株式の譲渡承認請求手続と対応策(未完成原稿)

 譲渡に付き取締役会の承認を要する株式、つまり、譲渡制限株式について、株主から譲渡承認の請求を受けた。そのような場合の手続と対応策を検討してみました。

 ◆第1段階(14日以内 商法204条の2、会社法145条1号)

 株主から譲渡承認の通知が送達された場合に、会社が承認を拒絶しようとするときは、通知を受けた日から2週間以内に、承認を拒絶することを、書面をもって株主に回答する必要があります。回答を怠った場合は株主の請求を承認したとみなされてしまいます。

 ◆第2段階(10日以内 商法204条の3と商法204条の3の2 会社法141条1項、142条1項、145条2号)

 会社から買主として指定された者は、回答の日から10日以内(会社法145条2号)に、株主に対し、株式を自分に売り渡すように書面をもって請求します。そして、請求書面には、売買予定代金(1株当たりの帳簿純資産額)を供託したことを証明する供託書を同封する必要があります(会社法142条2項)。この通知を怠れば株主の請求を承認したものとみなされてしまいます。

 買主の供託に応え、株主は、請求を受けた日から1週間以内に株券を法務局に供託し、その旨を遅滞なく買主に通知する必要があります(会社法141条3項、142条3項)。

 この二つの供託と通知によって、当事者双方に、株式の売買契約から離脱できない法的拘束力が生じることになります。これ以降の売買契約からの離脱には、相手方の承諾が必要です(会社法141条4項、142条4項)。

 株式の発行会社自身を買主として指定した場合は、もう少し時間的なゆとり(最長で40日)があります(会社法145条2号)。自己株式の買い取りについて通知するには、株主総会の特別決議による承認が必要だからです(会社法140条2項)。

 ◆第3段階(20日以内 商法204条の4、会社法144条2項)

 そして、当事者は売買代金の決定について協議を開始するのですが、その協議が整わない場合は、第2段階で買主が売り渡しを請求した日から20日以内に、裁判所に対して売買価額の決定を申し立てることになります(会社法144条2項)。この期間内の申し立てがない場合は、供託した1株当たりの純資産額をもって売買契約が成立したとみなされてしまいます。

 協議の舞台は裁判所に移り、裁判官が株価を決定することになるのですが、その株価算定の手法としては次のような判例が公表されています。

               参考 …… DCFを認めた判決(合資会社の社員の退社事例)

 《L》 収益還元価額方式(資本還元率10%)を採用
 株主の持分40%で、裁判所が決定した価額は3102万円
 買受人は対象会社の親会社
 「売上は順調に推移しており、今後も一定程度の利益が見込まれること、資産に含み益がある不動産等は存在しないことなどを考慮すると、インカムアプローチである収益還元方式を採用するのが相当である。これに対し、創業してさほど年月の経過していない本件会社においては、純資産方式を採用すると株式価値を過小評価するおそれがあるから、純資産方式を併用することを含めて採用するのは相当ではない。」
 (平成20年4月4日東京高裁抗告事件 金融商事判例1295号49頁 平成20年1月22日東京地裁決定)


 《k》 配当還元方式と時価純資産(法人税非控除)、収益還元方式を1対1対2の割合で併用
 株主の持分6%で、裁判所が決定した価額は1億906万3500円
 買受人は発行会社
 「買手の立場からの評価と、売手の立場からの評価のいずれを重視するのが相当であるといえるような事情が見あたらないことからすれば」
 (平成17年4月26日札幌高裁抗告事件 判例タイムズ1216号 272頁)

 《j》 時価純資産(法人税控除)を採用
 株主の持分11.1%で、裁判所が決定した価額は4288万0000円
 「相手方では配当を実施したことはなく、将来も配当の予定がないことを考慮すると、配当還元法を採用することは相当でなく、本件では純資産方式に因るのが相当である」
 (平成12年2月21日大阪高裁抗告事件《i》事件の控訴審 タインズ)

 《i》 標準配当還元法と時価純資産(法人税控除)を7対3の割合で併用
 標準配当還元法=(予想税引後利益×標準配当性向÷資本還元率)÷発行済株式総数
 標準配当性向は16.4%を採用
 資本還元率は10%を採用
 株主の持分11.1%で、裁判所が決定した価額は1072万0000円
 株主総会における株式譲渡制限の決議に反対
 買受人は発行会社
 「本件株式は、売主である申請人ら側にとっては単に少数株主の有する少数株にすぎないが、買主である被申請会社側にとってはその代表者ら一族の保有する株式と一体となって支配株となるものであるということができる」
 (平成11年3月10日神戸地裁決定事件 タインズ)

参考 …… ニッポン放送新株発行差し止め事件

 《h》 配当還元方式と純資産価額方式(法人税非控除)の平均値
 株主の持分10%で、裁判所が決定した価額は5268万6400円
 「買取価額の決定に当たっては、株式の譲渡が請求通り承認された場合に請求人が手にすることができたであろう売買価額を考慮することが必要である。しかしながら、代金額は明らかではない。買収代金は、請求人が支払いを受けた役員報酬(の40%部分)をも配当金の変形とみなした上で、配当還元方式による株式価格と純資産価額方式による株式価格の平均額をもって……」
 (平成3年9月26日千葉地裁決定 判例時報1412号 140頁)

 《g》 配当還元方式と時価純資産価額方式(法人税額控除)とを7対3の割合で併用
 株主の持分0.16%で、裁判所が決定した価額は40万7700円
 (平成2年6月15日東京高裁決定 金融商事853号30頁)

 《f》 簿価純資産と収益還元、配当還元を2対2対6の割合で併用
 株主の持分9%
 (平成元年5月28日東京高裁決定 出典不明)

 《e》 配当還元方式(ゴードン・モデル式)のみによって算定
 株主の持分0.55%
 「一般少数非支配株主が会社から受ける財産的利益は利益配当(特段の事情あるときは会社の純資産額)のみであり」
 (平成1年3月28日大阪高裁決定 判例時報1324号 141頁)

 《d》 純資産価額方式(法人税額控除)と収益還元方式を7対3の割合で併用
 株主の持分30%で、裁判所が決定した価額は1億8111万6000円
 「本件会社は、営業の利益を上げて株主に配当することよりは、むしろ、資産の保有を目的とする色彩の濃いものであるが……今後直ちに解散して清算するものではないと認められることから」
 (昭和63年12月12日東京高裁決定 金融商事判例 820号32頁)

 《c》 純資産価額、類似業種比準価額、収益還元価額、配当還元価額を併用
 株主の持分11%で、裁判所が決定した価額は4273万5000円
 「会社は同族閉鎖会社であり、当事者双方が経営支配株主といえることから」
 (昭和62年5月18日京都地裁決定 判例時報1247号 130頁)

 《b》 純資産価格方式及び類似業種比準方式を併用
 株主の持分0.08%
 (昭和59年10月30日東京高裁決定 判例時報1136号 140頁)

 《a》 配当還元方式・純資産価額方式及び類似業種比準方式を加重平均
 株主の持分◆%
 (昭和58年1月28日大阪高裁決定 金融商事判例685号16頁)


 ゴードン・モデルは、配当に廻されなかった内部留保は、再投資され、将来の利益獲得に貢献し、将来の配当になるという考え方です。
      1株当たりの配当金額
   ―――――――――――――――――― = 1株当たりの評価額
   資本還元率−投資利益率×内部留保率

 さて、以上のような手順で進行する譲渡の手続ですが、適確な対応策は、手続の最初の段階で決まってしまいます。

 まず、買主として誰を指定するかです。これは《1》オーナー株主一族、《2》社員株主などの少数株主、《3》発行会社自身のいずれかですが、それぞれについて、次のような損得が存在するからです。

 そして、《1》の場合は、裁判所による株価の決定について、比較的高額な株価が決定されてしまう可能性があります。なぜなら、取引相場のない株式については、支配株主にとっての株価(支配株主プレミアム)と、少数株主にとっての株価(少数株主ディスカウント)があるのですが、《1》の場合は、裁判所が株価を決定するについて、支配株主プレミアムに引っぱられてしまう可能性があるからです。その意味では《2》が安全です。

 《3》は、出資時の払込額を超える譲渡代金について、株主に対し、有価証券譲渡益課税ではなく、配当所得課税が行われてしまうことを、駆け引きの一つとして利用できるかもしれません。株主が個人である場合は課税上不利益になり、株主が法人である場合は有利になるとの税法上の損得が生じるからです。

 次は、そもそも株主の譲渡承認の請求を拒否する必要があるか否かですが、株主の請求を黙殺してしまうのも一つの考え方です。その場合は、株主の請求は承認されたことになりますが、株主が買い手として指定した者は、ダミーであり、実際には購入の意思がない場合が大部分だからです。譲渡することが困難な株式について、これを換金するための手段として利用されることが多いのが譲渡の承認請求であり、それに過剰反応するのは、まさに、相手方の術中にはまってしまうことになるからです。


 株式の譲渡承認請求の方法は、株主との間に実際の争いがある場合だけではなく、財産評価基本通達の適用を避ける方法として利用できるかもしれません。実際に、そのような利用方法が可能なのか、実務の経験例を探してみたい題材です。