◆ 会社の商号
会社の商号について、商法19条は、「他人が登記したる商号は同市町村内に於て同一の営業の為に之を登記することを得ず」としていましたが、この条文が廃止されました。
住所が異なれば、同一の営業について、同一商号の使用が可能になります。なぜ、同市町村内での商号の使用制限が廃止されたかといいますと、ネット販売や通信販売の時代では、同市町村で区切る意味がなくなってしまったからです。
ただし、同一の住所での同一商号の使用は禁止されます。同じ住所に住むヤマダハナコさんが2人というのでは区別ができないからです。住所が別なら良いとされますが、仮に、マンションの部屋の番号が一つ変われば良いのかということは、まだ実務が動き出していない現時点では分かりません。
今回の会社法で影響が大きいと予想されるのは会社の目的欄の記載です。商法に基づく会社の設立では、目的が違えば、同一住所に同一商号の会社を設立することができました。
しかし、目的が同一だと、同市町村内では同一商号の会社は設立できませんでした。つまり、商号は、会社の目的とリンクして機能していたわけです。しかし、同一の商号の使用が可能になれば、おそらく、目的の記載事項に対する制約も無くなってしまうのではないかと思います。
今までは会社を設立するときには、目的が特定されているか否かがチェックされてきました。私自身は、会社設立は行ったことがないので、登記実務は詳しくないのですが、しかし、訴訟事件では難儀したことがあります。同一住所地に、同一社名の会社が存在し、それを入れ違えて差し押さえしてしまった経験もあります。事件屋が使う手口として、同一住所地に同一社名の会社を設立するケースがありました。
つまり、同一住所地に同一社名の会社が設立できるか否かは、目的の同一性の判断にかかっていたわけです。そのために、会社の目的の記載の仕方を説明した参考書まで販売されていました。
しかし、会社法の施行後は、そのような解説書はおそらく無くなってしまうと思います。目的欄は、極端には、商売をやりますということでもよいのではないかと思います。会社法の施行後は、そのような登記実務になるのではないかと想像します。
会社法の施行を契機として審査の在り方を上記のように見直すことにより、会社の目的の具体性については、会社の意思に委ねられることとなり、会社が定款に定めれば「商業」「商取引」等の抽象的・包括的な目的の記載の登記も可能になる。…… 「会社法施行後の会社の目的における具体性の審査の在り方に関する意見募集 法務省民事局商事課」
会社の目的欄の記載が大幅に自由化され、さらに会社登記の電子申請、あるいは郵便による申請が可能なら、会社は、司法書士事務所内で作ることも可能になります。
商号を調べにも行く必要がなく、目的欄の記載にも神経を使う必要がないわけです。後に説明しますが、発起設立であれば、銀行の払込証明書も不要です。払い込みの証明には残高証明でも良いのです。発起人に1枚の印鑑証明書を持ってきてもらい、1円を銀行に振り込んで、その振り込みの明細を持参すれば、司法書士の事務所で会社が作れることになります。しかし、残念ながら、後に述べるように、株式会社については定款の認証手続が残りました。
もちろん、不正の目的をもって他人の商号を使用することが禁止されることは当然ですし、偶然に、他人の商号と同じだったという場合もトラブルの種ですから、会社を設立するについては、電話帳、あるいはネットで社名を検索し、他人の商号と衝突しないようにする必要があるのは、法律以前の常識です。
◆ 支配人制度
支配人制度は残ることになりました。支配人制度がどのように有効に活用されているか、私は実情を知りません。私どもが相手にする支配人というのは、問題のある人達ばかりです。貸金業者が、新入社員を雇い、支配人登記をして東京地裁の7部(手形訴訟部)を徘徊させているのが支配人制度の実態です。
正しく運用されている支配人制度もあると思うのですが、私が知る限りは、悪用されているだけの制度ですから、支配人制度は廃止したらと思います。しかし、残ることになりました。
◆ 事業の譲渡をした場合の競業の禁止
事業を譲渡した場合の競業の禁止の条項も、そのまま残っています。競業禁止義務や、商号を続用する場合の営業譲受人の責任も、商法と同じで変更はありません。
ただ、営業との言葉を廃止し、事業との言葉に入れ替えたことについては、意味のある改正なのか、あるいは言葉の問題なのかは、いまのところ、私にも分かりません。
◆営業と事業の意味は異なるようです。会社分割の項に立法担当者の解説を引用しておきました。
▲条文▲
第21条(譲渡会社の競業の禁止)
事業を譲渡した会社(以下この章において「譲渡会社」という。)は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村(東京都の特別区の存する区域及び地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条の19第1項の指定都市にあっては、区。以下この項において同じ。)の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その事業を譲渡した日から20年間は、同一の事業を行ってはならない。
個人については営業とし、会社については事業としただけの言葉の問題なら良いのですが、営業と事業とでは実質が異なるとの解釈が採用されるようだと、会社分割などにも影響を与えます。営業との概念については、競業避止義務に関する多くの判例があり、それら判例をもって営業という言葉の意味は定義されていました。しかし、事業との概念については判例による定義はありません。
したがって、会社分割について、包括的一体としての営業の譲渡を必要とするとの解釈が変更され、事業、つまり、商売の一部の分割的な譲渡でも良いとの解釈が採用されることになったら、商売の一部と共に分割されてしまう従業員の保護に欠けるところはないのかなど、気になる点は残ります。
◆ 株式会社の設立
株式会社の設立は、発起設立を原則として、募集設立も認めました。試案の段階では、募集設立は廃止し、発起設立に一本化するとの意見が出ていたのですが、実業界からの要請で、募集設立は残ることになりました。後に説明しますが、募集設立にも便利なところがあるようです。
◆ 最低資本金制度
最低資本金制度はなくなりました。1円を出資すれば会社が作れることになります。出資者が5名のときに、5円が必要なのか、1円でよいのかは分かりません。おそらく、5円が必要なのだと思います。
何故、最低資本金制度がなくなってしまったのか。20年ほど前には、商法の改正により、有限会社は300万円、株式会社は1000万円の資本金が必要で、それくらいの資金が準備できない人達は会社を作るべきではないとの議論がありました。
しかし、今回の議論では、設立時に1000万円の資本金を要求しても、その後、欠損を続ければ、実際の資本金はゼロになってしまうのだから、資本金には意味がないという理屈になっています。まあ、人間、何とでも言えるということです。
そこで、資本金について、どのように考えるかです。
株主有限責任、つまり、出資後無責任なら、ある程度の出資を義務付けるべきでしょう。しかし、会社法は、それを1円にしてしまった。そのために株主有限責任を認める前提が崩壊したのではないでしょうか。そして、前提が崩壊したのに、結果としての株主有限責任、つまり、出資後無責任は残っているわけです。
ですから、資本金は、株主有限責任を基礎付ける制度ではなく、全く必要のない制度になってしまったわけです。単に、剰余金の分配規制を定めるための基準額の意味しか持たなくなってしまいました。つまり、剰余金の分配について、300万円か、あるいは資本金額を残すべきとの基準の意味しか持たなくなってしまったのです。
商法の時代は、損失が生じた場合は、「俺が優先して資本金額までは率先して損失を引き受ける。だから、迷惑をかけた債権者の皆さん、勘弁して欲しい」。これが株主有限責任を基礎付ける前提です。でも、会社法では、それが1円になってしまったのです。そしたらゼロ円でも同じことです。
それなら、設立時から資本金をゼロ円にすることを認めるべきでしょう。資本金額は単なる分配規制の基準に過ぎないのですから。
さて、ここまでの説明でお分かりのとおり、最も簡単な株式会社は資本金1円で、取締役1名の会社ということになります。社名は何でも可能ですし、おそらく、目的も何でも良いと思います。株式会社の場合は定款の認証が必要ですが、それも後に説明するとおり全文でも5条の定款で済ませることができます。
持分会社であれば定款の認証も不要ですので、司法書士の事務所内で会社が設立できることになります。急いで会社を作らなければならないときは、とりあえず持分会社を設立し、その後に株式会社に組織変更をしてもよいのではないでしょうか。
しかし、そのような便法を使う必要がないほど、株式会社を作るのは簡単になるはずです。
◆ 定款の作成
定款は5条で済ませることができます。目的、商号、住所、出資額、発起人の氏名の5条です。
▲条文▲
第27条(定款の記載又は記録事項)
株式会社の定款には、次に掲げる事項を記載し、又は記録しなければならない。
1 目的
2 商号
3 本店の所在地
4 設立に際して出資される財産の価額又はその最低額
5 発起人の氏名又は名称及び住所
会社が発行する株式の総数を原始定款に記載することは不要になりました。不思議なのは、目的、商号など、原始定款に記載される事項には、法律上の難しさがあるとは思えないのに、定款の認証が要求されています。なぜ、5条だけの定款に認証を要求するのか。公証人の失業対策としか思えない要請です。
◆ 発行可能株式総数
会社が発行する株式の総数は、結局は、定款に記載されます。つまり、定款の絶対的記載事項ではないのですが、設立の時までに発行可能株式総数を決めなければならないのです。
▲条文▲
第37条(発行可能株式総数の定め等)
発起人は、株式会社が発行することができる株式の総数(以下「発行可能株式総数」という。)を定款で定めていない場合には、株式会社の成立の時までに、その全員の同意によって、定款を変更して発行可能株式総数の定めを設けなければならない。
3 設立時発行株式の総数は、発行可能株式総数の4分の1を下ることができない。ただし、設立しようとする株式会社が公開会社でない場合は、この限りでない。
仮に、募集設立の時点では1000株を発行することにしていたが、しかし、800株しか引受けがなかったという場合に、商法では会社の設立自体が不可能になってしまったのを、会社法では800株の引き受けでも会社が設立できるようにしたということだと思います。
公証人の認証を受けてしまうと定款変更ができなくなってしまうので、定款の認証後に発行する株式の総数を決められるようにしたわけです。
さらに、全ての株式に譲渡制限がある会社は、発行できる株式の総数を設立時に発行する株式数の4倍にするとの制限がありません。これは何年か前の商法改正に導入されたことですが、それが会社法でも生きています。会社法37条の3項です。
◆ 募集設立
募集設立のメリットを語るのは、私の専門ではなく、司法書士の専門分野ですが、外国人が出資者になる場合もサイン証明が不要なことや、資本金は確定しているが出資割合が未確定のまま設立を急ぐ場合に便利だそうです。複数の出資者がいる場合でも印鑑証明書は1通でよいことなどもあります。
ただし、発起設立の場合は残高証明書、あるいは通帳のコピーで良いようですが、募集設立の場合は払込証明書が必要です。
▲条文▲
第64条(払込金の保管証明)
第57条【設立時発行株式を引き受ける者の募集】第1項の募集をした場合には、発起人は、第34条【出資の履行】第1項及び前条第1項の規定による払込みの取扱いをした銀行等に対し、これらの規定により払い込まれた金額に相当する金銭の保管に関する証明書の交付を請求することができる。
◆ 株式の定義
商法では、株式の概念は説明するまでもなく一義的に明確でした。配当請求権があり、議決権があり、解散したときには残余財産分配請求権があるわけです。株式には1株について一つの議決権があり、配当も同額でした。優先株式については、特別に優先配当が受けられますが、それは自明のことでした。
しかし、会社法では株式の概念は自明とは言えません。そこで、株式の内容を定義しました。
▲条文▲
第105条(株主の権利)
株主は、その有する株式につき次に掲げる権利その他この法律の規定により認められた権利を有する。
1 剰余金の配当を受ける権利
2 残余財産の分配を受ける権利
3 株主総会における議決権
2 株主に前項第1号及び第2号に掲げる権利の全部を与えない旨の定款の定めは、その効力を有しない。
2項で、「株主に前項第1号及び2号に掲げる権利の全部を与えない旨の定款の定めは、その効力を有しない」としています。したがって、逆に言えば、配当請求権が無くても、残余財産分配請求権があれば株式として有効というわけです。あるいは、配当請求権があれば、残余財産分配請求権が無い株式も有効なのです。議決権は与えないことができます。そういう株式が発行できるようになりました。
このような株式が発行された場合に、税法は、どのようにフォローするのでしょう。残余財産分配請求権のない株式は、相続税では幾らと評価されるのでしょうか。評価がゼロであれば、親子で会社を経営している場合に、父親が危篤状態になったら、株主総会を開催し、父親の所有している株式について残余財産分配請求権がない株式に変更してしまうことが相続税の対策になるのでしょうか。
◆ 株式の内容
株式の内容について特別の定めをすることが可能となりました。一つは、譲渡制限をすることができるとの規定です。今までも当然のこととして譲渡制限を付すことができましたが、これが株式の内容についての特別の定めと位置づけられました。
▲条文▲
第107条(株式の内容についての特別の定め)
株式会社は、その発行する全部の株式の内容として次に掲げる事項を定めることができる。
1 譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要すること。
2 当該株式について、株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること。
3 当該株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること。
株式の内容についての特別の定めは、譲渡制限だけではありません。まず、株主が会社に対して取得を請求できる株式、つまり、買取請求権付株式が発行できることになりました。
さらに、一定の事由が生じたことを条件に、会社が株式を取得できる株式、つまり、強制償還株式が発行できることになりました。たとえば、株主が会社を退職したときは、所有する株式を強制的に買い取るという株式が発行できるわけです。あるいは株主が死亡したことを条件に強制的に株式を買い取るという株式も発行できます。
これらは、社員持株会に株式を持たせる場合に非常に有効だと思います。社長が所有している株式の一部を社員持株会に引き取ってもらい、社長の持株割合を引き下げ、相続税を節税する。しかし、社員に株式を持たせておくと、社員の相続などで株式が分散してしまいます。そこで、社員が退社したときには会社が強制的に償還するとの条項を入れておけばよいわけです。
会社に対し買い取りを請求し、あるいは会社から強制償還請求できる株式は、株式と債務の区別を不明確にしました。商法では、負債の部と資本の部は明確に区分されていました。株主が、自分の意思に基づき、転換社債、あるいは新株予約権付社債について権利を行使し、社債を株式に転換することはできましたが、資本から債務への移動は想定されていませんでした。
しかし、会社法は、株主の意思で株式を社債に変更することを可能にしました。償還株式の対価が社債と決められている場合の権利行使の方法です。
さらに、会社の意思で、株主を社債権者ににしてしまうこともできます。これも株式償還の対価が社債と定められている場合です。それが会社法107条です。2号では「株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができる」とし、3号では、株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができる」としています。
◆ 種類株式
会社法107条よりも、さらに驚きなのが会社法108条です。異なる種類の株式が発行できるのです。つまり、種類株式ですが、種類株式というのは、内容の異なる2種類以上の株式を発行した場合の、その各々の株式をいいます。つまり、会社法では、基準になる原則的な株式の概念は存在せず、したがって、2種類の株式を発行した場合は、どちらもが種類株式になるのです。
会社法は9種類の種類株式を認めました。譲渡制限がある株式という概念も、一つの種類株式です。商法では、株式について譲渡制限を付すか、あるいは付さないかの選択だったのですが、会社法では、全部の株式について譲渡制限を付すか、あるいは一部の株式について譲渡制限を付すかの選択になります。そして、一部の株式に譲渡制限を付したら、それは譲渡制限をされた種類株式になります。そして、譲渡制限が付されていない株式は、譲渡制限のない種類株式になるわけです。
商法では、種類株式というのは、配当優先株式など、普通株式に対する種類株式との位置付けでした。しかし、会社法では、異なる種類の株式を発行したときは、すべての株式が種類株式になります。
譲渡制限が付された株式は種類株式ですし、譲渡制限が付されていない株式も種類株式です。そういう2種類の株式が発行されたら、全てが種類株式なのです。ただし、全ての株式に譲渡制限が付されたら、それは1種類の株式ですから、種類株式ではなくなり、単に、株式の個性になります。
種類株式は2種類以上の株式を発行している場合の概念です。種類株式を認めた結果、一部の株式にのみ影響を与える事象が生じることになりました。そのために、種類株主総会が必要になりました。
会社は、通常の株主総会の他に、種類株主総会を開かなければならない場合がでてきました。株主平等の原則は、種類株式については、その種類毎の株式平等の地位にまで制限されることになりました。株主平等の原則の例外として3つの制度を説明する予定ですが、これが株主平等原則の例外の1です。
▲条文▲
第108条(異なる種類の株式)
株式会社は、次に掲げる事項について異なる定めをした内容の異なる2以上の種類の株式を発行することができる。ただし、委員会設置会社及び公開会社は、第9号に掲げる事項についての定めがある種類の株式を発行することができない。
1 剰余金の配当
2 残余財産の分配
3 株主総会において議決権を行使することができる事項
4 譲渡による当該種類の株式の取得について当該株式会社の承認を要すること。
5 当該種類の株式について、株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること。
6 当該種類の株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること。
7 当該種類の株式について、当該株式会社が株主総会の決議によってその全部を取得すること。
8 株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会、清算人会設置会社(第478条【清算人の就任】第6項に規定する清算人会設置会社をいう。以下この条において同じ。)にあっては株主総会又は清算人会)において決議すべき事項のうち、当該決議のほか、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするもの
9 当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会において取締役又は監査役を選任すること。