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池田 信夫 東洋経済新報社 2014/12/25 いま、世界で話題のピケッティの経済学。 とても、全文を読む気にはなれない。 そこで、ピケッティ経済学の入門書です。 どこまでがピケッティの解説なのか、 どこからが著者の自説の展開なのか。 流し読みなるが故に区別が困難ですが、 しかし、一般庶民にはピケッティは読めないし、読む必要も無い。 労働者への分配よりも、 資本利潤の方が成長率が高い。 だから、労働者と資本の格差は拡大し続ける。 それを防ぐ為には、資産への課税が必要。 それら経済数字を、 多様な資料から分析しているのがピケッティだそうです。 ちなみに、著者は、 アベノミクスは失敗だと批判し、 それは私も同意見です。 格差の拡大の最大の原因は最高税率の引き下げだ。 米国の企業経営者の報酬は、 彼らの能力では無く、 「幸運」に起因するところが大きい。 これはピケッティの見解なのか、著者の見解なのか。 いずれにしろ、私も同感です。 アメリカ型の「社長を歩合給で雇う」という傭兵スタイルの経営よりも、 日本型の「社長は、結局は、平社員の成れの果て」という経営スタイルの方が優れていると思う。 P42 安倍首相の経済政策「アベノミクス」は、ひとことでいうと、日銀が茎をたくさんばらまいてインフレにして景気をよくしようという「リフレ政策」です。 「輪転機をぐるぐる」回して通貨供給を増やしたら物価が上がり、円安になって、輸出主導で景気が回復するはずでした。輸出品の価格が安くなると輸出が増え、貿易黒字になるからです。 ところが実際に日銀が金融緩和をしてみると、円は下がって1ドル=110円以上になりましたが、これによって貿易赤字は増えてしまいました。黒田総裁は、最初のうちは「貿易赤字は一時的なもので、すぐ回復する」と楽観的なことをいっていましたが、最近は「回復は少し遅れているが、円安が定着したら生産拠点が日本に戻ってくる」といっています。 P43 しかし日本の貿易赤字が急に増えた最大の原因は、震災後に民主党政権が突然、原発を止めたためにLNG(液化天然ガス)の輸入が激増したことです。これによって増えた毎年3兆円以上の輸入代金は産油国に流出し、燃料は今の世代が食いつぶしてしまうので、将来世代には負担だけが残ります。 P70 この問題については、アメリカで論争が続いています。下位50%の低所得層の子供が大学に進学する比率は1970年以降、10〜20%にとどまる一方、上位4分の1の階層の子供の進学率は40%から80%に倍増しました。つまり親の所得で、子供の学歴はほぼ予測できるようになったのです。 P73 このように高額所得者の税率が下がったことが、税引き後の所得格差が拡大した直接の原因です。これを彼らの「限界生産性」が高まったからだという説明は、正しくありません。マクロ経済的には同じような成長率だったヨーロッパ大陸では、そんな極端な格差はみられないからです。 もっと現実的な説明は、1980年代以降、最高税率が劇的に下がったことでしょう。1950年代や60年代の最高税率が80〜90%だった時期には、経営者は報酬を上げることにそれほど強いインセンティブがなかったでしょう。しかしそれが30%台になれば、自分の報酬を上げるために友人を取締役にし、彼らの報酬も引き上げて互いの利益になるように考えるのは当然です。 この時期にアメリカの経営者の生産性が上がったという統計的データは、まったくありません。一人あたり成長率は、1980年代以降、先進国でほとんど同じなのです。アメリカの成長率がヨーロッパより高かったのは、人口増加率が高かったからです。1970年代に英米の成長率が相対的に鈍化したのは、ヨーロッパや日本が戦争のダメージから立ち直ったからであり、一人あたり国民所得の水準でみると英米のほうが高かったのです。 こうした変化は保守革命の成果と混同され、経営者のインセンティブを強めたために英米の成長率が上がったという神話が生まれました。しかし経営者の報酬と高い相関があるのは、彼らの能力ではなく「運」です。そして統計的にもっとも高い相関があるのは、累進税率の低下なのです。 |
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青木 理(フリーライター) 講談社 2014/12/19 朝日新聞の側から 従軍慰安婦報道を検証してます。 朝日新聞に、 偏向的な報道の意図があったのか。 それは否としてます。 では、 a 吉原の遊女とは異なる制度だったのか。 b 国家権力による女性狩りが行われたのか。 それを知りたいのですが、 その真偽は論じてないように思います。 欺され、 あるいは納得して売られてきた女性なのか、 国家権力の強制力による女狩りが行われたのか、 それは、 地上の楽園と欺されて北朝鮮に帰還した人達と 北朝鮮によって拉致された人達とのの差異であり、 結果は同じでも、 原因において全く異なる事柄だと思うのですが、 勿論、 どのような強制でも悪は悪。 兵隊として招集され、殺されるのも、 慰安婦として遊女をやらされるのも、悪は悪。 ちなみに、朝日新聞の報道は次の「P231」の記事です。 P116 ただ、思い返してみると、93年に河野談話が出たことによって、吉田証言の意味が薄れ、証言の真偽をとことん追及する意味がなくなっていたんですね。つまり、吉田さんの言うような奴隷狩り的な強制連行はなくても、日本軍の関与による不当な募集や、強制的な管理・運営があったことが河野談話で明かされた。 そのことだけで日本は慰安婦問題に十分責任をもつべきだと判断できたため、吉田証言の真偽に白黒をつけなくとも済むという甘えが生じた気がします。朝日の記者が自分ででっち上げた報道ならいざ知らず、人の語った話を伝えたということですしね。 しかし、慰安婦問題を否定する人たちはここにターゲットを絞って攻めてきた。吉田証言はでっち上げだ、だから強制連行もなく、慰安婦問題そのものが作られたものだという風に……。朝日はそこにスキを与えてしまった。いま考えれば、戦略判断を間違えた。 P117 もちろん、当事者がそういっていて、涙ながらに詫びたりしているんだから、一報を書いた記者もとりあえずは信じるでしょう。だけど、100人とか200人もの女性を無理矢理連れていくなんて、いくら植民地時代とはいえ、そんなことがあり得るんだろうかと。しかも済州島で調べてきた人たちから『裏づける証言や証拠はない』『済州島の人たちはむしろ怒っている』といった話が出てくる。『これはマズいな』という思いはありました。 P231 朝鮮の女性 私も連行 「朝日新聞」大阪本社版1982年9月2日付朝刊 元動員指揮者が証言 関東大震災の混乱の中で、多数の朝鮮人が虐殺されて59年目の1日夜、大阪で催された「旧日本軍の侵略を考える市民集会」で、かつて朝鮮人の強制連行の指揮に当たった動員部長が、悲惨な「従軍慰安婦狩り」の実態を証言した。戦後もずっと語られることなく葬られてきた朝鮮人慰安婦の歴史、それをいま、「戦争で中国にいた日本軍兵士で朝鮮人慰安婦と接触しなかった人は1人もいなかったでしょう」と重い口を開く姿に、約500人の参加者はしんとして聴き入った。 暴行加え無理やり 37年ぶり 危機感で沈黙破る この人は東京都文京区千石4丁目、吉田清治さん(68)。昭和17年秋、朝鮮人の徴用を目的に発足した「山口県労務報国会下関支部」の動員部長に就任した。以後3年間、十数回にわたり朝鮮半島に行った。直接指揮して日本に強制連行した朝鮮人は約6000人、うち950人が従軍慰安婦だったという。 この日、大阪・浪速解放会館での集会で演壇に立った吉田さんは「体験したことだけお話しします」といって切り出した。 「朝鮮人慰安婦は皇軍慰問女子挺身隊という名で戦線に送り出しました。当時、われわれは『徴用』といわず『狩り出し』という言葉を使っていました」。そして18年の初夏の1週間に済州島で200人の若い朝鮮人女性を「狩り出した」時の状況が再現された。 朝鮮人男性の抵抗に備えるため完全武装の日本兵10人が同行した。集落を見つけると、まず兵士が包囲する。続いて吉田さんの部下9人が一斉に突入する。若い女性の手をねじあげ路地にひきずり出す。こうして女性たちはつぎつぎにホロのついたトラックに押し込められた。連行の途中、兵士たちがホロの中に飛び込んで集団暴行した。ボタン工場で働いていた女子工員、海岸でアワビを採っていた若い海女……。連日、手当たり次第の「狩り出し」が続いた。「泣き叫ぶというような生やさしいものではない。船に積み込まれる時には、全員がうつろな目をして廃人のようになっていた」 約1時間、淡々と、ときに苦悩の色をにじませながら話す吉田さんは「かわいそうだ、という感情はなかった。徹底した忠君愛国の教育を受けていたわれわれには、当時、朝鮮民族に対する罪の意識を持っていなかった」と声をふりしぼった。 教科書問題にも吉田さんは触れた。「戦後の日本の歴史教科書はこうした事実がいっさい書かれてこなかった。というより、その教科書を改め、戦前の教育に逆行する動きさえあるじゃないですか」(後略) |
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諏訪貴子 日経BP 2014/11/23 父親の急逝で、急遽、 社長を承継することになった 3x歳の主婦が町工場の経営を語ります。 この種の本は、自慢話か、 半分は嘘の話しが多いのですが、 本書は、主観的な事実認識が多いとしても、 それなりに中小企業の経営が語られてます。 中小企業の事業承継は、 生き続けるか、倒産するかの博打。 経営者の思いが強かったとしても、 とても自分の子に会社を継げとは言えない現実があります。 自分が作る商品と仕事が大好きなのか、 働いてくれている社員が大好きなのか、 下請けの人達、得意先の人達が大好きなのか。 そうであるなら、 苦労とリスクを超える 熱意と喜びがあるのが事業経営です。 サラリーマンが追い求める 地位、待遇、労働者の権利などとは無縁の社会。 P130 私が実践してきたのは、「物事には原理に基づいた原則があり、そして基本がある。基本があるからこそ応用ができる」という考え方だ。 起きている問題に対して、「なぜ」を繰り返して原因を突き詰める。紙いっぱいに原因を書き出し、関係するものをつなぎながら、問題の根本をつかみ、原理原則に当てはめて対策を講じていく。 この分析手法は、かつて私の上司が実践していたもの。一緒に仕事をしたことはないが、私はその上司の考え方を参考にさせてもらっている。 私が論理的な思考に基づいて経営の舵取りをしているのは、2代目であることと深く関係する。 事業を興す創業者はエネルギーにあふれ、強力なカリスマ性やリーダーシップを備えている。勘やインスピレーションも働き、それが良い結果に結びつくことが多い。「なぜ、その決断を下したか」という理屈は後付けできる。 それに対し、2代目はカリスマ性やリーダーシップで圧倒的に劣る。勘で動く自信がないから、すべての判断や行動の裏付けとして合理性が必要になる。 急遽、社長に就任した際、私は創業者である父とは全く違う方法で経営をしていこうと思った。その一つのやり方として、どんな局面においても理詰めで考え、結論を出すことを意識してきた。 今振り返ると、工学部で学び、エンジニアとして働いたことで、論理的に物事を考え、決断する習慣が自然と身についていたのだろう。 その習慣を経営に当てはめ、「なぜ売り上げが伸びないか」「なぜ利益が出ないのか」と「なぜ」「なぜ」を繰り返し、原理原則に立ち返って判断してきた。 例えば、「どうやって利益を出すか」を考えれば、利益は「売り上げ−費用」だから、売り上げを伸ばすか費用を削減するかしかない。売り上げを増やせないなら費用を減らすしかないし、費用を減らせないなら売り上げを増やすしかない。おのずと、打つべき手が見えてくる。 社長就任直後につらいリストラをやり遂げることができたのも、論理的に判断したからこそ。経営学は身につけていなくても、原理原則を大事にしたから、プレずに信念を持って決断・実行できたのだと思う。 P170 ある年の採用で試験的にサービス業経験者ばかりを3人採ったことがある。それぞれファストフード、衣料・雑貨店、ホームセンターの販売員だったという人たちだ。 前職はものづくりとは縁遠いが、サービス業ではいろいろなタイプの顧客と接するから、総じてコミュニケーションなどのヒューマンスキルが高い。適性があるのではないかと考えた。 予想通り、入社後、短期間で周囲に溶け込み、知識、技術を吸収していった。極めて成長が速い。 彼らに共通するのは、やはり人付き合いのうまさだ。挨拶、返事がきちんとできる。一見、ぶっきらぼうなベテラン社員とも臆することなく話ができる。わからないことがあったら、恥ずかしがらずに「わかりません。教えてください」と言える。こうしたことが大きな強みになっている。 P200 だが、大田区の町工場の多くは経営基盤が脆弱。従業員9人以下の会社が全体の8割に及ぶ。 |
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永江 朗(フリーライター) ポプラ新書 2014/11/22 本と書店が大好きという著者が、 出版と、書店事情を語ります。 出版点数2倍になり、 販売部数は増えない。 出版点数の減少で新書が入荷しない店舗が増え、 予約して購入する場合ならAmazonの方が有利。 書籍販売は減少していないが、雑誌販売は大幅に減少。 コンビニの雑誌売り場を、書店の商売敵とは認識しなかった。 ブック・オフやネットでの中古書籍の購入が容易になり、 読んだ本を自宅に保存するという習慣が無くなりつつある。 P38 たとえば文芸書の場合、たいていの本は初版が3000部から6000部ぐらいだ。ときどき村上春樹や東野圭吾の本がベストセラーになってニュースになるが、何十万部も売れる本はほんの一握りしかない。大半の本は初版が3000部から6000部で、しかも重版されずにそのままということも多い。無名の新人についての話ではなく、過去に大きな賞の受賞歴もあるような中堅作家の場合である。 P39 効率よく売ろうと思ったら、売れる書店に重点的に配本したほうがいい(それでも返品率は4割程度と高止まりしたままだ。100冊配本しても、40冊は売れずに返品される)。取次はもっとも効率のよい配本をしようと日々、データを集めている。むだなく、求める人のところに本が行き渡るように。 P47 アマゾンの性格上、雑誌よりも書籍の売上のほうが圧倒的に多いと思う。日本の書籍市場をざっと8000億円とすると、1500億円から2000億円なら日本の書籍の6冊に1冊から4冊に1冊はアマゾンが売っていることになる。日本最大の書店だ。 P66 つまり80年代なかばと比べると、売上額は同じぐらいで、発行点数は倍以上なのである。逆にいうと、書籍1点あたりの売上額は80年代なかばの半分になってしまった。 P97 前にも述べたように、規模が小さい書店ほど売上全体に占める雑誌の割合が高い。街の本屋にとって雑誌は主力商品なのである。もっというなら、街の本屋は雑誌を売って食べてきた。そのメシのタネをコンビニに奪われた。 P133 しかし、ミドルクラスの書店でも後継者がいなくなっている。それはそうだ。業界は先細り、中規模でもあまり儲かる商売でないとわかれば、それでも継こうというのはよほど強い志がある人だけだろう。本が好きで、本屋が好きで、商店街に愛着のある人でなければ継げない。 親のほうも、儲からない商売だと知って、無理に子どもに継がせようとは考えない。代々続いた家業だから継いで当然だと考える世代は、もうほとんどいないだろう。わが子には苦労させたくないと思っている親が多い。 昔は職住接近で、店舗の上に経営者一家が住んでいるとか、同じ敷地の中に住まいがあるという老舗書店が多かった。しかしいまは店舗と自宅は別だという経営者が多い。そうなるとサラリーマンの子どもと同じで、「家業」という意識も希薄になる。 結婚という問題もある。ただでさえ結婚が難しい時代なのに、小売業、しかもいまひとつ将来性のない書店業となると、結婚はなかなか難しいらしい。 そもそも、サラリーマンの家庭に育った女性は、自営業主の男性と結婚するのを避ける傾向がある。本人がというよりも、親が嫌がる。月々、決まった給料が銀行口座に払い込まれる職業以外は、「こわい」「あぶない」という意識があるようだ。ぼくの母もそういう人で、ぼくは子どものころから、自営業がいかに不安定なものなのか、たびたび聞かされていた。いま思うと洗脳だったのかもしれない。サラリーマン家庭で育った人にとって、自営業は「連帯保証人」とか「破産」という言葉と一体らしい。このへん、何かというと経営者を連帯保証人にしたがる日本の金融機関の問題もある。 P201 売上の7割はCDや雑貨によるものだといわれる。しかしヴィレッジヴァンガードは「本屋」であることを崩していない。ここがうまいところだ。「本屋」の間口は広い。昔から「買わずに店を出ても罪悪感をいだかずにすむ唯一の小売業」といわれる。遊園地のようなヴィレッジヴァンガードであるけれども、「本屋」であるから入場無料だし、立ち読みも自由なのだ。 |
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椎名 誠 新潮社 2014/11/15 著者自身の不眠症の生活歴と事象を語ります。 ただ、それだけのことですが、それでも一冊の本になる。 才能のある著者なら、日常がドラマになる。 P11 その日、どのように寝入ることができるか、ということが絶えず頭のどこかにある。体が疲れていてもすんなり寝入ることができないのが恐ろしいのだ。なにか毎日、そんな賭をしているようなところがある。 負ければ、寝入るタイミングを逃して、むなしく本など読んでいるしかない。それ以上原稿仕事を続けるには確実に体や脳が疲れすぎている、ということがわかっているからだ。 翌日、決められた時間に起きねばならない、ということがないかぎり、それでもいい。でもどこか旅に出るために決められた時間に起きないといろいろまずい、というときは「睡眠薬」を飲む。敗北感のなかで飲む。 いつごろからぼくは「不眠」になったのだろうか。この本を書くにあたりじっくり考えてみた。 P109 なぜかぼくみたいに開けっ広げに言わない人が多いが、モノカキは不眠症が多く、かなりの作家が睡眠薬を使って眠っている、と聞く。それはわかるのだ。ぼくのような粗製濫造作家でさえ、夜中に原稿を書きおわると、たいした原稿でもないのに精神とか頭のどこかがコーフンしていて、体は疲れているのに簡単には寝つけない、ということがよくあるからだ。モノを書く職業にはそういうコトがつきものなのだろう、と割り切って睡眠薬を利用するようにしている。 P121 睡眠薬を必要としている約20万人(ある統計。また、日本の一般成人における1ヵ月の睡眠薬処方率は3.5パーセント、3ヵ月処方率は4.8パーセントに至るというデータもある)のキマジメな日本人のために、睡眠薬は体のどこにどう働いて、夜が恐ろしい我々をある程度安眠の道に連れていってくれているのだろうか。読んできた本や中沢医師から取材し、なんとか理解したことをそのまま書いていく。 |
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奥村幸治 PHP文庫 2014/11/14 イチロー選手のバッテングピッチャーを担当した著者が、イチロー選手を語ります。 P66 イチローは自分が設定した目標に向かって、プレることなく努力を継続することができる人です。ですからみなさんはイチローというと、「強靭な精神力の持ち主」というイメージがあるかもしれません。 しかし私から見るとイチローは、決して人並み外れて精神力が強いわけではないと思います。精神的に弱い部分もたくさんあります。 むしろイチローがすごいのは、心に弱い部分があることを自分自身でちゃんとわかっていることです。そして、その弱い部分によって自分の心が揺れてしまわないように、しっかりとセルフマネジメントができていることです。 たとえばイチローはスポーツ新聞の類は、絶対に読みません。野球選手の中には、自分が活躍したときには翌朝のスポーツ新聞を読むのを楽しみにしている人が多いのですが、イチローは好調時でも不調時でも、あらゆるスポーツメディアの記事や報道に触れないようにしているのです。 なぜでしょうか。それは記事を読んだときに自分のことが書かれていると、心が揺れてしまう可能性が高いからです。 イチローが毎試合のようにヒットを量産していたころ、メディアは「イチロー、夢の四割打者に到達か」などと書き立てました。逆にしばらくヒットが出ない日が続くと、「どうしたイチロー!?今年はおかしいぞ!」といった見出しの記事が紙面を飾ることになります。 こうした記事は、イチローの思惑とは全然関係ないところで書かれているわけですから、本当は気にしなければいいのですが、イチローだって人の子です。読めば当然気になります。 するとそれがプレッシャーや焦りにつながり、試合中のプレーにまで影響が出てくる恐れがあります。だからイチローはスポーツ新聞を絶対に読まないのです。 またインタビューのときに、打率のことについて聞かれても、そっけない答えしか返さないのは、成績や数字を気にすることによって自分のベースを乱されたくないからです。 |
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ドリス・ピルキングトン メディアファクトリー 2014/10/28 アボリジニを迫害し、 白人国家オーストラリアを造った歴史。 両親から隔離された少女3人が、 収容所を脱走し、素足でオーストラリアを縦断します。 欧米諸国がいう自由と人権は、 他の国には侵略と略奪だったのだと思う。 P27 クンディラや家族は、自分たちの兄弟や叔父が、白人のろくでもない連中に殺された時の話をよく聞かされていた。 残忍な人殺したちは、陸に上がると、アボリジニの女たちを誘拐し、船に乗せて性の奴隷にしたあげく、用がなくなると殺しては海に投げ捨てていった。この罪深き人間は、西オーストラリア南海岸で鯨やアザラシの漁をしにアメリカから来ていた捕鯨船の乗組員たちだった。恐れを知らぬアボリジニの戦士は、勇敢に戦ったが、マスケット銃や剣、ピストルを武器とする白い悪魔にはかなうはずもなかった。 P48 「ここの黒人たちは働き者だ。結局、私たちは黒人たちの仕事ぶりに頼っている。イギリス人の召し使いは給料が高くて払えないし、食費もかかってしまう。しかし、黒人なら、主食の米をやるぐらいでいい」 慈善の美名のもと、アボリジニへの侮辱はさらに続いた。 毎年一度、先住民に毛布を配給する制度ができた。 通常は、ビクトリア女王の誕生日に合わせて行われたのだが、1861年の8月20日号のイラストレイテッド・メルボルン・ポスト誌には、こう記されている。 「この配給制度は、私たちが奪った何百万エーカーもの豊かな土地に対する見返りとしては、あまりにも気の毒なものだ。しかし、今や見るに忍びない境遇におかれた大民族の生き残りたちにとっては、わずかな食料と衣類の配給であっても、感謝にたえないのも、これまた事実なのだ」 |
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櫻井よしこ 文春新書 2014/10/18 日本社会党が消滅し、 朝日新聞が墓穴を掘って信用を失う。 左翼といわれた人達の間違いが明らかになったが、 しかし、だからといって右翼が正しいわけではない。 そのような印象を抱かせるのが本書です。 対立するだけでは何も生まれません。 相手の論に耳を傾けることが本当に重要なのです。 相手から学びつつ、冷静に自説を主張しましょう。 議論は、そういう意味では実に刺激的で学びの多い作業なのです。 と、著者は論じますが、本書の中の議論を読む限り、相手の意見を受け入れず、決めつけ、攻撃しているのは著者ではないか。 仮に、議論であっても、 相手を攻撃するだけでは信頼も妥協点も見付けられない。 右翼の人達が力を得た現状の怖さを感じさせる一冊です。 P88 以上が若手エリートたちの本音である。彼らに加えて、中国共産党と微妙に距離を置く言論人らの話も聞いた。エリート集団とは自ずと立場が異なる、いわば中国共産党政治への批判勢力を形成する人々である。 興味深かったのは、分野や立場が異なるにもかかわらず、彼らは皆、日中関係の基本について大枠でひとつに括ることの出来る考え方を示したことだ。 たとえばそれは、安倍晋三首相の靖国神社参拝問題についての意見である。彼らは、日中首脳の相互訪問などによって、両国関係は発展していくであろうし、そうあるべきだと語った。安倍首相は日中の明るい展望を国益と位置づけ、それを維持する分別のある人物との前提で、彼らの楽観論は展開された。 私は彼ら全員に、必ず問うた。あなた方は日本の首相の靖国神社参拝はもうあり得ないという話し振りだが、安倍首相は今年も靖国神社を参拝すると、私は思う、日中友好を進めるのであれば、日本の国内問題である靖国神社参拝への口出しは慎むべきだと。 反応は判で押したようだった。笑顔が消え去り、声の調子も重くなり、ざっと以下のように語る。「不毛な紛争、非建設的なやり方を脱出して、より建設的に中日関係に取り組むべきだ」「中国は常に歴史問題を言うわけではない。歴史に関する中日間の合意が段々崩れていくことを懸念しているのだ」 つまり、日本は中国の歴史観を認め、従うべきだと言っているのだ。そのうえで、彼らはこうも反問する。 「良好な中日関係で、非常に多くの協力が可能になる。双方のメリットも大きい。なのに何故、なんのメリットもない参拝を日本の首相は続けるのか」と。だが、反問は大体、ここまでだ。彼らはそれ以上、責めはしない。烈しい言葉も用いない。そして黙ってしまう。この点が従来の中国側の反応との大きな相違だ。 しかし、従来のように烈しく反論しないからといって彼らの歴史問題についての基本認識が変化したわけではない。いま中国に充満する“中日友好”の熱意は、間違いなく、日本は歴史問題に関して中国の主張を受け容れたという前提に立つものだ。安倍首相は参拝しないとの予測が大前提になっているのだ。 もうひとつの注目点は、靖国神社参拝を、中国側は”心”の問題と主張しながら、実際には現実のメリット、デメリットという次元で計り、“なんの得もないではないか”と強調することだ。 中国側が「精神」よりも「利害損得」でとらえていることを、忘れてはならない。 |
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杉村太蔵 小学館 2014/10/17 フリーターから派遣で清掃作業、 清掃を担当していたオフイスにある外資系の証券会社に就職し、 そこで小泉政権の公募に応じて比例代表区で衆議院議員になる。 落選して失職。 その後、 タレントとして活動しながら、 株式投資で1億円を稼いだそうです。 私と、真反対の生き方をする著者。 それなりに読みやすく、面白い本でした。 このまま「生活力」で行き当たりばったりの人生で成功を納めるのか。 最後には破産者として人生を終えるのか。 私は、後者に一票。 株式投資で儲けたカネは、株式投資で失うだろう。 しかし、成功者になる一分の可能性も残す。 成功するとしたら、 才能ではなく、恥を怖れない著者の個性。 10年後、どのような人生を送っているか、 他人のことながら、楽しみな人生。 P57 こんなことを聞いたら怒られるのかな?とか、これを知らないのは恥ずかしいかな?ということは一切気にせず、あえて“鈍感力”を持ってなんでも聞く。プライドは1円にもならないというのはぼくのモットーです。バカになったほうが将来的には自分にとってプラスになることは多いはずです。 P133 一口に国会議員といっても、選挙での当選の仕方によって、その後の党内での立場はかなり変わってきます。小選挙区や比例区上位で当選した人は、当選後、大きな発言力を持ちます。しかし、ぼくのような比例区下位での当選組は、党の名前に頼って当選させてもらっている面が強いため、当選後の立場はすごく弱い。会社組織にたとえるなら、前者が総合職の幹部候補生なら、後者はアルバイトという感じでしょうか。 議員の仕事にやりがいを見出していたぼくは上を目指して、次の衆議院議員選挙では小選挙区から出馬したいという気持ちが強くなっていきました。できれば地区の北海道から出馬したいと考え、当選後から準備を始めました。 P156 ぼくは自身の経験から批判される立場は痛いほどわかるので、厳しい言葉で伝えるときは、自分がその人を目の前にしても同じ言葉を使えるだろうかと考えます。もし言えないと思ったら、その人を断罪することはありません。誰かを斬りつけるときは、こちらもそれ相応の覚悟がなければならないというのがぼくの持論です。 P221 そんなことを言うと、「タイゾーは国政に戻ろうとしているのか?」と言われそうですが、今後のぼくの人生がどうなるか自分でもまったくわかりません。5年後、10年後、捲土重来を期すことがひょつとしたらあるかもしれませんし、今までとはまったく違う仕事に携わっているかもしれません。「杉村商事」社長として、目標に近づいているかもしれません。そのときまで、儲けを積み重ねていくだけです。 |
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与謝野馨、森本敏、三枝成彰、堀紘一、安藤和津、奥田瑛二、川島なお美 角川Oneテーマ21 2014/10/15 同じお寺に隣り合って墓地を手に入れた人達 恐らく、死生観について一言ある人達 そうそうたるメンバーが語ってますが、 しかし、何も語ってません。 なぜ、 これだけの人達が集まって、 何も語れないのだろう。 では、私が語るとしたら何と語るだろう。 失敗、迷惑、恥など、思い出したくもない思い出を、 自分が抱えきれなくなった時に求める安息が死ではないか いや、生きていることと、 死ぬことには連続性があるのだと思う。 勤めていることと、退職後の生活の連続性と同じだ。 生きているのか、いや死んでいるのか、生きているのだと思う。 だからリストラのような死は不幸であり、定年退職は祝い事であり。 オセロゲームのように逆転してしまうのが人生なのだから、 死が、勝ち逃げだとしたら、幸せな人生だったことになる。 生きることに執着しない。 自然と、そのような心もちになるのが死なら嬉しい。 「生死感」なら生きることも語る必要がある。 生きることは、昨日の自分よりも多くの物事を理解する事。 P68 そういう大言壮語をしていると誤解されやすいんで、そろそろ吠えるのはやめて、頷くだけにしようかなと思うこともなくはありません。だけど、そうすると今度はそれで老け込んじゃうというのもあるから。 どこまで自分の思ったことを正直に話していくかっていうのもあるけど、そこで誤解が生まれたり、何かの槍玉に挙げられたとしても、べつにいいかとは思っています。自分の生きるエネルギーがマイナスの部分を凌駕すればいいだけであってね。 他人の目を気にして、落ち着いた大人にならなきゃいけないなんて自分に課してしまうと、もたないですよ。もし、そうしてみたとしても、一年くらいで、やっぱり元の自分に戻らなきゃいけないって慌てることになるんじゃないのかな。 P237 しかし、私に言わせてもらえば、バカだと言われることを恐れないようになる勇気を持てないほうが最低なんです。 人間はバカさ加減がなくなれば、若さがなくなってしまいます。 年を重ねていくなかでは、どこまでバカなところをなくしていき、どこまでバカなところを残しておくかのバランスが問われます。バカなところをまったくなくしてしまえば、ただの年寄りになり、おもしろくもおかしくもない魅力に欠けた人間になります。 もちろん、ただバカなだけでいいはずがありません。 |
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及川智洋(朝日新聞記者) 祥伝社 2014/10/08 なぜ、進歩的文化人と称されていた人達が衰退してしまったのか。 なぜ、日本が右翼化しているように見えるのか。 なぜ、日本社会党が消滅してしまったのか。 そこらを歴史を遡って語ります。 右翼==左翼==極左 左翼であることが 思想的に偏らない進歩的な文化人の立ち位置だった。 産業革命による労働者階級の出現と、 彼らの生活を改善させるという左翼思想が出現し、 戦争に突き進んだのは右翼軍国主義に原因があるという反省から、 福祉を前面に打ち立てた左翼思想が日本の中心の位置を占めていた。 しかし、福祉は、高負担の上に成り立つことを受け入れられないまま、 経済成長が止まり、左翼の主張は、理屈として説得力を失ってしまった。 そこに登場したのが、 経済的に力を得て、 日本を競争相手と認識できるようになった韓国と中国。 明治維新から短期間で世界の一翼を占めるようになり、 敗戦にもかかわらず、短期間の内に経済力を取り戻し、 世界経済での主要な地位を占めるようになった日本に対し、 戦争被害者の自分達が、 日本に遅れた経済しか持てないことと、 戦後補償が終わり、経済的に自立しながらも、 日本の後塵を拝していることについての屈辱感。 そこから生じる攻撃的な態度。 日本において、 自己反省的な進歩的な文化人に位置した人達も、 これら韓国や中国の対応を、内心、苦々しく思っている。 それが日本を右翼化する流れになっている。 P88 ヨーロッパでの左翼のもともとの出発点は「人権(同権)の保障」「格差の縮小」であった。18世紀、産業革命による工業化の進展で、金持ち(資本家)と金持ちに安い賃金でこき使われる労働者の格差は、目もくらむばかりに広がった。 いや、本当は資本主義以前の王侯貴族と奴隷に比べれば、格差はだいぶ縮小したのだが、国民国家が成立してナショナリズムが高まるにつれて、「同じ○○人なのにこれだけ違うのはおかしい」「我々は人間扱いされていないのではないか」という疑問が大きくなってきた。そうした不満から左翼理論が生まれ、一方で民主制による政治参加が模索されていった。 P148 右傾化した戦前の日本が失敗したという「前科」は、戦後の左翼にとって大きな追い風となった。左翼が別に好きではない一般大衆は、戦前日本の失敗についてほとんど責任を感じてはいなかったが、敗戦1年前くらいからの悲惨な被害の記憶は生々しく、これが右翼を警戒させた。戦前の「大正デモクラシー」から昭和初期にかけてのバブル的な左翼人気をさらに上回るインフレ的な左翼人気が戦後すぐに発生し、その後の情勢によって変化はしたが、20世紀後半の左翼優位の時代へと社会を導く基調を形成した。 P173 70年代の終盤、第二次石油危機で再び景気が冷え込んだこともあって、日本でもようやく大型間接税による大衆課税=現在の消費税が課題として意識されるようになるのだが、国際的な視野を欠いていた日本の左翼政党はこれに強く反対し、また大衆もその反対に大きな拍手を送った。これは、21世紀に入ってから左翼が急降下する理由の一つである。 P178 日本の左翼および左翼支持者は、なかなかこの現実を認められない。弱者の味方を自称しながら弱者こそ切実に必要としている福祉を、維持さらに拡充するには増税しかないという単純な理屈から目をそらし続けてきた。もっともこれは左翼に限った話ではない。増税がどこの国でも不人気政策なのは当然で、政権の存立にかかわる話なのも洋の東西を問わないだろう。 それでも、日本の国民ほど増税に理屈抜きの拒否反応を示すのは、いわゆる先進国の中ではかなり少ないほうではないか。 P181 70年代後半から80年代にかけて、日本の経済成長は鈍化した。このことは長期的に見て左翼の衰退につながってゆく。低成長時代にはいると、左翼が頼みにしていた労働組合の政治活動もやや低調になった。日本の場合は特に、各企業単位の労組構成なので、企業業績が厳しくなれば、労組は最大目標を組合員の賃上げ(もしくは賃下げ阻止)に絞って注力せざるをえず、左翼支援、政治活動は二の次である。労組は組合員が出した金で運営されているのだ。 P186 日本の侵略による被害は、中国において他国とは桁違いに大きかった。また韓国には、近代史の最後の最後で植民地にされたという、なかなか消えない屈辱がある。両国にとって反日が国是とまではいわなくても、国民が一致団結しやすいテーマであることは確かだ。 日本からの経済援助を必要としている間はそれが露骨に出てくることはなかったが、両国が経済力をつけてくれば、日本攻撃が台頭し、継続しやすい環境が整う。韓国においては、88年のソウル・オリンピックあたりが転換点であり、中国は「世界の工場」として急激に発展した90年代後半からということになるだろう。 P202 さらにその周辺には、おそらく数百万人あるいは1000万人以上に達するであろう「日本をむやみに敵視する韓国に疑問を持つ」人々がいる。旧来であれば左翼を支持していた人、平等や人権、日本の歴史的責任などに関心が高い人も、その中にはかなり含まれていると見てよいだろう。 P205 こうした韓国の弱点や劣等感を、韓国自身はおそらく痛いほど認識している。だから、確実に優位に立てる歴史問題を何かと日本に言い募るという面はある。しかし世代交代が進めば、日本社会も反省ばかりしていることは難しくなる。 そもそも19世紀末〜20世紀初頭の国際社会には侵略や植民地支配を悪とみなす常識はまだ確立されていなかったし、侵略戦争の否定がいちおうルール化されたのは第一次大戦後、植民地支配がようやく非とされるに至ったのは、第二次大戦後のことだ。よく言われることだが、戦後、旧宗主国が植民地にした国に謝罪した例はほとんどない。日本政府は韓国のプライドに配慮して謝罪してきたし、それは妥当なことでもあったが、賠償をとうに済ませた以上、いつまでも蒸し返すのはおかしい――という意見が、21世紀の日本社会ではますます強くなっていくだろう。 しかし韓国の度を越した日本攻撃が、日本の右傾化に多大な貢献をしていることも確かだ。 P211 ヨーロッパの見方を一つ、紹介しよう。 「ドイツに比べ日本の状況を難しくしているのは、隣りの中国に自己批判の精神がほとんどないことだ」 「中国共産党は、国内の民衆からの体制批判をかわすために、日本が過去を反省していないという見方を必要としている」 ドイツ人の歴史学者、セバスチャン・コンラッド・ベルリン自由大学教授の分析である(2013年、朝日新聞GLOBE)。自国を批判的に見るのは戦後長らく日本の左翼のお家芸だったし、21世紀に入ってもその傾向が強い。皮肉なことに、左翼が毛沢東時代から熱烈に支持してきた中国には、そうした成熟は一向に見られない。 |
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谷口充孝 徳島裕子 フジメディカル出版 2014/10/01 不眠症と、睡眠薬を語ります。 P11 幼児や小児では睡眠時間が長く深いノンレム睡眠やレム睡眠が多く、高齢者では深いノンレム睡眠が減少し、中途覚醒が増加し睡眠は悪化し昼寝の時間が増加します。幼児では不眠がほとんどなく、高齢者では不眠が増加するのはこうした加齢による影響が大きいのです。 体温は夕方頃に最高となり早朝に最低となりますが、体温の最高点から体温が下降する頃に眠気が出現し、体温の最低点から上昇する際に覚醒します。 P12 光を浴びる際にはタイミングが重要で、朝の光を浴びると睡眠覚醒リズムは前進し早寝早起きができるようになり、夕方の光は睡眠覚醒リズムを後退させ遅寝遅起きのパターンに変化させます。 P17 コーヒーや緑茶などのカフェイン飲料は、摂取してしばらくしてから覚醒作用をもたらし、4〜6時間以上も作用が持続する可能性があるため、 ┏━━━━━┯━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━┓ ┃ 一般名 │商品名 │ 特徴・患者への注意 ┃ ┃ │メーカー │ ┃ ┠─────┼─────┼───────────────┨ ┃ │ │・就寝直前に服用 ┃ ┃ゾルピデム│マイスリー│・睡眠中の中途覚醒時や、睡眠時┃ ┃ │藤沢 │問不十分、覚醒後数時間の出来事┃ ┃ │ │について、記憶喪失 ┃ ┠─────┼─────┼───────────────┨ ┃ │ │・就寝直前に服用 ┃ ┃ │ハルシオン│・睡眠中に一時起きる予定の時は┃ ┃トリアゾラ│ファイザー│禁忌 ┃ ┃ム │ │・絶対に禁酒→異常行動 ┃ ┃ │ │・グレープフルーツを避ける→吸┃ ┃ │ │収増量 ┃ ┠─────┼─────┼───────────────┨ ┃ │ │・就寝直前に服用 ┃ ┃ │アモバン │・唾液中に4%排泄→口中が苦く┃ ┃ゾピクロン│中外 │なる ┃ ┃ │ │・睡眠途中から、一時起床し仕事┃ ┃ │ │をする時は禁忌 ┃ ┗━━━━━┷━━━━━┷━━━━━━━━━━━━━━━┛ |
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パック・エックス編著 中経出版 2014/09/30 仕事に自分の成長をかける真面目な若者達が語られます。 P110 そんな妻藤氏を公務員であった両親も応援してくれた。 神戸大学に進学し、法曹を目指すと語っていた息子が、パチンコホールに就職するとなれば、反対する親も多くいるだろう。しかし、妻藤氏の両親は「公務員になるくらいならパチンコ屋さんのほうがいい」とさえ言った。 個人の能力が発揮しにくい公務員より、パチンコホールを含めた民間企業のほうがおもしろいだろうと賛成してくれたのだった。 |
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「ニッポン再発見」倶楽部 知的生き方文庫 2014/09/23 敗戦で、日本に民主主義が導入された。 そのように教育されてきたが、これは間違いなのだろう。 265年間について対外戦力を持たず、 平和で豊かな江戸時代に日本の文化は完成した。 それが明治、大正、昭和の軍国主義の時代を経て、敗戦で、復活した。 江戸時代を、圧政と飢饉、五公五民、百姓一揆の時代と定義したのは、 薩長史観であり、明治政府の政治的なプロパガンダだったのだと思う。 いま、クールジャパンといわれる文化の元は、全て、江戸時代に完成した。 だから、どの国が、日本を真似しようとしても、真似られない。 P54 「徳川幕府が国を閉ざすことによって、日本の民族が平和的にまたは経済的に豊かに、しかも精神的に自由な生活を営むことができた」(『日本誌(鎖国論)』) と、ケンペルがいうように、結果的にみると、鎖国は間違ってはいなかったように思われる。当時、ヨーロッパは植民地主義の時代に突入しており、スペイン・ポルトガル・オランダ・イギリスなどの列強が、貿易とキリスト教の布教を目的として、アフリカ・アメリカ・アジアへの侵略を続けていた。 その危険性を、幕府がいちはやく察知し、西洋人に対する門戸をしだいに閉ざしていったおかげで、日本は植民地化をまぬかれることができたともいえるからだ。 西洋との交流が少なかったことで近代化が遅れたという側面もあるが、日本人は平和のなかで質の高い文化を維持してきたのである。 P79 実際、幕末の武士階級の識字率は100%だったといわれる。このことは、武士が役人だったことを考えるとなんら不思議ではない。驚くべきは、町人・農民ら庶民層も四割ほどは、読み書きができたとみられていることである。 なかでも、江戸の子どもの識字率はとくに高かった。7〜8割、江戸の中心街に限れば9割に達した。同時代のイギリス・ロンドンの下層階級の子どもの識字率が10%以下だったことを考えると、いかに高い比率かがわかるだろう。 P94 幕末に下田を訪れたペリーは「人々は幸福で満足そう」(『ペリー提督日本遠征記』)、シェラード・オズボーン(1822〜1875/イギリス/外交官)も「誰もがいかなる人びとがそうありうるよりも、幸せで煩いから解放されているように見えた」(『日本への航海』)と述べている。ティリーもまた、函館での印象を「健康と満足は男女と子供の顔に書いてある」(『日本、アムールおよび太平洋』)と記している。そのほか、リュドヴィック・ボーヴォワル(1864〜1929/フランス/青年伯爵)の「この民族は笑い上戸で心の底まで陽気である」(『ジャポン1867年』)、ルドルフ・リンダウ(1829〜1910/スイス/外交官)の「日本人ほど愉快になりやすい人種は殆どあるまい。良いにせよ悪いにせよ、どんな冗談でも笑いこける」(『スイス領事の見た幕末日本』)、ウィリアム・グレイ・ディクソン(1854〜1928/イギリス/英語教師)の「上機嫌な様子がゆきわたっている」(『ランドオブザモーニング』)など、日本人が幸福そうでしかも陽気だったという記述は、枚挙にいとまがない。 P96 江戸時代後期には、毎年3000万石以上の米が収穫されていたとされる。これは、推定3000万人の日本入が米だけ食べたとしても十分に生きていける生産量だ。米の大部分は年貢として納めなければならないとしても、麦や豆、イモ、雑穀類なども栽培していたし、大規模な飢饉などはそうそう起こらなかった。したがって、それほど飢えに苦しむことはなかったのである。 また農業技術が進んで生産力が高まると、年貢に出しても残るほどの余剰米があることがあったり、桑・麻・綿・アブラナ・野菜・果物・茶などさまざまな作物を栽培し、それらを商品として流通させ、現金を得ることができるようにもなった。 P109 モースは、「人々が正直である国にいることは実に気持ちがよい」と述べ、「私は決して札入れや懐中時計の見張りをしようとしない。錠をかけぬ部屋の机の上に、私は小銭を置いたままにするのだが、日本人の子供や召使いは一日に数十回出入りしても、触ってはならぬ物には決して手を触れぬ」と続ける(『日本その日その日』)。 さらに「私の外套をクリーニングするため持って行った召使は、間もなくポケットの一つに小銭若干がはいっていたのに気がついてそれを持って来た」と、使用人の正直さをほめている(同書)。 P196 たとえば、明治時代の日本を旅したイザベラ・バード(1831〜1904/イギリス/旅行家)は、「私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない」「(日本入は)子どもがいないといつもつまらなそうである」などと記している(『日本奥地紀行』)。 また、かつては子どもへの体罰もほとんどなかったらしい。江戸中期に来日したカール・ツュンベリー(1743〜1828/スウェーデン/植物学者)は、「この国ではどこでも子どもをむち打つことはほとんどない。子どもに対する禁止や不平の言葉は滅多に聞かれないし、家庭でも船でも子供を打つ、叩く、殴るといったことはほとんどなかった」と述べている(『江戸参府随行記』)。江戸時代の日本では、現在とは異なる子育てが行なわれていたようだ。 P213 ラザフォード゜オールコック(1809〜1898/イギリス/外交官)もまた、「あらゆる種類の工芸において、日本人は疑いの余地もなく、卓越した能力を示している。(略)精巧な技術が表現された工芸品などに接していると、私は何のためらいもなく、それらがヨーロッパの最高の製品と比肩しうるのみならず、日本人はこれらの各分野で、我々には真似のできない(略)作品を生み出すことができると言える」 と賛辞を惜しまない(『大君の都』)。 P225 フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェン(1833〜0905/ドイツ/地理学者)は、「かなり大きな町に一つはある遊女屋は、下層階級の女性の地位にとって良い出発点を提供している」と記す(『日本滞在記』)。 遊女の多くは、16〜17歳くらいでデビューする。実働年数は8〜9年程度で、25歳まで働けば解放される。25歳なら、再出発は十分可能。西洋では売春婦になると、そこから抜け出すことはほとんどできなかった。それに対し、日本の遊女は一定年数働けば更生するチャンスが与えられたのだ。 ツュンベリーが「のちにごく普通の結婚をすることがよくある」というように(『江戸参府随行記』)、再出発が可能なのが日本の遊女の特徴で、その点に西洋人は驚いたようである。 P227 ここでスターとなり、やがて年季を終えて一般の女性としての再スタートを切った遊女たちもいる。だが一方で、遊廓のなかで不幸な人生を終えた女性も多かったことは忘れてはならない。 |
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西岡 力(現代朝鮮研究者) 草思社文庫 2014/09/18 韓国の慰安婦問題。 銅像まで造って騒いでいるのだから、 そのような事実は存在したのだろう。 しかし、戦後70年、何時まで騒いでいるのか。 そのように考えていたのですが、 事実として、強制的な女性狩りは存在しなかった。 吉原の遊郭のように、 韓国にも遊郭があった時代、 娘が父親に売られてしまった時代。 しかし、慰安婦問題が、 韓国発ではなく、「朝日新聞」発であり、 「日本の弁護士」発であることがアホらしく思う。 さらに、それら事実が、既に、平成5年頃には明らかになっていた。 朝日新聞が、誤報撤回に追い込まれた水面下の事実は報道されなかった。 いや、多様な媒体で報道されていたのですが、 「右翼」の情報として、私は無視してきた。 なんか、この頃、朝日新聞より、 産経新聞の方が真っ当なことを論じているように思えてきました。 それが右翼化なんでしょうね。 右翼の人達が、右翼化を計画し、国民を右翼化するのではなく、 私自身が、右翼化し、国全体の中心軸が微妙に移動していく。 朝日新聞型の自虐的な国家史観は終わった。 そのように感じるところが、右翼化なのかも知れません。 P31 ところが金学順さんは、40円でキーセン(妓生。朝鮮半島の芸妓・娼婦を指す)に売られたと語っているではないか。匿名のあとの2人も日本軍に連行されたなどとは語っておらず、これはなんだ?と思った。 戦前の日本も朝鮮も貧困という社会問題が厳然と存在し、そのために女性が売春業につかざるを得ないという現実があった。それは周知のことで、ニュースでも何でもない。慰安婦が名乗り出たことがニュースになるには、権力による強制があればこそ、のはずだ。 P35 調査の基本は、慰安婦が、貧困のために身売りせざるを得なかった女性たちの悲劇の一つなのか、軍などの公権力を使った強制連行による「性奴隷」的存在だったのかを明らかにすることだった。 P89 やはりその頃、済州島出身の左翼知識人である在日朝鮮人高峻石氏は友人の佐藤勝巳氏に、「吉田の言うような日本軍による慰安婦狩りなどなかった。自分の村でも慰安婦が出ている。自分の親戚にあたるある未亡人が、村の娘ら何人かを中国に連れていって慰安所を開き大金をもうけて話題になり、村から別の娘たちもその慰安所に出稼ぎに行った。当時の済州島でも貧しさで身売りする娘が珍しくなかったのに、なぜ、軍がわざわざ慰安婦狩りをする必要があるのか。もしそんなことがあれば、噂はすぐ広まったはずだが、聞いたことがない」と話していた。 また、70年代韓国の野党新民党で政策責任者などを歴任した元国会議員のK氏も、日本に来るたびに私に語っていた。 「日本は慰安婦狩りなどしていない。日本人はなぜこんなこともわからないのか。二・二六事件は反乱将校らが、東北地方で兵隊の妹らが貧しさのため身売りしなければならないという現実を知って憤慨して起こした。当時の朝鮮農村はもっと貧しかった」 P98 日本政府も1年間調べて、強制を証明するものが出てこないのだが、しかし、最初に謝ってしまっている。韓国側からはとにかく強制を認めてくれと言ってくる。 慰安婦をしていたと言って出てきたおばあさんたちは、強制されたということでないと、恥になる。親に売られたというようなことは、公の席で言うような話ではないわけで、隠したほうがいい経歴なのである。金学順さんも先に見たように発言を変えていった。 P107 加害者の証言は二つあったが、それはウソだということがわかった。そして、被害者の聞き取りについても、強制連行されたという部分については、同じ人が二つのことを言ったり、場所が日本だったり韓国だったりして矛盾することがわかった。女子挺身隊制度は慰安婦とはまったく別のものだった。日本政府がこのとき、全力で探したが、戦中の文書にも慰安婦強制連行を示すものは一切出てこなかった。 このようにして強制連行を証明するようなものは何もなくなってしまったのである。だから、本来なら、だいたい93年ぐらいでこの論争は終わっていなくてはならなかったはずのものだ。ところが、問題の河野談話が93年の8月に出てしまった。 P110 慰安婦強制連行という虚構を、かなりの数の韓国人が事実と信じてしまったことが、問題をこじらせている元凶だ。問題はウソが広まってしまったということだ。 P111 日本で、当時、調査をとりまとめていたのは、事務方のトップである官房副長官の石原信雄氏だった。その下に谷野作太郎氏という外務省アジア局長出身の外政審議室長がいたのだが、この人がいかにも外務省の秀才らしい「解決案」を出したようだ。秀才が国を滅ぼすというが、まさに誰も考えつかないような名案(?)を生み出したのである。 資料が出てこない。しかし、韓国は強制があったことを認めろと言っている。日本は先に総理が謝っている。こうした中で、強制は認められなかったという調査結果を出さなければならない。そのまま発表すれば日韓関係は悪化する。しかし資料にないことは言えない。どうするのか。 それでいかにも秀才官僚らしい名案が出てきたのである。それはなんと「強制」という言葉の定義を広げようというものだった。これが、いわゆる「広義の強制」の誕生だった。 |
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大谷由里子 gakken 2014/09/12 この種の本には期待してませんが、 しかし、時々は講師として、 受講者を2時間、3時間、5時間と椅子に縛り付けるのなら、 受講者にとって、 良い講師でありたいと考え、 ノウハウの1つで得られるかと手に取ってみた。 ノウハウはゼロ ただ、売るための本。 「講師なんて、チョロイやん」という言葉が内容を表す。 P53 週末講師から始めて、年収1000万円を超える講師を育ててきました。 |
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伊藤元重(経済学者) 東洋経済新報社 2014/09/12 「目先の成果に目を奪われて」 「人生も不確実性の連続である」 「基本を崩さないということだ」 「仕事の中心がワークからプレイに変わろうとしていることだ」 「ゲーム理論とは戦略をより深く理解するための有力な手法である」 「原稿を書くというアプトプットこそ、実は最良のインプットでもある」 「よい本に出会うことは幸せなことだ」 私が「税理士のための百箇条」「続・税理士のための百箇条」で語るテーマが語られている。 ただ、収穫があったのは、最初の50頁までであり、その後は学者の議論です。 書斎に籠もらない「ウオーキングエコノミスト」というスタイルだそうですが、 しかし、現実にリスクを負担し、 他人の人生に干渉する責任を負っている現場の専門家の発想とは微妙に異なる。 成長は語られるが、 責任が語られていない。 責任という視点のない理屈は実務では採用されない。 |
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下田大気(志茂田景樹氏の子息) 角川新書 2014/09/11 20代前後の若者時代に多様な事業展開をしたが、 ことごとく失敗し、破産し、たどり着いたのがタクシー運転手。 そのように言ってしまうと、失敗した人生ですが、 この著者の場合は、どの場面でも、ことごとく成果をあげる。 才能がありすぎるが故の失敗経験なのかも知れません。 P108 ショボい例になりますが、タクシーに乗っていると腹が立つこともあります。無謀な割り込みをしてきた車、お客様を強引に奪われた時、嫌なお客様を乗せた時……。一瞬感情的になるのは反応ですので避けられません。が、引きずったり動揺し心が乱れると次のお客様に良い接客はおろか普通の接客もできず、どうしても僕はぎこちなくなってしまうのです。こんなことを繰り返していたら、タクシー運転手という仕事自体が嫌いになってしまいます。 結局ネガティブな感情は心身を食い荒らしボロボロにする害虫のようなものなのでしょう。それに囚われてしまうと連鎖してすべてが悪い方向に行ってしまいます。潰したラーメン屋の店長にお金を抜かれたこと、彼女に浮気をされたこと、父から受け取った借金を返済するための500万円をカジノですったこと、カジノでいかさまをし反社会的勢力に脅されたこと……他人も自分も許し、これからの人生に対してすべて前向きでいる状態を作ることが、負の連鎖を生まないための前提だと思います。 「そんなの偽善であって、人間はそんな風にできていない!」という意見もあるでしょう。その通りです。怒りや恨み、自己嫌悪が鎌首をもたげた時に、だからこそ僕がやっていることがあります。それは大きく声に出し ○○を許します! とタクシー車内で叫ぶことです。これを習慣付けると怒りの感情を断ち切ることができで、さっぱりした気持ちに戻れます。 恥ずかしながら精神論になってしまいました。しかしダメ人間は過去や現在直面している過ちの責任を客観視できずに、他人や自分に押し付ける傾向があり、それが更生を阻害するということを知っているので、どうしても「許すこと」の重要さを言いたかったのです。次から本題に戻ります。 |
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清武英利 講談社 2014/08/22 山一証券の閉鎖業務を最後まで担当した12人のサラリーマンを語ります。 読み始めたのですが、しかし、サラリーマンの生活を読んでも得るところはない。 上司との関係、ノルマ、転勤生活など、私には無理、無縁の生活。 P24 「彼は酒もカラオケもゴルフもダメなんだから、サラリーマンとしては致命傷だな。営業で三重苦はつらいよ」 P25 三重苦に加えて、彼は麻雀もできない。証券マンには麻雀を好む者が多い。「商売に通じるところがある」と愛好者はいうのだ。 しかし、嘉本は競輪、競馬を含め、バクチの類も一切やらない。 「どうして?」と聞かれると、言い返した。 「バクチは株だけでたくさんだ。俺は商売で毎日やっているよ」 P35 36年の会社人生のうち、嘉本は30年を支店で過ごしている。大阪店を振り出しに、阿倍野、富山、函館、池袋、宮崎、新宿、姫路と各地を転々とし、「ド・サラリーマン」を自称していた。腕一本のドサ回り人生だったからである。酒やカラオケがダメでも、登山、渓流釣り、蝶採集、カメラと客の趣味に合わせて付き合い、地方で揉まれているうちに、たいていのことには驚かないようになっていた。 |
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梅原大吾 小学館新書 2014/08/22 日本で最初にプロゲーマーなったのが筆者。 多様な葛藤の元にプロゲーマーの道を選び、頂点を究める。 変化し続けることが自分の強さだと語る。 変えることによって、 良くなっても、悪くなっても、 正しい方向が分かる。 変わらなければ、 現状が正しいという確信が持てず、進歩も無い。 成長は同じ場所にいないことで促進される。 P83 しかし、多くの人は、変わることと前へ進むことは別だと思っているだろう。確かに、自分を変えることは不安だし、変化した先に勝利があるとは限らない。けれども、変わり続けていれば必ず前へ進める。 変化したことで失敗したり、後ろに下がったりしたときは、もう一度変化すればいい。失敗に気づいて変化すれば、以前の自分よりも必ず高い位置に行ける。 一歩後退しても、その後退には意味があり、それがきっかけで二歩進む方法が見えてくることもある。 変化を続けていれば、きっと正しいことが見つかる。また、正しくないことが見つかれば、その反対が正しいことだと分かる。だから、前へ進める。 成長というのは、とにもかくにも同じ場所にいないことで促進される。 そして、常に成長していれば年を取っても、ゲームが新しくなっても、若くて有能なプレイヤーが出てきても、変わらず勝ち続けることができると考えている。 P99 自分を変えるとき、変化するためのコツは、「そうすることで良くなるかどうかまで考えない」ということだ。もし悪くなったとしたら、それに気づいたときにまた変えればいい。 とにかく、大事なのは変わり続けることだ。 良くなるか悪くなるか、そこまでは誰にも分からない。しかし経験から言うと、ただ変え続けるだけで、最終的にいまより必ず高みに登ることができる。 もちろん、変えたことで初めて変える前の良さに気づくこともある。そんなときは、両方のいいところを合わせた形でさらに変化すればいい。 P234 そして2010年、ギネス・ワールドレコードに「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロ・ゲーマー」として登録されるという話が飛び込んできた。 そんなことまで起きるのかとビックリした。ゲームの世界以外からの評価としては最高峰だろう。 なにより、ゲームの大会でいくら勝ってもピンときていなかったであろう父が、そのことが新聞に載ったときに、はっきりとは口にはしないけれど、喜んでくれている様子が伝わってきて、それが一番嬉しかった。 |
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ときど PHP新書 2014/08/20 著者の主張に同感です。 何事も熱意です。 熱意があるからこそ、努力ができる。 P90 だから僕としては、「ゲームなんてやっているとバカになるぞ」という大方の意見に、ちょっと反論してみたい気持ちになる。「ゲームをやれば賢くなるのだ」というつもりはないが、「ゲームをやるからバカになる」わけでもない。 大切なのは「それにどれだけ真剣に取り組むか」なのだと思う。真剣に取り組めば、それがどんなことであっても、人は学べるのではないだろうか。僕の場合は、たまたまその対象がゲームだった、ということだ。 とくに、ゲームは勝負事であり、勝負事でトップに立とうと思ったら絶対に何か考えなければならない。中3でMOVと大会に出ると決めたあのときから、頂点に立つためには何が必要か、何ができるか、僕は真剣に考えるようになった。 「対策」の大切さも、真剣にゲームに取り組んでいたからこそ明確に気づいたことだった。 格ゲーの競技人口が増え続けるなか、トップにのぼりつめ、その地位をキープしようと思ったら、与えられた時間で人と同じことはしていられない。そこで、効率を上げるために、1人ひとりのライバル、1つひとつの技や状況についての「対策」の必要性に気づくのだ。 何かに真剣に取り組むと、たとえそれがゲームであっても、いつの間にか、成功するための「型」のようなものが身につく。これが実は、まったく別のことに生かせる「応用力」のタネなのである。自分では気づかなくても、何かを真剣にやっている人は、他の何かで思わぬ成果を上げることがある。意図せずとも、身につけた型が応用力として開花するのだ。 知らぬ間に、ゲームが僕に授けてくれたもの。そのおかげで、僕は東大にも入れたし、大学に入ってからも、思いがけない成果を上げることになる。 P112 成果を残せる人間と、そうでない人間の違いは何か。 答えは情熱である。 情熱がないのは論外、2人いて2人とも情熱があるなら、より高温の情熱をもっていたほうがより大きな成果を上げる。これが、僕が情熱について出したひとつめの結論だ。 「IQプレイヤー」「冷徹な合理主義者」が聞いて笑ってしまうが、僕は大まじめに、成果を上げるためには、情熱が必要不可欠だと思っている。 ではなぜ情熱が大切か。それは、情熱がなければ、真剣に取り組めないからだ。人を動かし、何かを生み出すような真剣さは、ひとえに情熱から生まれる。 飛行機をつくった人たちだって、やれといわれて、あるいは惰性で、飛行機をつくったわけではないだろう。鳥のように大空を飛んでみたくてしかたない。もっと遠くのあの国へ行ってみたい。もっと速く、海のむこうのあの人に会いに行きたい。そんなたくさんの情熱によって、今の飛行機の姿があるはずだ。 自分のなかに情熱の火がなかったら、時間もかけられないし、集中もできないし、試行錯誤も生まれない。これでは、情熱のあるやつに敵いっこない。いいものが生まれる可能性も低い。研究の成果にしろ、格ゲー大会での勝利にしろ、同じことだ。 また、情熱がある人には、情熱のない人にはないメリットもある。 それは、人からの援助である。 情熱は、人に伝染する。情熱は松明のように、周りの人たちを照らし、火の粉を飛ばして火を移していく。僕はSさんという情熱をもったポスドクに出会ったからこそ、これまでてんで門外漢だった実験や研究にのめりこむことができた。 情熱はそれから、渦になる。研究していてそれがわかった。Sさんの情熱は僕に火をつけ、僕も情熱をもつ人間になった。すると、情熱ある人間どうしが手を組むことで、ものすごいエネルギーが生まれたのだ。おこがましいようだがきっと、火が移った僕とSさんが協力しあったからこそ、お互いに成果を上げられたのだと思う。 誰かに移してもらった火は、僕のなかでまた違う火を生み出し、それらが相互に作用して、より大きな、より鮮やかな火となったのだ。いま、格ゲー界でウメさんとともに闘いながら、僕はこのことを確信している。 情熱はさらに、人を呼び寄せる。情熱をもって事に当たっていると、困ったときや、1人で越えられるよりも高い壁に出会ったとき、必ず救いの手が差し伸べられる。 後に触れるが、僕には練習相手をしてくれる仲間がたくさんいて、彼らと切磋琢磨しながら強くなっている。彼らが貴重な時間を僕に貸してくれるのは、僕が真剣にゲームに打ち込んでいるのを知っているからだ。僕の情熱を、粋に感じてくれているからなのだ。 そして、最後に、これは本当は気づきたくなかった事実なのだが、元来僕という人間は、人から火を移してもらわなければ情熱を抱けない人間だった。誰か情熱をもった人がいないと、自分では燃えられない人間だったのだ。 情熱を求めるくせに、誰かがいないと火がつけられない。とんでもない甘ちゃんであることは百も承知だが、これがもともとの僕だったのである。 これらのことに、もっと早く気づいていれば。 情熱の価値や自分の性質に、このとき気づけていたら。 でも僕は、すべてを失うまで、それに気がつかなかった。 P211 人間は、年齢を重ね、キャリアを重ねるうちに、自分の成功体験に縛られ、新しい知識を受けつけなくなっていく。それは人間である限り、誰しもが直面することかもしれないが、新しい知識を習得する機会を失えば、そこで成長は止まる。 成長を止めれば、「古い」人間として、その座は意欲にあふれる若者たちに取って替わられ、滅んでいく定めにある。よくいえば1匹オオカミ。でも、僕の思うに、1匹オオカミでは勝てないのだ。 どんなに才能豊かなプレイヤーも、情報を共有しあう習慣があるプレイヤーにはいつか負ける。みんなが協力しあったら、個人で戦うプレイヤーに勝ち目はないのだ。漫画に出てくるような「やたらと強い、孤高の1匹オオカミ」みたいなキャラクターは、格ゲー界ではあり得ない。せいぜいが、小山の大将だろう。 極論すれば、生活上のマナーが悪く、人望もなくて仲間に無視されでもしたら、格ゲーでは勝てなくなるのである。勝つ方法を教えてもらえないばかりか、そもそも対戦だってしてもらえなくなるかもしれない。練習ができない。したがって、マナーの悪い一流選手というのは、まず存在しない。いっとき活躍できたとしても、長続きしない。 本当に強いプレイヤーは、みな「いい人」。格ゲーとは、取り組む姿勢が正しい人間が勝つ世界なのだ。 |
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渡辺京二(逝きし世の面影の著者) 文春新書 2014/08/19 江戸時代の文化と美しさを語ります。 この文化が現在に承継されているのか、断絶しているのか。 私は、クールジャパンなどの日本の文化は、 江戸時代という豊かな時代に完成したのだと思います。 265年について、戦争は勿論、対外戦力を持たなかった国。 豊かで、文化的で、自由で、礼儀正しい時代だったのだと思う。 P95 日本を訪れるようなエリートたちは、西洋の大都会で、貧困に打ちひしがれて苦悩が刻まれた落伍者の顔を見てきましたから、日本に来てみて、そんな表情には一度も出会わないことに心底驚いたのです。 その一方で、日本には極端な金持ちもいないことも意外でした。将軍に謁見するため登城した江戸城の装飾にしても、堂々としたものではあるけれど、ヴェルサイユ宮殿の鏡の間などには比ぶべくもない。そして将軍がかぶっている冠をとくと見ると、なんと紙を漆で固めたような代物ではないか! 例の大森貝塚を発掘したエドワード・モースは、より突っ込んだ観察をしています。日本には母国アメリカに見られるような貧民窟がない。貧乏長屋はあっても、すぐ近くにお大尽の屋敷がある。欧米では上流階級が住む区域と貧困層の住む区域は画然と分かれているのに。 そして彼はこう断じています。貧しい人はもちろんいるけれども、けっして彼らの暮らしは悲惨ではない、と。 江戸時代は、どんな貧乏人でも最低限、人間らしい愉しみを持って生活できる保障がありました。そのあたりのことを伝える回顧談が残っています。 P97 また別のアメリカ人女性も言っています。日本の女中や下男らの使用人は、主人の言うことをちっとも聞かない。「羊肉を買ってきなさい」と言われて牛肉を買って帰り、「このほうが安うございましたから」と言う。西洋では主人の言葉は絶対命令だけれど、日本では使用人は自分の考えを持ち、その方が主人のためになるなら、自由に裁量権を行使する。このアメリカ人女性はこうも付け加えています。アメリカ人女性が日本に来たら、最初のうちは物凄いフラストレーションを感じることだろう。 この女性は日本では華族の子女が通う女学校で教鞭をとったのですが、教材にバーネット夫人の『小公子』を使っていました。ご存知の通り、ニューヨークで母と庶民の暮らしをしていたセドリックが、英国の老伯爵である祖父に呼び寄せられ、イギリスで貴族生活を送るというお話です。 その中に、ティータイムか何かで、家族のおしゃべりを直立不動で聴いていた使用人が、ジョークに思わず、くすりと笑った、それを家族たちがきっと睨みつけるというシーンが出てきます。すると日本の華族のお嬢さんたちは、なぜ使用人が笑っちゃいけないのかわからないのです。 このエピソードひとつ取ってみても、日本における階級の区別は東洋的専制でもなんでもなくて、むしろデモクラティックでさえあることが分かります。日本では使用人も家族の一員であり、家族の談笑の輪に入ってもおかしくないからです。 P106 その点について言うならば、トマス・C・スミスというアメリカの経済学者が『徳川時代の年貢』(一九六五年)のなかで、江戸期の農村が存外豊かであったことを検証しています。それによると、江戸期の農業は、技術的な進歩により反収(単位面積当たりの収穫量)は上がっているのにひきかえ、年貢は開幕当初の検地以来、一向に上がっていないというのです。 年貢を上げたければ検地をやり直せばいいのに、それをしなかったのは、百姓に一揆という反抗手段があったからです。そのへんの事情は天領であれ各藩であれ、同じでした。さらに言うなら、初期の検地以後、「隠し田」と呼ばれる新たに拓かれた田畑もあり、そういう田畑には年貢がかからなかった。 こうして、収穫量の上昇と年貢高の据え置きによる差が余剰となり、江戸時代を通じて、それが百姓の側の備蓄として蓄えられていった。スミスはこう論証して、旅行記に述べられているような印象は間違っていないことを裏書きしたのです。 |
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J・アーチャー 新潮社 2014/08/19 時々引っ張り出して読んでいるジェフリー・アーチャーの傑作。 その中に内閣法制局の独立についての一文が存在した。 P286 部屋のなかの全員が動きを止めて、スクリーンの当惑した顔を見あげた。ピエール・ルヴェールの額の皺が今ほどはっきり見えたことはなかった。彼の司法長官任命はパーキンによる人事であることを知らない者はなかったが、大統領による支配よりも法の支配を優先する考えの持主であることが、過去のさまざまのケースに実証されていた。 |
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丸山宗利(農学博士) 光文社新書 2014/08/16 蜘蛛の巣を例に出すまでもなく、 昆虫は凄いのです。 本書は、 昆虫の多様な凄さを紹介します。 人間の「考える」という「意思」の部分が存在しないのに、 ほとんど、人間が考えるのと同様の行動を実践している。 恐らく、人間も、 人間と言われる形態の前の段階で、 意思が登場する前には、 同じような完璧な行動をしていたのだと思います。 いま、意思が出現し、裏方に退場している凄い能力。 人間の意思は、 この凄い能力に操られているところが多いのだと思う。 P90 ちなみに、私たちはクワガタの小さな雄成虫をまだ「子供」で、その後も成長して大きくなると誤解していることがよくある。しかし、昆虫は成虫になったが最後、特別な例外を除いて、決して大きくはならない。 |
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宇都宮健児(弁護士) 朝日新聞 2014/08/13 サラ金問題について、 解決の道筋を構築した弁護士です。 立派な弁護士であることは全面的に肯定した上で、 しかし、庶務課長ですね。 そもそも弁護士は庶務課長だろう。 政治家としては迫力が無い。 昭和40年代ならともかく、 弁護士村の常識を政治の場に持ち込んでも、 誰とも会話は通じないと思う。 P193 「そうは言っても、弁護士は立派な事務所を構えているし、儲かる仕事でしょう。収入が減ったといっても、以前よりは減ったというだけで、普通のサラリーマンに比べれば多いのでは?」 一般的なイメージはそうかもしれません。しかし、そう思っている人は、弁護士の現実を知ると、まちがいなく驚くと思います。 なんと、弁護士の5人に1人は、経費を除いた年間の申告所得が70万円を切っているという国税庁のデータがあるのです。所得が70万円未満の弁護士は、どうやって生活をしているのか。貯金を取り崩して暮らしているのだと思います。 当然ながら、こうした低所得の弁護士の事務所が新たに弁護士を雇うことは不可能です。そのため、せっかく司法試験に合格しても、就職先がない弁護士が続出して、いまこれが深刻な問題になっているのです。 なぜ、そんな事態になってしまったのか。弁護士の貧困化や就職難は、弁護士業界からの人材離れを招き、ひいては市民運動のみならず、三権の一翼を担う司法全体に悪影響を及ぼすことになるでしょう。本章では、それを食い止めるために、私が日弁連という舞台で闘いつづけていることについて、お話しします。 |
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のん 自由国民社 2014/08/13 成年後見制度を利用しなければならない場合がある。 裁判所という役所を相手にした事務処理が必要になる。 その場合の実感を語るのが本書です。 成年後見制度の利用は避けた方が良い。 箸の上げ下ろしまで裁判所に監督され、 裁判所が決めたルールを推察しながら収支を管理し、 書記官、調査官という人達に審査されながらの生活。 恐らく、癇癪を起こし、 窓口で大声を上げてしまった成年後見人は多いと思う。 P43 司法書士や弁護士、社会福祉士が担っている「専門職後見人」だと、家庭裁判所の勝手や内部事情がわかっていて、もっと、いわゆるなぁなぁの穏やかなやりとりがなされるのかもしれません。しかし、わたしはいわゆる素人の「親族後見人」です。しかも、はっきり言うと、やりたくてやっているわけではない業務です。そうなると、家庭裁判所の対応に、丁寧さや思いやりを望むのが正直な心情なのです。 |
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田中 茂(元公設秘書) 光文社 2014/08/08 今の仲曽根元総理を語ります。 ツッコミのある書き方では無く、収穫は無いのですが。 ただ、今にしても思えば、 仲曽根元総理は、偉大な総理大臣だったと思います。 国鉄民営化だけを取り上げても、 現在の経済に対する貢献は計り知れないものです。 その偉大さと、 人間の深さは語られてます。 P89 中曽根はマスコミからよく「風見鶏」と揶揄されました。 しかし、国益を守るための危機管理から見れぼ「風見鶏」になることは悪いことではありません。危機管理において最も大事なのは、危機意識を常に持つとともに、「今そこにある危機」を危機と確認し、分析することです。外交問題ならその時々の世界の大勢を知らなければいけません。グローバル化が進んだ現在、世界の大勢に逆らうことで国益を得られることはほとんどないといっていいでしょう。世界の風がどちらへ向かって吹いているのかを知らなけれぼ、世界戦略そのものが成り立たないでしょう。 そういう意味で、定見のある「風見鶏」は危機管理にはとても大切なのです。 |
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橋本英樹(曹洞宗住職) 祥伝社新書 2014/08/06 寺の住職が斜めの視点で、 檀家制度、葬式仏教、戒名などの問題点を語ります。 非常識が、常識として固まっている業界では、 斜めの視点でなければ常識が語れないのだと思います。 私が、弁護士業界を語る場合と同様に、 特権の上に構築されている時代に遅れた業界を語ります。 P36 いまでは、全体の7〜8割が、実子による世襲だといわれています。それに続くのが、実娘の入り婿への継承でしょうか。まったく血縁関係にない弟子への継承もないわけではありませんが、こちらのほうがレアケースになってしまいました。 P37 やはり、世襲がまねく弊害が大きいのは、いうまでもないでしょう。しかし、優秀な人が、田舎の小さなお寺なんて継ぎたがらないのも事実です。 優秀であれば、いくらでも自分の可能性を開ける道が待っています。海外で働いたり、事業を起こしたり、医師や弁護士になったりすることもできます。 P44 しかし、少年時代の精進は、学校の勉強以外にありません。知力だけでなく、苦手な科目を努力や工夫によって克服し、それによって人間力をやしなうのが、初等教育です。その大切な時期に、精進の必要性を学ばず、「もっとも簡単に安住する場所を得る方法が、住職を継ぐことだ」と勝手に納得して、身体だけが大きくなって、ロクな大人になれるはずがありません。 P45 三代目になって、住職の教養と人格が低下していったことで、仏教界がダメになってしまったことは否定できません。住職たちは、人々の信仰が減退していくのを嘆くより前に、「自分はどうなんだろう」と問いかけるべきでしょう。 P51 お寺は破産しないものだと考えている人は多いようですが、お寺も破産するのです。そのうちどのお寺も、檀家が激減し、収入がゼロにかぎりなく近づいていきますと、住職はなんらかの手を打たなくてはなりません。ここで手段を見誤ると、たいへんなことになります。 P73 葬儀の際に、何十万円ものお布施を包んでもらって、ごつい金時計をして、高級車で乗りつけるような、菩提寺の住職を呼ばなくてはならないのは、まったく悲劇としかいいようがありません。素行不良の僧侶でも、いまのところ何とか仕事にありつけるのが、仏教界です。 |
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藤原久敏 彩図社 2014/08/04 未公開株、新規公開株、和牛投資、海外ファンド、 日本振興銀行、FX投資、日経先物を実践した著者の失敗談です。 資産運用のアドバイザーが経験のために行った投資 投資金額は、まさに、お小遣いレベルの経験談です。 ほとんどの投資で損失を計上してますし、 収益を計上した場合でも極めて少額です。 この成績で、なぜ、資産運用セミナーの講師が務まるのだろう。 「投資は止めておいた方が良い」とでも講演するのだろうか。 P97 わりと大規模なセミナーでも和牛オーナーネタを披露したことがあるので、もし、私の話をきっかけに、たくさんの人が安愚楽牧場で被害を受けていたら……恨みを買って、袋叩きにされるのでは、と。 まあ、これは結論から言うと、大丈夫でした。 私の知る限りではありますが、誰一人として、安愚楽牧場には投資していませんでした。 |
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飯田勝啓 かんき出版 2014/07/30 ワンルームマンション投資は行ってはならない。 誰でも、安直に行える投資では稼げない。 これは投資理論の初歩です。 一部屋分譲されているワンルームマンションは 居住者の質が落ち、ビル全体の質が落ちるのが早い。 敷地持分はわずかで、現実に建て替えを行うことは不可能。 多様な意味で時代に遅れた古すぎるワンルームの転売は難しい。 そのように考えてますが、 著者は、現実に、これを実行し、その成果を誇っている。 さて、どのような収支なのだろうか。 8部屋のワンルームマンションに投資したのですが、 8部屋についての月額賃料総額は66万9000円 ローン返済を差し引いた手取りは25万9165円 これでは2部屋が空き家になったら手取りは10万円になってしまう。 転居の際の内装費や、建物が古くなった場合の賃料の低下も心配です。 要するに、賃貸物件を管理し、空き家リスクを抱え、 結局は、誰にも売れない朽廃したワンルームマンション残る。 それが10年後、あるいは15年後の結果。 そのような投資スキームのように思います。 それまでのことをしても、 サラリーマンって、辞めてしまいたい商売なのだろうか。 P29 ローンがない1戸のマンションがある場合、2件目を目指してコツコツ貯金してお金を貯めてから現金で買うより、ローンを組んで買ったほうが完済期間も短くなり、早く自分の資産になるのです。 これは「レパレッジの黄金率」と呼ばれているようです。 たとえば、2戸のローンのないマンション(価格1500万円、毎月の手取り家賃7万円)がある状態で、3戸目のマンション(同条件)を購入すると仮定した場合、3戸目のマンションを毎月家賃収入を積み立てて資金を貯めてから購入すると9年かかるのに対して、3戸目のマンションをローン(金利3%)で購入すると、3戸目のローン1500万円は6年7カ月で完済(=自分の資産になる)というものです。 コツコツとお金を貯めてから買うよりも、「ローンを組んで買う」ほうが2年5カ月も早く完済するというのです。 その秘密は、コツコツお金を貯めているときは運用しないタンス貯金となり、一切利益を生み出すことはありません。 これに対してローンで購入した場合は、3戸のマンションから得られる「家賃収入」がそのまま毎月のローン返済にあてられ、毎月元本が返済されていきます。 P35 そこで、思い切って打ち立てたのが「ワンルームマンション1年8戸購入計画」です。 なぜ“8戸”なのかというと、いま自分が会社を辞めて給料がなくなっても家族が何とか生活していくためには、最低でも月約25万円の定期収入が必要です。だとすると、手取り家賃収入がワンルームマンション1戸につき月3万円として、月25万円の手取り家賃収入を得るには8戸が必要となります。 |
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篠宮龍三(プロダイバー) 光文社新書 2014/07/24 素潜りで115メートルの日本記録を持つ筆者。 恐怖などの多様な精神的な壁を乗り越えていく。 経験、失敗、反省、年齢による成長が語られる。 語る言葉一つ一つに実感と深い洞察があります。 誰でも、常に、勝負という場面を経験しますが、 勝負にあたっての心の置き所の教訓になります。 P7 僕らは1秒につき1メートルのスピードで潜っていくので、120メートルの深さなら2分ほどで到達する。そこに広がるのは、神秘的なまでに深い青色に包まれた世界だ。深度が増すほどに深く、濃くなっていく青色は、器材に頼らずに自力で到達したしるしであり、青の濃度はそのまま命の濃さを示していると思うのだ。 P162 結果として、日本記録にもなっていた自己記録を30秒以上も伸ばし、僕は世界大会で初めてチャンピオンになった。「ドキドキしてしまう自分をカッコ悪いとかダメだとか否定しないで、緊張しながらもどれだけできるのか、やれるところまでやってみよう」という気持ちで臨んだ結果だった。 P163 失敗をさほど引きずらなくなったのは間違いないが、鋼のようなメンタリティを手にしたわけではない。以前ほど落ち込まなくなり、自分を責めることもなくなったが、やはり3日ぐらいは引きずる。 たぶんそれは、失敗をフラットに受け止めるための猶予期聞だ。 P172 どん底に突き落とされたら、立ち上がるしかない。失敗から学ぶことはたくさんあり、精神的にも肉体的にも強くなる。敗戦や失敗は、自分の器を大きくしてくれる。「こうなったら勝てない、勝つのは難しいよ」という教訓が、失敗から得られるのだ。同じパターンを回避すれば、負けることはない。授業料としてはかなりの高額でも、いつか突き抜ける瞬間への過程であり経験だと考えればいい。 P173 失敗をしていない人は挑戦をしていない人というのが僕の考えだ。成功と失敗を繰り返し、挑戦を続ければ、ここ一番で勝負できる。魅力的だなと感じる選手は、選手としても人間としてもチャレンジ精神が旺盛だ。つまり、たくさんの失敗をしている人たちである。 |
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岡村道雄(考古学者) 集英社新書 2014/07/22 稲作が導入される前、人々は、何を食べていたのか。 狩猟といっても、猪も、熊も、容易には見付けられない。 それに冷蔵庫も無い。 ドングリや栗なんですね。 これは、「世にも恐ろしい糖質制限食ダイエット」に論じられていたところにも通じます。 P57 海や湖沼沿いに形成された貝塚集落に残された、多くの食べカスが捨てられた貝塚は、沿岸部での魚貝類、鳥獣などを利用した実像を伝えてくれるのに対して、低湿地遺跡は、植物利用について大変重要な情報を提供してくれます。 また、その数も、内陸部の普通の縄文時代集落跡が8万8000か所あるのに対して、貝塚は全国に約2400か所、そして、今のところ低湿地遺跡は、全国で約200か所しか見つかっていません。 さらに低湿地遺跡のなかでも佐賀市東名遺跡、福井県鳥浜貝塚、山形県小山崎遺跡など、わずかですが、動物と植物質の遺物が一緒に残っている低湿地遺跡も見つかっています。貝塚も低湿地遺跡も祖先たちの生活の実態を教えてくれる重要な遺跡です。植物質の遺物は周辺の植生環境を復元するうえでも、重要であることは言うまでもありません。 P59 縄文時代前期の富山県射水市の小泉遺跡、後期の静岡県森町の坂田北遺跡、晩期の石川県金沢市米泉遺跡や奈良県橿原市観音寺本馬遺跡の低湿地から、クリの根株群が発見されています。特に観音寺本馬遺跡では、30本前後のクリ根株群が数百平方メートルの範囲に見つかっています。本来、クリは日当たりのよい台地上に適した樹木です。 しかし、観音寺本馬遺跡のようにクリ林が、低い水辺(低湿地)に設置したドングリなどの貯蔵穴群や円形に杭を打ち込んだエリと呼ぶ魚とり施設、トチノキやクリの実の加工・処理場などに隣接して発見されたということは、集落の近くの生育適地ではない低湿地にあえてクリ林を育てていたことを意味します(図6)。 P61 低湿地に形成された捨て場からは、次のような植物質の道具類や食べカスがたくさん発見されます。東日本では、クリ、オニグルミ、ハシバミ、カヤの実などが出土し、中期末以降では特に強いアクを水にさらして抜く技法・施設が開発されたためか、トチノキの実の出土が目立って増えます。またオニグルミは、実を厚く覆っている鬼皮を腐らせて除去するために、穴を掘って土に埋められていました。一方、西日本では低湿地に掘った貯蔵穴からイチイガシ、アカガシなどのドングリが発見されており、縄文時代の早くからこれらが盛んに利用されていたようです。 また低湿地では、ブドウ属、キイチゴ属、サルナシ、サンショウ、マタタビ、クワ属、ニワトコ属、キハダ、クマヤナギ、サクラ属などの植物の種実が多く発見され、これらはそのまま食べたり、香辛料、薬、染料などにも使われていたようです。 P81 アサリは、里浜貝塚人が最もよく食べた貝で、食べられていた貝類全体の70パーセントを超えます。貝殻の成長線分析の結果では、アサリは春から秋にとっていたようですが、特に5月から7月にかけて全体の半分以上の量をとっていたようです。また、里浜貝塚には、ほとんどアサリだけの貝殻の層が、繰り返して堆積しています。これは、毎年この時期に保存食として大量にアサリをとり、ゆでて天日干しした干し貝作りをしたためだと考えられます。 |
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石元太一 双葉社 2014/07/17 六本木クラブ襲撃人権の主犯とされた 暴走族グループ「関東連合」の元リーダの自伝的な裁判記録です。 六本木クラブ襲撃事件「逮捕から700日」の記録。 本書で述べることには必然性があり、 無罪だと主張する著者の思いが伝わってきます。 無罪なのに懲役11年の判決は耐えがたい苦痛だろう。 しかし、日本の裁判では、 無罪だから無罪になり、 有罪だから有罪になるわけではない。 多様な犯罪を繰り返し、 それなのに国家権力を軽くみていたら、 裁判になってから「法の保護」を求めることなど、まさに、ご都合主義。 法律と国家権力を甘く見ていた者が、 法律と国家権力によって裁かれた記録。 P25 今の日本というのは、世界的に見たらかなり平和な国だ。変に誤解しないでもらいたいのだが、その一つの要因としてヤクザの存在があるように思う。 もし、ヤクザという存在がいなくなってしまったら、きっと不良外国人が増え、マフィアや愚連隊組織が全国にできてしまうのではないだろうか。それはもう完全に統制、コントロールのきかない集団となり、確実に無法地帯となるだろう。 X理事長のような高名な親分と身近で接してみて、このような人がいることによって厳しい規律の中、反社会的な人間たちの統制がとれている部分もあるということを感じることもあった。 P254 こんなことが実際に行われ、事実、この書面を元に裁判所は俺を傷害致死の共謀共同正犯としたのだ。“それはそうなるだろう。出来レースみたいなもので、判決を下す立場の裁判官が、有罪にするには共謀の時期を変えれば、有罪に出来るよと言っているのとなんら変わらない。 だが、そんな理不尽な裁判の中にも俺の話に耳を傾けてくれた裁判官、裁判員もいるのではないかと勝手ながらに思っている。俺が証言台に立って話をしている時、じっと俺の目を見て、時には頷きながら聞いてくれる人もいた。こんな有罪に仕向けられている印象の強い裁判だったからこそ、そんな姿勢には、本当に救われる思いだったし、素直に嬉しかった。 確かに俺の今までの人生を振り返れば、先入観で「有罪」だろうと判断する気持ちが分からなくはない。しかし、それは警察、検察までだろう。あくまで公平な審議をしなくてはいけない、裁判所がまるで有罪を基本とした裁判の進行をするのは、ありえないのではないか。 いや、あってはならないだろう。 この判決文を読み聞かされている時は、裁判長以外の顔は見ないようにした。俺の顔はただでさえ印象が悪い、それに拍車をかけて納得のいかない不満や憤りが全面に出てしまうだろうと俺自身が思ったからだ。何日もかけて俺のために時間を費やし、評議してくれた裁判官や裁判員の人たちに何か後味の悪い気分をさせてしまうのは嫌だった。 裁判長の話が終わり、自分の席に戻ると、向かいの席で並んで座っている検事たちの顔が視界に入った。何だか全員神妙な顔をしていて、中には下を向いてしまっている検事もいた。俺が無罪を主張していた以上、検察として実刑の判決を下されたことは検察が勝ったという結果だ。しかし、求刑の半分(求刑22年)なんて結果は、検事たちの進退にも関わること。当然、左遷されることだって考えられる。全員がそんな感じだった。 P263 弁護士やフロアの担当さんをはじめ、俺みたいな無神経な奴がいたら、毎日のように罵詈雑言を浴びせるかもしれない。たぶん自分でも想像できないくらいの嫌な奴になると思う。そんなことを考えるたびにYさんの強さを感じるよ。 死刑囚に対して、前もって執行日を教えない理由の一つとして、自殺を図ってしまうおそれがあるからというのがあるらしいのだが、俺はこの規則だけはどうにか変わらないものかと思っている。せめて一週間、いや、3日前にでも通知して、親族や友人と一日だけでも最後に過ごす時間を与えてもらえないかと切に願っている。 今、俺が生活しているフロアは、死刑囚の人が多いのだが、死刑が確定すると、週に一度だけ映画を観ることができるため、居室の中に小さなテレビが入る。だから、廊下などを歩いていると、どの人が死刑囚なのかがすぐにわかる。Yさんのように腐らず前向きに過ごしている人もいるが、なかにはやはり、自暴自棄になってしまっている人もいる。 もちろん、突然暴れだす人もいるが、そんなときのフロアの担当さんたちの対応は、見ていてすごいなといつも思う。頭ごなしに注意したり怒鳴ったりするのではなく、時には膝を突き合わせて、とことん話を聞いてやる。相手が納得するまで話を聞いてあげるし、間違っていること、無理な願いには、ハッキリと「NO」という。たとえ相手が死刑囚だろうと、そこは甘やかさない。 そんな担当さんと死刑囚の人との信頼関係は、とても深い。死刑囚の人生は、死刑が言い渡された時に終わるんじゃない。死刑が執行された時に終わるんだ。その日まで、死刑囚の人たちの精神状態が安定しているのは、そういった担当さんたちの陰の努力があってのことなのだと、ここで生活してみてはじめて知ったよ。 映画で『おくりびと』というのがあったけど、俺の中ではこの担当さんたちこそが、「おくりびと」だよ。 |
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梅崎健理 講談社α新書 2014/07/16 ミキシー、ツイッター、 フェイスブック、LINEと進化してきたツール。 なぜ、これらを利用する人達が存在するのか。 私には、この種の媒体を利用する必要性が無い。 そのことを語ります。 ツールが何かを作り出す時代は、 そのツールが出現し、 多数に利用されるようになるのと同時に終わり、 時代は、さらに、先に進んでしまうのだと。 何かを持つ人達は、そのツールを利用し、 何も持たない人達は、そのツールでストレスを作り出す。 それらツールを利用しないことで時代に遅れるのではなく、 それらツールを利用する場面が到来したら利用すれば良いのだ。 1993年生まれで21歳。 これからが楽しみな才能のある著者です。 P114 ツイッター、フェイスブック、LINEと、形を変えながら浸透しているSNS …… しかし重要なポイントは一つで、それは「すべてが人間関係に集約される」ということだ。 ツイッターからフェイスブック、そしてLINEへと、メインで使うSNSを変えている人も多いことだろう。それぞれにサービスが異なるのだから、より新しいほう、自分にとって便利だと思えるほうに移っていくのも当然だといえる。 だが、メディアを変えるのは「SNS疲れ」の結果ということもあるのではないだろうか。ッイッターに疲れたからフェイスブックへ、フェイスブックの人間関係にも疲れたからLINEへ……という形だ。 P115 そうやって、サーフィンのようにメディアを乗り換えても、結局は「SNS疲れ」が待っている可能性がある。 新しいメディア、新しいサービスが出てきたら、それに興味を持つのは当たり前でもある。でも、みんながみんな最新のサービスを使いこなす必要など、本当はないのだ。 ネットでビジネスをしている人なら、新しいサービスを試してみるのも重要だろう。新しいものを知って、使ってみることは仕事に役立つ。他の人よりも先に始めれば、先行メリットが生まれることだってある。 ただそれは、限られた人たちだけがすればいいことなのだ。普通の人は、どれか一つ熱中できるサービスがあれば、それでいい。もっといえば、無理にSNSをやる必要だってない。 不特定多数に見られる状況下で情報を発信することが、果たして誰にでも必要なことなのだろうか。それをするには、ある程度以上の技術と覚悟がいるはずだ。 P117 そんなメールに比べて、SNSは「あらゆる人に必須のツール」にはなっていない。 ここまで書いてきたように、めんどくささがある……そして、「SNS疲れ」の原因になってしまうことも。だから、使うかどうか迷っている段階なら、僕は「使わなくてもいいですよ」とアドバイスしたい。 SNSが本当に必要になったら、現代人は誰でも、迷うことなく始めるだろう。それまで待てばいいだけの話なのだ。 |
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角田光代 新潮社 2014/07/10 短編小説集ですが、 角田光代という作家には才能があります。 小説家としての才能を超えて、 人間の深みの洞察力としての才能です。 著者が日経新聞で 「短編では『切り取る力』を大切にする一方、 長編は『物語を作ること』に力点を置く」と語ります。 なるほどと思います。 P149 「だからね、ひとつひとつつながるのよ。おもしろいよね。あなたに結婚してもらえなくて、何かやろうって決意して、次の人に料理けなされて、よしやってやるってなって、って、つまり続いていくわけよね。ひとつなければ、次のひとつもなくて、そうしたら、またぜんぜんべつのところにいってるんだなあーって、しみじみ思うのよね」 P209 急いでおにぎり作ったのよ、梅と明太子、実際にかかったのは、六、七分」 依田愛が言わんとしていることが、庭子にはすでにわかった。おにぎりなんて作らなければ、六、七分待たせることをしなければ、あそこに仏壇はなかったのだ、きっと。 P211 「あのおにぎりが私の人生をすべて変えたわ。もちろん、息子のことも、夫のことも、別居のことも、そのほかのいろんなことも、おにぎりとは関係なんかないのかもしれない。でもね、つなげればつながってしまうの。私にはどうしても、おにぎりがすべてのことをドミノ倒しみたいに変えていったようにしか思えないの。私、人生を変えるものって仕事とか転勤とか、結婚とかそういう、重大なできごとかと思ってたけど、違うのよね、おにぎりだって充分人生を変えるのよ」 P221 そんなことを思い、庭子は後悔の重さを知る。もちろん、添い遂げると一度は決めた人と別れることだって、重かった。けれどその重さは薄れる。「あれをしなければよかった」、思い返すその一点がないからだ。庭子は未だに、洗濯機がきた日の細部を覚えている。日に日に濃くなる。揺れるレースのカーテンや、のぞきこんだベッドの下や、靴下で出たときの外廊下の感触、それらは、遠ざかるどころか、薄れるどころか、この先どんどん近く、濃くなっていくだろう。そしてどこかで生きている、窓を開けなかった自分も、きっと消えずに居続けるだろう。後悔という、ひとつの点に幾度も幾度も私たちは戻るのだ。 |
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今井 良(警視庁記者クラブ) 新潮新書 2014/07/06 指紋、血液、DNA、筆跡、写真、Nシステム、 防犯カメラ、ビックデータなどの科学捜査を紹介します。 残念ながら、 生きた人間も、生活も、経験も、考え方も登場しません。 P189 警視庁の全102署の地域警察官全てに2010年から配備されているのが、ここで見た「Pフォン」だ。 一見すると普通の携帯電話だが、多くの機能を備えている。同じ機能を持つのが私服警察官の捜査員が持つ「ポリスモード」と呼ばれる携帯電話である。共に一般的な携帯電話と同じように写真・動画の撮影が可能だ。 Pフォンやポリスモードで撮影した画像は通信指令本部やリモコン室に送信される。画像を受けたリモコン室から関係する警察官、捜査員のPフォン、ポリスモードに画像が一斉送信される仕組みだ。またPフォン、ポリスモードは五人と同時に通話が可能だ。 例えば、警察官Aが持つPフォンで五人同時通話をしたとする。そのうちの通話者、捜査員Bのポリスモードにつなぐと、Bはさらに四人と通話することができる。つまりAは最大9人との同時通話が可能となる。 これらの端末では他に110番通報の内容や緊急速報、掲示板がメールで参照できる。そして更に便利なのが「地図情報」だ。メニュー画面で地図情報を選択するとその事件現場の地図が表示されるのだ。さらにこのPフォン、ポリスモードはGPS機能も備えていて、所持する警察官、捜査員の位置情報も確認できる。 ちなみにPフォン、ポリスモードは警視庁内部だけの通信ネットワークで結ばれ、サーバーは警視庁通信管理運用センター(総務部装備課の附置機関)が管理・運用している。 |
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工藤 啓(若年社就労支援) 朝日新書 2014/07/05 無業の人達の原因は様々。 なぜ、無業の人達が増えてしまったのか。 1990年代後半の就職氷河期にフリーターが出現し、 2000年代のニート、非正規雇用の人達の増加によって「弱者としての若年世代」が顕在化し、 2010年代に、無縁社会が社会問題になった。 無業の期間が長くなり、 履歴書のブランクの期間が長くなれば、 企業社会で拾われる可能性は極めて難しくなる。 どんな大学を卒業しても、 どんな会社に勤めていても、 その帰属が打ち切られてしまえば、 誰でも成り得る可能性があるのが無業社会の住人。 極めて真面目な著者が書き起こした無業社会です。 P92 若年無業者についてよく聞かれること 前章では、誰もが無業になり得る社会であることを、少しでも「自分事」として感じていただけるよう7つの事例を挙げた。 無業に至る過程は多様であり、かつ、そのどれもが自分の人生とは無縁であるとは言い切れないものであったのではないだろうか。そして、無業から抜け出そうとするに至ったきっかけもまた多様である。 講演や取材などで「では、何をしたら若年無業者にならないのですか」「若者が無業になる原因は何ですか」「無業状態から仕事に就くために必要な支援は何ですか」と問われることは多く、その度に少し戸惑う。 期待されているのは、一言で表現できる魔法のような処方箋であるが、こちらの回答はまわりくどく、分かりづらくなる。 P180 就労による賃金が25歳を起点にした生涯賃金で、2億5299万円〜1億9422万円で、そのうち就労に伴う税・社会保険料額が1億617万円〜7804万円、医療や介護、年金といった社会保障給付が5180万円〜4088万円と試算されている。逆に生涯にわたって生活保護を受給し続けると、1億76万円〜8766万円になるという。 これらの数字をもとに25歳で正規雇用として就職した場合と、生涯にわたって、生活保護を受給し続けた場合のギャップは、1億5294万円〜1億2701万円と推計されている。 P182 「当事者の自己責任」と切り捨ててみたところで、事実として若年無業者は存在しているわけだから、その支援のために多額の社会保障費の増大を生み出し、跳ね返ってきてしまうのである。 |
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幕内秀夫(食事指導) 講談社+α新書 2014/07/05 悪いのは糖質でも脂肪でもなく、 精製糖質と、精製脂質なのだ。 人類が進化してきた過程には、 精製された糖質と脂質は存在しなかった。 100%に精製された糖質と脂質は、 既に、食料ではなく、化学薬品なのだ。 吸収率の高さとスピードにおいて、 自然の食品とは全く異なる。 ダイエットや、 カロリー制限を行うのでなく、 精製された糖質と、 精製された脂質の摂取を可能な限り避ける。 砂糖、コーラ、パン、小麦粉の菓子など精製糖質を使った食料と、 ポテトチップ、ドーナツなどの精製油を使った食品。 これらは自分自身で太ったなと思うときの食べ物。 生活実感とも一致します。 P64 複合糖質と精製糖質を混同するな 精製糖質は控えるべきです。その点では、私も同じ考えです。白砂糖や異性化糖などの精製糖質のとり過ぎは、糖尿病や肥満の原因であることがはっきりしているからです。 異性化糖は主にトウモロコシを原料にして作られると書きましたが、原料であるトウモロコシ自体はデンプンが主成分の「複合糖質」です。ブドウ糖が鎖状に繋がって構成されており、体内に人ったデンプンはそのままでは吸収されません。体内の消化酵素がデンプンの鎖をカットすることでブドウ糖に分解し、それではじめて吸収されてエネルギーに変わるのです。ですから、消化吸収までに一定の時間がかかります。 ところが、「精製糖質」である異性化糖の構造は、原料のトウモロコシのデンプンとはまるで違います。デンプンの鎖を工業的にカットしたものであり、体内に入る前にすでに分解されています。ですから、体内に入ったとたんに吸収されます。 非常に吸収が早いので、「点滴と同じ」と考えるとよいでしょう。そのため、異性化糖を大量に含んだスポーツ飲料を、「飲む点滴」と呼ぶ人がいるほどです。 P65 さらに、前述のように非常に吸収が早いため、体内の血糖値が急上昇するという特徴があります。すると、体の危険を察知して血糖値を下げようと、膵臓から大量のインシュリンが分泌されます。これをしょっちゅうくり返していくと、しまいには膵臓が疲弊してしまい、インシュリンがうまく分泌できなくなります。その結果、体内の血糖値がコントロールできなくなって糖尿病になってしまうのです。 P66 今、述べたように、もとをたどれば同じものであっても、「複合糖質」であるトウモロコシ(食品)をそのまま食べるのと、それを精製して「精製糖質」である異性化糖(工業製品)の状態にして飲んだり食べたりするのとは、まったく違う行為である、ということを頭に入れておいてください。 P84 本当に不思議なことに、糖質制限食派の人は糖質のとり過ぎだけを指摘して、脂質過剰を問題視する人は脂質のとり過ぎだけを指摘します。しかし、現実は両方とも過剰。しかも、精製糖質と精製脂質の過剰なのです。 本章のはじめに、近年、若い人を中心に「病的な肥満」が増えてきていると書きましたが、その人たちはまさに、「カタカナ主食」やスナック菓子、洋菓子類を幼少期から食べてきた年代です。 ごはんやイモ類などの複合糖質を食べ過ぎても、肉類、卵、乳製品などの動物性食品の複合脂質を食べ過ぎても、あそこまで病的な肥満にはなりません。そもそも、複合糖質や複合脂質を食べているかぎり、かさも水分もたっぷりありますから、ある程度食べればお腹いっぱいになってしまって、極度の過剰になることはありません。 その点、精製糖質と精製脂質の形ならば、簡単にとり過ぎてしまうのです。「病的な肥満」とは、精製糖質と精製脂質が過剰な時代になって出現した肥満のことなのです。 P89 たとえば精製糖質の代表である異性化糖は、主にトウモロコシを原料に、工場で糖質だけを抽出・精製します。また、精製脂質である食用油は、現在そのほとんどが溶媒抽出法を行い、工場で原料から脂質を抽出・精製します。 言ってみれば、精製糖質や精製脂質は工業製品のようなもの。いや、糖質100パーセント、脂質100パーセントなどというのは、もはや食品というより薬品です。私たちは、薬品を食べていると言っても過言ではないのです。 P101 単純に考えても、弓矢や槍、斧などの石器で、主食にするほど多くの動物がとれるかどうかには疑問があります。 また、夏場、蒸し暑い日本で肉をどのように保存しておいたのかという疑問もあります。主食と呼ぶには、まれではなく、年間を通して入手できるものでなければなりません。その点からも、肉を主食にしていたとはどうしても考えられないのです。 動物考古学者で国立歴史民俗博物館教授の西本豊弘氏によれば、当時はシカやイノシシのような大きな動物は、せいぜい一家族あたり年に一、二頭とれるかどうかで、それ以外は鳥類や小動物がときどきとれるくらい、食料の大部分が植物性だったそうです。 |
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橋洋一(元大蔵省勤務) 祥伝社黄金文庫 2014/06/26 タイトルに反し、 ただ、役所の実態を説明するだけ。 おどおどしく、 大蔵(財務)官僚を説明しますが、 それが役所の実態であり、 役人の行動だろうと思います。 定年まで勤めた元裁判官が、 裁判所の実態をおどおどしく紹介するのと類書です。 それほど、おどおどしい存在なら、 28年間も、大蔵省に勤めることはできなかっただろう。 28年も勤務し、 根源的な問題を掘り出すことができず、 解決策も提言できない。 その脳味噌の硬直性が、 官僚制度の問題点であり、 28年間も公務員が続けられる理由なのだと思う。 P121 他の省庁は課長補佐クラスのベテラン官僚が「質問取り」に出向く。経験や知識が豊富でなければ、議員からきちんと質問内容を引き出し、想定問答集をつくることができないからだ。ところが大蔵省は違う。研修を終えて問もない新人の1年生官僚を行かせるのである。「国会当番」と言って、新人が持ち回りで数週間ずつ国会に張り付く。新人の大蔵官僚にしてみれば、入省直後は通常国会の会期中だ。右も左も分からないうちに国会議員から質問をぶつけられることになる。 新人官僚に質問を取りに行かせる役所などない。にもかかわらず大蔵省だけが1年生を差し向けるのは、早くから政治に接触する訓練を課すと同時に、「お前たちは大蔵省に入った。大蔵省の1年生は他の省庁のシニアと同じレベルだ」という“エリート中のエリート意識”を植えつけることが目的なのである。 議員の周りに居並ぶ官僚たちの中で、大蔵省の1年生だけが浮いている。新人だから当然ミスも犯す。だが、仮にミスがあっても大蔵省ではセーフガードが働く。たとえば新人が議員の質問内容を取り違えたとき、幹部は直接、議員に確認できるのだ。新人は「質問取り」の成果を文書にして省内の各局に配布するのだが、その際、課長クラスがチェックして、おかしいと思えば議員に直接に電話を入れて確かめる。むしろ議員に直接に電話できるくらいのパイプがなければ大蔵省の幹部としては失格なのだ。 大蔵省は他の省庁とは比較にならないほど政治に密着している。ゆえに新人にも練習のように政治と接触させる。新人のうちから一頭地を抜く環境にいれば、「われら富士山」という意識が染みつくのも当然と言えるだろう。 |
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溝口 敦 文藝春秋 2014/06/26 オレオレ詐欺 なぜ、に欺されるのか。 どのようにして欺すのか。 どのような人達が欺され、 どの程度の割合で欺されるのか。 そのような「知恵」が紹介されていると期待して読んだが、 おどおどしく、詐欺師、犯罪者の日常が紹介されているだけ。 P109 毎日、これの繰り返しだった。自堕落な生活といえるかもしれないが、それでもカネは処置に困るほど流れ込んできた。あまりに巨額だったから、銀行に預けることは不可能だった。税務署にカネの残高や出所をお伺いされたくないから、土地も株も債権も買えない。基本的に遊び以外には使い途がなかった。 それでもカネはうなりをあげてなだれ込んでぎた。タンス預金せざるを得なかったが、とにかく巨額だった。 一億円というとみかん箱一つぐらいのボリュームになる。それが何十、何百箱と積み重なった。仕方なく渋谷区東一丁目に住まいとは別に目立たないマンションを借り、そこを自分だけのカネ置き部屋にした。カネ置き部屋は他に北新宿のマンションと、渋谷に近い神泉の戸建てにも設けていた。渋谷の南平台には期限切れになったトバシの携帯を山ほど積んだ専用部屋を用意した。 |
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牧田善二(糖尿病専門医) 文春新書 2014/06/20 糖尿病の治療についてコペルニクス的な転換を論じます。 血糖値を下げることは必要がなく、 血糖値が高かったことによって発生するAGEと、 AGEが存在する事によって生じる免疫系との戦い(炎症)。 これを防げば、糖尿病の合併症にはならない。 P19 今は残念ながら糖尿病の方の寿命は、そうでない方よりも短い。糖尿病では平均寿命が男性は9.6年、女性は13.0年短命です。さらに介護を必要とせずに生活できる「健康寿命」は15年も短いというデータもあります。 P49 糖尿病に合併症が起きる最大の原因は、高血糖によってAGE(Advanced Glycation End-Products)、日本語で「終末糖化産物」とよばれる物質によるものです。AGEとは、血中に吸収された糖分が、タンパク質と結合して作られるもの。そして、このAGE抜きでは、糖尿病を語ることはできません。 P53 これは、「血糖値の悪い時期」があると、つまり、その後、十数年経ってから合併症が進行してくることを表しています。十数年前の血糖不良が、十数年経って合併症として顕在化してくるということなのです。なぜ十数年もの時間を経て、合併症が進むのか。 論文ではその原因をAGEに求めています。要約すると、血糖値が高まったことで、血管の壁を構成するコラーゲンなどにAGEができ、その後、血糖コントロールはできたとしても、そこで作られたAGEは血管に残存し、十数年という時間をかけて、ボディブローのように血管などにダメージを及ぼす、ということなのです。 P58 例えば、皮膚の表面にできる「しわ」もAGEの働きによってできるものです。皮膚を構成するコラーゲン組織にAGEが生成し、コラーゲン同士を架橋することで、本来の弾力性を失った結果「しわ」ができていくのです(前頁図3参照)。 これと同じことが血管のコラーゲンで起きると、血管壁そのものの弾力が低下し、切れやすくなっていきます。つまり動脈硬化です。こうした現象によるダメージは太い血管より微小な血管で出やすく、微小血管に支配されている臓器の劣化が進みます。人間の体で、特に微小血管の支配が強い臓器といえば、腎臓、網膜、そして神経。糖尿病の合併症が主としてこの3つの器官で発生する理由は、ここにあります。 P59 しかし、たまにAGEができる程度なら、そうした炎症も気にならないものですが、糖尿病によってAGEの発現が常態化すると、それに対するマクロファージの免疫反応も慢性化し、常に炎症が起きている形になってしまいます。 この「炎症が常に起きている状態」こそが、糖尿病の合併症の大きな原因です。糖尿病によって引き起こされる腎症、網膜症、神経障害、さらには動脈硬化は、すべて体内の器官や組織でAGEが多発し、それを免疫機構が攻撃し続けることで生じる現象なのです。 P60 ここまで読んで、体内に蓄積されたAGE自体を減らせばいいのではないか、と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、残念ながら、そうすることはなかなか難しいのです。たとえば、コラーゲンの寿命は15年なので、一度高血糖によってAGEが血管などに出来ると、そのAGEの害は15年間続くことになります。 しかし、AGEによって起きる腎臓への害は、実はAGEとその受容体の結合によって起きる炎症であることが解明され、その害を強力に除去するテルミサルタンという薬剤が発見されたことにより、初期腎症は確実に治すことができるようになりました。 P66 血糖値の他に尿アルブミンが上昇するスピードに深く関わっているのが血圧です。糖尿病があって血圧が高いと、腎機能が悪化していくスピードは著しく加速します。血圧が上がると、腎臓がさらに悪くなり、そうなるとさらに血圧が上がるという悪循環に陥ります。この悪循環のサイクルを脱するには、血圧を確実に130/80以下に下げることがもっとも大切です。血糖を下げるよりも大切だといってもいいぐらいです。 P80 拙著『糖尿病はご飯よりステーキを食べなさい』に書いた「天ぷらやうなぎ、果てはステーキを食べるより、ざるそばを食べるほうがよほど血糖値は高くなる」というたとえが話題になりましたが、こうした一見信じられないようなことでも、自己血糖測定器で測れば一目瞭然ですし、実際に測って納得した人たちの話がクチコミで広まり、今では多くの人がカーボハイドレート・カウンティングを実践しています。いわゆる糖質オフです。 |
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橘玲 文春新書 2014/06/18 良い本ですが、しかし、 著者の前作を読んでいる人達には新鮮さがありません。 さらに、現状分析も、やや陳腐な理論のように思います。 P17 スタンリーはこの本のなかで、「期待資産額」という指標を紹介している。これは、自分が金持ちかどうかを知るための魔法の方程式だ。とてもシンプルで、だれでも一瞬で計算できる。 期待資産額 = 年齢×年収÷10 1億円 = 50歳×2000万円÷10 P18 スタンリーの方程式は、アメリカの典型的な億万長者が、ニューヨークのペントハウスではなく、労働者階級の暮らす下町のありふれた家に住んでいるという発見にもとついている。億万長者は六本木ヒルズではなく、あなたの隣にいる。なぜなら、お金を使えはお金は貯まらないから。 P19 日本では270万人がミリオネア スタンリーが描くアメリカの金持ちはとても質素だ。彼らは安物のスーツを着て、頑丈だが燃費のいい車を乗りつぶし、周囲は誰も彼らが億万長者とは気づかない。収入の10〜15%を貯蓄に回す倹約を続けていれば、誰でも彼らのような億万長者になれるとスタンリーはいう(正確には「平均年収の倍の収入」が必要だが、これは夫婦2人で働けば達成できる)。 P20 FRB(米連邦準備制度理事会)の消費金融調査によれば、アメリカでは資産100万ドル(約1億円)以上の世帯数が2004年に900万世帯を超えた。1995年には400万世帯弱だったから、わずか10年でミリオネア世帯の数は2倍以上に増えたことになる。アメリカの総世帯数1億1000万に対してミリオネア世帯の比率は約8%、およそ12世帯に1世帯が億万長者ということになる。 P21 スイスの大手金融機関クレディ・スイスが2013年10月に発表した世界の富裕層ランキングによれば、純資産(居住用不動産を含む)100万ドル以上を持つ富裕層は1位がアメリカの約1320万人(人口比4.2%)、2位が日本の約270万人(同2.1%)、3位がフランスの約220万人(同3.4%)となっている。 国勢調査によると、2010年度の日本の世帯数は約5200万。ミリオネアが世帯主だとして概算すると、居住用不動産込みで全世帯の約5%、20世帯に1世帯が「ミリオネア世帯」だ(金融資産のみなら全世帯の約3.5%)。日本でもアメリカと同じように、億万長者はあなたの隣にいるのだ。 P23 ウォール街を占拠した若者たちが叫んだように、グローバル資本主義が「1%の金持ちと99%の貧乏人」に分かれるのなら、これはある意味、とても平等な社会だ。私もあなたも、近所や学校や会社のひとたちもみんな貧乏人なのだから。前近代的な格差社会では、貧乏は出自や人種、国籍、宗教の違いなどの「差別」から生まれ、本人の責任ではなかった。だが10世帯に1世帯がミリオネアで、彼らの多くが一代で富を築いたような世界ではどうだろう。 未来を夢見る貧しくとも有能な若者にとっては、もちろんこれはよいニュースだ。その一方で、貧困から抜け出すことのできない多くのひとたちにとっては最悪のニュースにちがいない。なぜなら、貧乏は自己責任になってしまうから。実際アメリカでは、これが富裕層の常識になっている。 |
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飯泉太子宗 PHP文庫 2014/06/13 その道の専門家の書は どの道であっても読ませます。 生活や実務で役立つ知識では無いのですが、 なぜ、 その道を歩いたのか、 何を楽しみにしているのか。 その道なりの人生観が語られます。 本を書くことを専門にしている人達や、 経験の無い人達が言葉だけで作る本とは違う味わいです。 P38 国が総力を挙げて、文化国家を名乗るために仏像を造っていた時代である。当時の仏教は、個人的な信仰に関わるというよりも、むしろ学問や世界的な文化、科学というものに近かったこともあり、国が主導して寺院や仏像を造ったわけである。 国は予算をつぎ込み、唐からは直接最新技術が入ってくる。しかも、造る人間は超一流というわけで、この時代は仏像制作が最も華やかな時代だったのだ。今でいえば、国がバイオテクノロジーやロケット、あるいは核技術の開発をするように、当時は仏教に予算をつぎ込んでいたともいえよう。 P91 仏像が時を越えていくのは、その仏像を残していきたいという人の想いの故であり、古い像はそれだけ人の想いが長く切れずに続いた結晶のようなものなのだ。途中で想いが切れてしまったり途絶えてしまえば、残念ではあるが、その仏像は壊れても修理されずに捨てられたり燃やされたりして、消えていくのが運命だ。 古い仏像のどこに価値を置くかは人それぞれであろうが、私は、人の想いの連鎖にこそ、価値があると考えている。その前では、制作者や途中の修理者の考えは些末なことにすぎない。無数の古い仏像や古い建築物が今後もなくならずに残っていくかどうかは、人の想いの連鎖がつながっていくかどうかにかかっているといってよい。 |
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野村浩子 WAVE出版 2014/06/13 女性、 サラリーウーマン、 定年退職という三重苦を語ります。 さらに、定年後の生活苦まで登場したら四重苦です。 多様な事象の中から 一つの原理原則を見つけ出すという視点ではなく、 多様な事象を、多様なままに紹介してくれます。 確かに、三重苦、四重苦には一つの結論は存在しないと思います。 P18 50歳をすぎたあたりから定年まで、女の50代は「胸突き八丁」である。定年を迎えた女性たちに話を聞くうちに、気力も体力も充実したなかでの山登りを終えて、ギアチェンジをしながら今度は下っていくむずかしさを痛感した。人によってもちろん違うが、下りの道にはいくつもの「関門」が待ちかまえている。 つまり、40代で昇格も昇給も頭打ちとなってから、残りの20年近くの間、いかにモチベーションを保ちながら働き続けるかが課題となる。 企業によって、「頭打ち感」が何歳で訪れるかは違ってくる。ある一般職女性は50代前半まで走り続けたものの、そのあとに急にやりがいを見失ってしまったという。「定年まで、あと5年、あと2年」がきつかったと振り返る。まもなく定年を迎えるという一般職社員に重要な仕事は任せられないと、目の前からどんどん仕事が消えていき、ついにはやることがなくなったという。 P25 シニア層になったら悠々自適の生活を送り、生きがいのためだけに働きたいと思う人も多いだろうが、現実は少し厳しいようだ。50代後半から60代後半までシニア層の女性が働く理由でもっとも多いのが「自分と家族の生活を維持するため」で、50代後半・60代前半ともに7割前後の人が、働く理由として「経済上の理由」を挙げている(厚生労働省2004年「高年齢者就業実態調査」)。 P30 「私は認められていない」という満たされない思いを抱えていると他の人の支援はできない。次世代への経験継承やポストのバトンタッチがうまくできない。村松さんによると「女性のほうが仕事を続けるために捨ててきたもの、犠牲にしてきたものが大きい。だからキャリアの下り坂を迎えたときに、より大きな矛盾を抱えてしまう」そうだ。 |
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著者15名 日経ビジネス文庫 2014/06/09 第1巻は良かったので、 第2巻も購入してみたのですが。 全く、私には、ダメ。 なぜ、語るべきものを持たないのだろう。 第2巻の登場人物が悪いのか、 私の読書感が変わってしまったのか。 4年間で時代が変化してしまったのか。 ダメをメモしても意味はないのですが、 4年後には、 また、私の評価が変わっているかもしれない。 |
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田中幾太郎(医療ジャーナリスト) 財界展望新社 2014/06/05 コンビニより多い歯科医。 そのように言われますが、 その比較に何の意味があるのだろう。 タクシー運転手より多い弁護士や、 就職先が見付けられない会計士の方が問題が多いと思う。 歯は、耐用年数60年の消耗品なのだから 高齢化社会では、患者は累乗的に増えていくと思う。 しかし、歯科診療所について激動の時代。 激動の時代だからこそ、実力が試される時代。 住宅地の診療所、 ビル診療の歯科医は患者が激減していると思う。 P165 やみくもに開業すればいいというものではないのだ。「8割がた、場所で決まる」(ベテラン歯科医)といわれる歯科の開業。 P170 コンサルタントが「先生、うちに任してくれれば、もっと節税できますよ」と、殺し文句を囁きながら近寄ってきても、ふたを開けたら大したことがなかったというのがほとんど。うまい話がそう転がっているわけはなく、そうした法律の抜け穴はほぼ埋められていると思ったほうがいいだろう。国税庁はコンサルタントを上回るプロ集団なのである。節税のために細々したところに気を使うより、むしろ事業承継をどうするかを早いうちから考えておくことのほうが重要だ。 |
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吉本佳生 講談社 2014/05/24 全ての受験勉強は、 参考書のみの独学。 本を読めば、 ほとんどのことは理解できる。 そのような確信があるのですが、 しかし、ビットコインは分からない。 秘密鍵と公開鍵を利用したシステムである事は想像できても、 それが、なぜ、分割可能なビットコインという数字を作り出すのか。 コピーは可能だが、しかし、コピーを2つにして売ることは出来ない。 理解できたのは次のQ&Aの一問だけ。 それと、紙幣の信用力と、銀行の倒産は別のものであって、 マウントゴックスの破綻とビットコインの信用力は無関係。 P15 Q ビットコインはどんな「形」をしている? リアルな硬貨や紙幣としては存在しません。データとして、コンピュータの中にのみ存在します。ただし、保存用として「紙」に印刷した「ペーパーウォレット」をつくることができます。ペーパーウォレットは、銀行のキャッシュカードと暗証番号を一緒に記録したようなものなので、他人に盗まれたり見られたりすると、手持ちのビットコインを盗まれる可能性があります。「ビットコインATM」も存在しますが、このATMから出てくるのは硬貨や紙幣ではなく、通常はペーパーウォレットです。 |
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篠田節子 新潮社 2014/05/23 篠田節子さんは、辛辣で良い。 第1編では長女を語り、 第2編では医療を語り、 第3編では家族を語る。 共に、老いを語る。 老いを、どのように生きて、 老いを、どのように介護するのか。 医療と老いとの関係を次のように語る。 「病気を治すのは正しい」 「命を助けるのは正しい」 「長生きは正しい」というドグマが、 老いの不幸を作り出しているのではないか。 P191 「昔、昔の話、まだこの地に仏教が入ってくる以前の話だ。この国は今のように平和ではなく、いくつもの王国に分れて争っていた。このあたりの民はとりわけ勇猛果敢だった。死を恐れず、最後まで闘いぬく。しかしあるとき隣国に狡猜で戦術に長けた王が現れた。敵をむやみに殺さず生け捕り、しばらくすると国に送り返す。殺さない代わりにある者は目をつぶし、あるものは手足を切り、ある者は舌を抜く。家を守っていた者たちは死者よりも恐ろしいものを見た。地獄を目の当たりにし、自分たちのために戦って戻って来た者の面倒を見る。やがて民の手が回らぬ畑の麦は枯れ、世話する者を失った家畜は死に、あるいは野山に放たれていく。国中を覆っていた隣国への恐怖と怒りは、静かな絶望へと変わり、ほどなく王国は滅んだ」 P200 「死んだとき、僕たちは、男も女もヤクも山羊もみんなそれぞれ苦役から解放される。だけど歳を取ったら、死ななくても苦役から解放されたいじゃないか。父親、母親、長老、それぞれの役目のいろいろな使命があって、それを終えたとき、僕たちはようやく自由になるんだ。もうだれかの子供でも、夫でも、妻でも、親でもない。役割や立場、背負って歩いた世俗の重たい荷物を返していいんだ。それで初めて巡礼に出ることが許される。身の回りの物とほんの少しの麦粉だけを持って、村を出ていく。夫でも妻でも村の者でもない。もうそんな役割を果たさなくていい。そうして本来の生を生き始めることが許される」 |
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越川禮子 日経ビジネス人文庫 2014/05/20 日本の民主主義は、 戦後、米国によって持ち込まれた。 そのように教えられてきたが、 本当は、日本の文化は、 265年間の江戸時代に作られたのだと思う。 しかし、江戸時代の文化(水準)を語る資料が見当たらない。 江戸時代の文化は、薩長によってとことん否定されてしまった。 争いが無く、町が綺麗で、子供でも文字が読めた江戸時代。 他の国、少なくともヨーロッパより遙かに完成した生活だった。 対外戦力を持たずに265年の平和が維持された時代。 それが、良いにしても、悪いにしても、日本人の平和観なのだと思う。 戦争の無い世界が普通の世界であり、 戦争が行われたのは異常な時代なのだ。 恐らく、他の国では、 戦争の状態が普通の世界であり、 平和な時代は、戦争と戦争の隙間の時代だと考えるのではないか。 P62 江戸時代も半ばをすぎると、江戸はますます威勢を強め、人口は百万人に達した。ニューヨークはまだ七万人にも満たなかった。日本全国の人々が「江戸の動き」に注目し、多くの人々は町屋衆たちの垢ぬけしたしぐさや流行に憧れた。実際、江戸はすばらしい文明・文化都市だった。 世は鎖国時代であったが、世界中のあらゆる学問や、宗教、科学などの知識、情報は、西洋のものはオランダ経由長崎から、また東洋のものは朝鮮から対馬経由で、それぞれ続々と入ってきていた。 P63 この江戸の町の発展は、二世紀半の長い間、ただの一度も外国を侵略せず、ただの一度も外国からの侵入を許さず、積極的に平和を守り通した成果だった。「いかなる理由があるとも戦争はやるな」という家康の遺言は堅く守られたのだという。 また江戸は良いことならなんでも受け入れる自由な町だった。新しい考え方を尊重するという柔軟性が、江戸繁栄の元であり、原動力となった。江戸にないものは今日でいう兵器産業と電器産業だけで、あらゆるものがあったようだ。その中で競争は競争でも、良いこと、つまり「江戸しぐさ」を競い合うくせが定着していたのである。 P74 私たちが学校で習った「江戸の歴史」は勝者によって書かれた歴史で、書店の店頭に溢れている江戸に関する本は、ほとんど官軍側の資料をもとに明治以後に書かれたお話だそうだ。 明治の政変により、新しく権力の座についた明治政府は旧来の陋習として江戸のカラーを取り去ることに全力を注いだ。 そのため江戸の町衆の多くは親類や知人を頼って、江戸を離れ、地方に身をひそめた。世にこれを隠れ江戸っ子という。今なら江戸難民だ。勝海舟はこの時、講のネットワークにお触れを出し、船を使い、ピストン輸送で両国、武蔵、上総などに何万という人々を逃がしたそうである。 江戸の町は猫の子一匹いなくなるという状況で、小僧がひとり、店の留守番をしていたそうだ。 |
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本田健(出版プロデュサー) 講談社 2014/05/19 本を作る人の、 本の作り方の指南書です。 各々の人達には それぞれに書ける分野があるはずだ。 自分で書ける本は、 人生のポジションを見れば3つに分かれる。 「他人からどう見られたいか」 「自分ではどういう人生を歩みたいか」 a カリスマ型(教祖型) b 専門家型 c 職人(達人)型 aは、生き方の上から目線でしょうか。 bは、考え方の上から目線。 cは、知識としての上から目線。 私(関根)の読書術では、 上から目線ではない、本当の経験者の本を見付けたときが嬉しい。 弁護士や、税理士は、本を書くべきだと次のように論じてます。 P63 私に言わせれば、人と関わる職業の方で本を出していないほうが不思議です。 専門分野に特化しているとはいえ、サービスや実力にはそれほど大差はないはずです。 自分を差別化できれば強力な武器になります。 その武器を持っていない人は、裸でライオンに立ち向かうことと同じです。 厳しい現実世界では、生き残っていくためにはかなり不利な状況です。 |
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守屋英一 朝日新書 2014/05/13 SNSは次のように分類される。 それが本書からの収穫でしょうか。 オープン ┏━━━━━┓ ┏━━━━━━┓ ┃ツイッター┃┃┃ヘイスブック┃ ┗━━━━━┛ ┗━━━━━━┛ 非実名 ━━━━ ╋ ━━━━ 実名 ┏━━━━━┓ ┏━━━━━━┓ ┃ ┃┃┃ライン ┃ ┗━━━━━┛ ┗━━━━━━┛ クローズ ブログは、 htmlを知らない人達の為のホームページだ。 コメントを書き込める(禁止も可能)の付加価値がある。 ツイッターは、 ニュース配信と同じだ。 発信者は匿名が可能で、 その記事は、閲覧者によって再配信されることも可能。 フェイスブックは、 閉鎖された仲間内の日記の交換だ。 自分のページの存在を公開すれば、 友達にしてねという申し出が来てしまう。 いいねボタンによって仲間に自分の趣味を拡散できる。 ラインは、 メーリングリストだろう。 幾つものメーリングリストが可能だ。 さらに、便利な機能があるのだと思う。 しかし、そのようなイメージではないかと。 HP世代は、 次々に登場する新しいシステムを理解するのが難しい。 |
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長谷川英祐(生物生態) メディアファクトリー 2014/05/04 通勤の友はiphoneのたてコラム。 その中でも東京新聞の「筆洗」は読ませます。 平成26年5月4日号は次の内容でした。 草花という足元の小宇宙を撮り続ける埴沙萠さんが、『植物記』で「のろまなフジ」の話を書いている。 ある年の春、ひどい遅霜のため農作物に大きな被害が出て、野山の木の芽も枯れた。 一斉に色づき始めていたフジのつぼみも枯れてしまった。 ところが一株だけ咲いた。 毎年ほかの株より二、三週間遅れて咲く「のろまな、はみだしもの」の株だけが霜に耐え、花を咲かせたのだ。 埴さんは、<「自然」は、こんなときのために「はみだし」を用意してあるんだ>と感動したそうだ 本書のテーマは、 このコラムと同じです。 小さな必要性の認識で動き出す人、 もう少し強い必要性の認識で動き出す人、 それよりも、さらに強い必要性の認識で動き出す人 だから映画館も、駅も、混雑が平均化される。 平均化されることで、群れの生存が守られる。 組織には、2割の変わり者が存在しますが、 その人達を排除すれば、また、2割の変わり者が出現するのだろう。 組織は、上手に、変わり者や、反応の遅いモノを内在化しなければならない。 P62 結果、すべてのコロニーで、働きアリごとに仕事をしていた割合が大きく違っており、ほとんど何もしていない「働かない働きアリ」から、観察された行動の9割以上が仕事であるような「よく働く働きアリ」まで幅広くいることがわかりました。 次に実験の第2段階として、「よく働く」30匹の働きアリを残すコロニーを3つ、「働かない」30匹を残すコロニーを4つつくり、女王と共にさらに一ヵ月飼育観察し、どうなるかを調べました。すると、働くアリだけを選抜したコロニーも、働かないアリだけを残したコロニーでも、やはり、残された個体は一部がよく働き、一部はほとんど働かないという、元のコロニーと同じような労働頻度の分布を示すことがわかりました。 このように、働くものだけを取り出してもやはり一部は働かなくなる、という現象は人間における社会学の領域で「2:8の法則」とか「パレートの法則」と呼ばれており、まことしやかな伝説としてはとても有名ですが、少なくともシワクシケアリの世界では実在する現象だったわけです。 原因はやはり働きアリのあいだに存在する、仕事への反応性の個性のせいだと考えられます。最初のコロニーは反応性の高いものから低いものまで多数の個体が存在するので、仕事に反応するものは反応閾値の低い一部で、それだけが「よく働く働きアリ」として観察されました。極端な個体を抜き出したコロニーも、やはりその個体のあいだには仕事に対する反応性の違いが少しではあるけれど残っています。 したがって、働くもの、働かないものだけにされてもやはり一部が働き、一部は働かないようになってしまうのです。シワクシケアリの実験結果は完全にこの予測パターンと一致しますから、兵隊アリのように形の差がない働きアリ同士であっても反応閾値の差は存在し、それによる集団行動の制御機構があることが推察されたわけです。 |
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長谷川嘉哉(認知症専門) 幻冬舎 2014/04/28 年をとってから認知症になる人をあまり見かけない職業が2種類ある。毎月1000人近い認知症患者を診察するという専門医の長谷川嘉哉さんが、自身の経験などからそのような見方を披瀝している。 作家や音楽家、画家などの芸術家と、やり手の創業経営者だという。 …… 省略 …… 頭を使うと認知症の防止になるというが、毎日同じような仕事で頭を使っても効果は乏しいそうだ。 今日の日経新聞の「春秋」です。 これって「飽きない」だと思います。 自分の仕事に飽きず、 新しいことを見付けている限りは呆けない。 難しい仕事をしていても、その仕事に飽きてしまったら呆けてしまう。 そのように思うのですが、 この長谷川氏の著作があると聞いて読んでみることにしました。 公務員は呆ける商売だと、 随分と刺激的なことが書いてありますが、 これが臨床医の経験なのだろう。 定年後に呆けてしまう仕事だとしたら、 公務員の仕事って、つまらない人生なのだと思う。 P6 認知症の患者さんの脳では、記憶を司る「海馬」が萎縮するために、もの忘れなどの症状が起きます。同時に、じつは海馬だけでなく、感情を支配する「扁桃核」も萎縮しています。ここで私が特にお伝えしておきたいのは、扁桃核を刺激する生き方の大切さです。 生きていく上では、自分にとって快と感じられることも、不快と感じられることもあります。このとき、不快に感じられることを、考え方や行動によって快に変えていくことが、扁桃核を刺激し、認知症の予防につながります。すなわち、楽しい人生を送ることこそが、認知症を予防すると言えます。 逆に、日々の生活で受ける刺激が少なく、喜怒哀楽の感情の起伏が乏しいと、扁桃核の衰えが早く進むと考えられます。特に、マンネリで変化を好まない、公務員のような職業は要注意です。実際、「公務員や学校の先生は、退職後、認知症になる人が多い」とは、認知症を診ている多くの医師が共通して口にすることです。 脳の萎縮があっても認知症にならない方、また家族歴や遺伝子検査から認知症になりやすいと思われても発症しない方もいます。「認知症になる脳」と「ならない脳」。その大きな分かれ目は、40歳代からの働き方、生活習慣、人間関係、性格が、扁桃核に良い刺激を与えるものだったかどうかにあると、私は考えています。 P37 こんな例もあります。85歳の男性で、頭部CTでは脳の萎縮が進んでいて、認知機能がかなり下がっているだろうと予想されました。 ところが、実際の検査ではほぼ正常。家族に話を聞くと、とにかく好奇心が旺盛で、パソコンも使いこなし、携帯電話も以前のものでは飽き足らずスマートフォンに替えたそうです。読書量も半端ではなく、家中が本であふれかえっているとのことでした。 普段の生活態度や習慣が、脳の機能に大きな影響を与えているのは、やはり間違いないと思います。 P57 ただ、認知症専門医として多くの患者さんを診てきた経験からすると、脳への刺激が減ることによって、脳が「廃用」に陥り、認知症になるという説には、とても説得力があります。ですので、本書でも基本的にその立場から、認知症の予防法についてお話ししていきます。 P62 公務員で大切なのは前例があるかないか、マニュアルから外れていないかであり、個人的な判断で結論が出せません。むしろ、組織の論理を優先して淡々と仕事をこなせる人のほうが、出世も早い世界です。 また、教員は非常に頭を使いそうですが、なぜ認知症になりやすいのでしょうか。私は5年間ほど専門学校で授業を行って、気がついたことがあります。最初の年は、90分の授業を30回行うために、休日は一日中準備に追われていたものです。1年目が終了したときには、学生以上に自分が一番勉強したと思ったものでした。しかし、2年目以降は、初年度に比べると明らかに準備にかかる時間が少なくて済むようになり、負担はどんどん減っていきました。 先ほどもお話ししましたが、人間の脳は最初は刺激として感じていても、それが同じレベルで続くと刺激として認識しなくなります。つねに新しい知識を吸収して外に発信していかないかぎり、頭を使っていることになりません。毎年同じ内容を教えている教員の場合、自分では頭を使っているように感じても、脳への刺激としては不十分なのかもしれません。 会社役員も不思議と多くの患者さんがいます。あえて役員と言っているのは、経営者、特にオーナー経営者が認知症になるケースは少ないと感じるからです。 以前、ある有名経営者が、「どれほど大企業であっても、雇われ社長の身で見る風景と、小さな企業でもオーナー経営者として見る風景は異なる」と言っていました。会社の経営幹部についても同じことが言えるのでしょう。どんな組織であっても頂上に立つ経営者と、下から頂上を眺めている役員とでは、思考と行動に大きな差があるのだと思います。 これら三つの職業に共通するのは、あまり判断力が求められないという点ではないでしょうか。何か新しい事態が起きたときに、自らの判断で新たな方法や対応策を生み出す思考・行動が必要とされないように思います。 P78 多くの家族は、介護スタッフのようにうまくお世話をしたり、優しく接することができないことに少なからず自己嫌悪を抱きます。しかし、介護スタッフは仕事ですので1日8時間対応すればよいだけです。ご家族のように、365日24時間休まらない時間が続くわけではないのです。 介護保険というシステムができた根本的な理由は、人間は誰かにひたすら優しくはできないというところにあると思います。それは自分の親であっても同じです。 仕事や家事をこなしながら、自宅で24時間お世話をしていたら誰でも疲れ果てます。相手が親ならば、情けなかったり、腹立たしかったりするのは当然のことなのです。介護を家族だけで抱え込まず、プロに任せるという選択肢を恥じないでほしいと思います。 P104 扁桃核への刺激が大きいライフスタイルとは、突き詰めて言うと、「好き」と「嫌い」、「快」と「不快」がはっきりした生き方です。もっとも、「嫌い」や「不快」のネガティブな感情は、悪しきストレスとなって、心身を損なうことがわかっています。そこで、日常生活で、「好き」「快い」と感じる機会を増やすことが、認知症を予防する第一歩となります。 P162 正直に言えば、介護に関連する問題の90%はお金で解決します。在宅にせよ施設に入るにせよ、地方であれば、月20万円程度が支払えれば、手厚い介護のもとで暮らしていけるでしょう。 |
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金森重樹 扶桑社 2014/04/28 遅ればせながら、 私も、昨年にふるさと納税を利用してみた。 これは楽しい制度です。 次々と贈り物が届きます。 仮に、100万円のふるさと納税で50万円相当の贈り物が届く。 98万8000円が減税になり、ふるさと納税をしても損は生じない。 地方自治体は100万円の税収に対して50万円の支出なのだから歓迎だろう。 贈り物を扱う店舗も、50万円の売上増になり地域復興に役立つ。 高額な納税をしても見返りが無い。 そのような不満を持つ人達は利用すべき制度だと思う。 損をする人達は、誰もいない。 いや、存在しますね、それは誰でしょうか。 最適な納税額の計算が難しい。 1000万円の課税所得で17万円のふるさと納税の利用が可能 2000万円の課税所得で40万円のふるさと納税の利用が可能 4000万円の課税所得で80万円のふるさと納税の利用が可能 P13 世の中の人が思うほど、税理士は税金について全知全能ではない。法人税に強い税理士、相続税に強い税理士、税務調査に強い税理士とそれぞれにジャンルがあるのだ。ふるさと納税については、顧問先でも行った実績がなかったようで、まったくイチからの調査になるとの話だった。 |
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佐藤良和(透析専門医) 中外医学社 2014/04/26 腎臓と人工透析を語ります。 非常に読みやすい解説ですが、 しかし、難しい。 因果関係が5つ、6つと繋がり、 その理屈を追いかけなければならない。 腎臓の悪化がaになり、aがbを引き起こし、bがcの原因になり、cがdの原因になる。 多様な因果関係を辿り、私達に認識できる症状として動脈硬化と高血圧という症状が表れる。 日々の血圧測定、 それに年毎の人間ドックは不可欠だと思う。 腎臓、心臓、脾臓、肺、肝臓。 それらに限らず胃や小腸、大腸、免疫系までが私という閉鎖された生態系のバランスを保ってくれている。1つのバランスの崩れが全てのバランスを壊してしまう。 怖いですね。 ただ、怖いというだけではなく、気になる症状は、町医者ではなく、大学病院の診察を受ける必要性を認識させられました。これだけの因果関係が、20年前、30年前に解明されていたとは思えない。 弁護士のように20年前、30年前の司法試験の知識でも可能な商売と異なり、医療分野は、日進日歩なのだと再認識する書です。 |
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弘中惇一カ(弁護士) 角川Oneテーマ21 2014/04/15 刑事事件について、 自慢話が語られるのかと想像したのですが、 極めて正当で、極めてまとも、 極めてベーシックな刑事弁護人としての考えが語られます。 これが私が弁護士になった昭和の時代の弁護士の心構えでした。 刑事事件の多様な問題点を指摘します。 人質司法やストーリーを想定した調書作成など。 これも昭和の時代から変わらない問題点です。 ただ、過払い金返還請求や、 ビジネス弁護士、企業内弁護士と、 本道を踏み外した弁護士が多くなった時代に、 正当な弁護士のスタイルには新鮮さがあります。 藁にもすがりたい立場に追い込まれた被疑者。 その藁を演じるのが、 本当の意味での弁護士であり、本書の著者です。 P6 私たちの懸命の弁護が実って、一審の東京地裁は無罪判決を下した。 しかし、控訴審は思いもかけない展開となった。初日に裁判長は、検察官と弁護人に「本日、被告人質問の予定があるか」と尋ねた。双方とも「予定していない」と答えたところ、裁判長は突如、「それでは私がする。被告人、前へ出なさい」と言って、いきなり事件の事実関係について、いくつかの質問を始めた。被告人のQさんは驚いて、二、三の答えを返したものの、すぐに私たちのアドバイスを受けて「今日は黙秘します」と述べた。 そうして被告人質問は実質的な内容がないままに終わったが、東京高等裁判所は一審の無罪判決を破棄し、逆転有罪の判決を出した。控訴審で一審を覆す判決を出すには、新たな証拠調べを要する。裁判長の被告人質問はいわば逆転有罪のために形式的になされたものだった。不当な判決をもたらした最大の要因は「やくざと交流がある医師などまともな人間であるはずがない」という偏見だったと思う。 Qさんは控訴審判決のショックで、判決後まもなく脳梗塞を起こして半身不随となり、有罪確定によって医師免許を二年半ほど停止された。さらに逓信病院からすでに支払った退職金の返還を求める訴訟を起こされ、マンションと預金を仮差押さえされた。 P7 私がこれまで扱った刑事事件で一審無罪、二審で逆転有罪となったケースは、これ一件のみである。当時、私はすでに刑事弁護のキャリアをそれなりに積んでいた。 なぜ負けたのか。一審で勝ったため気を許したのか。控訴審でもっと何かやりようがあったのではないか。あるいは一審で控訴審も押さえるような証拠固めをしっかりやるべきではなかったか。 「弁護」とは「その人の利益となることを主張して助けること」と辞書にある。その意味で、私はQさんを弁護できなかった。忘れられない。今も胸に刺さったトゲのように無念の思いにかられる。 P10 そもそも、有罪か無罪かだけが刑事裁判がうまくいったかどうかの判断基準ではないし、無罪を勝ち取ることだけが常に弁護の目的であるわけでもない。マスコミは時に私のことを「無罪請負人」などと呼び、本書のタイトルにもなっているが、私自身はそんなふうに呼ばれることに強い抵抗を感じてきた。 P11 「無罪請負人」という風評だけを聞いて、無理な案件を「なんとかしてほしい」と訪ねてくる人もいるが、弁護人の仕事は黒を白にする仕事ではない。また、難しい弁護は誰がやっても難しい。Qさんの事件のように、結局、無罪判決を得ることができなかったケースも少なくないのだ。 P187 というのも、公判は見通しの付かない長期裁判の様相を呈していた。法廷で、証人に対して微にいり細をうがって念入りな質問を繰り返す安田氏の弁護手法に、自分たちのペースで公判が進められない検察側はいら立ちを募らせていた。検察側が目障りな安田氏をオウム裁判の弁護から外したいと考えていたことは間違いなかった。 さっそく開かれた抗議集会に私も駆けつけた。私がさらに激しい憤りを覚えたのは、安田氏逮捕の翌日、住管の中坊社長が安田氏を告発したことだった。 P188 安田氏の逮捕は、麻原公判第100回の直後というタイミングからも、通常の事件捜査の延長で行われたとは考えにくい。警視庁が逮捕した翌日に住管が告発するという、通常とは逆の展開にも政治的な思惑を感じた。 懲戒は、一方的に弁護士資格を剥奪する可能性のある制度であるから、これを濫用することは大きな問題である。しかし、弁護士でも、そのあたりについて理解の足らない者、あるいは権力的方法を用いることに自制心のない者は、平気で、威嚇の手段として、すぐ懲戒請求をする。消費者問題を取り扱う弁護士もそういう傾向がある。 P196 しかし、弁護士のそもそもの役割は人権を守ることであり、刑事事件では被疑者・被告人の権利を守ることである。摘発したり罰したりすることは、弁護士本来の職責と相容れることではない。弁護士は権力を批判する能力はあっても、自分が権力を持ったときに分をわきまえるという自制には慣れていない。 警察・検察はそれまで権力の行使に対して弁護士から監視、批判されていたが、住管で弁護士と手を結んだ途端、摘発がやりやすくなった。一方の弁護士たちは国家権力を初めて行使できる立場に立って高揚したのかもしれない。 当初は住管も必要だったかもしれないが、時とともに権力は腐敗する。民間と民間の貸借トラブルについて、警察権力を使うことで解決が容易になった。しかも取り立てだから、それは会社の収入源になった。取り立てた債権を分かち合うという仕組みを温存すれば、生活の糧として、そこに依存する弁護士が出てくるのは理の当然だった。 住管は実質的には政府の機関ながら、株式会社という民間企業のかたちをとった。会社が生き延びるためには、不良債権を増やして買い取っていくしかない。住管が整理回収銀行を吸収合併して、破綻した信用組合の債権にまで回収の範囲を広げたのも必然的な成り行きだった。そして、取り立ては必然的に強引な方向に傾いていかざるを得なかった。中坊氏の詐欺的回収は、その一例にすぎない。 P201 依頼人や事件によっても報酬は異なるから一概には言えないが、私自身の体験を一部紹介する。 たとえぼ三浦氏のロス疑惑事件。その報酬は当初、着手金の100万円だけだった。現地調査のための弁護団の海外渡航費などは、三浦氏が名誉毀損訴訟で勝って得た賠償金から捻出していた。 三浦氏の無罪判決による刑事補償金は三千数百万円だった。そのう2割を借金があった三浦氏に、残り8割を弁護団5人で5等分して、1人500万円前後を受け取った。10年近い弁護活動の報酬としては破格に安かった。そして無罪判決が出なければ、それも出なかった。 1991年に茨城県下館市(現筑西市)のスナックで起こったタイ人女性3人による強盗殺人事件「下館事件」を担当した時は、完全に手弁当だった。本国タイで売り飛ばされて、日本でホステスとして無報酬で働かされたうえ売春を強要されていた3人は、監禁・見張り役のタイ人女性を刺し殺したうえパスポートの入ったバッグを持って逃げた。 ところが、バッグにはお金も入っていたため強盗殺人罪に問われた。一審の求刑は無期懲役だったが、控訴審では懲役10年に減刑され、比較的短期間の刑務所生活で無事タイに帰ることができた。 こうした事件は報酬のもらいようがない。私たち弁護団はJR土浦駅までの交通費だけを支援グループからもらい、駅と水戸地裁下妻支部間は支援者の車で送り迎えしてもらった。日当も何もなかったが、弁護士冥利に尽きるやりがいのある事件だった。 薬害エイズ事件の安部医師の場合、保釈金1億円は彼の全預金に相当した。このため銀行と交渉して保釈金を担保にお金を借りて、何年間かの弁護費用を工面した。 |
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山田清機 朝日新聞出版 2014/04/15 法人タクシーの運転手さん、 多様な経歴を抱えているという意味でも、 皆さん、仕事に熱心で、 礼儀正しい人達が多いという意味でも気になる方々です。 本書は、まさに、それを語ります。 著者自身が多様な経歴を持つことが、 タクシー運転手への人生への感情移入と、 実感を聞き出す力になっているのだと思います。 P71 おそらく乗務員の半分以上は、何年たっても、多少はお客様をお乗せするのが怖いと思います。道がわかりませんと言えば、なんだお前、道も知らないでタクシー運転手やってんのかよとお怒りになるお客様が多いですからね。お客様から馬鹿だなんだと罵られながら、売り上げ売り上げでやっていける人間は少ないですよ。みんな、怒られたり小言を言われたりするのは嫌なんです。 P120 ドライバーたちの会話に耳を傾けてみると、あの交叉点を曲がるとどうとか、高速の入り口があそこにあってとか、今度新しいホテルができたからどうだとか、地理の話を一所懸命にしている。夕べは4万で上がっちゃってさというのは、水揚げの話だろう。男は仕事が終わっても、集まって仕事の話ばかりしている。 P156 上村が国際自動車の面接を受けたときの面接官は、現在、国際自動車城東の社長を務めている岡本眞一だった。岡本は、開口一番こう言った。 「国際自動車は社員を大切にする会社だから、どうぞ安心して来てください」 この言葉を、上村はいまだに忘れていない。 P232 タクシードライバーになった竹内は、さまざまな客を乗せるうち、ひとつの信念を持つようになった。トラックは物を運ぶが、タクシーは客を運ぶ。自分がいい仕事をしたかどうかは、客が満足して降りていくかどうかにかかっている。降りるときに「ありがとう」とか「ごくろうさん」という言葉を客が口にしてくれなければ、プロとしては失格だ。 |
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鈴木秀子 HPH文庫 2014/04/02 自分を知る為にはエニアグラムの知識は不可欠だろう。 エニアグラムを知る為には、本書は不可欠だろう。 随分と前に、本書に巡り会い、 その後、多様な人達と出会ったので、 再度、本書を読み、 彼らの生き方、考え方をイメージしながら再読してみた。 エニアグラムも、本書の解説も、確かだと思う。 人間は、なぜ、これほどに色濃く、自分の本質を示すのだろう。 |
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森内俊之(永世名人) 小学館新書 2014/03/26 淡々と、勝負の世界での成長過程を語ります。 しかし、語るべきモノが語られていない。 自分の世界を語るためには、 他の世界を知る必要があるのですが、 他の世界からの視点、 自分の世界から見た他の世界、 それが表現されていないように思う。 この種の書籍は、 ライターの良し悪しによって 完成度が断トツに異なる。 P178 はたから見て”逆転の妙手”のように思える手でも、対局者にとっては、とらえ方が違っていることが多い。プロ棋士の対局で驚くような逆転が生まれるのは、相手が致命的なミスをしたときだけだ。一手の好手のみで勝負がひっくり返るようなことはまずありえない。 逆に、それまでの良い流れをすべて壊してしまうような”逆転を許す悪手”はある。 P179 要するに、将棋とはいかにミスをしないか、少なくするかという戦いなのだ。戦国武将が戦略を学ぶために将棋をやったという話や、人生を将棋に例えるような話を聞いたことがあるかもしれないが、やはり将棋には戦局や人生と似ているようなところがあるのではないだろうか。 P183 では、ミスをしないためにはどうすればいいのか?私の考えでは、ミスをしないということはまず不可能だ。互いに最後までノーミスで進んだ将棋など、一度も指したことがない。どんな状況でも百パーセントの正解を出せる、常に完壁な人間など、この世に存在しないはずだ。 しかし、ミスをなくすことはできなくても、少なくすることはできる。簡単に言えば、ミスを一度で止めることを意識すればいいのだ。将棋ではミスをした後、続けてミスが起こりやすい精神状態に陥る。 実は、一回目のミスはそれほど大きく情勢に影響しない場合も多いのだが、動揺した精神状態で犯す二回目のミスは致命傷となりうる。大切なのは、冷静になって丁寧に考え直すことだ。へたに取り繕おうとすると、余計にピンチを招くことになる。 P185 若い頃の私は完壁主義者で、自分の一度のミスが許せず、その動揺した気持ちのまま指し続け、ミスを重ねて負けてしまったことが何度もある。しかし、そんなことを繰り返しているうちに気がついた。 ミスをしないなんてありえない。誰でも、どんなときでもミスはある。だから自分のミスを許そう、と。 大切なのは、一回目のミスを許容する余裕だ。 |
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藤村三郎 社会評論社 2014/03/25 女川町の中国人実習生の方々、 本国での反対を押し切り、 また、女川町に戻ってきてくれたのだ。 涙なくしては読めない一冊です。 中国でも、日本でも、人々は、 お互いの文化を尊敬し、仲良く暮らしている。 なぜ、政治家だけが、不和を作り出すのだろうか。 P33 現在私たちは、再び前と同じ会社で仕事についています。日本人の社員の方々とまた、いっしょに働いています。この方たちの笑顔を見ていると、私たちと同じく生死の瀬戸際の体験をしたとはとても信じられません。この方たちも故郷や家族や友人、そして家屋や財産を失っているはずなのです。それなのに顔には微笑があり哀愁はみじんもないのです。私は感動しました。彼ら、彼女らの明るさ、勇気、粘り強さを私たちは敬服してやみません。 いま、どこでも頑張っている女川、奮い立っている女川を見ることが出来ます。私たちにも熱い血が流れています。日本人に感動を覚えながら私たちも頑張ります。そして期待しています。そう遠くない時期に、新しく復興した女川をきっと見ることができることを。大地の上にまた美しい女川が、富める女川が建設されることを信じています。 私は心から応援します。日本がんばれ!女川がんばれ! |
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佐藤勝彦(東京大学名誉教授) 集英社新書 2014/03/22 面白いですね。 全ては真空のエネルギーから始まった。 真空は何も無い状態ではなく、 エネルギーが強く存在する状態である事が証明されている。 真空の相転移によるエネルギーが、 インフレーションから ビッグバン、そして膨張する宇宙を作り出した。 真空エネルギーの数値が僅かに異なるだけで、 そこで作られた宇宙には全く異なる物理法則が成立し、 「人間の生まれない宇宙」が作られてしまう。 それら宇宙が無数に存在すれば、 その中に一つぐらいは、 知的生命体を生む宇宙があっても不思議ではない。 それが神の存在を前提にしない人間定理です。 P67 ここで簡単に、インフレーションからビッグバンまでの流れを説明しておきましょう。 インフレーション理論では、宇宙初期に「真空の相転移」が起きたと考えます。相転移とは、たとえば水蒸気が水になったり、水が氷になったりするように、温度などの変化によって物質が異なった状態になることです。 真空が「何もないからっぽの状態」であれば相転移は起きませんが、そこにはエネルギーがあるので、異なった状態になることは可能です。 では、真空が相転移を起こすと、どうなるか。私は、宇宙初期にそれが起きたという前提で、アインシュタインの一般相対性理論の方程式を解きました。すると、真空のエネルギーが斥力として空間を押し広げる働きをすることがわかったのです。これが、倍々ゲームで宇宙を膨張させる原動力にほかなりません。 また、水から氷への相転移が起きた場合、エネルギーが高い状態から低い状態になるため、その落差によって「潜熱」が生じます。それと同様、真空の相転移による指数関数的膨張が終わると、膨大なエネルギーが放出される。それが熱エネルギーとなって「火の玉」を生み出し、ビッグバンを起こすのです。 P71 一般的に、ダークエネルギーの話は「減速するはずの膨張が加速しているのが不思議だ」「なぜそんなに大きなエネルギーがあるのか」という形で語られます。しかし、もともと「真空のエネルギーがある」と考える私たち理論家から見ると、そのエネルギーが「小さすぎるのが不思議」なのです。 P78 これを「人間原理」と呼びます。 ただし、このような考え方はそれ以前からありました。真空のエネルギー以外にも、わずかに数値が違うだけで「人間の生まれない宇宙」ができあがる物理定数はいくつもあり、それは基本法則から導くことができません。偶然、人間が生まれるように微調整されているとしか思えないのです。 P97 もし神様が宇宙を創造したのだとすれば、いずれそこに人間が生まれるようにそれらの数を決めたということになるでしょう。しかし神様が宇宙を作ったのではないならば――多くの物理学者はそう考えているわけですが――これらの数が人間を生むのに都合よくできていることが実に不思議なことに思えるのです。 P145 一方、ワインバーグの主張した人間原理は、それよりも納得しやすいものになっています。「宇宙は無数に存在する」と語っているとおり、彼は「ユニバース」を前提にしてはいません。「ユニ=単一の」宇宙ではなく、「マルチ=多数の」宇宙を前提にしているのです。 P146 さまざまな条件で作られた宇宙が無数に存在するならば、その中に一つぐらい、人間のような知的生命体を生む宇宙があっても不思議ではありません。その点で、ワインバーグの人間原理は誰にでもすんなりと飲み込みやすい中身になっているのです。 …… もちろん、これを観測によってたしかめることはできません。もし私たちの知っている宇宙とは様子の異なる「宇宙」が観測によって発見されたとしたら、それは決して「別の宇宙」ではなく、「この宇宙」の中にあるからです。したがって観測という手段では、「ユニバース」という結論しか出ないでしょう。 |
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ティムール・ヴェルメシュ 河出書房新社 2014/03/19 ヒトラーが、 ガソリン臭を漂わせて現代に生き返る。 そのような設定で、 ヒトラーにドイツ帝国の防衛を語らせます。 これが読みやすく、面白い。 完全にズレた会話が、 そのまま会話として成立してしまう。 著者だけではなく、 訳者の才能なのだと思う。 日本が巻き込まれた次の戦争が終わって50年後、 安倍総理が、石油臭い軍服を着て空き地で復活する。 そして、集団自衛権が必要だ、 靖国神社参拝だなどと言い出す。 そのような雰囲気といえば、 この小説のストーリーが理解できると思う。 一般の国民の意識とは「誤解と齟齬」のすれ違いだが、 どういうわけか、すれ違ったまま日本の政治が進んでしまう。 P37 人々の知識とは所詮、新聞から得たものにすぎない。だがその新聞とはいわば、目の見えない人間が話したことを、耳の聞こえぬ人間が書きとめ、村一番の間抜けがそれを書き直し、さらにそれを、よその新聞社が丸写しにしているだけのものだ。何も考えていない民衆を丸めこみ、極上と偽って安酒を飲ませるためなら、嘘で煮出したスープを真の出来事に注ぎかけるくらい、彼らには日常茶飯事だ。ただ、今回の件については私もある程度、彼らを容赦する心づもりがある。なにしろ私の身に起きたのは、運命の歯車がふつうにかみあっているかぎり、ぜったいにありえない出来事だからだ。最高の頭脳の持ち主ですら理解しがたいことを、意見の出版人を称する凡庸な彼らがどうして簡単に理解できるというのだ。 P155 「クレマイヤー嬢、お願いだからやめてくれ。あのニュルンベルクのできごとは、民族へのあざむき以外の何ものでもない。もし、あなたがだれかに責任を問いたいなら、可能性は二つ。ひとつはナチスの指揮権をたどること。それによれば、事態に責任を負うべき人間は、総統の座でともかく責任を引き受けている人物――つまりは総統本人だ。もうひとつの可能性。それは、総統を選んだ人々や罷免しなかった人々にこそ、責任があると考えることだ。非凡な人物を総統に選び、彼を信じて祖国の運命を任せるという選択をしたのは、どこにでもいる市井の人々だったのだ。クレマイヤー嬢、それとも君は、選挙そのものを否定するのか?」 P246 よろず屋の役目も果たさなくてはならないのか? なぜ電話が、電話だけでなく、カレンダーやカメラや、その他もろもろの機能を備えていなければならないのか? なぜわざわざ、こんなに愚かでかつ危険なものをつくりあげたのか? 電話に多くの機能が盛り込まれているおかげで、若者らは画面に見入りながら道路を歩く。そのせいで、たくさんの事故が起きるにちがいない。私がまず考えている計画のひとつは、こうした多機能電話を全面的に禁止するか、もしくは劣等民族のみに許可することだ。いや、劣等民族にはそれを規則として義務化するほうが、むしろ好都合かもしれない。 そうすれば数日のうちにベルリンの大通りには、車に礫かれたハリネズミのように、やつらの遺体がごろごろと転がっているはずだ。多機能型電話も、こんなふうになら有効に活用できる。だがそうでもなければ、複数の機能をひとつの何かに盛り込むのは愚の骨頂だ。たとえば、空軍がゴミ収集の業務を請け負うことにでもなったら、国家財政的にはもちろん好都合かもしれない。だがそんな空軍を、空軍と呼べるだろうか? P256 (訳者あとがき) この本はタイムスリップものとしてもおもしろく読めるし、現代社会への痛烈な風刺としても読める。しかし私がいちばんおもしろくも恐ろしくも思ったのは、ヒトラーと周囲の人間との会話のすれ違いだ。会話はすべてが誤解と齟齬の連続で、それが読者の笑いを誘う。ユダヤ人の祖母をもつ女性がヒトラーを問い詰めるという非常にシリアスな場面ですら、その会話はほぼかみ合っていない。ヒトラーは相手が必死に訴えることをまったく理解しない。理解できない。テレビ局の人間が言う「ユダヤ人を冗談の種にしない」というルールについても、ヒトラーがそれに従うのは倫理性ゆえではもちろんなく、反ユダヤ主義者として本心から「ユダヤ人は冗談の種にならない」と思っているからにすぎない。 |
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山本博文 光文社知恵の森文庫 2014/03/19 日本の会社制度は、 江戸時代の藩と同様なのだ。 会社が無くなれば、 自分の生存の基本が失われてしまう。 会社と自分自身の立場を守る為に腹を切る。 誰かが腹を切れば、全ては解決したことになる。 紛争を防ぎ、プライドを守り、家を守り、被害の拡大を防ぐ、 腹を切らされる者の立場を無視すれば、 切腹は、まさに合理的な手法だったのだと思う。 責任の有る無しに関係なく、 誰かが腹を切れば、全てを水に流す。 いまは、紛争の解決の為には、 裁判という手間のかかる制度が利用される。 いや、会社であれば辞表を提出することになる。 彼に責任があっても無くても、それで事は解決する。 P113 このように、江戸時代の武士は、幕府や藩といった組織を離れては生きていけない存在となっていた。そのため、主君に腹を切れと言われれば、素直に腹を切った。それどころか、腹を切れと言われる前から、自らの罪に気付けば、腹を切って謝罪するようになったのである。 明治になって洋行した旧幕臣の本多晋は、ロンドンの下宿屋の娘から、「あなたは昔武士だといふが、武士といふ者は刀を二本帯して居て、長いのでは人を斬り、短いのでは自分の腹を切るといふが、さうでありますか」と問われたという(「屠腹ニ関スル事実」)。これほどまでに切腹は、武士と不可分のものとなったのである。 |
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藤宮浩(不動産鑑定士) 高原誠(税理士) 現代書林 2014/03/13 相続税の還付ビジネスを専門にする税理士事務所をみかける。 そして多額な還付を得たと成果を誇るのだが、本当だろうか。 本書も成果を誇る(P24)のですが、 その具体的な評価減の手法は、 税理士業界では常識に近い、語り尽くされた陳腐な対応のみです。 連戦連勝と、勝訴を誇る弁護士と同様に嘘を語っているのか、 本当に、一般の税理士の相続税の申告は7割にミスがあるほどお粗末な内容なのか。 税理士の皆さん、 自分が提出した申告の70%が過大申告だと思いますか。 今までの相続税の申告で70%の人達に損失を与えてしまったと反省してますか。 あるいは、俺は優秀だが、他の税理士はアホだと定義してるのですか。 P24 これまで2000件以上の申告書を拝見し、その約7割に相続税の還付や減額の要因を見つけ出してきました。非常に優秀な申告書もありましたが、なかには納税者が気の毒になるほどひどい申告書もありました。 P45 お父さまから相続したAさん(群馬県)の自宅敷地の上には、高圧線が通っていました。高圧線の下の土地は、高さ制限、利用制限などがあるため、それだけで30%の評価減ができるという規定があります。しかしAさんは、それを見落としたまま相続税を申告していました。 P58 一つめは「利用区分ごとの評価」をしなければいけないケースです。 しかし、これを一体の土地として路線価評価してしまうと、2000万円以上も過大な評価となってしまうことがあります。 P58 利用区分ごとの土地評価がされていない評価 ▽一筆の土地でも、利用区分が異なれば分けて ▽路線価格差を意識した土地活用を(生前の節税対策として) P64 容積率がまたがっている土地の評価 ▽公道から20m離れた土地は容積率が違う?! ▽マンション敷地も「容積率またがり」に注意 P68 「広大地評価」を適用するかどうかで、大きな差になる P75 利用価値の著しく劣る土地 ▽線路際で騒音・振動がひどい土地 ▽隣家の暴力団組員が建築を妨害 ▽埋蔵文化財包蔵地 P95 道路と敷地の間にある水路で大幅な減額評価 P108 宅地の敷地内にあるがけ地を考慮 |
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熊坂仁美 日経新聞出版社 2014/03/06 これからは、 文字でも、写真でもなく、 動画の時代になると思う。 私も、動画に挑戦しようと思う。 P17 ユニークユーザ−月10億人、毎月の動画視聴時間60億時間など、YouTubeの巨大化を示すデータはたくさんありますが、なかでも並外れているのが動画アップロード時間です。 1分間にアップロードされる動画は100時間分。わずか1分で、ハリウッド映画60本に相当する動画が世界56力国のユーザーによってアップロードされているのです。 P20 パートナーになると、動画に貼った広告の表示回数に応じて収益分配を受け取ることができます。すべての動画に自動的に広告が貼られるのではなく、貼るかどうかを選択することができます。 |
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櫻井よしこ 文春新書 2014/02/28 なぜ、「きょうの出来事」を辞めてしまったの。 私は、この番組の熱烈なファンでした。 辞めた理由と、 著者のジャーナリストとしての心構え、経歴が語られます。 ただ、政治について語れば極めて優秀な方なのですが、 個人的な心情や、価値観を語るのは不得手と思えました。 P80 体験してはじめて分かったことですが、テレビの仕事は人間を消費します。体力も気力も、頭の中身も消費します。忙しいですから、英語の本を一冊じっくり読みましょう、歴史の三巻本を読みましょうと思っても、時間がなかなか取れません。毎日毎日、大体ざっと数えても十項目のニュースを伝えるわけです。毎日十項目のニュースをきちんと理解して、視聴者の方に「こうこうです」と自信を持って伝えるのは大変です。それをこなすだけで精一杯になってしまいます。 そんな状態を続けているうちに、「自分の中身が希薄になっていく」という恐れが、徐々にですが芽生えてきました。「きょうの出来事」のチームに支えてもらっていますから、ニュースキャスターです、と偉そうな顔もしていられます。テレビの世界にいれば、自分の実力と無関係に持ち上げてもらえます。ハイヤーで送り迎えされますし、どこに行っても「ああ、櫻井さんだ」と注目を浴びます。 けれど、「きょうの出来事」のスタッフがいなくなり、チーフ・プロデューサーがいなくなり、報道局や日本テレビの看板がなくなったら、どうでしょうか。中身のない「櫻井よしこ」は、鶏のガラみたいなものでしょう。 こういうことではまことに良くない。十五年間、仕事をさせていただいて、本当に深い満足と達成感を得ていました。それが自分だけの力で勝ち取ったものでないことも、充分承知していました。ですから、「視聴率が上がった」「もっと続けて」「七十歳まで」といわれたときに、 「ああ、怖い」 と思ったのです。 「そろそろ辞め時になった」と、そのとき初めて感じました。十五年のお祝いをしていただいて、はじめて危機感を覚え、自分の人生の目標をもう一度設定しなおし、自分の生き方をもう一度、しっかりしたものにしようと思ったのです。 P117 私自身は、個人的に批判されることがあっても、あまりこたえません。もう二十年近く前のことですが、「噂の眞相」という雑誌で、あることないこと、ではなくて、ないことないことを書かれました。あまりにひどい内容でしたので、普通の名誉殿損ではなく、刑事告発まで考えたことがありました。そのとき、元東京地検特捜部長の河上和雄さんが「裁判に訴えれば、君の多くの時間が失われる。つまらないことではないですか」と助言して下さいました。そうだと思いました。 P161 当時の体験からも、お金は大事なものだ、と自覚していました。 お金の怖さも実感していました。お金を持つと、その人の性格が十倍も強調されて出てきます。立派な人は更に立派になり、だらしのない人は限りなくだらしなく、狡い人は限りなく狡くなります。そういう意味でお金は魔物です。ですから自分に自信のない人は、お金は持たないほうがいいと思います。 |
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瀬木比呂志(元裁判官) 講談社現代新書 2014/02/25 弁護士にしてみたら当たり前のことでも、 一般の人達にしてみたら驚きなのが裁判の実態だと思う。 要件事実、立証責任、書証で裁かれる世界。 弁護士が作り出す「主張」という名の「嘘」で構築される世界。 弁護士は、当たり前なるが故に疑問も持たず、批判も、反省もしない。 しかし、その矛盾に投げ込まれるのは、弁護士が一番に大事にすべき依頼者なのです。 さて、弁護士が、当たり前なるが故に認識しない裁判制度を、 さらに、当たり前すぎる組織の中に住む裁判官が、どのように語るのか。 自分が犯してきた罪を語るのだろうか。 あるいは制度の問題として論じるだけなのだろうか。 制度の批判論です。 その制度の上で自分が書いた判決にも、当事者にも言及しない。 裁判という制度は正しいが、 しかし、現行の裁判制度は間違っている。 そのような論は、 「裁判」の中で生活し、 「裁判制度」に不満を持つ人達には心地よく聞こえるのだろう。 このような批判なら、 裁判制度に限らず、 松戸市役所についても、 埼玉県庁についても語れると思う。 P5 こうしたことの帰結として、2000年度に実施された調査によれば、民事裁判を利用した人々が訴訟制度に対して満足していると答えた割合は、わずかに18.6%にすぎず、それが利用しやすいと答えた割合も、わずかに22.4%にすぎないというアンケート結果が出ている(佐藤岩夫ほか編『利用者からみた民事訴訟―司法制度改革審議会「民事訴訟利用者調査」の2次分析』〔日本評論社〕15頁)。日本では、以前から、訴訟を経験した人のほうがそうでない人よりも司法に対する評価がかなり低くなるといわれてきたが、右の大規模な調査によって、それが事実であることが明らかにされたのである。 P7 そして、大変ショッキングな真実をここで述べると、あなたは、つまり一般市民である当事者は、多くの裁判官にとって、訴訟記録やみずからの訴訟手控えの片隅に記されているただの「記号」にすぎない。あなたの喜びや悲しみはもちろん、あなたにとって切実なものであるあなたの運命も、本当をいえば、彼らにとっては、どうでもいいことなのである。 |
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大理 奈穂子 、栗田 隆子、大野 左紀子、 水月 昭道 光文社 2014/02/25 高学歴の女性。 彼女らが書く現状分析や文体など、やはり優秀な人達です。 恐らく、優秀なだけではなく、 仕事に対する熱意や、真剣度が深いのだと思います。 しかし、その優秀さが、そのままでは生かされない社会。 本書のような深い洞察力の本をドンドンと書いてくれれば良いと思う。 P16 実家に戻るたびにかけられる、娘を案じる母の言葉は、決まって私を苛立たせる。 自分が「高学歴ワーキングプア」であることを突きつけられるからだけではない。母の期待を裏切ってしまったのではないかという、後ろめたさもあったから。 現在の私の職業は、「大学非常勤講師」である。 ただ、講師以外の身分もある。二つ目の大学を卒業した後は、そのまま大学院博士課程まで進学し、決して本意ではないのだが、いまだそこに籍を置きつつ「勤め」に出ている状態なのだから。さっさと学籍を「抜いて」しまいたいと心底願っているにもかかわらず、博士課程には足かけ八年も「入院」したままだ。自分でも、もううんざりしているのだが、これにはわけがある。 わたくし、日本学生支援機構から奨学金を借りております。他にアルバイトをすることでそいつをストックしてもおります。いや、「おりました」。支給そのものはすでに最初の五年で打ち切られて、今は蓄えた奨学金貯蓄を切り崩しながらの毎日なもので……。 大学院生に対する奨学金は、修士課程の二年間分と、博士課程の三年間分の最長五年間のみしか保証されない。たとえそれ以上在籍していても、入ってくるものはもう何もない。「ならば、わざわざ五年を超えて大学院生の身分である必要はなかろう」と思う向きもあるかもしれないが、問題は、入ってくるお金のことではなく、出ていく分にこそある!私を含む多くの大学院生たちが、望むと望まざるとにかかわらず、結果的に長年の「入院」をせざるを得ない「罠」がそこに張られているからだ。 ひとたび大学院生でなくなったら―いわゆる「退院」をしてしまうと、たとえ定職がなくても「返済義務」がただちに生じてしまう。「貸した金、返せ!」、としつこい取り立てにあうことになるわけで、皆これにおびえているのだ。猶予してもらうための手だてとしては、できる限り長く学生であり続けるしかない・・・。 P132 2002年の超就職氷河期と呼ばれた年であった。 「(大学)新卒者」たちが、夏なのに暑そうな黒いスーツで50社、100社と走り回って就活する姿が、日々のニュースで取り上げられていた。「既卒」の私はといえば、「手に職」もなく、ただ「学歴」だけがある女、だった。日本で仕事を見つけたいのなら、「新卒」が絶対条件であるから、大学院出など最初から脱落者の烙印を押されているようなものだった。 仕事、どうしよう……。 当時住んでいた実家の近くに船舶会社があった。そこが事務職を募集していると知って、(私なりに)なりふり構わず履歴書を送ったところ、エラく丁寧な手紙が戻ってきてびっくりした覚えがある。恐る恐る中身を見ると、「是非ほかをお探しください」という文面。落選者に対するものとは到底思えないほどの、凄くキレイな便箋と封筒がなぜか同封されていた。 その瞬間、「あ!自分の学歴は“場違い”なのだ」と直感した。 家から近くて、残業がそれほどなく、フルタイムで働ければ“なんでもいい”、と思ってダメ元で応募したつもりだったが、それはあくまで私の側の都合に過ぎなかった。社会の認識は違っているのだ、とはじめて知った日だった。 大学院、それも旧帝大出(など)に「(単純)事務は不釣合い―というか使いにくいからお断り」。激しく丁寧な手紙から暗にそんなメッセージを受け取った。同時に、ものすごく恥ずかしくなった。そんなこともわかっていなかった「世間知らずな自分」がまさに、浮き彫りになったから。 |
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東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会 ぎょうせい 2014/02/20 最近、労働事件が増えているように思います。 小泉政権以降、労働者は虐げられてきた。 その被害者意識が、 攻撃意識になってしまったことと、 労働事件が好きな弁護士は少なかったのですが、 弁護士の増員で、どんな事件でも持ち込まれるのは嬉しいという時代。 解雇無効などのトラブルは、 今後、増えることはあっても、 減ることは永久に期待できないのだと思います。 本書は、ユニオン(組合)側が語っているところに読み応えがありました。 P6 小泉政権の頃に、派遣法が成立しました。 新しい出向の形式で、こういうものがあります。リストラ対象者に対して、「君はもうわが社では仕事がない。○○派遣会社に行け」と言います。そして派遣企業、あるいは人材紹介企業に社員を出向させるのです。そこで仕事を見つけさせます。「仕事を見つけたら、その会社に君は転職せよ」という含みで、派遣企業、人材紹介企業に社員を出向させることが流行しています。 P12 トラブルには堂々と応戦する姿勢が必要です。恐怖や不安を持ってはいけません。 「この団体交渉会場は、私たち使用者側がセットしたものです。勝手に机と椅子を動かしてはいけません」と抗議しなければいけません。 つまり、不安と恐怖におののいているのです。だから何もしゃべりません。 P18 私は労働組合運動を40年やってきて、こんなに労働組合が劣勢で力がなく、こんなに世間から無視されるような状況になったのは初めてです。 P34 それでも、退職勧奨事件の半分は退職条件和解ですし、半分は職場にそのままとどまります。 解雇の場合に、解雇を撤回して職場に戻るのは非常に難しいです。 裁判官も徹頭徹尾、退職条件和解にしようとします。 解雇の場合で職場復帰したのは5%くらいです。 P177 実際の実務にどう影響するかというと、一番問題になるのは不更新条項です。不更新条項というのは、大企業ではほとんどですが、例えば「1年有期契約は2回までは更新し、3回目の更新はありません」あるいは「有期契約は最長3年で、3年を越えたら更新しません」と最初の段階で通知をする、あるいは有期労働契約書にその旨を明示する扱いです。いわば有期契約の最初の段階から不更新、あるいは更新の上限を定める在り方です。 P178 本田技研工業事件の場合は、5年間そのような更新の有無についての条項が書いてある有期労働契約書が6、7回、定期更新されてきたのですが、最後の段階になって「今回の契約で終了です。次回は絶対に更新しません」と説明された上で、判を押したケースでした。東京地裁の判決では、説明を受けて承知の上で判を押したのだから、この労働者については合理的期待を自ら放棄しているということで、そもそも解雇権濫用法理の類推適用はしないと、形式的に切ってしまいました。 P180 しかも、クーリング期間を認めています。1年契約の場合には、その契約の半分の6か月の空白期間を設ければ、5年の無期転換請求権はできないことになっています。5年の途中の間、例えば3年目で6か月の空白期間を置けば、それまでの契約期間がキャンセルされて、そこからまた5年カウントをすることになります。また、この5年ルールが適用されるのは、法律が施行されてからのカウントなので、今まで10年働いている人も、今後また5年を待たなければいけません。 P181 先ほど言ったように、5年を越えて有期労働契約を更新して働いている人は28%です。その28%の人たちは、これから5年を越えたら無期になるという希望を持って働けるのか、逆にそれを避けるために、法律がなければ5年を越えても有期で働けていたのが、この法律ができたから5年を前に雇止めをされてしまうのか、問われることになります。この法律は現行法より改悪だと反対をする労働組合のグループもあります。 |
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佐藤留美(ライター) 新潮新書 2014/02/18 業界に住む者に取っては当たり前の常識。 客がいない弁護士 勤め先の無い会計士 独立できない税理士 食えない社会保険労務士 それが一般向けの書籍になり、 社会一般の常識になってしまうことが問題。 同情されるようじゃ、資格商売は出来ない。 見えないふりをしているのは、資格を取ってしまった人達だけ。 資格者が食えないだけなら、社会的には害は与えない。 しかし、食えない資格者が悪さをしだしたら、社会の害になる。 資格者の自尊心で成り立っていた業界の正義。 これが失われる時代が到来すると思う。 ただ、私(関根)は、3業界を見るものとして、 本書の認識に反し、税理士資格の価値は失われていないと思う。 他の資格に比較し、税理士は、正業です。 P58 「どこも雇ってくれないから、いわゆる即独のタク弁になるしかない。知ってますか?僕ら即独のタク弁の間では、最近、『一番最初にやらなきゃいけない弁護士業務は、自分の自己破産だ』なんて自虐ギャグが流行っているんです。自己破産すると、我々弁護士は、弁護士資格を失うのにね」 P69 数年前までは、1回の訪問に2人のアソシエイト(新人)を連れて行き、1時間3万円で3人分タイムチャージし、さらに議事録作成料として3万円取って、合計12万円請求していたのが、最近は『先生、お一人でいらしてください。ウチはおたくの新人研修の場ではないので』と釘を刺されてしまいます」(大手弁護士事務所弁護士) P88 「監査報酬の差は、監査法人本社の地価の差だと言われている。だから、飯田橋に事務所があるあずさが、日比谷の新日本や丸の内のトーマツより安いと言われていたほど。もっとも、トーマツは地価の安い芝浦に越したから、最近、また監査報酬が下がったんじゃないのなんて噂されてますけどね」(大手監査法人元シニア会計士) P93 4大監査法人はいずこも、若手だけではなく、クライアントの契約解除を喰らって所内でウロウロしているマネージャーや、そのマネージャーになれないシニア会計士、営業が苦手なパートナー(一般企業でいうところの役員)にまで退職を促していった。 P108 ある都内の開業税理士など、「税理士資格は足の裏にくっ付いたご飯つぶと同じ。取らないと食べられないけど、取っても汚くて食べられません」と謎かけを披露するほどだ。 P136 だからだろうか。社労士3万8000人のうち、開業社労士が占める割合は全体の約6割に及ぶ。 ところが、社会保険労務士の須田美貴氏によると、「社労士の仕事で食べていける人は、私の実感でせいぜい1割程度」だという。 P137 社労士試験は試験直前の2〜3か月で詰めて勉強すれば一発で通る、それほど難しくもない資格なので、一流企業にいる人事の人が結構受けるんです。だから、平均収入が上がってしまっただけ。独立して“平均”ほどの稼ぎがある人は、ほとんど見たことがありません」(都内開業社労士)とにべもない。 |
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岸見一郎(アドラー研究家)/古賀史健(ブックライター) ダイヤモンド社 2014/02/14 フロイトは無意識の概念を最初に発見し、抑圧された性欲(リビドー)が、無意識領域に存在する心理的な現象の根源だと論じた。ユングは、個々人の無意識の奥底には、人類共通の集合的無意識が存在すると論じた。 アドラーは、社会的な劣等感(コンプレックス)が無意識領域に宿る心の不調の原因であり、それは医者による治療ではなく、自分自身の向上心でしか解決できないと論じた。つまり、人間は、社会における他者との比較でしか自分自身を実現できないという視点だ。 アドラーの視点こそが、 現代心理の基本だと思うのだが、 アドラーの後継者は見かけない。 本書は、丸ごとアドラーの思想を語るようで、読みやすく、楽しみ。 まだ、読み始めなのですが、 はたして人生の真実を語ってくれているだろうか。 「すべての悩みは対人関係の悩みである」 そこまではアドラーの心理学として理解できましたが、 それがさらに進んで、 他者からの評価を切り捨て、 承認欲求を無意味と断じることなど、哲学的な論理になると、 それが事実を分析する科学なのか、 如何に生きるべきかの人生論なのかがわからなくなってくる。 科学なら論理的な根拠が無く、 人生論だとしたら浅すぎる。 ただ、このような「教え」が好きな人達は多いのだと思う。 私には馴染めない。 P71 なにしろアドラーは「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」とまで断言しているのですから。 P77 われわれは、客観的な事実を動かすことはできません。しかし主観的な解釈はいくらでも動かすことができる。そしてわたしたちは主観的な世界の住人である。これはいちばん最初にお話ししましたね? P87 わざわざ言葉にして自慢している人は、むしろ自分に自信がないのです。アドラーは、はっきりと指摘しています。「もしも自慢する人がいるとすれば、それは劣等感を感じているからにすぎない」と。 P92 健全な劣等感とは、他者との比較のなかで生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれるものです。 P155 アドラー心理学には、常識へのアンチテーゼという側面があります。原因論を否定し、トラウマを否定し、目的論を採ること。人の悩みはすべて対人関係の悩みだと考えること。また、承認を求めないことや課題の分離も、すべてが常識へのアンチテーゼでしょう。 |
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古森重隆(富士フイルム社長) 東洋経済 2014/02/14 なぜ、富士フイルムが生き残ったのか。 まさか、化粧品だけで生き残れるはずがない。 その秘密を知りたくて本書を読んだのですが、 本書を読んでも、まだ、疑問が解消されない。 素材は良いが、ライターの腕が足りない。 そのような印象を受けるのが本書です。 P2 カラーフィルムなど写真感光材料は当時、富士フイルムの売上の6割、利益の3分の2を占めていた。その市場のほとんどが、あっという間に消失したのである。 P32 その一方で写真フィルムは、先にも述べた通り世界的に市場が伸び続けていた。だから一時社内には、「デジタルカメラは写真フィルムの解像力に追いつけない」「すべてはデジタルにはならない」「写真フィルムはあと30年もつんじゃないか」といった楽観論まで広がっていた。 P49 「現状をトヨタにたとえれば、自動車がなくなるようなものだ。新日鉄にたとえれば、鉄がなくなるようなものだ。写真フィルムの需要がどんどんなくなっている今、我々は、まさにそうした事態に直面している。しかし、この事態に真正面から対処しなければならない」 P57 偏光板保護フィルムは、今や液晶テレビのみならず、スマートフォンなどでも需要が拡大し、その事業は富士フイルムにとっての重要な収益の柱に成長している。1990年の初頭、わずか20億円だった売上高は、20年後には2000億円規模に拡大し、写真フイルム事業の落ち込みを大きくカバーすることになったのだ。 P82 富士フイルム先進研究所の設立もそうだが、私はどれほど会社が厳しい状況に置かれていても、研究開発の投資だけは絶対に減らさなかった。むしろ増やした。苦しい時期にも、年間2000億円の研究開発費をなんとか捻出し続けたのだ。2000年に社長に就任してから2012年までの11年間に、研究開発に投資した額は2兆円に達している。 |
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田原総一郎 ポプラ新書 2014/02/12 社会科の授業では、 教師が逃げてしまい、 教えて貰えなかった戦前、戦中、戦後の社会。 そして、微妙な問題であるが故に、 肯定する者と、否定する者との会話が成立しない時代。 その現場を経験した著者が語ります。 誰もが語らず、知識にも、 教訓にも、経験にもならなかった大量の犠牲。 経験者が居なくなってしまう時代だからこそ、 経験者が存在する内に語って貰っておくべき時代だと思う。 必読の一冊です。 P75 この考えは、「大東亜共栄圏」と探いかかわりを持っています。 「大東亜共栄圏」は、私が小学校へ入るころから、毎日のように聞かされた言葉です。アジアの国々は、当時日本とタイを除いて、どの国もアメリカやヨーロッパの植民地にされていました。 P76 大東亜共栄圏構想というのは、先ほど述べたように、表向きの目的はアジアの独立と解放です。しかし実際のところは日本の利権を得ることです。フランス、オランダ、そしてイギリスなどが植民地として支配していたアジアの国々は、ドイツへの降伏によって空き家となります。 それらアジアの国々を、戦勝国であるドイツ、イタリアがやってくるより前に日本が支配する事実をつくり上げようというのがねらいでした。 そこで、三国同盟の交渉が行われると同時に、日本のアジアでの軍事行動も進んでいました。フランスがドイツに降伏したことを背景に、日本軍が北部仏印(フランス領インドシナ北部、現在のベトナム北部)に進駐したのです。当時、インドシナはフランスの植民地でした。 P89 7月28日、オランンダ領東インドでは、日本とオランダで結んでいた石油協定を停止。そして8月1日にはアメリカが、日本に対する石油の全面禁輸を発表しました。 当時、日本の石油は8割をアメリカに、2割をオランンダ領東インドやボルネオに依存していました。しかしこれで、一滴の石油も入ってこないことになったのです。 この時点で、日本の石油備蓄は、陸軍ではあと1年、海軍ではあと1年半と見積もっていました。 P157 のちに、私は、アメリカのニクソン政権やフォード政権で国務長官などを務めたヘンリー・キッシンジャーに、聞いてみたことがあります。 「アメリカが原子爆弾を投下して、多くの一般市民を虐殺したことは、戦争犯罪ではないですか」 キッシンジャーはそれに対して、 「もし原子爆弾を投下せず、日本が本土決戦を行っていたら、これの100倍以上の死者が出たはずで、あなたも生きていなかったのではないでしょうか」 と答えました。それに対して私は、 「しかし、本音は、ソ連が参戦する前に、強引にでも決着をつけたいというものではなかったのですか」 と、再びたずねてみました。するとキッシンジャーは、 「ソ連が本格的に参戦していれば、日本は朝鮮半島のようになっていたかもしれない。そのことをどう判断するのですか」 と、逆に私に質問をしたのです。 「朝鮮半島のように」というのは、ふたつの国に分断されるということを意味しています。もしソ連が本格的に参戦していたら、北海道や東北地方のいくらかはソ連の占領下に置かれることになったかもしれない。そうなったら、戦後の日本は分断された可能性があったというのです。 私は、返事につまってしまいました。 P160 この戦争で犠牲になった日本の死者は310万人、その中で、特攻作戦でその若い命を散らした少年兵は、海軍で2632人、陸軍1983人、合計4615人にもなりました。 それにしても、なぜこのような、負けるに決まっている戦いを行ってしまったのか、私は何回も繰り返し問わねばなりません。 そして、思うことは、この戦争は、日本だけが侵略戦争を行ったのではなく、アメリカ、イギリス、オランダなども侵略国であり、いわば侵略国同士の戦争だったということです。 しかし、日本は情報力が決定的にお粗末で、外交戦略を誤って世界から孤立し、ついに負ける戦争を始めてしまったのです。 しかも、3年9ヵ月近くも引きずってしまいました。 戦争は、始めるのは簡単ですが、終わらせるのはきわめて難しいものです。おびただしい犠牲者が出てこなくては、終わることがないのです。 これが、日本が近代化を目指して行ってきたいくつもの戦争の中で、最大で最後の戦争から学んだ深刻な教訓です。 日本は、これを二度と起こしてはならないのです。 日本が近代化を目指した明治、大正、昭和を通じて、日本の歴史は、まさに戦争の歴史でした。 世界的レベルの国になろうとして中国やロシアなどと戦い、ついにはアメリカやイギリス、オランダとも戦ってしまいました。 世界で孤立し、このような国々と戦って、勝てるはずがありません。 今は、日本も先進国の仲間入りを果たしましたが、これからの時代にさらに羽ばたくとき、過去の日本の歴史を知っておくことは大切です。 また、多くの犠牲を払った戦争のことを忘れてはならないと思います。 |
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林望(作家)・岡本和久(投資教育家) 日経プレミアムシリーズ 2014/02/05 このレベルの人生論でも、 感銘を受ける人達がいるのだろう。 P45 林● しかも毎年何十億というカネがそれで奪われているんですものね。あれって一面的には普段から子どもとのコミュニケーションができていないということの表れなんだけど、それ以上に子どもを信頼していないというところがあるんじゃないかと思うんですよね。 たとえば「上司のおカネを遣い込んだ」と言われても、「自分の子どもがそんなことをするわけがない」という信頼があれば、詐欺には引っかからないわけでしょう。ちゃんと子育てをした人なら、騙されようがないんじゃないかと。子どもに対する教育投資をきちんとしてこなかったとか、学生の頃から問題を起こしていたとかが背景にあると思いますね。 岡本● きちんと教育をしてきて、子どもを信頼している母親なら、「親を頼らないで自分できちんと処理しなさい」というはずですよね。そう言うべきです。 林● 不思議なのは「オレ、オレ」って息子になりすます話ばかりで、娘が騙すっていう話はあまり聞かない。娘はちゃんと家族とコミュニケーションが取れているということなんでしょうかね(笑)。 いずれにせよ、詐欺増加の背景にあるのは、家族のコミュニケーションの希薄化かもしれず、そう考えるとなんだか悲しい気がしますね。 岡本● それにしても、おカネの遣い方ひとつで、家族のあり方までどんどん話が膨らむものですね(笑)。 |
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クリスティン・バーネット 角川書店 2014/02/05 本書のタイトルからして、素晴らしい。 アスペルガーや、 サバン症候群の人達は、魅力のある人達です。 いや、家族にしてみたら、 そんなのんきなことは言ってられないと思いますが。 自閉症と診断された息子と、絶望、喜び、驚きの子育ての記録です。 P5 わたしの名はクリスティン・バーネット。数学と科学の天才といわれているジェイクの母親です。息子は8歳で大学レベルの数学、天文学、物理学のコースを受講し、9歳で大学に入学しました。 そして入学後間もなく、相対性理論の分野に取り組みはじめました。彼が繰り出す式はあまりにも長かったため、我が家に据え付けた巨大なホワイトボードにはおさまり切らず、窓ガラスにまで式を書くはめになりました。 どうすれば彼をきちんと支援することができるか悩んだわたしは、この式を見せたいと思う人はいるか、本人に直接訊いてみました。そして息子の要望にしたがって、とある物理学者に連絡をとったのです。その学者はまだやりかけのジェイクの式を快く見てくれ、彼の理論は間違いなく彼独自のものであること、そしてもしこれが完成されれば、ノーベル賞候補にもなり得るだろう、と言ってくれました。 P67 「つまりこうやって覚えたってことか」。マイケルが言いました。 また別の日、わたしはおもちゃ屋さんでプレゼント探しをしていました。ウェズリーがぐずり出す前に買い物を済ませてしまおうと、気が急いていました。ジェイクはオルゴール売り場に釘付けになり、箱のブタを開け閉めしたり、奏でられる音楽に聴き入ったりしていました。 会計をしていると、ジェイクは実演販売用にレジの横に置かれていたロールピアノに近づいて行きました。女性店員が商品を包装している間に、ジェイクは首を片方に傾けると、さっきオルゴールで聴いたばかりの曲を一音も間違えずに弾きはじめたのです。 店員は唖然としました。息子は一度聴いただけの曲を次から次へと弾くことができたのです。それだけでも衝撃的なのに、なんとジェイクはその日まで一度もピアノを見たことがありませんでした。 P98 わたしの周りの「理数系の人たち」はジェイクに魅了されました。ある日、高校で幾何を教えている叔母とコーヒーを飲んでいたときのこと。ジェイクはわたしたちの足元に座り込んで、シリアルの箱と、発泡スチロールでできたボール(保育所の子どもたちが雪だるまをつくれるようにと、わたしがお店の廃棄物をもらってきたもの)で遊んでいました。スチロールのボールをシリアル箱に入れては出し、入れては出し、何かの数を数えているように見えました。叔母はジェイクがやっていることに興味を抱いたようでした。 そしてジェイクは、顔を上げないままこうつぶやいたのです。「平行六面体は、十九個の球体で構成される」と。 平行六面体なんてわたしにはチンプンカンプンでした。それは、六つの平行四辺形からなる立体のことでした。ジェイクは、家にあったイラスト入りの図解事典でその言葉を覚えたようです。そう、平行六面体はシリアルの箱でもつくることができました。叔母は衝撃を受けていました。こんな子どもが幾何学用語を知っていたということよりも、その背後にある洗練された数学的概念に対して、です。 「これは方程式よ、クリスティン」と彼女は言いました。「この子は、このシリアル箱にはあのボールが十九個入ると言っているの」。わたしにはまだ、息子がやっていることのすごさが分かりません。叔母は、これは彼女が高校生相手に教えているレベルの数学であること、高校生ですらこの概念が理解できない子はたくさんいることを説明してくれました。 |
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中沢祐史(社内販売員) 彩図社 2014/02/04 ただの暴露話かと思ったのですが、 それなりに、読み物として面白かった。 社内販売員の苦労と内情の暴露(ですね)。 車内販売の弁当を食べるのが怖くなりましたが、 ただ、それは昔の話しであり、今の衛生管理はしっかりしていると。 長距離列車の泊まり込みの勤務や、豪雪、事故時の対応など、 社会は、多様な人達の熱意と苦労の上に成り立っているのだと思います。 それに比較すれば、弁護士業は悪業で、税理士業は虚業です。 |
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おおたとしまさ(教育ジャーナリスト) 日経プレミアムシリーズ 2014/01/29 良い本です。 もしかして、小学校、中学校、高校、大学を廃止し、 全て、塾にしてしまった方が良いのかもしれない。 それが江戸時代の寺子屋システムなのですから。 無償の教育が提供されていない江戸時代でも、 庶民は、子供達の教育に非常に熱心だった。 そして、子供でも、女性でも、文字が読める 世界の最先端の教育国家を作り上げていた。 著者は、学校と塾の役割分担を積極的に肯定します。 私も、同意見です。 P3 仮に国が、国民の意に反した教育を国民に押し付けたとしても、私たちには、塾で学ぶという選択肢が残されている。これは、世界でもまれに見るハイブリッドな教育システムである。この国最大の資産であるとすら思う。 P26 江戸時代、全国に、寺子屋は約1万もあったとされている。当時の日本の人口は3000万人弱だったといわれているから、現在の約4分の1から5分の1である。それに対し、現在、日本全国に塾が約5万ある。現在の塾と同じくらいの割合で、寺子屋が存在していたのだ。日本人の教育熱心は少なくとも江戸時代からの伝統なのだ。 P31 自分が歯を食いしばって努力している姿を、世間が白い目で見る。それではやる気も自信も奪われる。卑屈にすらなる。勉強が嫌なのではなく、世間から白い目で見られるのが嫌で、塾通いを嫌う。しかし親は心を鬼にして、塾で勉強するように子どもに伝える。親子間の緊張が高まり、ときに衝突する。なんという悲劇だろう。 かくして日本は、スポーツに打ちこむ子どもは子どもらしくてよろしいと褒められるのに、勉強に打ちこむ子どもはかわいそうと同情される社会となってしまった。 P34 江戸時代、当時としては世界トップレベルであったとされる日本の教育は、国家的な学校制度などに頼らずとも、地域ごとにつくられた寺子屋や、各藩がエリート養成のためにつくった藩校、そして志をともにする若者が集まる私塾によって担保されていた。 農民はときになけなしの米や農作物を授業料として納めてまで子どもを寺子屋に通わせた。各藩は、苦しい財政事情の中からやりくりして藩校を維持した。私塾のほとんどは、私財をなげうってつくられた。教育にはお金がかかるものであるという常識が、日本にはもともとあったのだ。 さらに、長岡藩の米百俵の逸話に象徴されるように、目先の贅沢よりも子どもの教育を重んじる文化が日本には根強い。 P212 「塾という文化」があるうちは、日本もまだまだ大丈夫。 塾を必要悪だとか社会悪だとか非難するばかりの思い込み的な議論からそろそろ卒業してもいいのではないか。そうすることではじめて、この国の教育の全体像が正しく俯瞰できるのではないだろうか。 |
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日本経済新聞社 編 日経プレミアム 2014/01/29 読む必要もない戦後経済のダイジェスト版。 P296 89年12月29日午前11時、この年最後の取引終了を告げるブザーが鳴ると、東証の立会場を埋め尽くした証券会社の市場部員の間に歓声と拍手がわき起こった。電光掲示板の示す日経平均は3万8915円87銭。株式相場が絶頂を迎えた瞬間だ。 |
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池谷裕二 あさひ出版社 2014/01/28 池谷教授の本は、全てを読む。 なるほど、ミスは、後知恵で考えれば、常に、必然なのだ。 なるほど、お喋りは、記憶の定着の為の作業なのだ。 なるほど、無意識領域は7秒も前に意思決定をしているのだ。 P22 事が起こってから振り返ると「前もって予測できた」「本当なら実行できたのに」と思いがちです。これを「後知恵バイアス」と言います。「あのとき株を売っておくんだった」「諦めるんじゃなかった」「告白しておくんだった」など様々な場面で現れます。 どんな出来事でもそれが生じる前には、たくさんの可能性があったはずですが、後から振り返れば現実が100%必然に見えるものです。「やっぱりね」「そうなると思ったよ」「だから言ったじゃない」という発言は、典型的な後知恵バイアスによる錯覚です。…… このバイアスの悪しき点は「あれが予兆だった」と、ありもしない因果を創作して、妙な迷信を導いてしまうことです。 P54 脳は入ってきた情報を「記憶すべきかどうか」と品定めします。このときの判定基準は「出力」の頻度です。…… 物知りの人は、ほぼ例外なく「おしゃべり」です。他人に向けて出力し、記憶を強化しているのでしょう。 P122 自由な意志は「後付け」の感情です。脳を測定すれば、みなさんがボタンを押したくなる少なくとも7秒も前には、左右どちらの手で押そうと意図するかを、当人よりも先に知ることができます。 意識に現れる「自由な心」はよくできた幻覚にすぎない−これはほぼ間違いないでしょう。「意志」は、あくまで脳の活動の結果であって、原因ではありません。 |
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田中周紀(元テレビ記者) 光文社新書 2014/01/22 この著者の「国税記者」は良い本でした。 現場を知っている著者の「現場感覚」の書でした。 本書も、テレビ記者としての経験を「現場感覚」で語ります。 新聞記者、そしてテレビ記者として生きてきた著者の現場経験を語る書です。 「仕事はするけど、プライドが高くて気難しい男」の「勤め人としての人生」を追体験できます。 一般のサラリーマンとは全く異質の職歴ですが、しかし、サラリーマンの生活の実感が理解できます。 学者の空論、評論家の観念論、ジャーナリストの建前論、政治家の嘘論、弁護士の勘違い論と異なり、現場人の「現場論」は、それがどのような現場を語るものであっても収穫があります。 P71 では、ここに行けば取材に対応している幹部がペラペラ喋ってくれるのかと言えば、残念ながら全く違う。こちらが何かのネタを具体的につかんでいない限り、基本的には何も教えてもらえない。同様に個別の事件を扱う警察や検察も、もちろんそれなりに口は堅いが、国会公務員法上の守秘義務と各税法上の守秘義務が課せられている国税職員はその比ではない。何せ自分がどういう事案を調べているのか、家族にさえ喋らないのである。 P113 「君の採用を決めたあとで、共同の人に社内での君の評判を聞いてみたら『仕事はするけど、プライドが高くて気難しい男。テレ朝にあんな男が使いこなせるんですか』と言われたよ。これまで中途で採用した新聞記者で早い時期に辞めるケースが何人かあったので、君もすぐに辞めてしまうかと心配したけど、うちに馴染んでくれて良かった」 |
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保坂 隆(聖路加国際病院精神腫瘍科部長) 角川Oneテーマ21 2014/01/17 日々、生死を見つめる医者が「死」を語る。 現場力のある実感が語られていると期待したのですが、 「夫婦2人で蓄えてきたお金は死後、葬儀などにかかる後始末の費用を残して、2人で生きている間に使い切れば良いのだと、私は考えています」という御主張。 何歳で死ぬかがわかっていれば、誰でも、そのようにするだろう。 死ぬ時期が分からないからこそ、不安を抱えて、財産を大切にする。 著者は、日々、生死を見ているのに、 何を見て、何を考えているのだろう。 86P 同時に驚くのが、「みな、けっこうお金を持っているのだなあ」ということです。老後が心配だから、子供の負担にはなりたくないから、と一生懸命に貯えてきたのでしょうが、もう十分に老後なのだし、お金は使ってこそ価値があるものです。夫婦2人で貯えてきたお金は死後、葬儀などにかかる後始末の費用を残して、2人が生きている間に使い切ればいいのだと、私は考えています。 100歳超えても生きているかもしれないし……などと考え出せばキリがありません。一応、平均寿命あたりを着地点に、手元にあるお金をきれいに使い切っていく。そうした考えを持つことも、一つの終い支度と言えるでしょう。 |
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柴田拓也(公認会計士) アーク出版 2014/01/10 良い本でした。 落ちこぼれが会計士試験を受験したところは、 自分を重ねてしまいました。 簿記で勉強の面白さを知ったところも、私と同じ。 経済学、経営学、商法も勉強したこともない奴が会計士試験に挑戦する。 もっとも、著者は受験塾ですが、私の場合は独学なので、教科書のみ。 ただ、著者が、勉強内容ではなく、 「勉強方法」を悩んだところは、私は、全く悩まなかった。 著者がたどり着いた勉強方法を当然のこととして実践していた。 この部分は、本を面白くするためのフィクションかもしれませんが、 しかし、本当に、「勉強方法」で悩んでいたのだとしたら、世の中の人達って、こんなこところで道草しているのかと、その意味では発見です。 税理士試験は記憶力なんて言い出す人達もいるので、 もしかして、著者の「勉強方法」の悩みは本当だったのかもしれない。 P50 さらに、勉強のレベルとやり方も知也にピッタリだった。 簿記3級の内容はかなり基礎的である。しかも学校に通っていることで、わからないことはすぐ質問できた。 闇雲に丸暗記するのではなく理解しながら進めることができた。そして、理解できることで多少は興味も湧いた。問題集も滞ることなく進められた。この「問題集が進む」という感覚は知也が今までに味わったことのない快感だった。 おぅ!問題集が進む! 知也はそのとき生まれて初めて勉強することが楽しいと感じた。 P110 小中高、浪人時代にそれなりに勉強したにもかかわらず、成績は伸びず、頭もよくならなかったのは、きっと何でもかんでも丸暗記を試みるだけで、なぜそうなるのかといった背後にある理論や法則、他の情報との関連性に、まったく目を向けなかったから、頭の中で情報を整理して体系的に組み立てたり、自由に連携して操作する能力が発達しなかったのだろう。つまり頭の使い方、考え方がよくなかったのか。 P112 小倉氏は、「大事なのは知識ではない。知らないことは知ればいいだけのことだ。重要なのは考え方だ」と、ことあるごとに言っていた。その言葉の意味が何年も経ってやっとわかってきたのだ。 P115 一気に覚醒した。好奇心がなければ疑問が生まれることもない。疑問がなければ何も考えることはない。考えなければ考える力は発達しない。知也に考える癖がなかったのは好奇心が足りなかったのだ。 考えるためには常に疑問を持つことが必要だ。何でもかんでも「へー」で済ましてはいけないのだ。足りない好奇心をどうにかしろと言われても、ないものはどうしようもないが、それを意識して敢えて疑問をもつように心がけることで考える練習くらいはできるだろう。 P118 それでも常に考えることを意識できるようになってから知也の情報処理能力は飛躍的に高まっていった。はっきりと実感できるくらいに頭がはたらくようになった。 P122 「でしょ?作る作らないは、人それぞれだけど、僕の周りでも早く合格した人はノート作ってなかったですよ。だからもし作るとしても間違えた問題や、なかなか理解できないことを理解するために図解するような、特別な目的に応じて必要最小限に作ったらどうですか」 P123 勉強するには綺麗なノートとかたくなに信じていた知也にとっては目からウロコの話だった。 そうすると、インプットをどうやるかということになる。蓄えた知識を適切に組み合わせて答案に吐き出すためには、そもそも知識として蓄える段階でちゃんと情報を整理して理解したうえで記憶する必要があるだろう。 理解と記憶は別々のものではなく密接に絡み合っている。 理解しないで憶えたものは忘れやすいが、理解して憶えたものは長く記憶してるし、問題を解くうえで応用もきく。だから新しい理論が出てきたら、まずはきっちり正確に理解することが大事である。 結論だけを記憶するのではなく、どういう理屈でその結論が導き出されているのか過程を解き明かして納得しつつ記憶するのだ。ただし、ここで一つ大きな問題が……。 |
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勢古浩爾(退職したサラリーマン) 草思社文庫 2014/01/10 私には、サラリーマンという人達の考え方が分からない。 サラリーマンを退職した人達のことは、さらに理解不能だ。 恐らく、サラリーマンという1種類の人間は存在しないのだろう。 サラリーマンだって、多種で、多様な存在なのだ。 しかし、サラリーマンを退職した人達は、 ほとんど1種類のように思える。 勤めていた時代の肩書きも、権力も失い、 残る差異は、経済的に豊か否か、その違いだけだろう。 大企業の代表取締役も、 松戸市役所の戸籍謄本係も、その経歴の全てを失う。 そこらの「リアル」を語ります。 要するに「何も無いのだ」と。 何の解決策も語らず、どのような結末を出すべきかも語らない。 それなのに最後まで読ませてしまう。 著者の執筆力だと思う。 このような本を書けたら、 決して、一般的なサラリーマンの老後を語る「リアル」ではない。 それさえも無いのが一般サラリーマンのリアル。 退職後ではなく、退職前の生活についても、 私には、具体的なモノが何も見付けられない人生。 やはり、サラリーマンは、私には理解できない。 P45 ということは、わたしなんかにすべての人の定年後や老後の「リアル」などわかるわけがないのである。わたしだけではない。わかる人間などどこにもいない。そもそも、すべてを包含する「普遍的なリアル」が存在しないのだから。だから「人間は」とか、「若者は」とか「男は、女は」とか「日本人は」といういいかたは、かならず限界があるのである。 P62 人はなぜこの手の「退職」だの「定年」だの「老後」だのの本を読むのか。不安を解消し、実用として役立て、より安心で安全で充実した生活を手に入れたいからであろう。「仕事ができる」だの「論理的な思考ができる」だの「儲かる」だの「頭がよくなる」だの「もてる」だのといった本を読むのも、みなおなじような動機からであろう。 P63 そのために、本や雑誌やテレビで役に立ちそうな情報をせっせと求める。みなもっともらしいことをいい、役立ちそうなことを書いてはいるが、結果、役に立たない。あたりまえのことである。ほんとうの「安心組」はそんな情報など必要とせず、それを必要とする人間はそんな情報を聞いたところで、生活の条件が変わるわけではないからである。 P69 60歳の女性、山で転落死、などと聞くと、「ああ、おばさんかわいそうに」と思うのだが、自分はその60歳を超えているのである。自分には「おじさん」という意識がないのである。若いとはむろん思っていないが、じじいだとも思わないのである。だが、世間的には(社会的年齢としては)立派なじじいであろう。あろう、というのが未練がましい。じじいである。というのも、60という年齢には否でも応でも「じいさん、ばあさん」という社会意識が染みついているからである。 |
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橘木俊詔(同志社大学経済学部教授) 日経ビジネス文庫 2014/01/08 お金を持たない学者の先生が、お金持ちを、あれこれと想像している。 そんな雰囲気の「あれこれ書」です。 貧乏人にも種類があるように、 お金持ちにも種類があり、ランクがある。 お金持ちのランクは次の具合だろうか。 ┌─────┬─────────┬──────┬──────┬─────┐ │ │ 自宅 │ 年収 │ 金融資産 │資産総額 │ ├─────┼─────────┼──────┼──────┼─────┤ │富豪 │ 300坪の自宅│ 5億円│ 30億円│100億円│ ├─────┼─────────┼──────┼──────┼─────┤ │富裕層 │ 150坪の自宅│ 1億円│ 5億円│ 30億円│ ├─────┼─────────┼──────┼──────┼─────┤ │お金持ち │都心に80坪の自宅│5000万円│ 2億円│ 10億円│ ├─────┼─────────┼──────┼──────┼─────┤ │高額所得者│都心に50坪の自宅│3000万円│7000万円│ 5億円│ └─────┴─────────┴──────┴──────┴─────┘ P88 もう一つ、60歳を境にして、お金持ちの世代間の差を決定的にしているのが情報検索技術、特にインターネットの利用の差である。現役時代にネットを利用している経験があるお金持ちは、さまざまな情報をネットを駆使して検索するが、旧世代のお金持ちはそのような行動をとる人は少数である。いつも決まった店からいつもの商品を購入する人が多い。新商品が出ても、いつもの店から薦められれば信用して購入することもあるが、複数の店の複数の商品を比較するのは、旧世代のお金持ちの場合は少数派である。 P100 これは、裏を返せば、小学校時代でさえも落ちこぼれていれば、それだけ社会に出たときに成功する確率は確実に低下するということでもある。特に算数・数学は積み重ねが重要な科目であり、一朝一夕にできるようになるものではない。第3回目調査では、お金持ちに小学校五年〜六年のときの算数と中学校時代の数学について、どれくらい好きであったか聞いてみたが、どちらの時期でも大半のお金持ちは「非常に好き」あるいは「まあまあ好き」であり、「嫌いだった」と答えたのはごく少数にすぎなかった。 P108 また、ここで注目に値するのは、職業別の授業料の差である。医師の家庭では、子どもも医学部に進学する確率が高いわけであるが、約6割が300万円以上の授業料を支払っていたことがわかる。一方、経営者の家庭では、300万円以上の授業料を支払っている家庭は4割にも満たない。こうした高額の授業料を支払うことになるのは、子弟教育の私立化傾向が強く影響していると考えられる。医学部の私立ともなれば相当な授業料となるのは容易に想像できる。 P134 私立の小学校に通っている親の職業は、筆者たちのインタビュー結果によると、経営者、医者、高給サラリーマン、自営業、資産家というところが多い。小学校に子どもを通わせる親の年代と言えば、30代から40代前半までであり、これらの年代の家庭であれば、常識的には年間150万円前後の学費を子どもに用意するのは容易ではない。したがって、ここで述べた職業に就く親の子どもに私立小学校に通う場合が多いのである。 P214 しかしながら、金銭的・物質的なもの以外に親からの影響は大きかった、と答えた高所得者は第1回目の聞き取り調査でも、かなりの数にのぼった。物質的な遺産に限定しなければ、経済的成功の要因を本入の才覚などだけに限定することはできまい。ただ、資産形成に関して言えば、高所得者層独自の興味深い結果が得られた。 景気低迷下で、お金持ちの資産はどのようになっているのか。1年前あるいは5年前に比べて「現在のあなたの所得および資産はどのように変化したか」という設問を設けて、お金持ちの資産の増減を調査した。 結果は、「所得」については、「ほとんど変わらない」、あるいは「減少した」というものであり、所得はやや減少傾向にあることがわかったが、「資産」については、「増加した」という人が多く、所得とは対照的にお金持ちの資産は増加傾向にあることがわかった。 P235 お金持ちの消費スタイルをさまざまなデータを用いて分析してみると、意外なことがわかった。それは、お金持ちを仮に「富裕層」と「擬似富裕層」に区分すると、消費に関しては後者のほうが購買意欲の高いことが判明した。前者の「真の富裕層」は豪華絢欄な「ぜいたく品」を買いまくるといったことをせず、資産運用などに熱心になっている。むしろ派手な消費生活を送っているのは、所得や資産のやや低い富裕層ということがわかった。 |
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竹内謙礼(経営コンサルタント) PHP 2014/01/08 多様な経営の教科書に書かれた理論を、 上司が部下に教えるというストーリーで語ります。 ただ、現場の経験の書ではないですね。 不動産を購入し、修理をしたら、利回りが上昇する。 そのような理屈は、著者が論じる完全市場仮説からはあり得ませんし、 不動産賃貸業の実践の経験からも、それほど安直は投資手法は存在しません。 その他の論点も、他の書籍で語り尽くされた理論であって新味は存在しません。 P55 「競争戦略の3つの方法を表している。会社が、競合会社に勝つためには、このうちのどれかの戦略を取ればいいんだ」 P56 「まず、ひとつ目は、『コストリーダーシップ戦略』。業界で大きなシェアを持っている会社が、とにかく誰にも負けないように低いコストを実現することで、商品の販売価格を下げて売る戦略のことだ」 P57 「2つ目の『差別化戦略』は、価格ではなく、ブランドイメージ、技術、顧客サービスで、他社と差別化する戦略のことだ。お客に競合会社の商品と比べて価値のある商品だと思ってもらえるならば、価格競争に巻き込まれることもない。 P60 「最後の3つ目の『集中戦略』は、特定のグループにターゲットを絞る戦略のことだ。『商品』、『地域』、『顧客』などを切り口にして、ターゲットを絞り込むことで、限られた範囲での低価格や差別化ができるようになる」 P318 「……でも、ひとつだけ質問してもいいですか?今までの話を聞いていると、不動産投資にはリスクばかりで、メリットがありません。なのに、なぜ、不動産投資をしている人が、これほど多いんでしょうか?実際に不動産に投資して、儲かったという人もいますよね?」 「不動産投資には、株と比べて、ひとつだけ大きなメリットがあるんだ」 「メリット?それは、なんですか?」 「自分の努力で、不動産の価格自体を上げることができるってことだ」 P320 「大規模な修繕をすべき不動産もあるが、普通は、そんな難しい知識はいらない。汚かった古いアパートを買ってきて、外壁を塗り直して、キッチンやトイレを入れ替えるだけでも、全然、違う。毎日、自分でアパートまで足を運び、周りの草を刈ったり、玄関を掃除することでも、借りる人の印象が変わってくる。住む環境がよければ、少しぐらい高い賃料でもいいと思うはずだ。たった5%の賃料が上がっただけでも、不動産の価格は上がるんだからな」 |
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山本七平 祥伝社 2014/01/01 恐らく、何度目かの購読です。 五公五民の嘘と、 対外戦費を不要とした265年の江戸の豊かさを語ります。 五公五民とはいいながら、 実際には「0・5公9・5民」だったと。 P417 だが秀吉乃至はその側近に、キリシタンに対する嫌悪を感じさせた最大のものは、ポルトガル人が日本人を奴隷としてインドその他に売っていたことであろう。この事実があることをコエリョも否定しておらず、イエズス会宣教師はこの防止につとめたと言っているにすぎない。さらに彼は、少々逆襲的に、この問題は秀吉が法令を下して「売る日本人」を厳罰に処してくれれば、解決する問題だとしている。 理屈を言えばその通りだが、これでは、宣教師側もこれを黙認していたことになってしまう。いわば「売った日本人を厳罰に処せばよい」と言っても「買ったポルトガル人は自分らの方で責任をもって厳罰に処します」とは言っていないのである。彼らが、長崎の日本人キリシタンから注意を受けてこの問題の重要性に気づき、「奴隷購買者破門令」を発したのは慶長元年(1596年)すなわち26聖人殉教の年で、問題発生の実に10年後である。いかにその対応が鈍感であったかがこれに現われている。 P420 前述のようにキリシタン側にも、なぜ秀吉が急に態度を一変してキリシタン禁止に出たか、その理由を揣摩臆測した文書があるが、不思議なほど、奴隷問題がその大きな理由の一つであると記したものがない。否、少なくとも私は見たことがない。確かに、商人たちの日本人購入やその虐待、さらに水夫らの少女の購入とその玩弄等が、異教徒をあきれさせているといったキリシタン側の文書はある。しかし、日本の同胞が牛馬の如くインド等に輸出されていることが、いたく日本人のプライドをきずつけたとは思っていない。 秀吉の詰問状から10年もこれを放置していたことは、これを、大村由己の手紙に見られるほどには、すなわち日本人ほどには重要視していなかったことを示している。ヨーロッパはまだ、異教徒や有色人種を奴隷とすることを悪と考えてはおらず、この点ではイエズス会宣教師も例外ではなかったということであろう。もっとも、前記の「奴隷購買者破門令」を世界最初の奴隷禁止令として高く評価する人もいる。確かに1596年は、リンカーンの奴隷禁止令の270年前である。 参考 …… 江戸の想像力 田中 優子 P9 1571年、ポルトガル国王ドン・セバスチャンは、日本人奴隷の取引禁止令を出した。禁止せねばならないほど、大量の日本人たちが奴隷として南アジア、アメリカ、メキシコに流出していたのだった。 …… P578 ある人から面白い話を聞いた。かつてある左翼的進歩的教授が、徳川時代の農民は五公五民でどれだけ苦しめられたかを講義した。これは明治以来の定説で、今では教科書や通俗歴史書の殆どすべてに記され、だれ一人疑わない"常識"である。だがそのとき1人のアメリカ人学生が質問した。 「では日本は、その米をどこへ輸出していたのか」 P591 その税は一反歩につき年1分(一両の4分の1)、永楽銭で250文を収めることになるが、しのびよるインフレで貨幣価値は10分の1に下落している。そこで「五公五民」とはいいながら実際には「0・5公9・5民」になると栄一の従兄尾高藍香は計算し、これでは幕府が経済的に破綻するにきまっていると論じた。これが武家が経済的に凋落して豪農が生じた理由だが、このような状態を生ずるか、付加価値の高い生産物を藩営企業にして財政を豊かにするかは、1にその藩の経営能力の問題であって、全国一律に論ずることはできない。 P594 以上のように要約できるであろう。そしてこのほかにもう一つ見逃すことができないのは、兵役と軍事的労役がなかったことだが、このことは意外に忘れられている。家康は一国一城制を敷き、新規の築城は禁止し、修理・拡張もまた厳しい許可制にした。彼の目的はもちろん別の点にあったが、これが結果として非生産的な軍事的労役をなくしてしまった。徳川時代にはもちろん夫役があり、そのために「入別帳」があったことはすでに述べた。水利や築堤などのための夫役はもちろん農民にとって楽なものではないが、いずれはその経済的効果が自らに還元される。ところが軍事的労役はそうではない。これがなかったことも、経済的にプラスであったが、さらに大きかったのは兵役がないことであった。 まさに徳川300年の平和、島国のありがたさである。だが大陸国家の一部である韓国はこの点まことに気の毒であった。金教授は前掲書で次のように記されている。 |