶縁を宣言したのは、もうこの人達には救いがないと完全に見切りをつけたからである。私とて実の母親を、どうしようもなく幼稚で我儘で、虚栄心が最優先の人と、また実の父親を、どうしようもなく、残忍、冷酷で、傲慢、不遜、独善的な人と断じたくはなかった。しかし情にほだされて付き合い続けても、繰り返し痛めつけられ、もうこの人達を切り捨てるより他に、本当の自分を悔いなく生きられる道はないと、判断せざるを得なくなってしまったからである。 生まれてから54年間、人間性にしろ能力にしろ、自分の値打ちを何とか親に認めて欲しいという執着を捨てられずにきたが、とうとうそれを諦めることに決めた。たとえ親から認められなくても、自分という人間にはちゃんと価値があるという自信が、BZをやめた38歳から16年間、社会の中で生きてくるうちに、遅ればせながら私にも徐々に育ってきたからだ。 13年1月に弟を両親の元から私の所に引き取り、近くの授産施設に通わせながら、今日まで2人で仲良く暮らしている。しかし、その後も母からの攻撃的な働きかけは14年2月まで続いたが、一切反応しないようにした。それがあるとどうしても心が掻き乱され、生活に支障が出てしまいそうになったが、どうにか踏んばって持ちこたえ、現在に至っている。 |
和田秀樹(精神科医) ブックマン 2015/01/28 無条件に読み応えのある本です。 こういう本に出会うから読書は止められません。 マスコミに登場し、 あるいは身近にいる人達で、 私が、どうも苦手と感じる人達。 いや、気持が悪い人達。 あの人達は、 演技性パーソナリティ障害か、 自己愛性パーソナリティ障害に該当する人達なのだ。 なんか、自分が特別の人間だと思っている人達。 私は「鞍馬天狗症候群」と定義していた。 小学生の頃、誰でも、自分は特別の存在だと思っていた。 その心が、大人になっても消えずアピールし続ける人達。 この2つのタイプの「特別の人達」、 これを見極める知識があれば 気持の悪い人を位置付けることができる。 本書は、この2つの個性に該当すると思える人達を例示してます。 政治家では小泉総理、安倍総理、田中真紀子氏。 さらにテレビのコメンテーターを勤める人達や、ロス殺人事件の被告人。 ゴットハンドと評価される脳外科医。 裁判や、外科の手術など、誰がやっても結論に差異は生じない。 それを、自分は特別と思える人達は、確かに、 演技性パーソナリティ障害か、 自己愛性パーソナリティ障害に思える人達です。 最後まで読みましたが、私が感激したのは前半3分の1の部分。 後半にも意味はありますが、私には、収穫はありませんでした。 P44 ここまで述べてきたように、「演技性パーソナリティ」と「自己愛性パーソナリティ」は、共通する点と異なる点がある。では、異なる点とはどこか? そこを明確にするには、極端なケースのほうがわかりやすいので、病名としての「演技性パーソナリティ障害」と「自己愛性パーソナリティ障害」の違いによって説明したい。 現在の精神医学の診断基準から言うと、「演技性パーソナリティ障害」の人は、〈自己演劇化〉と〈情動の激しさ〉が典型的な特徴と考えられている。いつだって自分は、波瀾万丈なドラマの中の主人公である。そのドラマを演出し、監督をするのもまた自分である。一の悲しい出来事があれば十の悲劇に演出するし、ささやかな人との出会いが、まるで神の采配による運命の出会いのように咀嚼されていく。とにかく笑ったり泣いたり、日々の感情の起伏が激しく、それを臆面もなく周囲に見せつける。 一方、「自己愛性パーソナリティ障害」は〈誇大性〉、〈賞賛欲求〉、〈共感の欠如〉が前面に出る。〈誇大性〉(つまり一々が大袈裟ということ)と〈賞賛欲求〉は、「演技性〜」とほとんど同じである。しかし、同じ誇大性でも、「自己愛性〜」の場合は、あまり悲劇の主人公になろうとはしない。「自分ほど賢く、偉い人はいない」と、とにかく自己を誇大に見せて賞賛を得ようとする。つまり、自分を「盛る」ための手段が違ってくる。友達に皇族がいるとか、先祖は教科書に載るようなすごい人だった、と怪しげな自慢を得意げに話すのも、自分を特別な存在に見せたいゆえなのだ。 また、「演技性パーソナリティ」の人よりも「自己愛性パーソナリティ」の人は他人に対して基本、冷たい。他者の気持ちに配慮がない。そもそも他者を思いやる共感能力が欠如しているからだ。 もしどちらかと結婚するのなら、「演技性パーソナリティ」のほうがよほどいい。彼らとともに行動すれば、見方を変えれば面白い人生を送れそうである。突飛なアイディアを共有できる。 一方、「自己愛性パーソナリティ」の人は、基本あなたのことはどうでもいいわけで、たとえばあなたが大病を患ったり、大きなトラブルに巻き込まれた時にも、自分の感情を優先させるので、気持ちをともにして寄り添ってくれることを期待してはいけないのだ。 |
篠田節子 角川書店 2015/01/26 ネットで短い文章に慣れてしまったためか、 長編の小説を読むのは大変。 それでも文章の上手な作者なので、 読み続けるのは容易なのですが、 しかし、何がテーマなのだろう。 神鳥(イビス)、カノン、ハルモニアのようなオカルトでもなく、 女たちのジハードのような社会を切る視点でもない。 過去の作品を誉めるのは、 作者の成長を否定することになってしまうが、 しかし、私は、神鳥、カノンを著者の代表作として薦めたい。 |
朝日新聞記者有志 文春新書 2015/01/20 朝日新聞の問題だけではなく、 新聞というシステムの問題が面白く読み取れます。 官僚構造の朝日新聞 独裁構造の読売新聞 自由企業の毎日新聞 新聞を読むと、如何に疑いながら読んでも、それが真実だと信じ込んでしまう。 しかし、新聞の真実は、このような人達によって造られているのだ。 それを知る意味での必読の書のように思えます。 まだ、読み途中なのですが、 充分に読む時間を取る意味がある一冊です。 なるほど。 どこの組織でもあり得ることですが、 朝日新聞も「組織内の常識」に染まってしまったのだ。 謙虚に「朝日新聞の常識」を反省するのではなく、 「朝日新聞の常識」によって独走してしまった。 俺達が素材を分析し、俺達が報道することに間違いは無い。 そのようなエリート主義と、 「朝日の記者が三人集まれば人事の話をする」という上向き、内向きの思考。 間違いを認める事ができない「朝日新聞」には、 謝罪や訂正という手段は存在せず、矛盾を広げてしまった。 どちらかに世論を誘導しようとか、 左翼思想や、自虐的な歴史観ではなく、 単なる朝日新聞の「自惚れ」が作り出した誤報。 それに対して、左翼思想とか、 自虐的な歴史観と決めつけて批判する側が、 まさに、外部から見た朝日新聞のイメージを作り出している。 しかし、朝日新聞には、 そのような高尚(?)なイデオロギーは存在しないのだ。 P20 数年前にリニューアルされるまで、朝日の社内報は『朝日人』と名付けられていた。あたかも一般大衆とは違う人種であるかのように思わせるタイトル。ここに滲み出た“選民意識”こそ、朝日記者の「高慢さ」や、一連の不祥事の背後にある「朝日官僚主義」の根源にほかならない。 「左翼」や「反日」といった“大文字の批判”と比べると、記者一人ひとりの「日頃の不遜さ」は、ごく小さなエピソードでしか目に見えない。だが、長年に及ぶその集積が、朝日の歪んだ体質を築き上げてきたのである。 P32 「読売の記者が三人集まれば、事件の話をする。毎日の記者が三人集まれば、給料の話をする。朝日の記者が三人集まれば、人事の話をする」 昔からそんな業界ジョークがあるほどに、この“朝日気質”は知られている。 たとえば読売の社風には、本社に君臨する渡辺恒雄会長に絶対服従を強いられる「上意下達」のイメージがある。 実際、読売の社論は、すべて渡辺会長が決めているといっても過言ではない。それは特定秘密保護法、TPP、集団的自衛権といった国の政策だけではない。たとえば読売では本社が「開業医への販売促進」を決めた途端、全地方版で一斉にマニュアルに沿った町医者紹介の連載が始まったこともある。記者や支局の自主性を無視したこうしたやり方は、朝日では到底、受け入れられない。 だが読売の記者はみな、あまりに有名な渡辺会長のイメージから、そのような縦社会を覚悟して入社している。青臭く議論を戦わせる“社内民主主義”や“言論の自由”への幻想など、最初から持ち合わせていない。 P33 70年代に倒産寸前の経営危機に陥ったこともある毎日は、全国紙の中では産経とともに薄給で知られる。給与水準は、朝日や読売の六割ほどだとも言われる。 そんなアナーキーな職場環境は意外と風通しが良さそうで、目も当てられないお粗末な一面記事が出る一方、型破りな面白い記事が載ることもある。記者の行動や紙面の品質を管理したがる朝日や読売と異なり、秩序なき職場環境が紙面に活気を与えるのである。 P210 かつてあの外務省機密漏洩事件、通称「西山事件」によって毎日新聞社が倒産寸前の経営危讐追い込まれたように、朝日新聞社もその経営が危ぶまれる事態に突入した、と受け止めるべきなのか――。 P214 財団法人・新聞通信調査会が毎年行っている「メディアに関する世論調査」によれば、この前年の2012年、「新聞を毎日読む人」はついに6割を割り、57.8パーセントにまで落ち込んでいた。 とくに減少が目立つのは30代の新聞購読者で、11年調査時の36.9パーセントから30パーセントへと6.9ポイントのダウン。20代に至っては2割を切り、18.2パーセントの人にしか、新聞を読む習慣はなくなっていた。 そういった世代が年齢を重ねても、「ある日突然、紙の新聞を読み始めること」は、もはやあり得ない未来絵図だった。 P218 実際、09年から13年に至る発行部数の減り方を見ても、朝日、産経の45万部減、毎日の44万部減、日経の16万部減と比較して、読売の“減り幅”は7万部に留まっている(日本ABC協会調べ)。 |
水町勇一郎(東京大学社会学研究所教授) 岩波新書 2015/01/16 最近、事業経営のリスクは、 税法ではなく、労働法になりつつある。 中小零細企業での解雇や残業手当の問題が、 訴訟事件になることなど、以前には想定されなかった。 しかし、司法扶助制度の利用で少額事件も争えるようになったことと、 ネット広告で客を集める弁護士の登場で、これらが事件として掘り起こされるようになった。 どうも、 労働法の価値観は馴染めない。 しかし、本書で、 その理由が理解できたように思う。 私のように、零細事務所の経営者と従業員の関係と、 大企業で、何百人、何千人の従業員を雇う関係は別種なのだ。 前者が、主人と番頭・丁稚の家業関係だとすれば、 後者は、労働力を売買する労働者と資本家の関係なのだ。 産業革命前 = 主人と番頭丁稚の時代 = 親方と見習い工の時代 産業革命後 = 劣悪環境の工場従事者 = 女工哀史の女性作業者 前者の場合なら、 要求や権利などの言葉を持ち出すまでもなく、 雇い主と従業員の関係には自ずからの調和が成立する。 仕事の進み具合に応じ、必要に応じて残業し、必要に応じて有給休暇が消化される。 しかし、後者のような、 労働者を「労働力」と認識する職場では、 搾取者に対する被搾取者の保護が必要になり、 転勤や残業等の職務命令が認められる代わりに、 残業手当、有給休暇など、労働法に基づく形式基準に従った保護が必要になる。 ネット広告で客を集める弁護士。 彼らによって掘り起こされるのは、 必要に応じて柔軟に対応していた前者の関係に、 後者の労働法の形式基準を適用するという隙間(ズレ)の掘り起こしなのだ。 信頼関係で成り立っていた主人と番頭の関係に、 「それは貴方の妄想だ」と、労働法に基づく権利が要求される。 日米の平等意識の差異も面白い。 日本では、雇用段階の差別は許されるが、 雇用した後の差別は禁止される。 米国では、雇用段階の差別は禁止されるが、 雇用した後の差別は許される。 さて、男女差ですが、 1 亭主の転勤で、女房は失業しなければならない。 2 自分の出産で、女性は、キャリアに乗り遅れる。 雇用した後の差別を禁止しても、 1と2の差別は解消できない。 もし、女性差別を無くそうとするのなら、 日本型の差別構造ではなく、米国型の差別構造を導入する必要がある。 就職段階では、新卒、男女、年齢など問われず、誰でも入門できる。 そうすれば、就職後の差別(出産)などから、また、再入門できる。 P6 それ以前の労働は、例えば物を製造する作業についても、規模の小さい作業場で、親方と職人や徒弟(見習い中の弟子)とが声をかけあう家族的な雰囲気のなかで行われることが多かった。親方と職人、徒弟は同じ屋根の下に住み、職人や徒弟は親方のために働く代わりに、親方から仕事を伝授されたり、食事など生活に必要なものを提供されたりする関係にあった。 P8 このように、市民法秩序のもとで自由を享受した個人たちは、産業革命が進むなかで、劣悪な労働を強いられていったのである。 P9 なぜ、労働は「個人の自由」に委ねておけないのか そもそも労働には、物の売買などの契約とは異なり、「個人の自由」(契約の自由)に委ねておけないいくつかの重要な特徴がある。 第一に、労働契約は働く人間そのものを取引の対象とするという側面をもっている。したがって、契約の内容によっては、取引の対象とされた労働者という人間そのもの、その肉体や精神が侵害されてしまうことがある。例えば、長時間過酷な状況で働くという契約によって労働者の健康や生命が損なわれる事態が生じることがあり、本人の同意さえあればそのような危険が生じることも社会的に許容されうるのかが問題となるのである。 第二に、労働者は、会社(使用者)に比べ、経済的に弱い立場に立たされていることが多い。その理由は、労働者が自らの労働力以外に財産をもっていないことが多いことや、今日の労働力は今日売らないと意味がないため買いたたかれやすいことにあるといわれている。そのため、例えば会社と契約を結ぶときに、会社が必要以上に賃金を引き下げてきたとしても、今日や明日の生活の糧を得るために、労働者は自分が心から望んでいない条件であっても同意せざるを得ないという事態が生じるのである。 第三に、労働者は働くときに自由を奪われていることが多い。労働契約においては、具体的にどのような方法で働くかは使用者の指示や命令(指揮命令)によって決定されるものとされており、働くときに労働者が自らの判断で行動する自由が奪われているともいえるのである。この点は、患者との契約で医療行為を行う医師(委任〔準委任〕契約に基づくサービス提供)や注文者との契約で家を建てる大工(請負契約に基づくサービス提供)と、使用者から指揮命令を受けながら働く労働者(労働契約に基づくサービス提供)とを区別するポイントとなる、労働契約の重要な特徴である。 P66 なぜ、日本では採用の自由が広く認められているのか 日本とは対照的に、アメリカやEU諸国では、採用段階も含めて雇用差別が禁止されている。いくら採用後の差別を禁止したとしても、そもそも採用されなければ、雇用社会に入ることすらできない。差別されている人たちにとっては採用時の差別がもっとも大きな障壁となるものであるため、雇用差別を禁止するときには採用段階の差別も当然禁止の対象に含まれるものとされてきたのである。しかし、日本の判例は、思想・信条を理由とした採用差別もただちに違法となるものではないとして、現在も使用者の採用の自由を広く認めている。なぜだろうか。 その実質的な根拠としては、長期雇用慣行をとっている日本の企業では人間的な信頼関係が重視され、かつ、いったん採用すると解雇権濫用法理のもとで容易に解雇することもできなくなるため、採用時に候補者の人物・性格などにかかわる事情を慎重に吟味して人選を行うことを認めるべきであるという考えがある。 P67 これは、両当事者間にどの時点で「入社する」「採用する」という合意が成立したといえるのかという個別具体的な事情に応じた契約の解釈の問題である。判例のなかには、使用者からの採用内定通知によって労働契約が成立し(ただし、内定通知に記載された事由が生じた場合には内定を取り消すことがあるという解約権留保付の労働契約の成立)、その後の内定取消は解雇にあたるため客観的に合理的で社会通念上相当といえる理由が必要であるとしたものがある(大日本印刷事件・最高裁1979年7月20日判決)。留保された解約権の行使である内定取消が認められる具体的な理由としては、成績不良による卒業延期、健康状態の著しい悪化、虚偽申告の判明、逮捕・起訴猶予処分を受けたことなどがあげられる。 また、入社の際に適格性を観察する期間として試用期間が設けられることがある。一般的には、入社後3か月または6か月の試用期間が付されることが多い。これについても、解約権留保付の労働契約が成立しているものとされ、試用期間終了時になされる本採用拒否は解雇であって、客観的合理性・社会的相当性がある場合にのみ許されるとした判例がある(前掲三菱樹脂事件判決)。これらの内定取消や本採用拒否に、客観的に合理的で社会通念上相当といえる理由がない場合には、労働契約はその後も存続し、賃金の支払いなどを求めることができることになる。 P169 その年の8月、御巣鷹山に日航機が墜落する事故が起きた。その1か月前の7月には、国会で労働者派遣法が成立した。高校生だった私は、そのとき労働者派遣法のことは何も知らなかった。しかし、もしかしたらそのとき、労働法のパンドラの厘が開かれたのかもしれない。 |
福原直樹(毎日新聞記者) 新潮新書 2015/01/15 スイスへの旅行を予定しているので、スイスの歴史を学習してます。 歴史を知っているか否かで、旅行の楽しみと深みが異なってきます。 資源がなく、貧しく、傭兵が出稼ぎに出ていた国が、なぜ、豊になったのか。 金融、時計、観光だけで、一国のGDPが稼ぎ出せるとは思えない。 P193 スイスの報道によると、2002年時点で世界の企業や個人が国外で運用する資金のうち、30〜40%の約300兆円がスイスの銀行に集まる。英、米、香港、カリブ海諸国などが集める外国資金が、それぞれ世界の5〜20%であるのと比べれば、段違いの集中率だ。欧州だけでも、各国の企業や個人が国外に貯蓄するカネの60%はスイスに集中しているともいう。そしてある個人銀行の試算では、これらスイスに預けられた外国人資産の半分(150兆円)は税金逃れのカネだった。これを裏付けるように、2001年、スイス銀行家協会の集まりで、ある個人銀行の幹部はこう認めたという。 「わが行の資産の25%は、税金逃れのカネだ」 P195 だが、スイスをはじめ各国は情報公開を断固、拒否する方針だ。理由は、簡単だ。銀行の顧客が逃げてしまうからだ。ローザンヌ大学のゲックス教授(経済史)は、もしスイスが情報公開すれば、スイスの外国人資産の75%、スイス人資産の25%がスイスを離れ、外国に流れる可能性が高いと指摘する。そうなれば、死活問題である。 無論、スイス側にも言い分はある。 「例えばフランスでは下手をすると、収入の半分以上を税金としてもっていかれる。重税から自分のカネを守ろうとする人を助けてどこが悪いのか。税金逃れを行う人々を助けるのはスイスの義務だ」 P196 税金逃れのカネを外国に預金することを「マネーロンダリング」と見るかどうかは、各国の勝手だ。だがスイスは、そのような見方を取っていない。税率も欧州諸国に比べ低い。だからこそ悪税に悩む諸国民を助けられる。一方で、スイスは犯罪組織や独裁者のロンダリングについては、最新の法律を整備し、他の国より積極的に取り締まっている。一体、スイスのどこが悪いのか。弁護士はこう主張するのだ。 P197 弁護士のような意見は、スイスの金融界に多い。スイスの個人銀行大手「ピクテ」の幹部は私の取材に、「我々は犯罪者のロンダリングに対しては厳格に対処している」と述べる一方、こう断言した。「スイスでは、税金申告は個人の裁量に任されている。この問題に関して、我々は守秘義務を守り続ける」。また「収入の半分以上を税金として払う者は、国家の奴隷だ」「法の網をかいくぐり、脱税するのは正当な場合がある」……などの金融関係者の発言は、スイスのマスコミに頻繁に登場する。 |
宇佐美典也(元経済産業省官) 中央新書ラクレ 2015/01/05 副題は「挫折した元官僚が教える『頼れない』時代の働き方」 エリートであることへの覚悟や実感も持てず、 自分がいる地位への後ろめたさと、漠然とした将来への不安。 そんなことから肩書きを捨て 預金残2万円まで落ち込んだ元上級職の国家公務員。 いや、私の引用では表現できない著者の内面が、 充分に実感が読み取れる良い文章で語られてます。 読みやすい文章を書く著者の優秀さがうかがわれます。 実体験と実感の著書として読み進めるのが楽しみです。 いや、読み終えましたが、まだまだですね。 組織でなり立つ社会を否定しても、システムで成り立つ社会ですから、 システムに入り込む手段を持たない限り、ただの「山田太郎」です。 blog、Facebook、Twitterによって繋がりが作れる社会だとしても、 何も売るべきモノを持たない人間が、そこでカネを稼げるはずが無い。 企業社会、終身雇用、年金制度の破綻が避けられないとしても、 破綻する前に、そこから飛び出すのが有効な対策とは思えない。 しかし、一生は長い。 人生が成功だったか否かの判定は、まだまだ先の事です。 私は、このような真面目な若者が存在する社会に一票を投票します。 P20 しかし心のどこかでは「自分は決められたレールの上を進んできただけ」と、とりわけ大きな決断もしないで、たまたまこの場所にたどりついたに過ぎない、という思いを抱いてもいました。そのため、いまひとつ「エリート」であることへの覚悟や実感も持てず、むしろ自分がいる地位への後ろめたさと、漠然とした将来への不安を感じていました。 たとえば、民間企業の幹部や大学に所属する一流の研究者と仕事を重ねていくうち、「小さな仕事の経験や積み重ねも無く、自分がこうした方々と肩を並べていいものだろうか」という思いが日に日に強くなっていきました。 P22 このような道を選んだ理由として、私がサラリーマンの対極にある「組織に頼らず自分というブランドで食べていく」人に対して、ずっと心の底でコンプレックスを抱いていたということがあります。 P23 毎日、孫正義氏や三木谷浩史氏、スティーブ・ジョブズ氏ら、カリスマ経営者の本を読んでは胸を熱くし、Facebook創業の過程を描いた映画、『ソーシャル・ネットワーク』などを観て、「自分にもこんな人生が待っている」と妄想していたのは、いまとなっては黒歴史です。 P24 それだけに社会に対する認識は甘く、「自分は少なくとも地頭は良いだろうし、その辺の人よりは仕事もできるはず。今回の退職後もいろいろあるだろうけれど、やっていけるに違いない」などと、薄っぺらい自信を持っていました。 P102 メンバーそれぞれインターネットを介して知り合った仲であり、みなプログとTwitterとFacebookをやっていました。お互いがお互いのプログを読んで存在を認識し、Twitterを通じて意見を交換するようになり、そこからFacebookでつながり、いつしかリアルな場でも関係を持つようになりました。プログ、Twitter、Facebookはフリーエージェントとしてセルフブランディングを展開する上で必要不可欠な三種の神器のようなものかもしれません。 P104 FacebookにしろTwitterにしろLINEにしろ、テクノロジーは確実に組織という枠にとらわれない、あくまで個人と個人とのつながりをサポートする方向に向かっています。そういう背景を考慮するに、フリーエージェントとしての生き方はこうした進化に素直に乗り、働くことなのかもしれません。 P201 地獄と言えば、いまでも忘れられない思い出があります。 私はとある仕事の関係で、数ヶ月間、新潟県に滞在していました。その時期は本当にお金が無く、毎食をコッペパンでしのいでいたのですが、残り1週間あるのに、1000円しか手元に残されていないところまで、いよいよ追いつめられてしまいました。 クレジットカードも限度額まで目一杯使い、しかも知り合いがほとんどいない土地で、調理器具すらありません。この苦境には「さすがに参った。どうやって生き抜けばいいんだ」と頭を抱えました。 窮したあげく、なにか良いアイデアでも得られればと、その悩みをFacebookに書きこんだところ、この数年、会ったこともなかったような友人が反応してくれました。 「宇佐美君、大丈夫か?オレの親が君の近くに住んでいるから、いまから教える番号に電話しろ」 早速教えられた番号に電話したところ、本当にその友人のお母さんが駆けつけてくれました。 「貴方が宇佐美君ね。ちょっと待ってて」 彼女はなんと食材と調理器具を持ってきて、そのまま台所でカレーを作ってくれたのです。 いくら息子の知り合いとはいえ、面識も無ければ身元の保証も無い、私はただのよそ者です。そんな自分を助けてくれるのが、有り難くて、有り難くて。 それなのに、独立してからというもの、あまり人から優しくされた経験がなかったために戸惑ってしまい「ありがとうございます」の一言も満足に言うことができませんでした。どうしてよいのか分からず、ただ固まってしまった自分が、本当に情けなくてたまりませんでした。 |