会計限定監査役の責任(東京高裁令和元年8月21日判決 金融・商事判例 No.1579)
高裁判決の結論 ―――――――――――
株式会社の会計限定監査役は、会社作成の会計帳簿の信頼性欠如が容易に判明可能であるなどの特段の事情のない限り、会社作成の会計帳簿の記載内容を信頼して計算関係書類の監査を行えば足り、会計帳簿の裏付資料(徴憑)を確認するなどして会計帳簿の不適正記載を積極的に調査発見すべき義務を負わない。
事実関係 ―――――――――――
Yは、税理士および公認会計士資格を有し、昭和31年に会計事務所を設立してXもその顧客であったが、昭和42年から平成24年9月1日までXの監査役の職にあった。Xでは、経理担当職員Aが、平成19年2月から平成28年7月までの10年近くにわたり、合計126回にわたりXの銀行預金から合計2億円以上を横領するという不祥事が発生した。Aによる横領があった期間の監査役監査は、1回だけAがカラーコピーで精巧に偽造した預金残高証明書による確認が行われ、その余の年度は偽造された残高証明書の白黒コピーによる確認が行われた。
本件訴訟は、会計限定監査役たるYが毎年の監査において金融機関発行の預金残高証明書原本を確認するなどの預金の実在性確認を怠ったためにAによる横領行為の発見が遅れて被害が拡大したとXが主張して、1億1,100万円(控訴審においては9,000万円弱)の損害賠償の支払いをYに求めたものである。なお、Aの横領行為があった時期に在任中であったXの取締役および監査役のうち、Xから損害賠償請求を受けたのは、Yのみである。
高裁判決 監査役の責任を否定 ―――――――――――
控訴審判決は、会計限定監査役は、取締役作成の会計帳簿の信頼性欠如が容易に判明可能であるなどの特段の事情のない限り、会計帳簿の記載内容を信頼して計算関係書類の監査をすれば足りると判断した。そして、本件においては、会計帳簿の信頼性欠如が容易に判明可能であるなどの特段の事情があることの証明はないとして、Xの請求を全部棄却すべきものとした。控訴審判決には、会計帳簿の裏付資料(徴憑)を直接確認するなどして会計不正を積極的に調査発見すべき義務が通常は存在しない理由として、次のような点が判示されている。詳細は判決文の傍線部分を参照していただきたい。
@監査役が会計帳簿の正確性の確認のために個別の資産の実在性や評価額の適切性を逐一実査することは非現実的であること
A会計帳簿および計算書類を第1次的に作成する義務を負うのはいずれも取締役またはその指示を受けた使用人であり(監査役ではない。会社法432条・435条参照)、会計限定監査役は「計算書類」を監査する義務は負うが、「会計帳簿作成業務」の監査(業務監査に当たる)をする義務を負わないこと
B監査役はその固有の権限として会社の使用人に対する指揮命令権を有しないし、銀行に預金残高証明書発行を求める権限も有しない(取締役またはその指示を受けた使用人に依頼して行うほかはない)こと
C会社計算規則121条2項が監査の内容について「計算関係書類に表示された情報」と「計算関係書類に表示すべき情報」との合致の程度を確かめると規定し、同規則59条が「計算書類」は当該事業年度の「会計帳簿」に基づいて作成すべきことを規定していることからすると、会計限定監査役の業務は会計帳簿の内容が正しく計算書類に反映されていることの確認であるとみられること
なお、他の取締役・使用人等からの情報を信用して行動した取締役の善管注意義務について「とくに疑うべき事情がない限り、それを信頼すれば善管注意義務違反にならないのが原則」
とする文献(江頭憲治郎『株式会社法〔第7版〕』471頁)がある。
地裁判決 監査役の責任を肯定 ―――――――――――
これに対して、第1審判決は、Yには会計限定監査役としての注意義務違反があると判断して、5763万円余りの賠償を命じていた。
第1審判決は、Yは、公認会計士および税理士の資格を有する者として、その負うべき善管注意義務の水準は、一般の監査役よりも高いと判断した。また、Xは、経理担当者が少なく経理に不適正がある可能性が相対的に高い株式会社であると判断した。そして、監査役監査に関する各種文献の記述を詳細に事実認定した上で、預金の実在性に関しては、金融機関発行の預金残高証明書の原本確認の義務があり、Yはこれを怠ったと判断した。
判例解説が論じる考え方 ―――――――――――
@ 監査と不正発見義務
しかしながら、「監査」という日本語の語感が原因なのか、監査対象に不正が存在したのに監査を実行しても不正を見抜けなかった場合に、監査役や公認会計士・監査法人は十分に職責を果たさなかったと考える向きが、それなりに多く存在するようである。第1審判決も、そのような考え方に影響を受けたものかもしれない。しかしながら、強制権限を有しない監査役や公認会計士・監査法人に、不正の摘発、不正の確実な発見を期待することは、筋違いである。
A 一部役員への狙い撃ち賠償請求と株式会社の業務適正の確保
本判決は、一般論として使用人の不正を防止すべき第1次的責任を負うのは取締役およびその指示を受けた使用人であって監査役ではないことを指摘している。また、本判決は、本件の具体的事実関係の下において、使用人(A)の横領行為の予防や早期発見を容易に行うことが可能であったのは、Xの取締役または使用人(Aの上司)であって、監査役(Y)ではないことを認定判断している。
本判決は、その上で、Aの横領行為期間中に在任していた他の取締役および監査役(Yの後任監査役2名を含む)を賠償請求の対象とせず、Yだけを狙い撃ち的に賠償請求の対象とするXの取扱いを、信義則違反・権利濫用であるとも指摘している。
なお、株式会社が、取締役による不正行為の発見がより容易な立場にいた別の取締役や監査役の責任を追及しないまま、会社法に基づかない会計監査契約を締結していた公認会計士の業務慨怠を理由に取締役の不正行為に起因する損害賠償請求訴訟を提起することが信義則に違反すると判断した裁判例に、東京地判平成19・5・23本誌1275号48頁がある。
◆ 監査役の責任を否定するについて漏れなく判断した重要判決です。